EP6 四枚桜と親分
ヒノエンマを倒して一夜。すっかり英雄気取りのキリュウ達。
街に潜む妖怪で危険度も高かったこともあり、彼らが得た報酬は6400ルド。無名の冒険団に、大盤振る舞い。
しかし、ここで疑念が一つ。本物のユナはどこか? 四人は、ろまん屋を拠点にクエストを請けながら、ユナの情報を集める事にした。
まずは、朝早くから、カッパ駆除。30匹まとめて600ルド。
さらに、銭湯や料理店に現れるスライム。一匹見かけたら40匹いると思え。報酬は1キロあたり10ルド。これを6キロ分。
山に潜む、長い鼻のゴブリン・テングリン。6匹まとめて240ルド。
もっと稼ごうと、小鬼どもを25匹で250ルド。
この日の収入は、合計1150ルド。昨日のヒノエンマを考えれば、物足りなさを感じてしまうが、それでも十分。
しかし、どの依頼者に訊いても、ユナの二文字すら出てこない始末。知らなかった者までいるらしい。
「ダメっすね……」
「ああ。明日、風俗街で聞き込みするぞ」
キリュウたちは、明日に備えて早めに寝るのであった。
次の日も、キリュウ達は絶好調。
三対の腕にヘビのような下半身を持つカンカダーラ。破格の討伐報酬960ルド。
刀狩りの異名を持ち、全身に包帯を巻いて着流しを着た鬼・千本丸。これも1000ルド。
ロケットやキノコを思わせる見た目の、セクハラ妖怪・トイポクーン。ランが見た目を褒めると、なぜか消えた。討伐した証の金色のコアを二つ持ち帰って690ルド。
これら三つは、キリュウからすれば修業の一環にしか過ぎない。本命のクエストは、これからだった。
その内容は、夜の繁華街の警備。その額は、一人あたり450ルド。一晩、警備するだけでこの額は、まさに出血大サービス。
というのも、ヒノエンマが出たばかりなので、組合が急遽クエストを出したのだ。
このクエストを通して、行方不明のユナの手がかりを探る――それが、キリュウの狙いであった。
「しかし、兄ちゃん……あの女に目をつけるなんて、隅に置けないねぇ」
聞き込みをしていると、酔っ払いに肘で小突かれた。
「うるせえ、単なる人助けだ。それと、あんまり飲みすぎるなよ」
「へいへ~い!」
せっかく、このエリアに入る大義名分を得たというのに、酔いつぶれた人たちの介護ばかり。
正直、気が滅入りそうだった。だが、この街が普通に賑わっている証でもある。
「俺たち、ユナっていう女を捜してるんだが、どこか心当たりは?」
「せっかく、美人の彼女がいるのに風俗かい? お前も罪な男だねぇ」
「場所、分かる?」
ランは腕章を見せながら訊いた。
「え、警備? ああ、そう……」
酔っ払いは、泣きながら帰っていくのであった。
その後も、有力な手掛かりはナシ。ユナの名前が出たと思えば、接客が変わったとか、破産させられた者がいたとか、ヒノエンマの悪行ばかり。
これ以上の聞き込みは無駄だと確信したキリュウは、ユナがいたであろう店“アモーレ”へと赴くのであった。最初からそうすればよかった、と若干の後悔をしながら……。
「いらっしゃいませ……って、君たちか。あのね、ここは君たちが来るような場所じゃ……」
「いや、俺たちは警備に来たモンだ。それと、ちょっと情報が欲しくてよ」
「そういう事なら、お茶を出そう」
そういって店主は、キリュウ達をバックヤードに連れて行った。
「俺ら、本物のユナの手がかりを探しててよ……。アイツを助けたくてな」
「ああ、ユナちゃんの。彼女なら、年明けすぐくらいに帝都に行ったはずだった」
「帝都に? 何の目的で?」
「帝都からスカウトが来て、ぜひウチの店で……なんて言ってたね。私には、彼女を止める権利はなかった。それで輝けるなら、と思ったからね」
店主は嬉々として語っていたが、その表情には徐々に陰りが見えてきた。
「でも……ヒノエンマが」
ランが訊けば、店主はため息とともに「そうなんだよ」と呟いた。そのヒノエンマが来たのは、今から一カ月ほど前の事だった……店主は、そう語る。
その時は、人間関係に疲れて戻ってきた、と向こうは騙っていたようだ。偽物のユナは、やつれていた印象こそあったが、特に違和感を覚えるほど変わっていなかった。
すぐに戻ってきたときに、気づくべきだった――店主は、今もそれを後悔していた。妖怪を働かせていた事実は知られている。店が潰されるのも時間の問題だ。
「過ぎた事だ。頭、切り替えるぞ」
「それは、私も重々承知している」
「俺たちは、ユナの足跡を追っている。そのために、ここを訪ねたんだ。お前も、アイツが心配なんじゃねぇのか」
「そういえば、帝都からスカウトが来た……とか言ってたな? どこの店だったんだ?」
