第19話 気合が俺の魔法だ!
「フェード……お前の気持ちも分からんでもないが、魔力が流れておらんのに炎の魔法と言われてもなぁ……」
「だから、俺はフォードだって。……で、コイツの力を見てみる気はあんのか?」
ファウストは、長く手入れされた髭をさすりながら言った。あまりフォードの言葉が信用がならないらしい。
魔力エネルギーを熱として出すのが炎なのだ。いくら魔法と言っても、何もないところから火を出すのは、この世界においても不可能な話だ。
「信じるか信じねぇかは別として、チョイと見てもらいたいものがあるんだよ。庭……借りてもいいか?」
「ちゃんと見せてもらえるなら、別にいいですけど」
エマが言うと、フォードは意気揚々とレイジを連れて庭へと向かった。
「もう、せっかちじゃな……」
ファウストは、重い腰を上げた。偏屈な爺さんではあるが、最低限の聞き分けはあるらしい。
庭に着くと、フォードとレイジが向かい合って、距離を取っている。
「レイジ、これはあくまでも練習だからよ……」
フォードは、レイジを諭すが、彼の脚は生まれたての鹿のように震えている。
「練習と言ったな? じゃったら、ちょうどいいものがある」
「おじいちゃん、それって……!」
「出てこい、悪霊フェレス!」
ファウストが指を鳴らせば、レイジの目の前に、赤い三角帽子をかぶった小人のようなモンスターが現れた。
彼が変人たる理由の一つが、本を開きながら指を鳴らすことで悪霊を出せることだ。言ってしまえば、本を媒介として口寄せできてしまうのだ。
そんな悪霊たちを封じた本を大量に所持している。だからこそ、他人に渡すことも、ましてや捨てることができなかった。
フェレスは、自分の身体よりも大きな鎌を担いで、にやにやしている。
この程度のモンスターなら平気だろう、とレイジは甘く見ながらも構えた。
「言っておくが、このフェレス……ただの亡霊じゃ。火には極端に弱い」
もし、レイジが本当に炎を使えるならば、このフェレスは取るに足らない敵である。
先に仕掛けてきたのは、フェレスの方だった。大きく鎌を振りかざしながら、レイジに近づいてきた。
「“ファイア”!」
レイジは、叫んだ。しかし、叫び声は、閑静な住宅街に空しく響いた。
続いて、フェレスの攻撃。フェレスは、そのままレイジの首を狙って鎌を振った。
レイジの首に傷。それでも、レイジはフェレスを狙って左手の拳を振るう。だが、身のこなしがいいフェレスには、素人のパンチなど止まって見えたことだろう。
フェレスは、レイジの顎を狙ってキックを放った。レイジは、大きくのけぞった。それでも、フェレスが容赦なく襲い掛かってくる。
「確かに、俺なんかよりずっと適任だな」
フォードは、フェレスの容赦ない攻撃に唸った。
「仲間やったら、どうしても情が出て追いつめられへんからなぁ」
「しかし、わしが呼び出せる悪霊の中でもかなり弱い部類なのじゃが……」
一向にレイジの炎が出る気配がない。ファウストは、期待外れだったと言わんばかりのまなざしでレイジを見ている。
フェレスの次なる攻撃は、黒い塊をぶつけるものだった。言ってしまえば、基本的な闇の魔法だった。
レイジには直撃だった。黒いモヤのようなものが、レイジを取り囲み、心をむしばんでいく。
「フェレスもまともに倒せないようじゃ、彼はおじいちゃんに修業をつけてもらうなんて……」
エマも失望しかけていたところだった。
黒いモヤを振り払おうと、レイジはがむしゃらに腕を振る。しかし、フェレスの闇は深い。
フェレスは、レイジに追撃。体のあちこちに鎌を突き立てる。レイジの悲痛な叫び声が響く。
「レイジはん、はよ撃つんや!」
「アザミ……黙ってみてろって。あいつは、まだ限界なんかじゃねぇ!」
フォードは、したり顔でアザミの心配を振り払った。
