第142話 ナーバス・トリップ
カロイ・ラマからヴァレアーフの壁を回り込んで、先を進むフォードの一味。真夏のカンカン照りの中を突っ切り、進路を南南東へと取る。
肌を刺すような日差しにも負けず、飛竜たちが大空を舞う。植物は、少ない水を求め、目いっぱい根を張っている。
タズン島から最も近い港までは1600キロほど。順当よく行っても、三日以上はかかる距離だった。
その道中、襲い掛かってくるモンスターたちを倒すレイジ。いずれも今の彼には相手にならないものばかりだったが、少しばかり違和感を覚えていた。
「こんなんじゃまだまだ……!」
「気迫は十分だけど、かなり力みがあるね。何か思うところがあるのかな?」
アスクレーは、レイジに近づこうとした。しかし、後ろからフォードに肩を掴まれ、止められた。
「今は、下手な言葉をかけるな」
「フォードくん……」
「アイツの拳には、悔しさを晴らしてやろうという想いがこもっている」
フォードは、神妙な面持ちで言った。
思えば、この大陸に来てからというものの、レイジにとっては悔しい戦いの連続。
VFマスク戦隊やカトルーアと死力を尽くしてディメテルを倒したまではよかった。その前は、エルトシャンとの再戦にも負けた。
シバレーを離れ、ラージェストマーリン戦では無力さを感じる結果。復讐に駆られるエルフの子供にさえ、不意打ちを許す結末。
さんざっぱらチームに迷惑をかけた。無用な血を流させたし、自身も流してきた。悔しくて悔しくてたまらない。その思いが、力みになっている。
道中、同じようにモンスターを倒しては違和感を抱えたままのレイジ。強くなるため、一歩前へ進むための答えを見出せぬまま、港町にたどり着いてしまった。
壁を越えてから倒したモンスターの総額は16万ルド程度。船旅をするには十分ともいえる金額。しかし、その額面にため息をつくのは、大蔵大臣でもないバハラであった。
「どうしたんだ、バハラ」
フォードは訊いた。
「皆さん、ここで残念な話ですぞ」
「どうしたの、急に?」
レイジは、優しい口調で訊いた。
「実はここ数週間、ジャンク・ダルク号には無理がたたり……」
ディメテル戦以降、過酷な戦いを何度も経験してきたのは、このジャンク・ダルク号も同じ。
それでなくとも、完成から十数年が経ったシロモノ。寿命も近かったのだろう。そもそも、バハラは長距離移動を想定して。これを設計したわけではない。
ディメテル戦の潤沢な報酬で初めて、旅向けに改造しただけである。バハラは、労わるようにジャンク・ダルク号のボディーをなでる。
「ちょっとどころか、相当なメンテナンスが必要でして……」
「メンテには、どれくらいかかる?」
フォードは、腕組しながらジャンク・ダルク号を見上げた。
「ぶっちゃけ、一カ月半はかかるでしょうなぁ」
「じゃあ、修業の件は……!」
レイジは、血相を変えながら訊いた。
「中止する必要も理由もないよ」
アスクレーは、なだめるような作り笑顔で言った。
「そうだぜ、俺たちは6人なんだ。3人ずつに別れりゃ、どっちもやれるだろ? 俺は、バハラの手伝いに残るぜ」
「そうだよな……」
「フォードさん。レイジさんのことは僕とアスクレーさんに!」
ギュトーの提案に、フォードはうなずいた。
レイジとしては平静を装ているつもりだった。しかし、わずかな顔色の変化を、フォードは見逃さなかった。
タズン島でもフォードがいるものだと思っていたがための動揺。フォードは、レイジの背中をさすった。
「何も恐れるな、レイジ! お前は、俺がいなくたって上手くやれるぜ」
「アニキ……」
「何も無きゃ、修業にもなんねぇだろ。それと……お前なら、俺がいなくても十分にやってけるだろ」
「それも、そうかな」
レイジは、自信なさげに返した。
「バハラ、アニキ、姐さん。ジャンク・ダルク号は任せた」
任せろ、と言わんばかりにフォードは親指を立てた。
