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漢気!ド根性ハーツ ~気合と絆こそが俺の魔法だ!~  作者: 檻牛 無法
第12章 くたびれた医者に生きがいを
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第138話 勇者と将軍


 場所は変わり、旧ロンブルム領より西方・ジェミアース平原。カルミナ最大の平原である。イリアーフとは時差がプラス8時間。

 本初子午線を西に超えた先にあるゴレイユ荒野。それが父なる自然であるならば、こちらは母なる自然である。

 ある人物を尋ねるべく、オールAたちはジェミアース平原を西へ進んでいる途中だった。


 早朝5時、オールAは既に起きていた。というより、ほぼ完徹。

 大地にしっかり足をつけて、仁王立ちのまま夜風を浴びていたようだ。


「おはようございます、キャプテン」

「チトアとカトルーアか」

 他のメンバーは、ほぼほぼグッスリだったようだ。チトアが、一番元気そうだ。


「キャプテン。最近、調子が芳しくありませんよね。眠れてますか?」

「アル……」


 また、オールAの紅茶が濃くなっている。それをためらいもせず飲んでいる姿を、カトルーアは心配そうに見ていた。


「あなただけの身体じゃないのよ、キャプテン」

「そういうカトルーアさんもです」

 チトアは、毅然とした口調で言った。


「私も? 特に変化はないけれど……」

 カトルーアは、首を右へ左へゆっくりひねった。

 チトアは、そんな彼女にカルテを手渡した。様々な数値が健康水準から離れているのを見て、彼女は呆然とした。


「あなたの前では体調はごまかせないのね」

「そりゃそうだろ!」


 テントから、もみあげと顎髭が繋がった男が出てきた。彼は、ドルトア――元レイゾンでチームの狙撃手である。

 彼は、カトルーアの目元にわずかに浮いているクマを親指で指した。


「お前も、最近は眠れてねぇな? たまに、艶めかしい声が聞こえてくるぜ?」

「ウソ……聞かれてたの!?」

 カトルーアの背中に電撃がほとばしる。真白な顔が、すぐに桃色に染まった。

 そんな彼女を見て、ドルトアは顎髭をさすりながら大笑い。


「いやいや。気づいてねぇの、お前とキャプテンくらいだぜ?」



「何だ、その艶めかしい声というのは? カトルーア、何か隠してることでもあるのか?」

 オールAの青緑の瞳が、カトルーアを見据えた。彼女は、両手で顔を覆いながら首を横に何度も振った。

 絶対に何かある――そう決め打ちした眼差しを向け続けるオールAだったが、彼女は答えてくれない。


「キャプテン。乙女の繊細な話ですから……」


 チトアは、鼻先に人差し指を当てた。彼女の件は絶対に内緒にしたい――そういう意志を汲んだオールAは、目で追及するのをやめた。

 この件で気分を悪くしたのか、カトルーアは、テントで一人。落ち込むしかない。

 オンナとして一生の深く。それも、チーム最年長に……よりにもよってオッサンのドルトアに。

 この前も、シバレーで共闘したルベールに、キャプテンへの淡い思いを嗤われたばかり。彼女の悩ましいため息は、テントの外からも聞こえてくる。


「いいねぇ! 不純だけど青春してるなぁ。キャプテンと結婚してABCの妄想……ってか」

「ドルトアさん、ちょっと古いです。というより、セクハラです!」

「ちょっと古いで済ませられるお前もお前だけどな」

 スーアは、高笑いしながらチトアをおちょくった。


「親しき仲にも礼儀あり、ですよ。スーアさん!」


「キャプテン、ちょいと……」

 ドルトアは、手招きしてオールAを呼び寄せた。


「あんまりモタモタしてると、チャンスを逃すぜ?」

 ドルトアは、オールAに耳打ちした。しかし、それが何を意味するのか分からず、オールAの頭上にクエスチョンマーク。

 しかめっ面で考える彼に、ドルトアはさらに続ける。


「男女の勝負の話だよ。全部終わってから……なんてダサいぜ?」


「ドルトアさん! 青少年に不健全な事を吹き込まないでください」

「いいんだ、チトア。これは、俺と彼女の問題だ」

 オールAが毅然と返すと、ドルトアはしたり顔。一方でチトアは、頬を赤く染めながらへちゃむくれ。

 そんなチトアの顔を、ドルトアとスーアは面白がって指さした。

 楽しそうにする二人を横目に見た後、オールAは青いテントに戻っていった。外の喧騒から離れると、急に頭が重くなった。オールAは、シュラフの上に座るとゆっくり目を閉じた。



