第16話 魔法と機械の国・ビッグマハル
第15話でアニキが見せた技、危険ですので絶対にマネしないでください。
あれは、アニキが特別で厳しい訓練を受けたからできるのです。
船に乗って、丸一日。一行は、ビッグマハルの街に降りた。
そこは、イギリスの都市部を思わせるような街並みだった。レンガ造りの家が並んでおり、道の中央には路面電車が走っている。
一行は、路面電車に乗り、国の中央部へと向かう。
「どこが魔法の国なんだ……?」
「この列車もそうやで。これ、“魔力油”燃やしながら走ってんねやで」
カルミナにとっての魔力油は、地球にとっての石油のようなものだ。だから、魔法もある異世界なのに、電車も蒸気船もあるのだ。
この資源、生活を豊かにする資源なだけあって、国家間でこれをめぐる争いが絶えないという。
ここビッグマハルは、それを使った技術開発が進んでいる。だから、魔法の国と呼ばれているのである。
このような公共の交通機関が発達していることあり、人が集まる。
電車に揺られに揺られて、数時間。日はすっかり落ちていた。
一行は、ビッグマハルの首都・ディーニにたどり着いた。
「おい、終点だぜ。レイジ!」
レイジは、フォードに揺すられて起こされた。ディーニ駅は、まるで東京駅のように、レトロなレンガ造りの駅だった。
駅を出てすぐに目を引くのが、巨大な時計塔。レイジは、教科書で見たビッグベンをダブらせた。
これも魔力油がある影響なのだろうか。ディーニの街は、夜でも明るい。
「何年かぶりに来たけど、やっぱ変わらんなぁ」
アザミが感慨深そうな顔で、街を眺めながら歩いている。
このディーニという街、ただの石造りの建物が並ぶ街ではない。建築から数百年も経った建物も珍しくない。
特に街のシンボルである時計塔は、千年も前からここで時を刻んでいる。
「さて、師匠探しは明日にして、とりあえずメシだな」
そう言ってフォードたちは、適当なパブに入った。しゃれた大人の店の名は、ラガー・ボーダー。
国が変わっても、マッチョが集まるのは同じなのか。初めて来た店のはずなのに、レイジはどこか既視感を覚えた。
「……いらっしゃい。飲み物は、何にするかい?」
今度の店長もハゲ頭。しかし、ここにいる誰よりも腹が突き出ている。
「じゃあ、俺とアザミはギネスビールを1パイントで!」
「お、俺はいいや……」
16歳のレイジに、酒はまだ早い。彼だけ何もないのも不憫なので、店主は彼にレモネードを提供する。
それから店主は、ゆっくりと黒いビールを注いだ。
「何でパブとかレストランのオーナーって、スキンヘッドで腕っぷしがよさそうなのさ」
「そりゃ、たまに冒険者同士のケンカもあるからだぜ、ボウズ!」
ここは、冒険者パブ。ただ食事に来ている客だけではないのだ。仲間の募集もあれば、クエストの情報交換もなされている。
鍛え抜かれた冒険者の中には、気性も荒い者もいるだろう。それを止めたければ、やはり腕っぷしに自信がないといけないのだろう。
「さてと……おっちゃん。ちょいと紙をくれねぇか?」
「いいけど、何をするんだ?」
フォードからの急な要求に、店主は驚いていた。
「ああ、募集の張り紙を置いてもらえねぇかと思ってよ」
「……そうかい。だったら、一週間で1000ルドもらうぜ」
店主は、ギネスビールをフォードたちの前に置くと、したり顔で吹っ掛けてきた。
金持ちのアザミがいるとしても、そう簡単に出せるような金ではない。期間の割には、結構高く感じられる。
仲間募集のポスターというのは、このようなパブなら効力は絶大。だから、こうして広告料が発生している。
「……流石に、ちょっと高いわぁ。今回ばかりは、募集の紙は諦めた方がええと思う」
「アニキ……正攻法でいくしかないよ!」
「それもそうだな。てなわけで、おっちゃん。今の話はなかった事に」
仲間を集める手段は、一つ。実力をほかの冒険者にもわかる形で見せる事。すなわち、クエストでガンガン稼ぐことだ。
特に報酬が1万ルドを超えるようなクエストを一つの冒険団だけで達成すれば、地元の新聞にも載るレベルだ。
レイジは、冒険者パスポートを開きながら、ディーニで受けられそうなクエストを探していた。
自警団がしっかりしているのか、あまり高い報酬が得られそうなものは見つからない。
「それはそうと、ねーちゃん。今日の宿、決めてんのかい?」
「これから決めるとこやけど、急にどないしたん?」
「ここじゃ噂になってるぜ、J・J。今日は新月だろ……奴が出るんだよ。美人を斬りに、な」
「アンタもお上手やわ……。でも、お言葉に甘えようか」
アザミは、まんざらでもなさそうな顔でギネスビールをぐっと煽った。
◆
ディーニ郊外。街の中心部を離れてしまえば、そこは街灯も少ない暗い街中。
黒いコートに白い仮面といういで立ちの細身の男が、鼻歌交じりに夜道を歩いている。
今宵は新月。この男は、この暗がりを楽しんでいるようだ。
「そこのマドモアゼル……随分とお美しい」
仮面の男は、偶然すれ違った若い女性に声をかけた。女性の方は、恐怖にひきつった顔をしている。
逃げようとする女性を、仮面の男は追いかけた。その右手には、チェーンソーのようなもの。
明らかに殺意を持っている人物の犯行。それにしても、か弱い女性を相手にチェーンソーというものは、いささか大げさに見える。
「人というものは、最期が一番美しいのだよ。マドモアゼルも、最高に美しい状態で……」
仮面の男は、女性を路地裏に追いつめていた。チェーンソーがうなりをあげている。
「きゃああああああ!」
夜空に、悲鳴がこだました。一瞬で血みどろ。女性は、残った力を振り絞って、流れた血で文字を書いた。
それと同時に、ラガー・ボーダーのカウンターにて。レイジが冒険者パスポートで、一つのクエストを見つけた。
――お尋ね者J・J 懸賞金120万ルド
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