EP10 一騎打ちとニッポン男児
マガツと一騎打ちになったミカミ。マガツの隣には、ずっと助けたかったユナの姿があった。
ユナは、右の袖を軽くたくし上げ、短刀を逆手で構える。
「随分とドンパチ騒がしいと思えば、またアンタたちかい」
「どうも、ウチのダンナが、アンタを心底気に入ったもんでね」
ミカミはため息交じりに言った。確かに、ユナは妖艶でスタイルもいい。だが、ミカミの好みからかけ離れているらしい。
それでも、チームリーダーが助けるとあらば――ミカミは、鼻を鳴らした。
「女は下がれ……」
マガツは冷たい口調で言った。
「だったら、親分の戦いぶりを見ることにするよ」
そう言って、ユナは部屋を後にした。
「カッパ大明神」
マガツの札から、武装したカッパのような生物が現れた。
「まずは軽めの召喚ですかい。じゃ、俺も……ブルズ天王!」
ミカミも、軽めの挨拶。
両者が出した式神は、がっぷり四つで組み合った。
「“ヒノエンマ”!」
その名前で、ミカミの背筋を逆なでするように電流が走った。
そのネームバリューとは裏腹に、幼い顔の女の子の姿が現れた。まるで、ミカミの好みを的確に突いているかのようだった。
ミカミは、何度も首を横に振って邪念を振り払う。
「これはヒノエンマ。これはヒノエンマ! これは……!」
ミカミは、奥歯に力をグッと入れた。そして、童顔のヒノエンマにグーパン。
すると、ヒノエンマは、醜い龍のような女の姿に早変わり。
「いでよ、センジュ童子!」
ミカミは、目の前のヒノエンマを睨みつけながら新しい式神を出した。
センジュ童子の無数の手が、ヒノエンマに絡みつく。それでも余った手で、文字通りタコ殴り。
「出でよ、“天龍大御神”!」
「強くなったのは、大将だけじゃない……そう言いたげだね」
ユナは、後ろからミカミを刺そうとした。しかし、センジュ童子の腕が、ユナの手から短刀を引きはがす。
「俺だって、臥薪嘗胆の一カ月を過ごしたんすよ。ダンナが気に入ったアンタをどうしても助けたくて、ね」
「馬鹿言っちゃいけないよ。アタイは、組じゃなくて親分に見初められ、致し方なく……」
「目、虚ろになってやすよ?」
ミカミは、ユナを流し目で見た後、軽く口角をあげた。
「戯言も、それくらいにしろ」
「ファイヤー!」
ミカミが叫ぶと、龍も吠えた。ヒノエンマも、負けじと炎を繰り出した。
両者の出す熱波で、マガツもミカミも吹っ飛んだ。
「“ウシワカ明王”!」
マガツの札から出されたのは、無数の武器を持つ牛の顔を持つ怪物だった。
そのウシワカ明王から出される気迫を、ミカミはビリビリ感じ取っていた。間違いなく、奴らの切り札だろうと。
「“アウン羅刹”!」
こちらも切り札で応じるべく、ミカミも大技で対抗。
二体の厳つい仁王像のような怪物が、彼の後ろに現れた。
「行け!」
まるで、鏡に映したかの如く一糸乱れぬ動き。ウシワカ明王は、無数の武器でいなすだけで精一杯。
アウン羅刹が相手の脛を斬りつけると、ウシワカ明王は怯んだ。
片方がウシワカ明王を止めている間に、もう片方がマガツを斬る。
圧倒的なコンビネーションの前に、マガツたちは無力であった。
「が……はっ」
マガツがダウンした瞬間、ユナの目の色が変わった。
「う……ウソ?」
ユナは、気を失ったように倒れた。
◆
桐の花を背に交錯する刀とリーゼント。この日のために、イロハが考えてくれたキリュウ一派の紋章だ。
ここからは、誰にも邪魔できぬ大将戦。キリュウは、額の汗を拭った。それからマント代わりのトレンチコートを脱ぎ捨てた。
ソメイも、着流しの左肩をはだけさせ、刀を構えた。
「小僧、何があっても卑怯だ何だと喚くなよ……?」
「あらゆる手を尽くしてでも、勝つ……それが漢の真剣勝負ってモンだろが!」
日本のヤンキーは吠えた。
「その心意気に応えねば、俺が恥をかくようだな」
ソメイのその言葉を最後に、陣幕の内側は静寂に包まれた。隔絶された一騎打ちの舞台は、外界の喧騒の比ではないほどに緊張感に満ち満ちている。
お互いにジリジリと動き、間合いを確かめる。額に汗することも許されぬ緊張が、数分間続いた。
互いの呼吸の音さえ聞こえる中、キリュウが唾を飲み込んだ。
「貴様は、何を賭けて刀を振るう? 正直に答えよ!」
ソメイは、キリュウの刀をはじき落とした。
「この、日本の血の誇りに賭けて!」
キリュウは、落としかけた刀を左手の逆手持ちで持ち直し、ソメイの刀をはじいた。
流れるような刀さばきで、次から次へと来るソメイの斬撃をいなす。
「はああああぁッ!!」
