EP4 無口と陰キャ
「堂々と“工面する”なんて言った手前、何かいい考えでもあるんすか?」
「冒険団を結成する。そしたら、クエストなんてのが受けれるらしい」
キリュウは、ヲタク文化に詳しかった仲間との話を思い出していた。彼曰く、どこか遠くの世界に飛ばされりゃ、まずはギルドでクエストというのが相場らしい。
このカルミナを地球とは異なる遠くの世界とすれば、このファンタジーに乗る価値は大いにあるだろう――そう判断して、キリュウは大マジメに切り出した。しかし、ミカミは、糸目でキリュウを見つめては呆れていた。
冒険団とは、この世界でもなかなか安定しない仕事。よほどのコネが無い限り、これで稼ぐのは難しい。ミカミのイヤな予感は、失敗することだけではない。
「ダンナ、もしやとは思いやすが……」
ミカミは、上目遣いでおそるおそる聞いてみた。
「もちろん、冒険“団”だからな。お前にも来てもらうぞ」
「ですよねぇ……」
聞くんじゃなかった、とミカミは首を垂れた。
「この三週間で二万ルド……それと仲間だ。少なくとも、あと5人は欲しいところだな。特に、隠密行動できるヤツと狙撃手だ」
「分担作業ですかい。ダンナが“くえすと”なるもので稼いでいる間に、俺が仲間の目星をつける……と?」
キリュウは、うなずいた。
捕らぬ狸の皮算用にしか聞こえなかったので、ミカミはため息をついた。
「まあ、善処いたしやすが……。帝都の方がいい仲間を集められそうっすけど」
「ちょっと難しいな。敵地だぞ?」
「……言われてみれば」
帝都は、ここよりさらに東。ザポネ一番の街ではあるが、ハナノメ組の本拠地でもある。誰が彼らの息がかかった者か、分かったものではない。
したがって、仲間を募集するならば、帝都より400キロほど離れたこの場所の方が向いている。キリュウは。そう考えたのだ。
「何はともあれ、まずはギルドっつー場所だ。それらしいところは、あるか?」
「それなら、大衆食堂“ろまん屋”がいいかと」
その途中でキリュウは異変に気付いた。
「さっきから、気配を感じる……」
キリュウは、立ち止まった。辺りをキョロキョロ見回している。
「どうしたんすか、急に。慣れねえ旅で疲れてるんじゃないすか?」
「いや、気のせいとかじゃねぇ」
「ま、まさか……」
バレた。背筋が凍った。
昨日の船のなかに、ハナノメ組の構成員かスパイがいた。そうとしか考えられなかった。
「そこ!」
交差点の対角線上のビル。その企業看板の陰から、銃口が見え隠れてしている。
キリュウは、歩道橋を駆け上がりビルを見上げた。観念したのか、狙撃手がビルから飛び降りた。
二人は、慌ててビルの真下へと向かおうとした。しかし……。
「……!」
狙撃手は、茂みのなかへと姿を消した。
「ちょっと! 女の子に飛び降りさせるなんて、どういう了見っすか!」
ミカミは、キリュウの肩を強く揺さぶった。
「大丈夫だ。ありゃ、自殺の飛び方じゃねぇよ」
「確かに、少しのためらいも無かったっすけど」
ミカミは、彼女が飛び降りたであろう場所をくまなく探した。しかし、交差点に狙撃手の気配はない。
「ミカミ、道じゃねぇ! 百貨店だ!」
漢字の丸を四角で囲ったロゴが特徴の“かどまる百貨店”。その入り口付近に、キリュウは銃口の気配を感じた。
ミカミの腕を引っ張り、キリュウは百貨店の中へと入っていった。この日のかどまる百貨店も大盛況。
レストランを覗けばオムライスやとんかつ。オモチャ売り場にはブリキの人形が並ぶ。どれも、ザポネ人にとっては目新しいものだ。
狙撃手を捜しているうちに、ミカミとキリュウははぐれてしまった。
「くそ……どこだ!」
キリュウは、あたりを見回しながらエスカレーターを駆け上がった。
三階にある婦人服売り場。和服が三割、洋服が七割といったところか。しかし、売っている洋服はいずれも、よほど体型に自信がないと着られそうなデザインばかり。
このエリアだけは、額が他より一桁も二桁も違う。庶民にとっては手が出しづらく、閑散としていた。
黒髪のマネキンにまぎれて金髪がひとつ。キリュウが睨みを利かせると、金髪が動いた。
「ぁ……ヤバ」
ミディアムのワンレンが、フワッと香った。
逃げようとしたが、キリュウに肩を掴まれて阻まれた。
「お前、名前は? 歳はいくつだ」
「ラン、22歳。ハナノメ……」
すべて言い切る前に、キリュウは刀をランの首にピタリと当てた。
ランよりも、ミカミのほうが慌てている。これ以上彼女にに苦しい思いをさせるのか、そう叫ぼうとした時だった。
