第15話 船上の野良試合
レイジたちは、船に乗り、チェアノの街を去った。
レイジにとっては、初めての大型船。相変わらず、船酔いに弱いので、部屋でゆったりと過ごしている。
船は、ビッグマハルに向かう乗客でいっぱいだ。そんな中、フォードが何やら甲板で騒がしい。
「昨日発足したフォードの一味、俺様が大募集だぜ! レイゾンの元・鬼の副長がこのチームのリーダーだぜ!」
まるで、たたき売りか何かのようだ。実は先ほど、三人で話し合った結果、仲間はたくさん必要だろうという結論に達した。それでフォードが宣伝している。
求めているのは、自分たちの旅をサポートしてくれる人。具体的には医者、料理人、回復魔法の使い手。そして、フォードたちの武器をメンテナンスしてくれる技術職。
しかし、どれだけフォードがご高説垂れようが、手を挙げる者はいない。それもそのはず、フォードの一味は、何の成果も得られていないのだ。
「……思ったより上手くいかねぇな」
「そらせやろ。退役した軍人が、全く違う土俵で勝負するんや」
言われてみれば、そのとおりである。発足して二日目、なんの功績もない。そんな組織に身をやつしたい人物など、よほどの事がない限り現れはしまい。
勧誘を始めてから二時間ほどが経った。
「よう、あんちゃん。仲間募集だって?」
「お、なかなか腕のよさそうな奴じゃねぇか。来るか?」
「……昨日発足したとか何とか言ってたな。一つ勝負しろ、ベテランの俺が見てやるよ」
フォードの前に現れたのは、スキンヘッドの中年。その日に焼けた腕は、筋肉美をより際立たせる。
一目見ただけで、手ごたえのありそうな人物だと分かる。フォードの心が躍る。
ここで、この男を倒せば、“たるんだ元軍人”なんて悪印象をぬぐえそうだ。
「一本勝負だろ? 受けてやろうじゃねぇか!」
男が勝負を挑まれたら、断るわけにはいかない。
「さぁ、下がった下がった。ここは今から闘技場になる」
スキンヘッドは、海を見たがっていた観客たちを押しのけた。漢の勝負に巻き込みたくない、彼なりの気遣いのようだ。
いつの間にか観客が集まり、二人を囲った。
「おい、ハンセン! 手加減してやれよ!」
どこからか、ヤジが飛んでくる。相当甘く見られていることに、フォードは少しだけムッとなった。
「フォードはん、やんわりやるんやで!」
アザミからも、ヤジが飛んできた。両選手のファンからのメッセージが聞けたところで、ハンセンは構える。
猫足立ちで拳をがっしりと握り占めており、小刻みに揺れてリズムを取っている。
ハンセンは今年で38歳、現役20年目の冒険者。稼いだ報酬額は通算600万ルド。
対するフォードは21歳、現役二日目のルーキー。稼いだ報酬額は、通算ゼロ。
「そっちも、そろそろ構えな」
「いや、もう準備はいいぜ」
フォードも、一応構えてはいるものの、拳は握っていない。ハンセンは、それを見て素人の構えと笑う。
「ほな……試合開始や!」
アザミがゴングを鳴らした。先に仕掛けてきたのは、ハンセン。最初からクライマックスと言わんばかりに、初手右ストレート。
大きく踏み込みながら出された、一発。しかし、フォードは、体を軽くひねってかわす。
さらに、ハンセンの襟元をつかんで、豪快に隅落。そのまま倒れたハンセンは、起き上がりながら蹴りを入れる。
フォードは、涼しげな顔だ。一方で、ハンセンは少し焦っている。
「思ったよりやるじゃねぇか……」
「こちとら腐っても、元軍人だぞ」
今度は、お返しとばかりにフォードから仕掛ける。フォードの左の掌底が、甲高い音を立てて胸に命中。
さらに、右手で地獄突き。ノドにクリーンヒット。ハンセンが、苦しそうにノドを抑えた。
「アンタ、ちょっとやり過ぎや」
アザミのヤジ、再び。どちらの味方をしようというのか。
「……お、俺なら平気だぜ、ねーちゃんよぉ。……あーらよっと!」
首を締め上げられたような声だったが、痛恨の一撃を耐え抜いた。
今度は、ハンセンの回し蹴り。丸太のような脚は、見た目に反してしなやかに動く。
フォードは、その鋭い蹴りを右腕で受け止めた。しかし、予想以上のスピードで、肘がしびれる。
「ヒュゥ……なかなか堪える一撃じゃねぇか。倍返しにしねぇとな」
フォードは、飛びながら回し蹴りを放つ。さながら、アクロバットのようだ。
まずは左足が首に一発。次に右足が、受け止めようとしたハンセンの右腕に一発。
さらに、左足が脇腹に命中。最後に右足が腰をヒット。
「カッコつけでやってみたけど、イケるじゃねぇか。“アクセルキック”」
「あんた、人間離れした身体能力じゃねぇか。……ならば、お前にその拳を受けられる勇気はあるか」
渾身の右ストレートが振りかぶられた。フォードは、左手を床につけながらしゃがんだ。
ストレートは空振り。フォードの反撃。左手だけをバネに跳ね起きると、そのままかかと落とし。
ハンセンの頭を直撃。ハンセンは、そのままノックダウン。
「しょ、勝負ありや! この勝負、フォードはんの勝利!」
「何なんだ、アイツ……」
「あんな妙技で勝つのか……とても初心者じゃねぇぞ」
あちこちから、畏怖と尊敬の声が聞こえてくる。フォードの体のバネの強さ、ハンセンさえ圧倒する強さ……。
周りがざわつく中、フォードは、ハンセンに手を差し伸べた。
「ちょっとやり過ぎちまったな。……ほら、立てるか?」
「お、おい……勝負に負けた俺に情けをかけるのか?」
「勝負が終われば、そっから先はノーサイド! 勝ち負け忘れて、肩組んで笑おうぜ」
ハンセンは、フォードの手を握った。そして、立ち上がらせてもらう。
「で、俺の評価はどうなんだ?」
「仲間なんかいなくても、上手くやってけるだろうに……」
ハンセンは、呆れながら返した。フォードも、呆れながら返す。
「一人じゃやれねぇことやりたいから、仲間集めてんだよ」