「大丈夫ですか、キャプテン。本日は……」

「分かっている。ドゥバン将軍との対談であろう?」


 そんな大事な日だと分かっていながら眠れなかった――オールAは、自分の体調管理の悪さにヘドが出そうになった。

 フュンファは、静かに怒りを燃やす勇者の姿を見てられなかった。


「予定時刻は14時、ゲルの村です。時間はまだあるので、少しでも……」


 休まれますか、と訊くに訊けなかった。何が何でも予定には間に合わせる――その強い意志を、オールAは視線に乗せてフュンファに伝えた。

 オールAは、長い溜息を吐き出した後、本日早くも2杯目の紅茶を飲み始めた。それも、先ほどよりも若干濃いものを。


「オールA……」


「スーアか。なんの用だ?」

 その声には、眠気も含まれていた。

「限界ギリギリまで寝ろ。カトルーアも正直、ギリギリのところで踏ん張ってる」


「誰の判断だ? チトアか」

「いや、俺の独断と偏見だ」

 スーアは、鋭い眼光をオールAに突き付けた。

 オールAも、彼を睨み返した。その眼差しは、他人の気も知らずに余計な事を――そう言いたげだった。


「いくら友の言葉だろうと、聞けないな」

「お前がどれだけダダこねようが、今日という今日は無理はさせねぇからな」


「キャプテン。僕からもお願い申し上げます。これは、オルアースの総意です」


 断ろうとした矢先、オールAの足元がふらついた。

 考えるまでもなかった。オールAは、フュンファとスーアの諫言を受け止めるしかなかった。




 現地時間13時半。オルアースの面々は、予定を大幅に過ぎてゲルの村に着いた。

 湖のほとりに位置するこの村は、人よりもウシや羊の方が多い。それほど畜産が活発な村であった。

 彼らが牧歌的なこの村に着いた頃には、既にレイゾンの部隊が来ていた。彼らが来ることを今か今かと待ちわびている。


「キャプテン、カトルーア。大丈夫か?」


「私は平気よ」

「俺もだ。心配かけたな」


 限界まで休ませる方針に従わされたオールA。まだ万全とはいいがたいが、今朝に比べれば身体が軽い。

 カトルーアも、まだ頬が赤く熱っぽい。しかし、今朝の事は多少なりとも吹っ切れたらしい。



「時間がない。すぐに来てもらう」


 レイゾンから伝令が来た。オールAは、サーコートの上から胸当てとマントを装備し、レイゾンとの対談に臨む。

 湖畔の迎賓館。そこが両者の対談の場所だった。オールAは、腕組しながら、将軍が来るのを待っていた。



「先輩、ご無沙汰です」

 ドルトアは、押忍の動作とともに頭を下げた。


 身長190センチほどの大男が入ってきた。浅黒く焼けた肌と無数の傷跡は、彼自身の戦果をありのままに伝えている。

 彼こそがドゥバン将軍。彼の持つ気迫に、カトルーアとフュンファが身構えた。


「久しぶりだな、小僧ども」

「ドゥバンさんも、変わりねぇようで」


 一方で、砕けた態度で接するのは、かつての後輩・ドルトア。そして、スーア。

 四年前の事件で、スーアとオールAはドゥバンに助けられている。


「オールAだったか、随分とナマイキになっちまったな」

「そ、それは……」


 ドゥバンが持っていたのは、オールAが3週間ほど前に送らせた書状だった。

 魔王軍、及びデズモンド社と戦うために精鋭を貸してほしい、といった旨が記されたものだ。いわば、同盟への招待状。

 ドゥバンは、著者の目の前でそれをビリビリに破り捨てた。


「あの時助けた鼻ッタレが、いっちょ前に書状を使いに送らせるたぁ、良い度胸じゃねぇか。勇者なんて肩書持ってりゃ、高座で胡坐(あぐら)かいちまうもんなのかね」

「申し訳ありません、俺も別件で忙しかったものですから」

「別件ってのは、かつてのダチと馴合う事か? 漢なら、話したいことがありゃ直接会って喋れってんだ!」


 ドゥバンの言葉に、ビリビリと迫力を感じたオルアースの7人。

 もっともな意見だ。それだけに、真っ向から言われてオールAは自分が情けなく思え、拳を震わせた。


「結論から言おう。何が悲しくて、お前に兵力を貸さなきゃなんねーんだ?」

「と……言いますと?

