EP1 極道と俗物
21世紀のとある一日、日本のとある街。今の時代には古いリーゼント頭。それを乗せた不良が、雑踏の中を歩く。目的地は、ゲーセン。
学ランを着崩し、肩で風を切るように歩く彼――地元じゃ無双の無頼漢・キリュウ。
何かにいら立っているようで、ずっとブツブツ言っている。市民は、そんな不良を奇怪なモノを見るような目をむけてはくれない。ましてや、独りごとなど――。
「あの野郎……勝手にこの世から消えやがって!」
スマホのニュースアプリに向かって、ブツブツ。
三日前の記事を見て、イライラ。
黒飛家の次男、自殺か――見出しには、こうあった。
カモを失って……正確にはサンドバッグが無くなって。こうして、やり場のない怒りを抑えられずにいるだけだ。
探し物は、新しい標的。気弱そうな高校生、それも金持ちのボンボン。しかし、失った獲物は大きい。
イライラが募り、誰かがポイ捨てしたペットボトルを蹴り飛ばした。
「おい、こら! どこ見てモノ蹴ってんだ!」
運が悪かった。ペットボトルは、いかつい黒スーツのオッサンの後頭部に命中してしまった。
「悪かったなぁ。こっちも、イライラしてたんだ」
黒スーツが何も言わずに目配せすると、仲間が現れた。キリュウが振り返るよりも先に、後頭部にハイキックが飛んできた。
前に倒れ込むのを許さないために、黒スーツのアッパーカットがキリュウの顎を揺らす。
180センチ超え、100キロ近い筋肉の塊は、サンドバッグに早変わり。
白昼堂々の暴力事件。引き金はキリュウが引いた。結局は自己責任。こんな事でさえ、市民はどこ吹く風。
気づけば、キリュウはとある屋敷の庭にいた。色とりどりの花に混じって鬼瓦やシーサー像も飾られている。
組員たちは、仲間の恨みと言わんばかりにケツや腹を殴って蹴って。
たかだかペットボトルだろ――などと言える雰囲気ではない。
「組長! 最近俺たちのシマで横暴を働いていた不届き者を捕えやした」
「組長だと……?」
キリュウは、組長を睨んだ。
組長は、真剣を抜いて、凄みある目つきで不良を黙らせた。
「このクソガキ。ケンカ売る相手は選べよ」
黒スーツの男たちが上着を脱ぐと、牛頭天王がズラリ。仁王像を背負う者の姿もあった。
相手は、本職。それが分かったところで、キリュウに撤退する選択肢はない。中指を立てて、ちょいちょいと挑発する。
「テメェらが怖くてケンカができるかってんだ! バッキャロー!!」
キリュウは、天に向かって吼えた。
しかし、組員は、いずれも武器を構えている。イキっている間に、トリガーハッピーがいた。
身体のありとあらゆる場所を撃たれたキリュウ。先ほどの威勢がまるでウソのように縮こまっている。
そこに容赦なく、ドスが襲い掛かる。
「てめぇら……銃や剣なんて……」
「漢のケンカなんだ、本気でやらねば無粋というものであろう」
「山か海か……どちらか選べ」
「海」
数人がかりで身体を拘束されているところにバズーカを何発か撃たれた。
キリュウだった肉片が、ドラム缶にぶち込まれた。さらにコンクリートが詰め込まれる。
ドラム缶はトラックに揺られ、横浜市のとある港。キリュウの遺体は、東京湾の底に沈められた。
死んだはず、だった。
暗く深い海の底、ドラム缶を見下ろしていた。
「これが臨死体験か……」
乾いた笑みしか出ない。
「……ュウよ、キリュウよ」
どこからともなく、威厳ある声が聞こえてきた。
霊体となったキリュウは、その声に意識を向けた。
「若くして死ぬとは……それも、暴力団にケンカを売るとは誠に残念な男よ」
「お前は、閻魔大王だな」
