第135話 よみがえらせたいモノ
フォードらとアスクレー、三人の対談は続く。
アスクレーの仲間全員を見たい、という提案に乗り、レイジはアザミたちを呼びに行った。
少し外に出て仲間を呼びに行っただけなのに、レイジのインナーはぐっしょり。
連れてこられたアザミたちに、アスクレーは名刺を渡して自己紹介した。
「私は、アスクレー。カーダの兄弟子で、ここの病院を経営している」
「ウチはアザミ言います。こっちが、料理人のギュトー、技師のバハラや」
「なんと……! あの引きこもりのバハラ君が!」
「某をご存知とは……只者ではありませんな!」
バハラのビン底メガネが光った。
「自分で作った秘密基地で、兵器を秘密裏に開発してた引きこもり。シバレーでなくても有名だったよ」
「だった……」
バハラは、うなだれた。
「で、決め手は何だったんだい?」
「レイジ氏が設計図を見て、才能を買う……と」
バハラは、あの一件のことを目を輝かせながら語った。メガネの下から、涙がしたたり落ちる。
ギュトーも、自分が加入した理由を明かした。
ダベヤ村を襲うタイガーゴイルを共に倒したこと。そして、それが原因で肉屋を解雇され、行き場を失ったところを拾われたことを。
アザミとは、チェアノの街で出会い、ミクリア公爵から匿うことから始まった。
一通りの事情を聞いたアスクレーは、先端に溜まった灰を落としてから話を始める。
「なるほど。で、カーダを買おうとした理由は?」
「俺を助けてくれた人なんです。最初は、それだけでした」
「ほう。最初は……?」
アスクレーは、うなった。
「あなたの話を聞いて、カーダさんが実績ある人だと知って……それも理由の一つに」
「理由なんて、しょせん後付けの言い訳。選択する理由は、いつだって直感だ」
「ほな、アスクレーはんが医者になったんも……?」
「子供のころに、オルエス冒険団をカッコいいと直感したから。その中でも、人知れず仲間をサポートする師匠にあこがれた」
半世紀近く前の思い出だが、昨日のことのように思い出せる。アスクレーは、嬉々として語っていた。
アスクレーの思い出話は続いた。レイゾン時代、エークの一味時代。そして、現在……。
「まさに人生の勝ち組、って感じですな」
元引きこもりは、顎をテーブルにつけてうなだれた。
「いいかい、バハラ君。自分の人生とは、誰にもマネできないものだ」
バハラは、ため息をつくように納得したような顔をした。
もし、レイジが才能を買ってくれなかったら――考えただけでも、脂汗が二重アゴに向かって落ちていく。
「あなたほどの成功者だからでしょうか。体験談が全くイヤミに聞こえなかったから不思議……」
「個人的な見解だけど……イヤミに聞こえたなら、その人の人生は薄い。そうでないなら、実りあるものなんだろう。そう思う」
アスクレーは、本日三本目のタバコに手をかけた。事あるごとに吸わなければ、気分が落ち着かないらしい。
ただでさえ息苦しい空気が、さらによどんでいく。彼は、そんなことお構いなし。
「ところで、君たちが旅をする理由を訊いても?」
「俺たちは、デズモンド社と戦うために……! アイン村の弔いのために」
レイジの握った拳に、血管が浮き上がった。
「アイン村は隕石が落ちて滅んだと聞いているけど」
「あれは、デズモンド社のしわざだ。あの日、あの場所に居合わせて……唯一の生き残りだったから」
「それで、先月のシバレーでの一件かい? 口封じのために……」
アスクレーが真剣な目で迫ると、レイジは、力強く首を縦に振った。
「復讐に加担するかどうかは別として、私では役者不足ではないか。そう思うのだけど」
「いや、それくらい実績がある方が心強い。何より、元レイゾン同士だ……何となく波長が合う気がする」
互いの在籍期間が重なっていたことは、一秒たりともなかった。
しかし、親子以上に歳の離れたアスクレーに、フォードは何となく親近感を覚えていた。元レイゾンという理由だけで。
「で、どうだ?」
フォードが訊くと、アスクレーは募集広告をビリビリに破いた。一味は、呆然。特に、レイジは目を丸くしていた。
アスクレーは、いくつもの紙片になった広告を丸めてまとめると、ゴミ箱に投げ入れた。