「ああ、“蜜月亭”からだったよ」
店主は、内ポケットからカードケースを取り出すと、名刺を探し始めた。
もはやTCGが出来そうなほどに分厚い束。その中から一枚、蜜月亭のスカウトの名刺をキリュウに渡した。
「君たちに、ユナちゃんをお願いしても?」
「全然かまわねぇ」
キリュウとランは、握りこぶしを作り、自信満々の笑みを浮かべた。
「恩に着る……」
アモーレの店主の声が上ずっていた。キリュウ達が去った後で、目を強く閉じ、涙を絞った。
◆
有力な情報を得たキリュウ達は、深夜にもかかわらずやる気が出た。
酔っ払いがいれば、介護しながら宿へ連れてやる。小競り合いがあれば、すぐに止めに入る。
地元民曰く、こんな事はしょっちゅうだという。しかし、遊女が失踪した話は、そうは聞かないらしい。
そして、長い夜が終わった。
「ダンナ、何か情報は掴めやしたか?」
「ああ。ユナってヤツは、年明けくらいに帝都に行ってるらしい」
キリュウは、蜜月亭のスカウトの名刺をミカミに渡した。
「行ってる? なぜに現在進行形で?」
「あのユナが偽物だったからな。おそらく、一カ月前に帝都で入れ替わったんだろう」
「なるほどねぇ……」
「で、話は変わるが……帝都まで、どれくらいかかる?」
「ここスンガの街からなら、寝台列車を使う必要がありやす」
「おお、寝台列車!」
ミカミ曰く、およそ960キロの旅。寝台列車の響きに、思わず心が躍ったキリュウ。
現代日本では、もうお目にかかる事のないもの。交通機関の高速化とともに廃れたロマンである。
「ただ、ダンナにはムロト丸の件が……」
「だったら、俺だけ三週間後に戻る。運賃は?」
「片道700ルドっすね」
予想以上に高い運賃であった。
「……てことは、俺が刀を取りに行く往復分と合わせて4200ルドってところか」
刀の打ち直し費用21000ルドと合わせて、25200ルド。いくらキリュウ達が稼いでいるとはいえ、決して安くない額だ。
どうにか少しでも浮かせられないか――腕を組みながら思案するキリュウの肩を、ランが叩く。
「ユナのこと……私に任せて」
「いいのか?」
キリュウが訊くと、ランは首を強く縦に振った。
「先に私が……帝都、行く」
「いくらスゴイ経歴の持ち主であろうと、オナゴはオナゴ。拙者も、警護として……!」
イーキャも、先発に乗り気だった。
キリュウは、感慨にふけってしまった。アモーレの店主も、同じように止められなかったんだな、と。
「だったら、お前らに頼みたいことがある。敵の偵察だ」
キリュウは、ランたちに3900ルドを手渡した。この三日で稼いだ額の3分の1程度に相当する額だ。
イーキャの隠密行動の才能があれば、ハナノメ組の戦力がある程度は分かるだろう。
「あと、出来れば戦力の確保も、お願いしやす」
「俺たちも俺たちで、戦力を探してみる」
ここから先は、別行動。キリュウ達はスンガに残り、引き続きクエストをこなして資金稼ぎ。
ランたちは先に帝都に乗り込んで、ハナノメ組の調査。
「5月8日の午前9時、帝都中央駅で落ち合うぞ」
キリュウ達は、拳を重ねた。
◆
翌日、スンガ駅。寝台列車“夢幻”は、11時頃にホームに着いた。SLを思わせるような見た目の列車に、ランとイーキャは乗る。
内装は、激動の時代ザポネを象徴するかのように、簡素ながらモダンでオシャレ。これで700ルドは、高くも安くも感じられた。
「キリュウ達も、乗せたかった」
「あ、ああ……」
実力を買われた二人だが、どうにも会話が続かない。一言二言をかわし、相槌を打つだけ。こんな調子のやり取りが、断続的に行われた。
最大の弱点・コミュ障を抱えた二人は、翌日の9時ごろに帝都中央駅に着いた。
寝台列車のノンビリした雰囲気から一転。この時間帯が、一日で一番混雑する。人混みに揉まれながら、ランたちは駅構内を歩く。
レンガ造りの壁にステンドグラス。でかでかと掲げられたブリキの企業看板。ここがザポネの中心だ、とこれでもかと主張しているようだった。
そんな帝都中央駅からは、放射状に8本の路線が伸びており、ランたちは南東方面へと向かう列車に乗り換え。
この路線の下り方面だけは、夜の街方面ということもあり、比較的空いていた。大体が朝帰りなのか、眠りこけている者の姿もちらほら。
渡された名刺を頼りに、最寄り駅から10分ほど。ようやく蜜月亭の看板が見えてきた。しかし、シャッターは降りてしまっている。
どう話を切り出そうか――イーキャが脳内で綿密にシミュレーションをしていると、向こうから店主が寄ってきた。
「あんたら、誰だい?」
40代半ばくらいの男が、パイプでタバコをふかしながら訊いてきた。
「ユナ、捜してます」
