第21話 千本ファイア
二日目の朝は、フォードと一緒にディーニの街を走る。その後、腕立て伏せやスクワットに反復横跳びと、基礎的な筋力を鍛える特訓。
何をするにも体力が要る。たった一度きりの炎だけで倒れていては、とても一週間で千回など達成できない。こうして、トレーニングだけで一日の大半が消えていく。
「どうした、レイジ。もう音を上げるのか?」
「まだまだ……! 俺はアニキにも追いつきたいんだ!」
「それでこそ、俺の弟分だ! 千本ファイア……お前なら出来るぜ!」
フォードは、レイジの背中を励ますように叩いた。
基礎体力の特訓が終わってからは、瞑想の修業。普通の魔力ではなく、その精神力の強さに呼応するように炎が出現するからだ。ならば、精神面から鍛えることも効果的であろう。
夜は、身体を休める。三日目は、ひたすら炎を出すことを繰り返すトレーニングだ。それに備えて、今日は21時に寝る予定だった。
しかし、レイジは、就寝予定時間を過ぎたというのに、街へと繰り出していた。あまりにも体が痛むので、眠れなかったのだ。それと、もう一つ。
「……“ファイア”!」
今日は、千本ファイアに挑戦する予定はなかった。しかし、昨日のあの感覚を忘れたくなかったのだ。
精神を高ぶらせる。もう一度、エルトシャンに負けたあの夜を思い出した。
「うおおおお!」
まだ、力のほぼすべてを振り絞らないと出せない状態。だが、自分の意思で少しずつ出せるようになっている。
相変わらず身体が汗でびっしょり、息も絶え絶えなのも変わらない。それでも、ふらつきながらも、レイジは立っていられた。
丸二日間。アニキに、ファウストに鍛え抜かれたことにより、体力と精神力が少しずつ向上しているのだ。
今なら、もう一回だけ撃てそうな気がした。喜びに浸りたい気持ちを抑え、ぐっと精神を集中させる。
「ぐぬぬ……!」
もっと、もっと、高みへ……! その意識で頭をいっぱいにさせたとき、右手が再び熱くなった気がした。
しかし、この日のトレーニングで疲れ果ててしまっていたレイジは、その場で倒れてしまった。
冷たい風が、レイジの背中をなでる。心身ともに疲れ切ったレイジのもとに、エマが駆けつけてくれた。
「探したわよ、レイジ君」
エマは、レイジの背中を揺すった。
「う……うぅ」
レイジは、うめき声をあげながら立ち上がろうとした。しかし、あまりの脱力感ゆえに体が動いてくれない。手足で体を支えることもままならないほど。
待てど暮らせど動くような気配を見せてくれない。しびれを切らしたエマは、しかめっ面になった。
「もう……男の子なんだから、情けない声出さない! ほら、肩貸してあげるから……」
「エマさんの前で、俺……カッコ悪いなぁ」
「今は、そんな事気にしない! ほら、もっとしっかりして」
エマは、レイジの右腕を強引に引っ張ると、肩を組んで歩き始めた。
レイジの足取りはおぼつかない。というより、ほとんどエマに引きずられているような状態だ。
自分とそう歳の変わらない彼だが、エマが肩を担いで引っ張れるくらいには軽かった。
「ウチらのレイジはんが迷惑かけたみたいで、ほんまカンニンな」
レイジは、エマに連れていかれる形でファウスト邸へと戻った。
エマは、力が抜けたのか、ソファーに体を投げうつように横たわった。
「いいんですよ、アザミさん。彼が無事だっただけで十分です」
「お前……ちょっと気ィ張り詰めすぎだ。確かに残り5日で990回ってなれば、時間がなくて焦っちまうのもわかる」
フォードは、レイジの体をほぐしながら言った。あまりの筋肉痛に、レイジは思わず悲鳴を上げている。
「でもな、ちゃんとこなせるように計画は立てているんだぜ! さぁ、明日は早いんだ、早く寝ようぜ」
◆
三日目の朝。レイジは、いつになく早く目が覚めた。相変わらず、身体は重いままだった。
今日は、レイジがずっとやりたがっていた千本ファイア。眠れなかったのは、疲れすぎというよりは楽しみ過ぎたからだ。
霧を払うかの如く、朝焼けがまぶしい。レイジは、ぐっと体を伸ばすと、冷たい風を目いっぱい吸い込んだ。
「レイジ君、えらく早いのう……」
ファウストも、すでに起きていたようだ。フォードたちは、まだ眠っている。
朝の日課である体操をはじめながら、ファウストはレイジに問う。
「……どうじゃ、感覚は掴めそうか?」
「大事なのは、ハート……ですよね? まだ、思ったよりコントロールできていないかな」
レイジは、自信なく答えた。
「心配せずともよい。必ずわしが導いてやるぞ。まずは、自信じゃ! 自信はあるのか!?」
「ある。いや……」
レイジは、天を仰ぎ、息を深く吸い込んだ。ファウストは、首を傾げた。その直後だった。
「絶好調おおおお!!」
郊外に、レイジの雄たけびがこだまする。いつか、フォードとやってみせたことだ。上手くやれる自信がなくても、“絶好調”と叫べば、やれそうな気がしてくるのだ。
ファウストは、ありったけの意気込みを受け止め、誇らしげな笑顔を見せた。
今、レイジの体中を暴れているほどに、自信が溢れている。レイジは、右手を前に突き出しながら、暴れだす自信に心を任せた。
「“ファイア”!」
心が燃えている。圧倒的なまでの自信が、熱となりて、レイジの身体から炎として現れる。
昨日は身体にムチ打っていた影響も少なからずあるだろう。それでも、レイジは倒れる寸前で踏ん張った。
「ほぉ、確かに絶好調のようじゃな。続けて、もう一回出しなさい」
レイジは、腕で汗をぬぐうと、もう一度神経を集中させた。手のひらが、再び熱くなってきた。
昨晩は、ここで倒れて、結局エマに運ばれる結果になってしまっている。カッコ悪い自分を見られてしまった。
もう、あの子に無様な姿を見せぬためにも……昨日の自分を超えたい。その思いが、届いた!
「“ファイア”!」
再び、炎がレイジの右手から飛び出した。相変わらず、息が絶え絶えなのは変わらない。
過去のレイジを超えた。それを見たファウストから、惜しみない拍手が贈られた。