EP3 ビビりと鍛錬
道なき道を超える、山の中。朝早くから、彼らはずんずん進んでいく。
このような道には、決まって危険が付きまとう。例えば、盗賊。でっぷりと肥えた男が、渋染めを羽織り、刀を構える。
「やいやいやい! 身なりのおかしな連中よ、有り金よこせ」
「けっ、ド素人の構えしやがって。殺陣のやられ役でも、んな構え方しねぇよ」
キリュウは、ムロト丸を構えた。本来ならば、きちんと直したうえで使いたかったが、相手が殺意に満ちているのだから仕方あるまい。
盗賊が、いきり立って襲い掛かってきた。キリュウは、左肩に担ぐように振りかぶった。
「貴様の方こそ、刀を使い慣れておらぬな!」
「この相棒だけは……な! はあああああッ!」
キリュウは、豪快に水平に振り抜いた。巨大な真空の刃が、周りの木々をも巻き込んで、盗賊を一閃!
あまりにも余計なものを斬り過ぎている。倒れた丸太どもを、キリュウは目を細めて見ていた。
「ちっ……まだ、制御が利かねぇ」
キリュウは、妖刀を鞘に納めた。
「でも、ダンナ! この威力は、スゴイですよ」
「オーバーキルもいいトコだ!」
キリュウは、ミカミの太鼓持ちに難癖付けた。彼からすれば、手放しで喜べる強さだった。
だが、このチカラは、そもそも刀のものであって、キリュウ自身が意図して出したものではない。
業物でも妖刀でもなくていいから、まともな一刀が欲しい。キリュウは、それを切に思った。
彼らの山道の移動を阻む者は、まだまだたくさん。
頭に角、虎柄のパンツ。ゴブリンとは似て非なる小鬼ども。
ケンカ慣れしているキリュウからすれば、徒手空拳でも十二分な相手。
肘鉄で一体、ローキックで一体。ラリアットで二体まとめて吹っ飛ばす。
「ダンナ、刀は使わないんすか?」
「こんなヤツ、ステゴロでも十分だ」
この山道、キリュウの想像以上にモンスターは多かった。
今度の敵は、シュテンオーガ。……なのだが、夜通しアルコールを飲む習性ゆえに、この時間帯は潰れている。
そこかしこにクサい吐きだまりが見えたら、奴らが倒れている証。その酩酊っぷりは、倒すのもかわいそうに思えるほど。
三つの首を持つアスラヘビ。狙った獲物は確実に逃さない、黄金の翼をもつゴールドビ。
刀のように鋭い鎌を持つ2メートルほどのカマキリ・ムシャマンティス。
長い首と背中の甲羅が特徴の水棲のドラゴン・エラスモス。
いずれも、妖刀ムロト丸の錆と化した。周りを吹き飛ばしながらKO。
さらに、カルミナの裏側では希少生物であるトラノイキュービ。
虎模様の頭に、九つのシッポ。牙をむき出しにしながら、威嚇してくる。
ミカミがキリュウの前に立った。この手の妖怪、ダンナが手出しするまでもない――そう言いたげだ。
「グルルルル……!」
「出でよ、式神“センジュ童子”!」
ミカミは、人の形をした紙に筆で文字を書いた。それから、紙を宙に放り投げる。
すると、紙がいくつもの腕を持つ千手観音のようなものに変化した。
「ガオーッ!!」
トラノイキュービが、センジュ童子にとびかかった。
しかし、センジュ童子の腕たちが、九つのシッポと両方の前足を掴んだ。
それでも、腕は余っている。左フック、右ストレート、左エルボー、右アッパー。
4HIT! いずれも腹を穿つほどのクリティカル。トラノイキュービは、力なく倒れた。
「お前もお前でスゴイな……」
「滅多な事じゃ使いやせんよ」
ミカミは、照れ笑いしながらセンジュ童子を紙に戻した。
◆
彼らが麓に降りて、港にたどり着けたのは夕方の事であった。
蒸気船が悠然と客を待っている。幸運にも、最後の便には間に合ったらしい。
その船の中で、夕食を済ませ、デッキで夜の海を楽しんでいたキリュウたち。
他にも、目的がもう一つ。情報収集だ。
「俺ら、異邦人の鍛冶屋を捜してるんだけど、何か知らねぇか?」
「ああ、スンガの街にいる“ダーレン”って奴か? ただ……ちょっと性格に難があってな」
「性格に難?」
横にいたミカミが訊く。
「ああ、アンタより頭一つデケェのにビビりなんだ。アンタみたいな強面は、お断りじゃないかな?」
「チッ……極めて心外だ。ミカミ、他を捜すぞ」
キリュウは、くるっと背を向けて船室に戻ろうとした。
