EP7 道半ばと一撃必殺
スンガに残った二人は、その後もクエストをこなして稼いだ。その傍らで、ハナノメ組を倒す意志のある者を集めようとした。だが、新米冒険団についていこうというモノ好きは、結局集まってはくれなかった。
三週間後、当初の予定を上回る50000ルドを集めたミカミとキリュウは、ダーレン工房を訪ねた。
「おう、おめえらか! ムロト丸はバッチリ治ったど!」
ダーレンは、キリュウに刀を手渡した。早速、鞘から刃を出すキリュウ。
吹き荒れる風のようなチカラは、相変わらず。黒紫色の刃紋が妖艶に輝く。
「これが、妖刀の真の姿っすか!」
「ああ、オデの自慢の逸品だ。どうだ、キリュウ!」
「ところで、オメェ。最近……随分と名を上げてっけど」
ダーレンは、ここ数日の新聞をキリュウに見せた。
スンガの地元でのみ発行されている新聞だが、一面をキリュウとミカミが飾っていることが増えた。
「まだ、道半ばだ」
この刀に負けない剣士になったかどうか――その質問を予測して、キリュウは先に答えた。
以前なら調子に乗っていたかもしれない。自分でも丸くなった気がする――そう思うと、キリュウは乾いた笑みを浮かべた。
「ダンナ、どうしたんすか? 急に思い詰めたかと思えば、今度はニヤケちゃって」
「うるせぇな。俺だって感情くらい出すっての」
キリュウは、ミカミの脇腹を肘で小突いた。
「金だが、これでどうだ?」
そう言ってキリュウは、札束をダーレンに手渡す。
「ちょ、ちょっとダンナ!?」
あまりにも高い額に、ミカミも目を丸くした。
「こ、これは……」
ダーレンは、紙幣を一枚一枚数えた。チップを加えたにしては明らかに高い5万ルド。
「予想以上にいい仕事をしてもらったんだ。これくらいは……」
「だ、だども……」
それにしたって高い――そう言おうとしたダーレンの言葉を遮るように、キリュウは理由を口にする。
「お前を仲間にしたい。これからもムロト丸がダメになるかもしれねぇ――そう思った時に、打てるやつがいると心強い」
それで、この5万である。
少し足元を見てしまったか、とキリュウは苦虫を噛み潰したような顔をした。
こうなりゃ、後は誠意を見せるしかない。
「頼む! 後生の頼みだ。俺のムロト丸には、お前が必要だ!」
キリュウは、胡坐をかくと、頭を下げた。
「無理な相談は、百も承知だ。お前にしか、ムロト丸は治せねぇんだ!」
「仕方ねぇ! オメェのようなド素人に振り回されちゃ、この妖刀もかわいそうだ」
「ありがとう、恩に着る!」
◆
新たなメンバー・鍛冶屋のダーレンを加えたキリュウ達は、帝都に先発したランと合流するべく寝台列車の旅へ。
上手くいけば、仲間も情報も集めているだろう。その期待を胸に抱きながら、列車内で夜を過ごした。
しかし、寝台列車を降りれば、悪夢のような現実がそこには待っていた。
帝都の市民たちから、白い目で見られた。中には、金切り声をあげて逃げる者の姿も。
キリュウ達は、あたりを見回した。あまりの気味悪さに、吐き気がしてきた。
それ以上に気がかりなのは、約束の便に乗ってきたにも拘わらず姿を見せないランとイーキャ。
「……ランさんたちがいない!」
キリュウ達は、帝都中央駅の構内を駆け回った。
しかし、どれだけ探しても、ランたちを見つけることは叶わなかった。
息を切らした東口方面。これ幸いと言うべきか、伝言板が設置されている。
「キリュウの仲間は預かった」
伝言板には、そう書かれていた。右下に四枚桜を添えて。
その横には、人相書きのようなもの。眼窩上隆起とリーゼントが特徴なので、自分だとすぐにわかった。
「マジか……!」
キリュウの背中に電流が走る。顔が一気に青ざめ、手足がしびれてきた。
「ダンナ、気を確かに……」
ミカミがその背中をさするが、キリュウの呼吸は依然として荒いまま。
「あらら~。もしかして、キリュウなる人物って、あなたの事だったのぉ?」
ゆるふわな声が、駅構内に響いた。
「テメェは誰だ! ハナノメ組か」
煽られたように感じたキリュウは、女を睨みつけた。
「女の子にそうやって詰め寄るのは、反則だわ」
「そうっすよ、ダンナ。ちょっと喧嘩っ早いのが、ダンナの悪いクセっすよ」
ミカミにも諫められ、キリュウは後ろ首をかいた。
「悪かったな……仲間がやられてピリピリしてたんだ。」
「ワタクシはイロハ。ハクブン前首相の娘……以後、お見知りおきを」
「俺はキリュウ。で、こっちが仲間のミカミとダーレンだ。それで、捕まったのがランとイーキャ。偵察に行かせたはいいが……」
