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漢気!ド根性ハーツ ~気合と絆こそが俺の魔法だ!~  作者: 檻牛 無法
第12章 くたびれた医者に生きがいを
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第136話 セカンドライフの始まり

 17日、夜。仕事の引継ぎも終わり、必要最低限の荷物をジャンク・ダルク号に詰め込んだアスクレーは、カーダのいる総合病院を訪ねた。

 ここに来るのも、17年前の事件以来。カーダの診察室が近づくにつれ、その歩幅も短くなっていく。口から心臓が出そうだ。


「誰かと思えば、お前か。随分とシワが増えたな」

「そういう君だって、髭が伸びてきたね」


 お互い、老けてしまった。どちらがより老けたか、そんな事で争う気が起きないくらいに。

 それが、第一印象だった。互いに、自分の方がより老けた――そう思った。兄弟子は経験値の量を根拠に、弟弟子は苦労の重さを理由に。


「そんなどうでもいいことを言いに来たわけじゃないだろ」


「で、フォードの一味はどうだった?」

「かなり愉快な人たちだった。君が拒否する理由が、彼らに見当たらないくらいには」


 カーダは「惜しいことをしたかもな」と、消えそうな吐息に乗せてぼやいた。


「何か、言った?」

「アイツらは、俺にはもったいない集団だ。アイツらの旅に付き合えそうなのも、お前くらいだ――そう直感しただけだ」


「君がなぜ断ったのか、何となく分かる。同じ過ちを……」

「うるさい。そんな余計な事、言いにきたわけじゃないだろ」


「そうだった……大事な報告を忘れていたよ。私は、フォードの一味になる。紹介してくれてありがとう」


 カーダは、鼻でため息をついた。純粋に感謝の意を伝えるものだと分かってはいるが、どうしても皮肉めいて聞こえた。

 そもそも、推薦したのは自分だ。過去の旅の実績とフォードの身分から、適任だと直観したのは自分だ。


「君の心も体も身軽だったら、フォードの一味に加入していたかい?」

「知らん。“たられば”の話なんて興味ない」


 カーダは、テレを隠すように椅子を半回転させた。つれない彼の態度に、アスクレーは苦笑い。

 贖罪が終わっていたならば、加入するつもりだった――態度でそう言っているようにしか見えなかった。デスクに向かっているカーダは、必死に手紙をしたためていた。

 その背中に、かけてやれる言葉はない。アスクレーは、お一人様の背中を見つめるしか出来なかった。結果、手紙を書き終えるまで、二人の間に言葉は交わされなかった。


「タバコ、吸っても?」

 沈黙を破ったのは、アスクレーのどうでもいい事だった。


「なんだ、そんな事か」

 カーダは、重い腰を上げると、部屋の窓を半開きにした。

 夜も遅いというのに、生ぬるい空気が入り込んできた。それを肌で感じたアスクレーは、タバコに火をつけた。



「何か、他に話題でも?」

「別に? 何もないさ」


「俺が気づかんとでも思ったか? お前がタバコを吸うときは、決まって何かをじっくり話したいときだ」

 カーダの三白眼は、アスクレーの飄々(ひょうひょう)としたウソを看破した。


「バレていたのか」

「修業時代からの縁だ、気づかんわけないだろ」

 カーダは、いつも以上に無愛想な低い声で毒づいた。


「……じゃあ、手短に」

 アスクレーは、残念そうに言った。

 もったいぶらずに早く言え、とカーダは目で催促した。


「これから、どうするつもりだい?」

「何の話だ?」

 カーダは、睨みつけた。思わず委縮してしまいそうな目つき。

 しかし、アスクレーは気にも留めなかった。我が物顔でタバコを赤く光らせる。


「噂で聞いたよ。もうすぐ、払いきるんだって? 慰謝料700万ルド」

「ああ。今年の分で払い終わる。17年……思った以上に早かった。話というのは、そのことか?」

「当たらずとも遠からず、だね。払いきった後、どうしたいか……それが訊きたくてね」

「悪いが、考えられん」


 人生に疲れた男は、天井の照明を見上げていた。

 ただただ、義弟親族のためだけに17年間。妹夫婦の命は、自分の失敗はたった700万ルドで済む話なのか――それを考えているうちに、ハゲた。

 最近では、白髪もヒドい。目を細めながら悩んで作ったシワは、もう消えない。

 老いてしまった今となっては、セカンドライフを考えるヒマもなかった。カーダは、背もたれに体重を預け、虚ろに窓の上のほうを見ていた。


「仲間の一人に言われたよ。生きていれば、どこかでやり直せる機会が来る――ってね」

 アスクレーがにこやかに言うと、カーダは鼻を鳴らした。

「どうせ、連中で一番若いヤツに言われたんだろ。だが、俺は……」


 もうすぐ50になる。人生80年もとっくに折り返している。

 今さら足掻いたところでどうにかなるとも思えない歳だった。


「贖罪のためとはいえ、17年の年月を不意にしている。君もやりたい事、いっぱいあったのでは? 例えば、結婚だって……!」