「まぁ閻魔でも審判の神でも何でもいい」
仁王像のような顔立ちの男は、どこか悲しげな目をしていた。
「何が言いたい?」
キリュウは、男に突っかかった。
「“力は使い方次第”じゃ。気に入らぬ者にばかり当たって、貴様は満足しておったのか」
「テメェ、俺の人生にケチつける気か!」
殴って蹴って黙らせよう――そう思ったが、相手の凄みに気圧されて、出来なかった。
自分の半生を振り返った。思えば、荒れ狂った後半であった。
「悔いておるなら、導いてみせよう。かの者の元へ……」
今度は、慈愛に満ちた声で訊いた。
「導く? どこに」
「貴様の心に問いかけるがよい」
「ちょっと待て、何で知っているんだ?」
「貴様が真に望むこと、そして貴様が真に持っているもの……それは、もう分かっておる。それを己の身をもって知るがいい!」
最後に神様は、キリュウのすべてを見抜いているかのような言葉を放った。
神様からの喝をもらったキリュウの意識は、少しずつ薄れていった……。
◆
四月の中頃。はるか東方の国・ザポネは、とある山奥。
モジャモジャ頭の男が、胸に大金を抱えて獣道を駆け抜ける。彼はミカミ、この山奥のどこかにある神社を経営している。
ミカミの息はだいぶ前から弾んでおり、汗で袈裟が身体にまとわりつく。その後ろを、十数名ほどの黒スーツの男たちが追っている。
「ワテらの縄張りでアコギな商売しやがって! このダボがぁ!!」
「今日という今日は、見逃してもらえる思うたら大間違いじゃけぇ!」
怒号が響く山中。鳥や小動物が怯えて逃げまどう。
ミカミも、走る……逃げる。されど、黒スーツとの距離は縮まる。
鳥居が見えた――その安堵からか、ミカミは派手に転んでしまった。手をつくことが出来なかったせいである。
「変な宗教流行らせてんじゃねぇぞ、このタコ!」
「おかげでコッチも商売あがったりやねん。どない落とし前つけるんじゃ、ボケェ!!」
「ショバ払わんかい、この俗物!」
なおも容赦のない黒スーツども。守銭奴は、諦めずにうずくまっている。
ゆっくり、ゆーっくり。住居である神社へ、イモムシの如く。それでも、あっさり背中を蹴られて止められた。
絶体絶命、ミカミが死を覚悟した瞬間だった。
「出せ……どこだ? どこだ、ここはッ!!」
どこからか、誰かが叫ぶ声がした。ミカミは、たまらずその方向へ振り向いた。ミカミの視線の先には、大量のお札と鎖で封印されていた祠。
その祠がガタガタと揺れている。揺れ方が地震のそれではない。明らかに中で声の主が暴れている――そんな揺れ方だった。
助けを求める声に従い、祠に近づいて助けに行こうとミカミが這いつくばった瞬間。祠が倒れて壊れた。そして、その中から男が出てきた。
「痛てててて……」
ぼろぼろの学ラン、長いリーゼント。マジモンのヤンキーは、身体の痛みを堪えながら立ち上がった。彼こそがキリュウ、日本人である。
キリュウは、あたりをキョロキョロと見回す。敵とも味方とも知れぬ彼が来たことで、戦局が一旦止まった。
黒スーツの中には、タタリか何かだと確信したのか、逃げまどう者の姿が。
「これ、どういう状況だ?」
「た、助けてくだせぇ! なんでもしますから!」
これ幸いとばかりに、ミカミはキリュウを盾にした。
「助けるったて、どうすりゃいい! あと、何でも……って言ったな?」
「ええ。なんでもいいから、このヤクザどもを追い払ってください。報酬は弾みやす!」
またしても、黒スーツ。またしても、ヤクザ。
この三文字に、キリュウの脚が震えた。
奥歯をグッと噛みしめ、黒スーツの集団を睨みつける。