「ユナ? アンタら、何で彼女を知っている?」
「あ、アモーレでもらった」
そう言って、ランはスカウトの名刺を渡した。
「拙者たち、このオナゴを捜している者でござる」
そういって、イーキャはユナのポスターを見せた。
「先月まで、いた……って聞いた」
「ああ、人間関係に疲れた……なんて言ってスンガに帰ったと思ったが、違うのか?」
「スンガで妖怪が化けてた。で、ここで何があったのでは……と推測を立てたが」
「そういう話なら、陰陽師にでも訊きな」
「もっと、情報ほしい」
ランは、あざとく店主の袖口を引っ張った。
「例えば……出ていく前の日にあった出来事とか、それでも構わぬ」
「そういえば、出ていく数日前だったかな。情婦にしてやる……なんて傲慢な奴が来たような」
「じょ、情婦!?」
「ああ。当然断ったが、返り討ちに遭った。“四枚桜”を背負っていたから、ありゃハナノメ組のヤツだな」
蜜月亭の店主は、さらに続けた。
やつれた彼女に化けたヒノエンマは、どうにかしてハナノメ組の屋敷から抜け出たと。
しかし、他の客や従業員と話がかみ合わず、数日で帰ったと。
「ヒノエンマを差し向けたのも!」
「ハナノメ組の陰陽師、と言いたいのか。ただ、本気で助けるなら、止めとけ」
店主の助言に、ランは唾を飲み込んだ。
「それでも、我々は弱き市民のために戦わねばならぬ」
「どうなっても知らんぞ」
蜜月亭の店主は、毒づいた。
◆
蜜月亭の店主からハナノメ組の本拠地を教えてもらった二人。城とも見まがうほどの敷地と建物に、圧倒されていた。
今度のミッションは、ユナの救出と戦力の分析。彼らは、塀を登ってコッソリ侵入する。
門番だけでも、数百。数十ヘクタールに及ぶ庭園を帝都に造れるほど、ハナノメ組の権力は強いことがうかがえる。
監視の目をかいくぐり、鉤爪のついたロープを屋根に投げて、潜入。
そこから天井裏へと侵入し、わずかな隙間から下の様子をうかがう。
小一時間ほど天井裏を動き回っては、隙間から覗くの繰り返し。
その結果、黒髪の艶やかな女を見つけることに成功。その横には、140センチ程度の小さな初老の男。
「間違いない、このオンナ」
ランは、ポスターの女と彼女を交互に見つめた。イーキャも、確認を取った。
喜びを押し殺すように、小さくガッツポーズをとるラン。後は、助けるだけ。しかし、彼女の肘が梁にわずかに当たった。その音で、ユナに勘付かれてしまった。
「アンタら、何者だい?」
ユナが、天井の穴を見上げて訊いた。二人は、すぐに引っ込んだ。
隠れていることがばれてしまった二人の額には、滝のような脂汗。
「そこに誰かいるのか?」
イーキャは、不規則なリズムで板を叩いた。助けに来たことを長短の信号で伝えたかった。
だが、今の彼女はヤクザの情婦。ユナは鼻で笑った。
「ソメイ親分。天井裏にネズミが二匹」
横にいた小さい男こそが、ソメイ親分だった。ダルマの如く濃い人相で睨まれた二人は、委縮して動くことが出来なかった。
ソメイ親分が着流しの左肩をはだけさせると、そこには乱れ散る花吹雪の刺青。小柄ながらも、割れた大胸筋、彫像の如く筋の入った腕は迫力満点。
ユナは、部屋に飾られている武者鎧像から刀を失敬すると、ソメイ親分に手渡した。
ソメイ親分が刀を抜くと、桜吹雪のような刃紋がギラっと光った。
なんとしてでも逃げねば――ランたちは必死に這いつくばる。しかし、それで逃げられる距離は、たかが知れている。
「そこだな!」
左腕に構えた刀を振り抜くと、桜色の衝撃波が天井に向かって飛んでいく。
衝撃波は、天井を切り刻んだ。ランたちが降ってきた。騒ぎを聞きつけた黒スーツたちが、ランたちを囲んだ。
四方八方から銃口を向けられてもなお、ランは冷汗をかくだけ。
「オンナでも、強い!」
ランは、スッと立ち上がると、目にも止まらぬ速さで回し蹴りを黒スーツどもに浴びせる。
しかし、流石は帝都の者たち。女の蹴り一つで怯むようなヤワな戦闘員どもではない。
お返しとばかりに、銃が乱射された。今度は、イーキャが勇気を振り絞って印を結んだ。
「忍法“変ワリ身”!」
煙幕と共に、ランたちは、その場から姿を消した。しかし、二人が現れた場所に、ソメイ親分が立っていた。
威風堂々の立ち居振る舞い。自分より頭一つ背が低い相手に刀を向けられ、ランたちは再び足止めを食らった。後ろには、紋付き袴の20代男性。
「小僧ども……名を名乗れ!」
ソメイ親分は、刀を光らせながら訊いた。
「ラン。キリュウ一派」
「同じく、イーキャ」
「キリュウ一派か……聞かぬ名だな。テメェら、こやつらを牢にブチ込んでおけ!」
ランとイーキャは、あえなく捕まってしまった。