第140話 予言の続き
カルミナのどこかにあるデズモンドの本社ビル、その社長室。一人で使うにはあまりにも広大――それこそ東京ドームとほぼ同等の広さ。
たった一人のためだけに作られた部屋だけあって、デズモンドの趣味が満載。
宇宙を思わせるような壁と床。いくつもの惑星のレプリカが浮いており、恒星のレプリカの周囲を回っている。
「そろそろ、予定の時刻だが……」
デズモンドは、宝石をちりばめた腕時計を見つめる。ダイヤでできた針が、今か今かと秒を刻む。
針がテッペンを回った。戸を叩く重低音が部屋の中に響いた。「どうぞ」とデズモンドは訪問者を入れる。
まずは、ヒーゴ・デズモンド。2メートル越えの長身とうねったオレンジの髪が特徴のアラサー。
次は、マリアーナ。銀と赤の鱗、シャチのような背びれを持った人魚。
その次は、テスラ。メカメカしい左の義手と歯車フレームの眼鏡が特徴の男。
4番手は、セト。腰まで伸びた緑の髪を束ねたキザったらしいエルフ。
5番手は、マニモ。ド派手な金髪アフロとトランプのマークを意匠にしたジャケットを裸の上から羽織ったブタ鼻の獣人。
最後は、マイス。どす黒いオーラに包まれた謎の青年。おそらく、この6人の中で一番年下――まだ20にも満たない若造。
「ジイさん、ちょっと遅すぎやなかと?」
「世界に散らばった最高幹部を集めるのだ……時間がかかっても致し方あるまい」
「だーはははっは! ボクちんたち、招集がなきゃどこ行っても勝手だもんねぇ~。そりゃ、時間かかるよ坊ちゃん」
「戦るか、この金髪ブタ野郎!」
「いいけど、ボクちんの“イニミニマニモ”が猛威奮っちゃうよぉ~?」
呪文を聞いた瞬間、ヒーゴとデズモンド以外の四人が、思わずマニモと距離を置いた。
マニモは、その呪文によほど自信があるのか、ニヤニヤを振りまく。
煽られたヒーゴの額に血管が浮かび上がる。それを見て、マニモがさらに笑う。
「二人とも、同士討ちは止めぬか!」
デズモンドの喝! 東京ドームほどの広さに、しゃがれてなお威圧感ある声が響く。
あまりの気迫に、全身の血が逆流しそうな感覚を覚えたマニモ。さすがにこれ以上は煽れないと、口を曲げた。
「で、今日は何の用ったい!」
「そう急くな、孫よ。予言の続きが分かったのだ」
6人が、唾を飲み込む。物々しい雰囲気の中、デズモンドは本題に入った。
予言は、こうだ。
アイン村に現れた地球人と、真に絆を結んだ6人によって大正義は滅びる。
二人は勇者の血を引き、二人は同じ地球の血を引く。
一人は鉄窟の最奥におり、一人は因縁を持つ。
一人は、生きる意味を求めた。最後の一人は、大正義が滅ぼしたものを継ぐはずだった。
彼らが一堂に会するのは、絆を結ぶ者が深い絶望から立ち直ったときである。
「あれ? 6人に対して特徴が8つあると。ジイさん! こげないい加減な予言、真に受けたらいかんとよ!」
ヒーゴは、赤毛が生えた丸太のような腕を組んで訝しんだ。
「いや、おかしなところなどない。6名のうちの誰かが、複数の特徴を持っているはずだ――そう考えればな」
「違和感ナシ、違和感ナシ!」
翼を持ったタブレットが、ヒーゴの視界でせわしなく上下に飛ぶ。
「今度の予言は、どこまで当たるのでしょう」
「メーデー! メーデー!」
タブレット端末は、今度はマリアーナの胸の前で跳ねる。そして、壊れたように早口でメーデーを繰り返す。
テスラは、そのタブレットをひったくるように取った。それからニュースアプリを開いた。
「当たらずとも遠からず。現に、我々を倒そうなどという不届き者が勢力を増している」
「“アグストリア家”だよね? 今日は、それに対抗するための会議――そうでしょ、社長?」
「セトは話が速くて助かる。本日は、その件だが……」
「論ずるに及ばん、そげな表情しとうよ? もっと気がかりなんは、アイツやろ?」
「ああ」
デズモンドは、脚が3メートルもある椅子を180度回転させた。
彼の視線の先には、新聞の記事。レイジの顔写真の部分をナイフで突き刺して貼っている。
予言に出てきた、自分を討つ者。ロンブルムさえ倒す戦力があれば、アグストリアの小手先の戦術など、恐るるに値しない。
「この予言を悪い方へ解釈するならば、少なくとも一人とは絆を結んでいるだろう。そして、もう一人に王手をかけている」
運が悪ければ、あと四人。
デズモンドは、レイジとその隣に写っている死神女を睨みつけた。その後ろには鉄窟とメタボの男。
少し視点を右にやれば、今度はラージェストマーリン戦の記事。
「勇者の血筋から二人……」
セトは、謎の青年の方を冷ややかな目で見た。
続けて、ヒーゴが猜疑心むき出しの目で睨んできた。
「弟のエルならともかく、俺様が裏切れるとでも? 俺様たちは、血を分け愛し家族ではないか。叔父上までなぜ……」