「…………!」
ランは、刀身を左手の人差し指と中指でつまむと、軽くひねった。
自分より頭一つ大きい男が、空中でグルっと一回転。売り物を巻き込んでキリュウの背中が打ちつけられた。
それから、ランはすぐに馬乗りになった。右手で彼の首を抑えて、左手で機関銃を構える。銃口がピタリと、キリュウの額に。
「お前、只者じゃねぇな」
タイトな白キャミに浮かぶランの割れた腹筋――キリュウは、それを見ていった。
「あはは……君も」
全く物怖じしない彼を見て、ランは首から手を離した。
「不純異性交遊反対! 愛がないのにシッポリとか、どんだけ節操ないんすか!」
婦人服をかき分け、キリュウの身を案じたミカミだった。しかし、キリュウを見るなり、青筋を浮かべた。
「大体ねぇ……」
ミカミの説教は、一度始まると止まらない。ねちっこいのが彼なりの説教。
「そろそろ降りてくれねぇか。勘違いされてるぞ」
ミカミが顔を真っ赤にしているなか、キリュウは毅然とした態度で言った。
「分かった……」
「お前は、ハナノメ組とどんな関係だ」
「……姉の仇」
ランは多くを語らなかったが、目を潤ませていた。
目的が同じと分かれば、肩の力が急にぬけた。キリュウは、刀を戻した。
「場所を変えよう。ここじゃ人の目が気になって会話どころじゃねぇ」
「事情をよく聞かせろ」
「言ったとおりの意味」
「多くを語ろうとしないのは分かるが……。俺らもハナノメ組の親分を狙っている」
「8年前、斬られた。私を逃がした身代わりで」
ランはうつむき、静かに涙を流した。
「仇を討ちたいなら、なおさら俺たちと来るべきっすよ。それに……」
「それに?」
ランがまじまじと見つめると、ミカミは赤面した。さらに、過呼吸。
「ら……らら、ランちゃん。ちょ、ちょっとカワイイし」
「ちょっとキモいぞ」
ランは、右手で胸元を抑えると、左手に持った機関銃の銃口をミカミに向けた。
ミカミがハナノメ組に狙われる理由が、何となく理解できた。
「悪ぃ、自己紹介が遅れた。俺はキリュウ。こっちの変態がミカミ……根は決して悪い奴じゃねぇから大目に見てくれ」
「そうだ。私、元レイゾン……」
この事実を知って、ミカミが両腕でガッツボーズした。
「レイゾン? そんなにスゴイ組織なのか?」
「そりゃあ、もう! 国境なき軍隊の異名を持つ組織っす。世界中からえりすぐりの兵士たちが集まり、世界一厳しい鍛錬に勤しんでいるとかいないとか」
「フランスの外国人部隊みてぇなモンか。ランさえよけりゃ、すごい戦力じゃねぇか!」
キリュウの目も輝く。
「全ては、ソメイ親分を倒すため」
ランが、握りこぶしを作った。
「おう!」
キリュウは、ランの前に握りこぶしを作った。ランは、涙を人差し指で拭うと、握りこぶしを合わせた。
「コイツの強さは、悔しいくらいに分かった」
「そうでしょ! 元レイゾンがいれば百人力ですから! ですからぁ……ですからぁ…………」
ミカミは、天を仰ぎながら拳を強く振り上げた。しかし、そのセルフエコーは、街の雑踏に空しく消えた。
キリュウとランは、さっさと目的地へと歩き出す。
「行こ。ミカミ」
ランは、振り返ると、ミカミの裾を引っ張った。
◆
ランと同行し、キリュウ達はこの街で冒険者が最も集まる“ろまん屋”に着いた。
ザポネの食堂では、寿司や練り物、煮物が定番である。しかし、この店の看板メニューは、とんかつ、カレー、オムレツ。ザポネ酒よりも炭酸の方が売れるなど、ザポネの中では異色の食堂。
異国情緒あふれるこのお店、やはりと言うべきか、大盛況。キリュウ達は、人混みを避けながらカウンターへと向かった。
「三名様、本日はどのような御用で?」
「俺たち、冒険団を結成したいんだ」
「だったら、この書類にサインを。それと……」
ハゲオヤジは、三人分の書類に加えてスマホに似た物体をカウンターから取り出した。
「これは?」
「冒険者パス。お前らにとっての身分証明書のようなものだ」
「じゃあ、お前ら三人でいいな?」
ハゲオヤジが確認を取る。キリュウとミカミが書類を提出しようとするなか、ランだけは書類に手をつけていない。
そればかりか、あたりをキョロキョロ見回している。銃口を吹き抜けの天井に向けている。
「お嬢ちゃん?」
「私、子供じゃない。それに……変な気配」
「こんだけ冒険者がいりゃ、変な奴の一人や二人はいるだろ」
キリュウはランにペンを渡そうとするが、彼女はそれどころではなかった。