タズン島へ行く船は、客船というよりは軍艦に近かった。
四つのプレートの境目が島の下に位置することに加えて、天気も極めて不安定。並の乗客船では、近づくことさえままならないのだそう。
「レイジ、頑張ってこい!」
フォードは、レイジの背中を押した。
レイジとギュトー、アスクレーの三人は、船に乗った。レイジは、しばしの別れを惜しむように、ずっと船尾にいた。
船は、うねりを伴った波を突っ切りながら進んでいく。普段であればこの揺れで酔いを感じるレイジだが、上手くいくかどうかの心配で酔うどころではなかった。
「大丈夫ですよ、レイジさん。フォードさんが、ああ言ったんですから」
ギュトーの言葉に、レイジは憂鬱そうにうなずいた。それからレイジは船室へと戻った。
船の旅は、思うより長く退屈なものだった。三日三晩、大海原を進み続ける。
朝焼けの海、西のはるか遠くにガレオン船。その帆には月と太陽とドクロがあしらわれており、海賊団だとすぐにわかった。
この海賊船は、三つの船頭を持っているフリゲートである。レイジたちが乗っている船よりも、いくばくか大きい。数百人単位の戦力がいることは、一目で推測できる。
その船長室での出来事。航海士の男が血相を変えて入ってきた。
「エイヴリー船長! 本当にタズン島にジオ・グローブなんてあるんですか」
船長室は海賊らしく宝箱が積み上げられており、船長の玉座の後ろには天井まで届くワインセラーがある。
玉座に浅く腰掛け、両肩に女を抱いている男こそがエイヴリー船長。酒と女とロマンが何よりの好物な男である。
エイヴリーは、宝箱にかかとを乗せて、不気味に笑った。
「その話は何回目だ? 俺の言葉を疑ってるのか?」
エイヴリーは、マスケット銃を航海士に向けた。航海士は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「いや、別に……」
航海士は、他に何か言いたそうな感じだったが、ぎらついたエイヴリーの目に負けた。
「お宝があると信じて旅するのが海賊ってもんだろ」
エイヴリーは、自分の胸にでっかく刻んだ海賊旗を指さしながら言った。
「次なる目的地はタズン島。ずっと前から決めていたことだ」
「それと、そこの女!」
エイヴリーは、一気に開けたラム酒の瓶を女に投げた。指名された女は、何食わぬ顔でかわした。
彼女の顔につけられたいくつもの宝石が、ギラリと輝く。さらに、彼女は口元を拳で押さえる。
「……お呼びで?」
濃いアイシャドーに囲まれた青い瞳が、エイヴリーを捉える。
「“お呼びで”じゃねぇんだよ! てめぇ、本気で俺の女になるつもりねぇだろ!」
エイヴリーは、声を荒げた。
「ふふ……アンタも、同じ話を繰り返すのが趣味なんだね」
女は、エイブリーに悟られないように口元を隠した。
エイブリーも、同じ態度をとってやろうと、女の冗談を鼻で笑った。
「抱かれる気がねぇなら、それでも構わねぇが……ひとつだけ」
「何か要求でも?」
女は、流し目で訊いた。
「……せめて、海賊旗を背負うくらいのことはしてほしいもんだ」
確かに、この船にいる者は、エイヴリーを含めタトゥーか上着として、海賊旗を掲げている。
しかし、彼女だけは、新聞紙柄のチューブトップにデニムのショートパンツ、花柄の網タイツ。海賊らしくない格好ならまだしも、どこにも海賊旗を掲げている様子がない。
「俺は、大抵の女は好きだ。だが、俺にも好き嫌いはある」
エイヴリーは、胸に大きく刻んだ海賊旗を親指で指した。
「この海賊旗に誇りを持てねぇってんなら、降りてもらうぞ」
「アタイは、いつでも降ろしてもらっても構わないけど?」
女は、勝ち誇ったように笑った。
「誇りを持てねぇどころか、とんだ尻軽だな。それとも、ただの二枚舌か?」
「さぁ? ホントに二枚舌なのは、どっちだろうね?」