しかし、男に肩を掴まれ、止められた。
「ちょっと待ちな、兄ちゃん。アンタの刀……かなりの業物と見た」
キリュウは、腰に提げたムロト丸を抜いた。
ただ刀身をむき出しにしただけなのに、チカラをヒシヒシと感じる。男は、思わず感嘆の息をもらした。
「コレを打ち直すために、わざわざ海を超えるんだ」
「打ち直して、どうする気だ?」
「聞いて嗤うなよ? 俺らは、ハナノメ組のソメイ組長を倒す」
聞いた瞬間、男の表情が一気に険しくなった。
「その道は険しいぞ。ザポネが生んだ剣士は多数いるが、ソメイは指折りの実力者だ」
「覚悟はしている。この妖刀にふさわしい力をつけるためなら、何もためらいはしねぇ!」
「だったら、ダーレンを訪ねればいい。これを直せるのも、彼くらいなものだろう」
そう言って、男はスンガの地図をくれた。
「ありがてぇ!」
キリュウは、嬉々としてその地図を握りしめ、船室へと戻った。
「交渉なら、俺に任せてくだせぇ」
「その方がよさそうだな。ハナノメ組を斬る刀なんだ、鍛冶屋も丁重に扱いてぇ」
「ハナノメ組……!」
キリュウの陰に隠れていた何者かが、フッとデッキから消えた。
◆
蒸気船に揺られること、一晩。スンガの港に着いた二人は、男がくれた地図に従ってダーレンのいる鍛冶屋を目指す。
スンガは港町。魚も物資も、人間も集まる場所。色とりどりのスーツ、ときどきモンペ――様々な衣装に身を包んだ者たちが街を歩く。
様々なホーロー看板が軒を連ねる。キリュウは、100年くらい前にタイムスリップをしたような気分になった。
そんな街中から少し北東に外れた郊外に、彼らの目的地があった。
トタンの板にダーレン工房の屋号を掲げた大きな建物。
相棒を治せると思うと、キリュウの心が躍る。だが、その逸る気持ちをミカミが抑える。
「ダンナ、落ち着いてくだせぇ」
「じゃあ、まずは俺が」
キリュウはうなずいてムロト丸を渡した。
「ごめんください!」
ミカミの大声は、機械の稼働音にかき消された。
一見して誰もいなさそうな工房。ミカミは、動いている機械と距離を取りつつ、中へと入っていく。
どこからか、バチバチと音がする。機械のように周期的な振動や騒音ではないので、ミカミは音の方へと近づいた。
「来るでねぇ!」
大男の野太い声が、工房内に響いた。だが、注意喚起が遅かった。
「うわっ!」
真白い閃光が、ミカミの目に襲い掛かった。
大男は、作業を中断し、仮面を外した。
「おめぇ、大丈夫か?」
「お、お気遣いどうも……。な、何の作業だったんすか?」
ミカミは、目をシバシバさせる。しかし、目の痛みは取れず、モノもぼやけて見えるまま。
「溶接だ。オデも、おめぇに気づかなくて悪かったよ」
「いえいえ、俺が不用意に入ったせいなんで。自己責任っすよ」
ダーレンは、ミカミに目薬を渡した。目薬をさしたミカミの視力が戻った。
噂通りの大男が目の前にいることが、今ハッキリと分かった。
ボウズ頭で、丸太のように太い腕。藍色のつなぎをはだけさせている姿は、仁王像のごとき風貌だった。
「あなたがダーレンっすね?」
「おう、オデがダーレンだ。元々はパハルで工房やってたけんど、ザポネの大使に呼ばれて、ここで工房やってんだ」
勇ましい雰囲気とは裏腹に、ダーレンの声は小さかった。それも、周りで稼働している機械の振動に負けそうなほど。
ザポネでは、今、海外に追いつけ追い越せと言わんばかりに、各国に大使を派遣しているようだ。この十数年、ザポネの産業革命が進んでいる。
古きものが新しきものに変わる――そんな激動の時代を支える一人が、このダーレンである。
「ところで、おめぇは?」
「ああ……申し遅れやしたが、俺はミカミ。イゼモでケチな神主やってるモンっす」
「で、ここ訪ねるって事は、オデに仕事の依頼か?」
ダーレンは、ミカミが抱えている妖刀を指した。
「ええ。この刀を打ち直してほしい、ってダンナのワガママでね。たまたま安く売ってたのを俺が買って、ダンナに譲ったんすけど……」
ミカミは、ダーレンに妖刀を渡した。
まじまじと刀身を見るダーレン。その目つきは、ホンモノだった。
「凄くボロボロだど……剣士に会って、説教してやりたいど!」
ダーレンは、鼻息荒く言った。
「分かりやした、ダンナを呼んできやす」