「俺たち以外にも、戦力になりそうなヤツ……目星つけてんだろ?」


 ドゥバンは、オルアースの事が書かれた新聞や雑誌のスクラップを円卓に置いた。

 オルアースが旅立ってから三か月ほど。リーダーの血統ゆえか、早くもノート4冊分の量に及んでいる。


「どうなんだ? 黙ってりゃ、分かるモンも理解できねぇだろ?」

 今度のドゥバンの声は、さっきと打って変わって穏やか。まるで、若い彼らを諭しているかのようだった。

 ある程度オトナに――悪く言えば下手に出たところで、


「ええ、幾ばくか目をつけているわ。例えば、黒飛レイジとか。彼らも、デズモンド社と戦う心づもりでいるわ」

「バハラといい、アスクレーといい……アイツらも、随分な人物を仲間にしたもんだ」


「父上の仲間が何故? 引退したと聞かされていたが……」

「え、師匠が? どうして今になって……」


 アスクレーの名を聞いた瞬間、オールAとチトアが驚いた。

 事実を教えてやろうとドゥバンが部下に目配せすると、部下は雑誌を持ってきた。

 確かに、フォードやレイジと一緒にアスクレーの姿を捉えた写真が載っている。


「閑話休題。書状への返答だが……お察しの通りだ」

「我々の勧誘を断る理由をお聞きしても?」

「さんざっぱら非礼の限り尽くしといて、よく言えたな」


 言い返す気にもなれなかった。

 最初から直接会って交渉できていれば――その後悔ばかりが、オールAの脳内を埋め尽くした。

 ドゥバンもドゥバンで、少し言い過ぎたかもしれない事を悔やんだ。


「そう気に病んでもらっちゃ困る。戦力がねぇわけじゃねぇんだ」

「それは、確かにそうですが……いくらあろうと!」

「お前らは、既に強力な七つの冒険団を傘下に加えている。ロンブルムの跡取り息子とも同盟を組んだ。それ以上の戦力を望む理由が、俺には理解できんな」

「それでは、魔王軍……ひいてはデズモンド社と……!」

 オールAは、なおも食らいついた。しかし、ドゥバンは表情ひとつ変えることはなかった。


「少なくとも……自分に自信を持てず、そのグローブで紋章を隠しているうちは話にならねぇな」


 ドゥバンは、左手の親指でオールAのグローブを指した。

 オールAは焦った。黒い指ぬきグローブで隠した手の甲をさらに右手で包んだ。


「気づかれていたのか」

「アスクレーの話題を切り出した時にな。親父の仲間と言ったろう? アスクレーが仲間になったのは、他にはエークだけだ。そして、そいつもアグストリア家の血統だった」


「ならば、俺がアグストリア家に……勇者の肩書に誇りを持ち、恥じぬ人間になれば」

「それもいつになる事やら」


 ドゥバンは、アグストリア家当主の決心さえも鼻で笑った。

 会談は、互いの意図が伝わらぬまま平行線。これ以上の話し合いは無駄だと判断したドゥバンは、席を立った。


「あばよ、アルフレッド・A・アグストリア。気が変わったら、また声をかける」


 ドゥバンは、出て行った。

 まるで、嵐のようにあっという間に過ぎ去った対談。

 オールAは、肘をついて両手で頭を抱える。


「キャプテン?」

 フュンファがオールAの顔を覗き込むが、応答しない。


「勇者とは……俺の血統とは」


 オールAの目はうつろ。壊れたラジオの如く、似たようなことを繰り返している。

 まるで、フュンファのことを認識していない様子だった。見かねたスーアは、ドルトアに目配せした。

 二人でオールAの両肩を支え、ホテルまで運んだ。そして、そのままキャプテンを横たえる。


 普段は、こんな事を赦す彼ではない。数日眠れていないことに加え、ドゥバンに指摘されたことが重くのしかかったのだろう。見ていられないほどに錯乱している。

 昔から、その兆候はあったが……カトルーアとスーアは、彼の部屋に残り、身を案ずるのみ。


「スーア……勇者とは、何をも恐れぬ者なのか?」


 起きているとも、寝ているとも取れるような声色だった。二人は、どうとも答えることができなかった。

 オールAは、グローブを外した。その左手の甲に浮かぶαの形に管巻いたワイバーンの紋章は、今はくすんで見える。

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