「控えおろう! この男を、どのような者と心得る! この者こそ、ザポネ屈指の妖怪・リーゼント小僧にあらせられる。手を出せば、タタリが……」
「チッ……余計な事を言いやがって」
もう、腹をくくるしかなかった。ミカミの口車に乗らなければ、こちらも危ない。
復活して早々、変な神主とともにヤクザにやられてバッドエンド――なんてものは避けたかった。
「報酬弾むって言ったな? 先払いでもらうぞ!」
汗がキリュウのリーゼントを崩しながら落ちる。
「構いやせんよ。蔵なら、鳥居くぐって左奥ですぜ」
そう言って、ミカミは蔵のカギを渡してくれた。キリュウは、走り抜ける。
しかし、それを見逃すほど、ヤクザも甘くなかった。ヤクザも、キリュウの後を追いかける。
「あの男に手を出してみろ。貴様らは、数世代に渡って消えない呪いを……!」
「ダボがァ!! タタリとか呪いとか、非科学的なのが怖くて本職やれるかっちゅーねん!」
フルボッコ。
神をも恐れぬ所業。否、彼らは無神論者である。
金を守る天パ。その腕を引きはがそうと力ずくに及んでも、1ルドたりとも取れない。
数分にも及ぶ横暴。それに耐え続け、キリュウをひたすらに待ち続ける。
「このドサンピン、いい加減にあきらめろ!」
「諦めるのは、テメェらの方だな」
キリュウの額には、大粒の汗。肩に担ぐは、刃渡り四尺ほどの太刀。
せりあがった眉で睨みを利かせようとも、黒スーツは微塵も退かぬ。……はずであった。
「げぇ! その刀は」
黒スーツの一人が、口元を目いっぱい曲げて驚いた。キリュウよりも、その刀の方に恐れをなしている。
黒スーツの男を妖怪・青唇に変えたるその刀の名は、妖刀・ムロト丸。
「なんで、こんな辺鄙な神社に……妖刀が!」
周りがざわついている。得物をひとつ、と思って持ってきた刀は、相手側からすればとんでもないもののようだ。
形勢逆転した喜びからか、ミカミは何度も変顔を繰り返しては、黒スーツを煽る煽る。
「人生初めての真剣が、曰くつきかよ……」
キリュウは、己の不運に乾いた笑みを浮かべた。
軽くひと呼吸おいた後、鞘に入った妖刀を水平に引き抜く。
刃紋が妖しく光ると、吹きすさぶ風のようなオーラが刀を取り巻く。
キリュウの呼吸が荒くなった。気を抜くと、この怪しげな力に飲み込まれそうな気がした。
「おい」
キリュウは、ミカミに鞘を渡した。それから、身体の前に刀身を縦にして、両手で構える。
切っ先で相手との距離を測り、ベストな間合いをすり足で模索する。
「その構え……さては、只者ではありやせんね」
「チョイとかじった程度だ」
「目にモノ見せたらんかい! 野郎ども!」
黒スーツたちがナイフを構え、一斉に襲い掛かってくる。
今しかない――キリュウは、振りかぶった。
軽く一振り。すると、地を抉るような衝撃波が、一直線に黒スーツたちに飛んでいく。
キリュウの視界の先には、まるで嵐が過ぎ去ったかのような光景が広がっていた。
マンガでしか見たことがなかった“斬撃”。その威力に、キリュウの右手が震える。
例えるならば、台風。
例えるならば、カマイタチ。
何もかもを吹き飛ばし、あらゆるものを真空の刃で切り刻んだ。
黒スーツたちが恐れをなして逃げてからも、キリュウはその威力に驚きっぱなしだった。
「しかし、ダンナも恐ろしい方だ――妖刀を使って悠然としておられる」
「何で、こんな優れモノがお前のようなところに?」
キリュウは、妖刀の刃を見ながら訊いた。
「それは、じっくり中でお話しいたしやす」
「だったら、ちょうどいい。刀の他にも、山ほど訊きたいことがある」