キリュウは、頭を抱えた。
「……助けたい?」
「ああ。手を貸してほしい」
イロハが上目遣いで訊けば、キリュウは頭を下げた。誠意を見せられた彼女は、少女のように笑った。
「ちょうど、ワタクシたちも手筈を整えて、抗争とシャレ込みたかったのよ」
「利害が一致したな。俺らも、戦力がどうしても欲しいと思ったところだった。」
最悪の状況下。今のキリュウらには、イロハが救いの女神のように見えた。
ミカミは、感動の涙で顔中を濡らした。ゲスい両手で、イロハの小さな右手を包み込んだ。
「お願いします、首相令嬢サマ……」
「いいわよぉ、アナタたちが先陣きってくれるなら」
「無論、そのつもりだ。そのために、いい刀も治してもらった」
仲間を取り返そうと躍起になっているキリュウを、イロハは頼もしそうな目で見た。
キリュウ達は、その後、イロハの別荘に招かれた。作戦会議のためであった。
この日は、イロハの別荘に泊めてもらうことになったキリュウ達。ほとんど眠れぬまま、次の朝がやってきた。
◆
イロハが秘密裏に集めたというザポネの戦士たちは、総勢で600名。キリュウ達からすれば、これ以上ない援軍。だが、ハナノメ組の本陣に突入するには、あまりに心許ない数。
今回の目的は、あくまでもランたちの奪還。いたずらに戦力を削ぐわけにもいかないので、今回は隠密行動に長けた者とともに少数精鋭部隊を組んで、本陣へ。
やるべきことは、いたってシンプル。イロハ軍が敵を惹きつけている間に、
屋敷の地下牢、その最奥部。鎖でつながれ、やつれきったランとイーキャの姿があった。
拷問もあったのだろう――体のあちこちに青アザができており、見ていてこちらが痛々しく思えるほど。
「今、助けてやるからな……」
キリュウは、妖刀ムロト丸を三週間ぶりに構えた。自然と背筋が伸びてしまう。
目の前の檻に、可能な限り集中する。そして、一振り。
檻は、簡単に斬れた。そして、ランたちをつないでいた鎖をも斬る。
「ありがとう……」
「あとは、トンズラするだけだ!」
キリュウは、イーキャの肩を担ぎながら、走り出した。ランは、ダーレンに抱えられた状態だ。
これで、あとは脱出するのみ。いったん、イロハの別荘に戻って情報の共有。それから体制を整えて再戦。それでも遅くはない。
打倒ハナノメ組への青写真は、出来ている。しかし、その矢先のことだった。
「小僧、山か海か……どちらか選べ」
ドスの利いた声が、地下全体に響き渡った。
5人の行く手を阻むがごとく、140cm程度のソメイ親分が現れた。
「ぐっ……!」
あの時と同じ質問だった。キリュウの奥歯に力が入った。
結果も見えている。どちらを選んでも、死あるのみ。ならばせめて――そう思ったキリュウは、じりじりと男との距離を詰めた。
「どうすれば、全員生還できるか……そう考えたな?」
読まれてしまった。滝の如く流れる汗が、キリュウのリーゼントを崩す。
ダルマのような顔つきは、鬼神の形相に早変わり。キリュウは思わず刀を身体の正面に構え、仲間たちより三歩前に出た。
キリュウの脚が震えた。息遣いも、地下牢によく響く。こうなりゃ、やけっぱちだ!
キリュウは、目いっぱい踏み込んで刀を振り下ろした。地を這うように衝撃波が地下通路を突き抜けた。
しかし、男は、キリュウが踏み込んだ時点で、キリュウの懐に潜り込んでいた。
そして、左腕を高く振り上げて、キリュウの喉元にピタリと刃をつけた。
数ミリでも動けば、喉は斬られていた。武者震いは、恐怖の震えに変わった。
向けられた刃をはらうようにムロト丸を振っても、ソメイ親分の
「小僧。もう一度、訊こう。海と山、好きな方を選べ」
再び、凄みのある声が響いた。
「海で頼む」
キリュウは、直感に身を任せた。あの日と同じ答えだ。
日本には戻れなくなったが、もしかすると命拾いできるかもしれない。キリュウは、一縷の望みを海に託した。
その浅はかな考えを眼差しから感じたソメイ親分は、鼻で笑うと刀から衝撃波を出した。
たった一撃で、キリュウ達はノックアウト。
「ザポネ本土から追い出せ」
キリュウ一派の5人は、鎖で厳重に縛られ、港町に身柄を運ばれた。
小舟に乗せると、接岸のためのロープを切り離した。
本日は、曇天なり。小舟は、波の気が赴くままに揺られる。
ザポネ本土が水平線の彼方に見えなくなった頃、嵐が吹き荒れた。
三日三晩の遭難の末、小舟は南南東の小島にたどり着いた。