第20話 千里の道の第一歩
「意気込み……? そりゃ、エルトシャンに負けないため、デズモンドを倒すためだ」
レイジは、握りこぶしを作りながら言った。
「お前さん、確かにエルトシャンと言ったな。はて、どこかで会ったような」
ファウストは、腕を組みながら考え込んでしまった
「一か月前に来たでしょ、あの変な髪のイケメン。読まない魔術の本があれば、って訪ねてきた人」
ここでも出てきた、エルトシャンの名前。レイジは、歯をぐっとかみしめた。何だか、先を越されたようで悔しかった。
エルトシャンも、彼に会っていて、本を探していたらしい。だが、ファウストは、その彼に会ったことなど、すっかり忘れている様子。
エマには、別の気になることがあった。
「というより、あなた。確かにデズモンドを倒す、って言ったわよね? 私の勘違いじゃないと思うけど、まさか……あのデズモンドじゃないわよね?」
「その、まさかだよ。俺たちが狙っているのは、“大正義”アルシー・E・デズモンド。あいつが、アイン村を滅ぼしたんだ……!」
レイジは、うなずいた。言葉を重ねるごとに、その語気は強まっていく。
「まさか、そんなはずないでしょ! だって、あの人……あの会社は、人類を新たなステージに導くための研究と開発をモットーにしているのよ? どんな村だろうと、滅ぼそうなんて発想すら出てこないわよ」
「ウソだと思うなら、エマさんをぜひともアイン村の跡地に連れていきたい。隕石が落ちたとは思えない惨劇があったんだ……!」
エマは、これ以上は追及できなかった。このまま縁もゆかりもないアイン村まで連れていかれそうな勢いだったのだ。
レイジは、鼻息荒いままだ。何が何でも、エマには信じてもらおうと躍起になっている。
「レイジ。その話は、そこまでにしようぜ。あんまり見ず知らずのヤツに、でけぇ声で言えるような話じゃねぇよ」
フォードは、レイジの肩を軽くたたいて言った。
「悪いな、エマ。コイツ、ちょっと暴走するクセがあってよ……」
「そうですか……」
「いや、レイジ君! “大正義”を倒すとは大きく出たものだ。ますます、しごきがいがあるわい。いやあ、デズモンドとは懐かしいのぉ……」
その話題を終わらせようとしたとき、急にファウストが食いついてきた。
デズモンドは、世界の二割の富を支配するデズモンド社の最高責任者にして、世界屈指の魔術師。
その昔、ファウストはデズモンドとしのぎを削ったという。最後にはデズモンドに敵わなかったものの、ライバル同士として、その若さを競争にささげたのである。
亡霊を呼び寄せる奇妙な魔術の使い手・ファウストに対して、デズモンドはガソリンタンクにも例えられる魔力エネルギーの保有者でありいくつもの魔法の使い手。
何百と何千と戦ったが、結局ファウストがデズモンドに勝てたことはなかったのだ。その苦い思い出が、レイジの言葉で思い出されたのだ。
「レイジよ……ぜひとも、この老いぼれの代わりに……あのデズモンド鼻を明かしてやってくれ!」
ファウストは、ぐっと拳に力を入れながら言った。
「……言われなくても、そのつもりだ。俺は、そのためにファウストさんに会いに来たんだ」
「なぁ、爺さん。ずっと一緒にいて思ったんだけどよ、このレイジってやつ……魔術とか気合どうこうよりも、根本的に体力が足りねぇように思う」
「ほう。じゃとしたら、わしの修業に並行して、その体力を鍛える。ここまで来て、やらないなんて言わんじゃろうな?」
「もう、最初から出来ないなんて言わない! やりたくないって逃げない! やる度胸さえあれば……!」
レイジは、叫んで己を振るわせた。何事も、やってみなければ分からない。フォードと過ごした二週間で痛感したことだ。
◆
修業は、昼食をはさんで、早くも始まった。レイジが打ち立てた計画は、初日は炎を出す感覚に慣れることに。
土壇場に追い込まれて、意図せずして出てしまう。そんな不安定な状態からの脱却が優先課題だった。自然に使える状態にならなければ、それはマグレでしかない。
一週間で千回も炎を出すのは、感覚を養うことにあった。それに伴い、急激に出ても負担を減らせるようになる。千回も出せるのなら、それは偶然ではないのだ。
今、フェレスとの戦いを経て、さらにデズモンドとエルトシャンを倒すことに向かっている。土壇場という状況ではないにせよ、精神は高ぶっている状態だ。
レイジは、もっと精神を高ぶらせた。追いつめられたあの状況を思い出した。何度打ちのめされても、立ち上がったあの爆発力。ぜひ、この手で……!
「ぬおおおお……!」
「もっとじゃ、もっと! 心を思いのままに開放させるんじゃ!」
「く……ぅああああ!」
レイジのコメカミに青筋が浮かぶ。
「違う! それでは力みすぎじゃ。大事なのはハートじゃ、ハート!」
レイジは、今一度、エルトシャンの顔を思い浮かべた。アイツに負けない、負けられない、負けたくない。
心の奥底で炎が燃え上がった。レイジは、ノドが張り裂けそうな勢いで叫んでみた。
「アイツに、あんな奴に……負けてたまるかああああああ!」
レイジの右手に、再び気合の炎が燃え上がった。額には大量の汗。ここまで来るのに、相当な労力を出した。
これが残り999回。さらに基礎体力の訓練とも並行。ある意味では、フォードが身を置いていたレイゾンの訓練よりも厳しいかもしれない。
叫んだ勢いで、レイジはせき込んだ。初めて、自分の意志で炎を出すことに成功したのである。
「ぜぇ、ぜぇ……。やれましたよ、ファウストさん」
「その調子で、残りもやっとくれよ」
レイジは、今、千里の道を踏み始めたのだ……。しかし、大いなる一歩を踏んだ喜びに浸る余裕はない。息も整わぬうちに、次の一発を要求された。
たった一発の炎で、息も絶え絶え。とても、次の一発を出すには体力が足りない。
目いっぱい力んでみても、炎どころか、手が熱くなる感覚さえもない。それなのに汗だけが出てしまう。気力も抜けていく。
「レイジはん、大丈夫か?」
「ありがとう、アザミさん……」
「“キュアー”。こんな事で倒れられたら、先へ行かれへんで」
レイジの息は整った。アザミの“キュアー”に助けられながら、レイジは再び特訓に励む。
撃っては倒れ、そのたびに回復してもらい……。それを繰り返しながら、修業初日は、合計で10発を出すことに成功した。
二日連続で、過去最高の日刊PV数(3月5日、6日解析。当作品比)を更新しておりました。
少しずつではありますが、届く人に届いている手ごたえを感じています。本当にありがとうございます!