「性格的な事を申し上げますと、ある意味マニモやセトより危ないかと」
マリアーナは、眉をハの字にして答えた。マイスの口がへの字に曲がる。
それを聞いたマニモは腹筋崩壊……とは言っても、腹とアゴが揺れているだけだが。
一番裏切りそう――仲間内からのマイナス評価を覆してやりたかった。
「叔父上、曾祖父様。なれば、この俺様に彼奴を討つ機会を」
青年の光なき瞳が、切実に曾祖父に訴えかける。
「マイス、アンタ……」
何も若い身内が行く事はなかろう――そう止めようとしたヒーゴだが、彼の目の凄みに圧されて諦めた。
「叔父上、心配ご無用! あのオバサンのように失敗などしない」
マイスと呼ばれた青年は、左手でガッツボーズする。
美しいを通り越して病的なまでに白いその腕には、ルーン文字のようなものがタトゥーとして刻まれていた。しかし、その文字列に母音と思しき文字は見当たらない。
よく分からぬ文字列を刻んだ腕に浮かぶ筋が、自分がどれだけやれるかをアピールしている。
「あのオバサンは、自分の力を過信したから負けた。でも、俺は大丈夫。過信できるほどの力はない」
サラッと言ってのけた。自慢げにも、卑屈にも聞こえた。
叔父のこめかみに青筋が浮かぶ。
「あの女は、最終的に自滅した。……あれ以上ない不利な条件でも、知恵を回せばラクに倒せたものを」
「やったら、アンタがいけばよかと。アンタには、世界最弱の電気ば使える自信があるけんね」
ヒーゴは、唇をまげて毒づいた。
「……ママを悪く言わないでよ!」
「コレス、お前……!」
「マイス、あなたの後を追ってきたのよ」
20代前半と思われるマシュマロ女子が入ってきた。彼女の名前は、コレス・セポネ。
身長は160センチ程度ながら、豊満を通り越して貫禄あるボディ。3つの数値全てが大きいことが分かる。
「デズモンド様、私にも彼を討つ権利があると思うんです! 母の仇なんです!」
「ディメテルの娘か……気持ちは理解できるが」
彼女の訴えかける瞳が濡れている。
弔い合戦に身を投げる覚悟はできているようだ。
「策はあります。ルベールかカトルーアを倒せば、きっと彼はつられて激昂するはず」
「して、両者の居場所は分かるのか?」
「ええ。ルベールは、しばらく……に留まっているようです。カトルーアも、オールAの療養のために、当面はゲルの村に留まるものかと」
「ここからなら、ルベールのほうが近いな」
テスラは、タブレットに地図を出した。デズモンドたちが今いるのが、南半球で子午線より西側。
コレスが説明してくれた場所が、ルベールの方がほぼ赤道直下で、ゲルの村がカルミナのほぼ裏側。
「気を付けるとよかよ。奴らも、巨大戦力ば持っとうと! で、ルベールはそれと同じくらい強か」
「要注意人物は、リーダーのルベール。そして、左利きで逆手持ちの剣士・アズール辺りか……」
「倒してそれで終わり……ってわけじゃないからね」
「マイス、コレス。この一件……任せたぞ」
「はっ! このマイス・クルトット・デュガ、粉骨砕身の覚悟で彼奴の首を獲ってみせます」
マイスは、握りしめた左手を、右胸に叩きつけるように置いた。
「身内を贔屓だなんて、デズモンドちゃんも甘いね、甘い!」
マイスの覚悟は重い。されど、マニモの煽り芸は軽い。
ならば、自分が行けよ――なんて身内たちの視線も意に介さず、彼は笑っていた。
「あなたが向かわれても、どのような結果に転ぶか……」
マリアーナは胸の下で緩く腕を組んでは、ため息をついた。
マニモの眉毛も下がったが、口角はなおも上がりっぱなし。
「あれれ? ボクちん、信頼されてない?」
「ええ。いくばくか」
マリアーナは、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ブーッ!」
40インチの胸囲が、マニモに鼻血を吹かせた。
「古株のボクちんより、新参者……未成年のアイツが」
マニモは、プラネタリウムのような天井を見上げながら、ダダっ子のように手足をばたつかせた。
「マニモよ。これは、身内を贔屓したからではない。純粋に腕を買っただけだ」
デズモンドの鼈甲色の眼鏡が光った。
「ジイさん。若造二人だけじゃ心配ったい!」
「案ずるな、ヒーゴよ。お前は、来るべき時に備えて力を蓄える……それだけでいい」
「おいおい、デズモンドちゃん……」
それこそ身内贔屓だろ、と言おうとしたマニモの口を、セトが無理やりにでも封じた。
「では、マイス様、コレス様。ご武運を!」
マリアーナは、自分の額の前で指を組んで、厳しい戦いに赴くカップルに祈りをささげた。
マイスが頷くと、コレスと共に深い深い闇の中へと姿を消していった。
一か月ほどの沈黙を破り、デズモンドが動く――。