そう言って、ミカミは工房の外にいるキリュウを呼びに行った。
どんな人物か想像しただけで、戦慄と期待が入り混じって、脚が震えた。
「おぉ……閻魔が来たのかと」
ダーレンの顔が、青ざめた。とても、キリュウより頭一つ大きい体格とは思えないほど、ビビっている。
説教してやりたい――さっきの意気込みはどこへやら……。ダーレンは、体育すわりで頭を抱えていた。
「なぁ、ミカミ……俺の顔、そんなに怖いか?」
キリュウは、小声で訊いた。
「俺は、その顔カッコいいと思いやすよ。ちょっと厳ついっすけど」
あまりフォローになっておらず、キリュウは顔を歪ませた。
結構ワイルドな顔で自信があったのに……キリュウのため息が尽きない。
「しかし、俺の顔見ただけでビビるような奴が何で工房やってるんだ? 機械は危ないと思うだろ?」
「ちょっと臆病なくらいが、機械を使う上では有利なんすよ……きっとね」
「ミカミの言うとおりだ。使い方を間違えなきゃ、怖くねぇんだ」
だから、慎重に。だから、繊細に。
ダーレンは、愛しそうに機械をなでた。
「で、俺に話があるんだろ?」
「おお、そうだった。おめぇ、もう少し刀は大切に使うべきだ」
「耳が痛ぇ……」
キリュウは、ダーレンの震えた言葉に言い返せなかった。
手入れがままならない状態で使い続けていただけに、説教が重くのしかかる。
「おめぇは、どうしてコレに拘るんだど? 刀なら他にもあるじゃねぇか」
「俺がカルミナで初めて手にした刀だから。文句あるか?」
「いや、納得できるど。妖刀でも最初の一本に愛着が湧くのは、よくある話だど」
臆病者だと聞かされていたが、言いたい事は比較的ハッキリ述べるタイプのようだ。
一本芯が通っている――キリュウは、少しのやり取りだけで、ダーレンの職人魂をヒシヒシと感じていた。
「師匠が言ってたど。機械と刀は使いようだど」
これも、耳が痛い話。
だが、言われっぱなしもシャバい。
「だから、俺はコイツに振り回されねぇ剣士になる」
「それは殊勝な心掛けだ。だけんど……修理には時間と金がかかるど」
「どれくらいかかる?」
「そうだな……この傷み具合からして、三週間。工賃は2万ルドをいただくど!」
「思った以上に足止めを食らいやすね。もう少しだけなんとか……」
ミカミがゴマをすっても、ダーレンの首は動かない。
ダーレンの見立てでは、この刀はザポネでも指折り。大業物の一太刀である。
「おめぇ……これを安く買いたたけたのは奇跡だど」
「そんなに良いモノだったのか」
「ああ。だから、三週間2万ルドって条件を譲れねぇ。で……おめぇら、金を持ってるだか?」
キリュウが目配せすると、ミカミは巾着を開いた。
持っていたのは、せいぜい500ルド程度。ザポネ屈指の親分を倒すには心許ない、なんてレベルではないほどの金欠。
後払いの選択肢しかないキリュウ達。罰の悪そうな表情で、頭を下げた。
「金なら三週間で工面する。欲しい材料があれば、それも言ってくれ」
「材料なら、心配いらねぇ。ウチに潤沢に揃ってるど!」
ダーレンは、腕を組んでドヤ顔。
「どうにもならねぇ以上、この時間は有意義に使うぞ。俺が妖刀にふさわしい剣士になれるか、この三週間にかかっている!」
「はいはい、修業ですか」
修業への意気込みを露わにするキリュウに対し、ミカミは大きなため息をついた。
彼としては、すぐにでも討ち入りに行きたかったようだ。
「戦力が全くねぇ状況だ。急いだって、早死にするだけだ」
キリュウは、血気に逸ろうとするミカミを諫める。
今は戦力もなければ、キリュウ自身の力量も足りていない。
キリュウは、鬼気迫る顔でミカミを見た。どうしても聞かなさそうなので、ミカミは観念した。
「分かりやしたよ、ダンナ」
「じゃあ、三週間後。必ず金は作ってくる」
「おう!」
ダーレンは、踏み倒しは許さんとばかりにキリュウを睨んだ。
「そうだ、ダーレン。一本借りていいか?」
「こんなナマクラでいいんなら、使っていいど」
「ありがとう、恩に着る!」
キリュウは、ダーレンから刀を借りると、目を輝かせながら頭を下げた。
適当に借りたナマクラを使いこなせれば、あるいは――そういう希望的観測が、リーゼントの中でなされた。