EP2 ロリコンとミカジメ
本殿にある18畳の客間。襖を開けりゃ、いかつい武者鎧像が二体、キリュウに「こんにちは」する。
キリュウは、それに少し驚きながらも、囲炉裏をはさんでミカミと向かい合う。
「さっきは、どうもありがとう。俺……ミカミって言うケチな神主やってやす」
「俺はキリュウ。東京から来た、しがない高校生だ」
「トウキョウ? それ、どこっすか?」
ミカミは、目を見開いた。裏声で訊かれたキリュウも、たまらず目を丸くした。
「いや……日本だろ? それか、ここは外国で偶然にもお前は日本語が分かる。そんなところだろ?」
「落ち着いてください、キリュウのダンナ。ここはニッポンじゃないっす。ザポネのイゼモ島ってところっす」
「聞いたことねぇ島だな。地球のどこだ?」
なおも噛み合わない会話。キリュウは、腕を組んだ。ミカミの言葉を疑った。
「いや……チキュウじゃないっす。ここ、カルミナって言いやしてね」
「寝言なら――」
「俺、ウソ言ってやせんよ。ひょっとして、ダンナ……本当にチキュウ人とか?」
「そうだけど、それがどうした?」
ミカミの目が輝いた。
「実は、たまに噂に聞くんすよ。チキュウ人はとんでもない力を持ってこの星に来るって」
「そういえば、いつだったか……俺がシメてた陰キャ連中も、似たようなこと言ってたな」
キリュウは、天井を見つめた。そして、レイジの他にもいた標的を思い出した。グレて、割とすぐの事だった。
彼らが観念して「死にたい」と漏らしていた時だった。その時の彼らの言葉がこうだった。
こんなヤツから逃げて、楽になりたい。生まれ変わったら、誰にも負けない力を神様から貰い、あらゆる美少女にモテたい。そしてあんな奴なんか――。
ヨタだと思っていた話が、今こうして現実になっている。それを考えるほどに、やるせなさで胸がいっぱいに。視線も下がり、気が付けば囲炉裏の灰を見つめていた。
「アイツも、あんな事考えながらホームに飛び込んだんだろうか……」
「ダンナ?」
ミカミは、上目遣いでキリュウの顔を覗き込んだ。
「いや、個人的な話だ。気にすんな」
ミカミは、「ふーん」とうなった。絶対に裏があると、彼は睨んでいる。
「まあ、そうさせていただきやす。で、何すか? 訊きたいことってぇのは」
「まずは……この刀の事。何で、お前が持ってたんだ?」
「大した理由じゃないっすよ。たまたま安く売ってたところを、買い叩いただけでして」
曰くつきのものだったので、安かった。それでも、彼は護身用として買った。
が、キリュウに抜かれる今日まで、蔵の肥やしになっていた。
「お前、何であんな奴らに追われてたんだ?」
「実は、親分の娘さんにちょっかいかけたことがバレましてね。まだ12歳ですが、もう可愛くて美しくて……!」
「で、あんなシュミの悪いエロ本を隠してたわけか」
ミカミを見る目が、一気にフケツなものを見る目に変わった。
「あんまり言いたかねぇけどよ……もう少し対象年齢は高くしとけよ」
「じゃあ、ほっといてくださいよ! 神に仕える者にも、夢見る権利はありますよぉ。そして、何事も新鮮な方がいい。野菜も、女も!」
女子のへちゃむくれは、愛嬌。しかし、天パの野郎がやれば、ただただ腹立つしぐさ。
キリュウは、ミカミの変顔を気にも留めず、話を続ける。
「お前、仮にも神様に仕える仕事なんだろ? なんつーか、そうとは思えねぇくらい、欲にまみれてるよな」
「いいじゃないすか。でね――」
来る日も来る日も、徳が高いご老人方がお客様。今日も麓に降りては魔よけの道具などを売っていた。
今日は、たまたま売り上げが良かった。これで旨いメシを食うつもりでいた。