「……そこ!」
ランが梁を指した。すると、黒装束の男がワイヤーを伝って降りてきた。
鎖帷子にカラスマスク。無造作に整えられた黒髪。少しモヤシではあるが、見た目通りのニンジャといったところか。
「拙者を看破するとは、なかなかに見どころが……うっ!」
忍者は、うっすら浮かぶランの谷間を見て悶絶。
しまいにゃ、うずくまってしまう始末。
「……?」
ランは、忍者に近寄り、かがんだ。
「ち……近づくな。ふ、不埒なものを」
忍者は、ランから視線をそらし続ける。
「あ……兄ちゃんたち?」
困ったような顔で、店主がキリュウ達を見る。
心配する眼差しだが、今は忍者に辛く突き刺さる。上ずった声で独り言を始める。
「拙者も冒険団なるものを組みたく思うのだが、どうにも緊張して声を掛けられぬ日々」
「お前、まさかとは思うが……」
「自己紹介で噛んだらどうしよう。オナゴの胸に目がいったらどうしよう。第一印象で嫌われたら……。そして、仲間のノリについていけなくなった時にどうすれば」
完全に己の世界に入り浸っちまった忍者。真っ赤な顔を両手で覆い、ずーっと独り言。
失敗したときの事を恐れ、かれこれ数週間。新しく組まれる冒険団を見ては、枕を濡らす日々を送っていたらしい。
もし、このキリュウ達と同行する機会を逃せば、これで80組になる。
「拙者、どうすれば……!」
「うるせぇな! 俺の前でそんなのが堂々と言えるんなら、もっと早く何とかなっただろ」
キリュウは、たまらず忍者の襟元を掴んだ。
「ぼ、暴力反対」
蚊の鳴くような声を聞き、キリュウは忍者を離した。
「だったら、来るのか、来ねぇのか。今すぐ、ここで決めろ」
忍者は、口から心臓が出そうな感覚に耐えながら、考え込んだ。
これを逃せば、二度と冒険団になれぬ。目でそう言われているような気がしてたまらない。
ますます悩んだ。無理やりにでも連れていくのではないか――そんな疑念すら覚える。
「お前、今までそうやって何人との出会いを不意にしてきた?」
「か、数え切れぬ……」
忍者は、何度も指折り数え、うろたえた。
「オッサン、コイツの分の書類も!」
「お……おう」
狐につままれたような顔で、オッサンは書類と冒険者パスを渡した。
「案ずるより産むが易し、だ! 俺たちと来るなら書け。でないと、お前……冒険団なんて夢のまた夢だ」
「ダンナ、ちょっと言葉が過ぎやせんか?」
ミカミの横やりも気にせず、キリュウは真っすぐ忍者を見ていた。
その熱いまなざしに、忍者は耐えられなかった。
「せ、拙者にも! 拙者にも、居場所はあろうか?」
「ああ、大いにある」
「……なれば!」
忍者の唾を飲み込む音が、キリュウにも聞こえた。今度は、忍者の方から熱い視線を送っている。
その覚悟のほどがうかがい知れて、キリュウは思わずはにかんだ。
「なれば、この機会……逃すまい。拙者を! 不束者な拙者であるが、ぜひお主らが一派に加えていただきたい!」
忍者は、恥も外聞も捨て、キリュウの前にひざまずいた。
勇気を振り絞った嘆願。キリュウは「いいぜ!」の二つ返事で快諾。
「みんなとなら、楽しいよ?」
ランが手を差し伸べると、忍者はその手を借りて、ゆっくり立ち上がった。
「自己紹介が遅れた。拙者、イーキャと申す者。こう見えて、シノビでござる」
「見りゃ分かる。にしてもお前、結構いい才能してると思うぜ?」
80組ほどある一階のテーブルが満席な事に加え、二階もほとんど埋まっているような状況。ランに見つかるまでは、人混みの中で隠れていたのだ。キリュウは、それを評価して言った。
彼としては、なんてことはない一言のつもりだった。だが、イーキャをスキップさせるほどの効力があったらしい。
イーキャとランが書類に目を通してサインを終えたら、いよいよキリュウ一派の旗揚げ!
「じゃあ、改めて……四人で冒険団を結成だな」
「乾杯!」
四人は、ジョッキで乾杯。浴びるようにコーラを飲む。
「しかし……せ、拙者が同じグループで浮かぬだろうか」
「心配するな。良くも悪くも濃いチームになる……気がする」
「俺を見て言わないでくださいよ!」
ミカミの額に脂汗が浮かぶ。キリュウは大笑い、ランも微笑む。
「しかし、たった一日で狙い目の仲間と出会えるなんてな」
「何はともあれ、幸先いいっすねダンナ!」
ミカミは、キリュウの肩に左腕を回すと、右手のジョッキで乾杯を強要した。
「色々といい方向に運びすぎだ」
口では無愛想に言ってみせたが、嬉しさは隠し切れなかった。