ソメイの渾身の衝撃波。キリュウは刀を斜めに構え、同じく衝撃波で対抗。
親分の気迫の前に、キリュウは吹き飛ばされた。ソメイは、立ち上がろうとするキリュウに刀の切っ先を当てた。
「ニッポンだと……? 知らぬ世界の誇りを掲げて何になる」
自分より一回りも小さい男に軽くあしらわれている。ここまでは、5月と変わらない。
ダルマのような顔ににらまれ、キリュウもにらみ返した。
「わざわざ、死ぬために戻るとは……愚か者だな」
「……ガフッ!」
ソメイは、キリュウの腹を目いっぱい踏みつけた。全体重を乗せられ、キリュウはせき込んだ。
腕に力が入らず、キリュウの左手からムロト丸が落ちる。
「ヤクザに喧嘩売って、タダで帰れると思うなよ。おい!」
ソメイは、天井に向かって誰かを呼んだ。すると、隠れていた忍者が姿を現した。
その忍者は、手裏剣を飛ばしキリュウを追い詰める。手裏剣で畳に磔にされたところに、紫色のクナイで斬られる。毒々しいその刃に、キリュウは青ざめた。
「ランッ!!」
キリュウは、力の限り声を張った。
「血迷ったか」
ソメイは、渾身の叫びを鼻で笑った。それから、刀を大きく振りかぶる。
キリュウの叫びは、届いた。
弾丸が、ソメイの左手をかすめる。ソメイの手から、刀が堕ちる。
さらに、もう一発。
今度は、忍者のクナイをはじき落とす。
三発目は、忍者の眉間。忍者は、一撃でノックアウト。
陣幕の内側、影しか分からぬ状況での狙撃。ソメイは、敵ながらその精度にうなった。キリュウは、その一瞬の隙を突いた。
「うらぁ!」
キリュウは、脚を上げてソメイを蹴飛ばした。
丸太のような脚で蹴られ、ソメイは陣幕に衝突。ソメイは、恨めしそうにキリュウを睨んだ。ダルマのような顔は、今のキリュウにとって怖いものでもない。
「貴様……!」
ソメイは、歯ぎしりしながら立ち上がった。
「……何があっても、卑怯だとほざくのはシャバい。そう言ったよな?」
キリュウは、刀を構えなおした。今度は両手で構え、豪快に一振り。
床をもえぐるほどの衝撃波。ソメイは、踏ん張り切れずに、陣幕に背中を叩きつけられた。
ソメイは、すぐに立ち上がり、額に青筋を浮かべる。
「ニッポンの男というのは、かくも狡猾な者ばかりか」
「あらゆる手を尽くしてでも勝つ……俺は、そう言ったぜ? それと……」
「お前は知らねぇけどな、日本は刀の国……サムライの国だ!」
「今度は、どんな構えを見せる?」
三度、構えを変えた。今度は、右手だけで刀を持ち、フェンシングの要領で構える。
ここからは己の技で。その思いが、キリュウの構えを変えたのである。
「“風裏銃《フーリガン》”」
踏み込んで突きを繰り出せば、真空の弾丸が飛び出してきた。
しかし、ソメイは小柄な体で軽くかわす。
「ハナノメ秘奥義……“夢幻桜”!」
ソメイは、何度も刀で無限大を刻む。そのたびに、桜吹雪が吹き荒れる。
花びら一枚一枚が鋭い刃となりて、キリュウの袴を切り刻む。
キリュウは、何度も刀を振るうが、桜吹雪はひらりひらりとかわしていく。
やがて花びらが一か所に集まり、一枚のしなやかな刃となって宙を舞う。キリュウは、それを睨みつけた。
「今こそ、あの修業の成果を……!」
キビルの島で苦心して得た、ひとひらの紙を斬る繊細な技。
ヒラヒラと舞う巨大な花びらに照準を合わせ、スッと刀を当てる。その先は、力など不要。
一枚の花びらの刃は、儚く一刀両断されたのであった。
「“龍王一閃”!」
今度は十字を切り、無限大を斬る。最後に目いっぱい踏み込んで突きを繰り出せば、巨大な真空の弾丸が誕生。
真空の弾丸は、龍のように吠えながら、ソメイを巻き込んだ。
「ザポネに蔓延る悪をッ! 成敗!」
最後は、日本で名をはせた剣道の構え方。
真横に振り抜き、がら空きのソメイの胴を切り裂く。
「またしても……日本の血に負けるというのか……!」
キリュウの中に眠る侍の心が、ソメイを切り伏せた。
さらに、もう一振り。初めてキリュウが振るった時と同じ威力の突風が吹き荒れた。
陣幕も壁も、何もかもを吹き飛ばす颶風。その勢いに乗る形で、ソメイが屋敷の外に飛ばされた。
「親分!」
戦場のド真ん中に降ってきたソメイの周りを、無数の子分が取り囲んだ。
「よ……四年ぶりに、ニッポンの血に敗れた」
「親分、これ以上喋らないでください!」
ソメイを抱える子分の手のひらには、血がベッタリ。声がうわずっており、今にも泣きそうだ。
「あの日は、ユリアなる女に知恵で逃げられた。だが……力でやられたのは、初めてだ」
「その者を捕えよ!」
ユラヒメの一声で、ソメイは捕縛された。