さらに、今日来た客の中に、あの少女がいたのである。乾ききった人生に一輪の花。100マイルの弾丸がド真ん中を直撃。しかし、それで言い寄ったのが、運の尽き。
「それでなくても、ミカジメ滞納してましてね」
「アイツら、何者なんだ?」
「奴ら、ハナノメ組と言いやして。俺からすれば、理不尽な言いがかりっすよ」
「で、屈して払った事は……」
キリュウが訊こうとしたとき、ミカミの目の色が変わった。
「あんな金! 1ルドたりとも、奴らに払うもんか……ッ!! そして、取り返してやるんす……無垢なる市井から強奪した金を!」
鼻息荒く、ミカミは拳を作りながら言った。
チャランポランな俗物だったが――だからこそ、弱者を思う正義感が人一倍強いのかもしれない。
キリュウは、ミカミの想いを噛みしめ、唸った。
「お願いです、キリュウさん! 俺を助けた腕を見込んで、俺と一緒に……ッ!!」
ミカミは、土下座した。
本気度の高さがうかがい知れる。しかし、すぐにイエスとは言えない。
イキってヤクザにケンカを売って、一度は命を落としたのだ。それがトラウマだった。
先ほども、たまたま刀にチカラがあったから上手くいったようなもの。キリュウは、ムロト丸を抱えた。
「キリュウさん! あなたの剣の腕は確かだ、誰かのために剣を奮えぬほど腐っちゃいないはずですよ」
ミカミは、なおも頭を下げたまま。納得のいく答えを貰えるまで、というか我を通せるまで、ずっとこのままでいるつもりだ。
向こうが強硬策に及ぶのならば、こちらも。そう言わんばかりに、キリュウは口元を歪ませた。
「誰かのためだぁ? そんなの、まっぴらゴメンだ。背中がかゆくて仕方がねぇ」
「ならば、あの力は何のために!」
「俺の力は、俺のためのモンだ。誰にも負けねぇ漢になるために……な」
「ウソでしょ、キリュウさん! “力は使いよう”ですよ!」
ミカミにも同じことを言われ、キリュウはハッとした。
力の使い方を間違えたから、東京湾に沈められた。そう考えるのが妥当なように思えてきた。
もし、妖刀ムロト丸のチカラを正しく使うとしたら――キリュウは、後頭部をかきながら深呼吸を一つした。
「いつまでそうするつもりだ? 頭、上げろ」
「考えてくれるんすか?」
頭をあげた瞬間、ミカミの目が煌めいていた。
「条件がある。ただ闇雲に挑んだって、簡単に返り討ちに遭うだけだ。それで、だ」
「ダンナが本気出せるように、何でもする所存っすよ!」
ミカミは、両腕に力こぶを作ってみせた。大したデカさではないものの、その意気込みは鼻息から分かる。
「俺が望むのは、まずはコイツの修理だ」
キリュウは、刀を鞘から抜いて、目を細めた。
ぱっと見ではよく出来たシロモノだ。しかし、よく見れば刃こぼれも酷ければ、刀身もかなりくすんでいる。
こんなナマクラでは、親分を倒すことなど不可能。そう思っての事だったが、ミカミの眉毛がハの字になっている。
「ウチ、刀は専門外でして。ましてや妖刀だなんて……」
「ダメか……」
「待てよ。そういえば、ザポネ人じゃないけど腕が確かな鍛冶屋さんが、海を超えて東の街にいたような」
ミカミが試案を巡らせていると、キリュウは不敵な笑みを浮かべた。
「じゃあ、決まりだな。まずは、そこへ行こう!」
「それから、新しい服と整髪料が欲しい」
キリュウは、ボロキレ同然の学ランを脱いだ。そして、手櫛でリーゼントを整えるが、治らない。
「だったら、ウチの風呂使ってくだせぇ。着替えも用意しときやす」
キリュウは、ミカミに案内され、浴室へと向かった。昔懐かしのゴエモン風呂。
帰ったらすぐに入るつもりだったのか、いい具合に沸いている。