「冗談もほどほどにしろ。誰が殺人鬼で債務者の俺なんかと結婚できるってんだ」


「じゃあ、何故ユリアちゃんを引き取って育てたんだい? あったかい家族に憧憬を抱いていたんじゃないか」

「単に懐いていただけだ。だが、そのユリアも10年前に……」


「そのことは致し方ないさ。遅かれ早かれ、子供はいつかは一人立ちする。ユリアちゃんは、一足先にそうなったと思えばいい」


 カーダは、目を細めた。その視線の先に、アスクレーはいなかった。

 彼は、ヌルくなった甘ったるいコーヒーを身体に流し込んだ。


「カーダ、君にも知ってほしい。人生とは」

「探求の連続……耳にタコができるほど聞かされた、クサいセリフだな」

「クサかろうが何だろうが、それは私の信条だ。誰にも笑われたって、私はそれを貫く覚悟がある」


「…………」

 カーダは、窓の外を見つめた。兄弟子の説教で、敗北感に悩んでしまった。

 昔は、互いに競い合った。どちらかが功績をあげれば、負けまいと夜通し勉強した。

 あの頃は、若かった。カーダは、もしも時が戻るのなら――とありもしない事に思いを馳せては、乾いた笑いを浮かべた。


「俺をあざ笑うか? 俺を見下すか?」

「誰かの人生に貴賤なんてない。空虚だって言ってしまったけど、17年も必死にもがいた。もう、自分を(ゆる)してもいい頃だろう」

「何の皮肉だ?」

「真っ当に贖罪をこなした君への、少し早い称賛だ」


 別に褒められるような事ではない。そう思ったカーダは、称賛を鼻で吹き飛ばした。

 つれない態度に、アスクレーは口元を歪ませた。


「もし、ユリアに会うようなことがあれば、これを……」

「分かった」

 アスクレーは、カーダがしたためた手紙を受け取り、うなずいた。


「旅の無事を祈っている」

「ありがとう。君の人生に幸あれ」


 アスクレーは、ユリア宛ての手紙をデニムのポケットに入れると、診察室を出て行った。

 気まずくなるという予想は的中したが、自分が思う以上に淡泊なものだった。あの胸のドキドキが、急にバカらしく思えてきた。


 総合病院を出ると、目の前にはジャンク・ダルク号が停まっていた。アスクレーが乗ればすぐに出発する――そう言わんばかりに、エンジン音を夜空にこだまさせている。

 レイジは、ジャンク・ダルク号から降りてきた。新しい白衣を大事そうに両手に抱えながら。


「カーダさんとの挨拶は、もういいのですか?」

 レイジは、アスクレーに新しい白衣を渡した。

「仲間なんだから、気さくに頼むよ」


 アスクレーは、新しい白衣に袖を通しながら言った。左胸のエンブレム――燃えるFの翼、そして7の数字が輝く。

 そのエンブレムを誇らしげに見ると、アスクレーは仲間入りしたことを改めて実感した。


「そうだね。よろしく、アスクレー!」

 レイジとアスクレーは、アツく握手をかわした。


「やり残したことはねぇな?」

「ああ。すぐにでも出発してくれ」

 アスクレーが乗り込むと、ジャンク・ダルク号はエンジンを吹かし始めた。


「ほな……!」

「医者を仲間にしたし、行くぜ! タズン島!」

 背番号7・アスクレーと共に、フォードの一味は新天地を目指す。





「見送らなくてよかったんですか?」

 今度は、カーダの同僚が彼の部屋を訪ねてきた。


「いや、構わん。今生の別れじゃあるまい」

 カーダは席を立つと、そのまま部屋を出ようとした。


「カーダさん? こんな時間にどこへ?」

「夜風に当たってくる。今日は眠れそうにない」

「もぉ……コーヒーの飲みすぎですよ!」

 同僚は、せかせかと廊下を歩くカーダを小走りで追いかける。


「……俺にも、第二の人生を歩む権利はあるだろうか?」

 カーダは、思い出したようにつぶやいた。


「何なんですか、急に?」

「もうすぐ、払いきる……その後の話だ」


「……あなた次第では?」

 同僚は、半分呆れたように、半分諭すように言った。



 カーダの職場から40分ほどの距離に、霊園がある。真夜中だというのに、カーダは訪ねたくなった。

 本当ならば、完全に慰謝料を払いきってからにするつもりだった。しかし、アスクレーに説教されたのが影響したのか、衝動的に来てしまった。



「……ここに来るのも、随分と久しぶりだな」

 カーダは、墓の前であぐらをかくと、一升瓶と二つの盃を置いた。

 安い酒を注ぎ、合掌。涙が一筋、また一筋……。


「何もないわけじゃなかったんだ」

 溜めていたものをゆっくり吐き出す。


「妹よ、義弟よ……もし、許されるのなら、新しい道しるべを俺にくれ。こんなにくたびれた俺に、新たな生きがいを!」

 どれほど嘆こうが、兄弟が答えるはずがない。分かっていても、そうせずにはいられない。

 墓前で泣いて嘆いて、ひたすら涙を拭きとったカーダ。帰りは、亡霊のようにトボトボと――。

 願わくは、折り返して久しい彼の余生に潤いがあらんことを。

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