「フォードさん、レイジ君は大丈夫なんですか……」
「もし、ここでレイジが死ぬようだったら……あいつはそこまでの男だった、というこった」
庭に血が飛び散る。どれも、レイジのものだ。レイジは、すでに防戦一方。
エマは、顔を手で覆った。この中でただ一人、フォードだけが、フォードこそがレイジの勝利を信じて疑わない。
フェレスの鎌が、レイジの脇腹をズブリと突き刺す。レイジの悲鳴が、再びこだまする。
相手は、ファウストの所持する最弱の亡霊。そんなヤツにすら負けていては、エルトシャンの背中は遠のく一方だ。
自分で打ち立てた目標がとん挫すると思ったとき、レイジはヤケクソになって叫んでみた。
「くそったれえええええ!」
火事場の馬鹿力が爆発。それを示すかのごとく、レイジの右手に炎の玉が現れた。
フェレスは、急激に表れた炎に巻き込まれて、一瞬にして消え去った。
レイジは、あまりの出血量に、思わず膝をついた。もう、力のすべてを出し切った。彼の安堵した顔が、それを物語る。
ファウストの目にも、確かに見えた、レイジの拳の輝き。その目で確かめたのなら、もうフォードの言葉がウソだとは言えない。
しかし、それでもファウストが打ち立てた理論に反する。ファウストは、苦虫でも噛み潰したような顔をしながら、悩んだ。
「分からんなぁ。魔力エネルギーもないのに、本当に炎を出しおった」
「それより、レイジはんの治療が先や! 考えるんは、あとでもできる」
そう言ってアザミはレイジの体に手を当てると“キュアー”の魔術で治療に取り掛かり始めた。
◆
「おじいちゃん……ひょっとして、彼……」
そう言ってエマは、思い出したように書斎まで走っていった。
しばらくして戻ってきた彼女は、ファウストに一冊の本を渡した。背表紙には、“魂の炎を燃やせ”とあった。
ファウストは、それをひったくるように取ると、ぱらぱらとページをめくり始めた。
「おお、思い出したぞ。レイジ君じゃったな……お前は、確かに魔術のようで魔術じゃないものを持っておる!」
「な、言ったとおりだろ? コイツには火事場の馬鹿力があんだよ」
フォードは、レイジの底力を証明できてからというものの、ずっと調子がよさそうだ。
「魔術のようで魔術じゃない。じゃあ、俺が持っているものって……」
「……キアイじゃ! あるいはド根性と言ってもいいかもしれん。精神を燃やしながら出す炎じゃ! 何度か本で読んだことはあったが、実物を見るのは初めてじゃ」
「気合が俺の魔法……!」
ファウストは、いいものを見たと大喜び。レイジの炎は、奇跡ではない。それが分かっただけでも、レイジには強くなる道が開けたようなものだ。
レイジが炎を出す一瞬、彼の心に眠る力……いうなれば精神のエネルギーが爆発しているのだ。ファウストは、本を読みながらレイジの特性をそのように考察した。
全く素質がないどころか、完全に異質の特性。それを知ったファウストは、腕を組みながら一人うなずいていた。
「それで、レイジに出す課題じゃが……今の炎を一週間で千回出してもらう事じゃ!」
「い……! 一週間で千回も!」
火事場の馬鹿力を千回も出す。今のレイジには無謀もいいところの課題。
それでも、デズモンドを倒す事、エルトシャンを超える事と、それ以上に無理難題をこなそうとしている。
それに少しでも近づきたかったから、彼にはやるという選択肢しかなかった……。
「名付けて、千本ファイアだぜ! もちろん、やるよな?」
フォードに訊かれて、レイジはうなずいた。
「さて、レイジ君よ。千本ファイアに挑む前に、お前の意気込みを訊こう。何ゆえにお前は強くなりたいのだ?」
初めて感想をいただきました。毎度のことながら、読んでいただいて感謝です。
届く人に届けという思いを胸に、日夜燃えながら文章を練っております!