「じゃ、ごゆっくり」
ミカミは、タオルをと着替えを置いて出て行った。
湯船に肩まで漬かり、ため息ひとつ。今日は、激動の一日だった。
「“かの者”って、誰なんだ?」
カルミナに飛ばされる前、神様が言っていたことが気になった。
自分でも信じられないくらい、敵は作ってきた。その数は、両手でも足りない。
神は、すべて御見通し、と言っていた。
「どうやったら、俺は地球に帰れるんだ?」
思案を巡らせども、答えにはたどり着かぬ堂々巡り。
そこで、悔いていることを思い出すことにした。だが、これも両手では足りない。
「もし、叶うなら……」
過去に自分が酷い目に遭わせた者への謝罪。真に望むこととは、それかもしれない。キリュウはそう思った。
これが出来れば、地球に帰れるのでは――その仮説を立てたときには、キリュウの身体は赤く染まっていた。。
「おお、袴か……!」
キリュウは、嬉々として袖を通した。
成人式を迎えたら着るつもりだった。予定より3年ほど早いが、それでも嬉しいものは嬉しい。
それから、ワックスで髪をいつものように整えた。それから、ミカミのいる客間へと戻る。
「おお! 似合ってやすよ、ダンナ!」
「まぁな。日本男児だから、当然だろ」
「へぇ、ニッポンにもそんな服があるんすね。ってか、スゴイっすね、ダンナ!」
ミカミは、わずかに覗く割れた大胸筋を指した。
キリュウが襷を締めれば、仁王像とも見まがうほどの上腕が露わになった。
「まぁ、ダテに鍛えちゃいねぇよ。最初は、モテたい一心だったけどな」
キリュウは、照れを隠すように言った。日本人離れした彫りの深さも相まって、力強さはこれでもかとアピールできている。
それゆえに、あんなに素行不良でも、実際に言い寄ってくる女の子はいたらしい。
自慢話もそこそこに、キリュウは思い出したように話題を変えた。
「そうだ、お前……俺の仲間になれ」
「俺っすか?」
ミカミは、その言葉を疑った。自分を人差し指で指した。
「お前、かなり俗物だけどよ……その口車の巧さは使えると思ったんだ」
「それ、どういう意味っすか?」
「俺の新しい仲間を集めるのにうってつけ、って事だ」
「おぉう……」
貶されているのか、褒められているのか。ミカミの口から、変な声が出た。
「まぁ、一向に構いやせんけど」
ミカミは、渋々承諾してくれた。
助けられた恩がある以上、断る選択肢は取りづらかった。
「決まりだな。それで、出発の日程だが……」
「早く直したいんでしょ。明日の朝にしやすよ」
「すまねぇな」
キリュウは、ミカミの神社に泊めてもらうことになった。
自分をヤクザの手から助けてもらった恩を強く感じていたのか、ミカミからのおもてなしは手厚い。
旨いメシにフカフカの布団。至れり尽くせりの夜だった。
そして、早朝――。
おぼろげな光が射し、けたたましい鶏の鳴き声とともに、キリュウは目が覚めた。
「おはようございやす、ダンナ!」
「おはよう」
キリュウは、起きるなりすぐに支度を整えた。
まずは髪を整え、袴に着替える。刀を腰に提げりゃ、ザポネの剣士スタイル――ここに推参。
さらに、マントの如くトレンチコートを羽織れば、バンカラへと進化。
朝食をとると、いよいよ出発。
ニッポンのようでニッポンじゃない。キリュウが降り立ったは、地球とは似て非なる異世界。
その遥か東方の国・ザポネにて、ヤンキーと神主が旅立ったのである。
狙うは、ハナノメ組は組長のソメイ親分。その首、1500万ルドなり。
しかし、富も名声も二の次。弱き市井の仇とあらば討つのみ。
討ち入りを成功させるために、キリュウの腰に下げたムロト丸を打ち直す。
そのために、彼らは東へと征く――。