「気に入った者たちと旅をするのに、どうして金を貰わなきゃいけないんだ!」
「え……」
予想外の出来事に、レイジは目を丸くした。
明らかに怒っているようにしか思えない行為だったが、アスクレーは笑っている。
「君たちといると楽しそうだと思ったから、ロハでもいいくらいだ」
「何ですと!? アスクレー氏、今……何と」
「噂以上のチーム、君たちを気に入っていたんだ。デズモンドの最高幹部を倒した連中の一組だ」
「成り行きでそうなったかもしれない。でも、あんな大企業に反旗をひるがえそうだなんて、前代未聞じゃないか。冒険心がそそられる!」
アスクレーのえくぼが深く沈んだ。
「逆に訊いてもよろしいやろか?」
「なんなりと」
アスクレーは、タバコの火を消すと、すました顔をした。
「アンタは、レイゾンでエークはんの仲間やった。一度は冒険者を引退したはずやのに、この歳になって復帰したがる理由は?」
「さっきも言ったけど、世間に公になったことで、君たちに興味を持ったのがひとつ。そして、もうひとつ……これが本懐だ」
「あんまり、勿体ぶるなよ。何だよ、本懐って」
「私がもう一度旅に出たいと思った理由は、ある秘宝を探したいからなんだ」
「秘宝……?」
アザミは、小首をかしげた。
「“ナーガ神の杖”って知っているかい?」
「な……!! アンタ……誰を生き返らせたいんや!?」
アザミは、目を見開いてアスクレーに詰め寄った。
アスクレーは、苦笑いしながら席を立ち、分厚い図鑑を持ってきた。タイトルは、幻のお宝全集。付箋がしてあるページをめくって見せた。
ナーガ神の杖――それは七つの頭を持つ蛇が巻き付いた杖で、その先端は仏像のようになっている。この本によると、悟りを開いて祈りを込めれば、死者を生き返らせることができる、とあった。
「どうして、そんな杖を? アスクレーさんの技術は確かなものと聞いたのに……」
「欲しいということは、それほど生き返らせたい人物がいる証ですぞ!」
「カーダの妹夫婦か、かつての仲間・エークか? それとも……」
「そんなんじゃない、ただの好奇心だよ」
フォードの図星を当ててやったぞ、と言わんばかりの視線をかわしたアスクレーは、乾いた笑みと共に言った。
「俺も図鑑でしか見たことがない、伝説の杖だ。効果のほどは、マユツバだろうけどね」
「もし、復活させられる効果があるとしたら?」
ギュトーが訊いた。アスクレーは、患者がいる総合病院の方に視線をやった。
「今からでも甦らせにでも行くか?」
察したフォードは、自然な笑顔でアスクレーの見ていた方を親指で指した。
「なかなかどうして気が利くリーダーだ。でも、本当に復活するかどうかは、彼次第だがね」
彼は、若いころを思い出し、ため息をついた。もう、戻れない――そう思うと、より深いものへと変わった。
ケイロン先生の元で切磋琢磨していたあの頃。カーダの目は、死んではいなかった。
それを思い返すほどに、アスクレーの表情が曇る。
「こんなチンケな宝に頼るまでもねぇ話だろ?」
フォードは、杖の絵を人差し指で叩いた。
「それもそうかもしれない……。遅すぎたのだよ、何もかも」
アスクレーの眉毛がハの字を描いた。
「……若い俺が言うのもなんですが、人間、生きていればやり直す機会があると思うんです」
レイジが真剣なまなざしで訴えかけると、アスクレーはバツが悪そうにうなずいた。
「それで、次の目的地は?」
アスクレーは、パンと手を叩くと、強引に話題を変えてきた。
「タズン島だ。早ければ、明日の朝には出るぜ?」
「世界で最も危険な島のひとつか……いいね! そこになら眠っている可能性がある」
「さすがは、勇者チームの元メンバー。その歳になってもなお、探求心が衰えねぇとはな!」
フォードは、天を仰ぐように豪快に笑った。
自然的な意味で最も危険な場所のひとつ。その名を聞いて怖気づくどころか、むしろ楽しみにしているようにさえ思えてきた。
「人生とは、探求の連続だよ。後輩くん」
「ああ、そうかもな。ますます気に入った!」
「それにしても、よく快諾してくれましたね。それも、ロハで……。我々としては、これ以上ないくらい嬉しい話ですけど」
「思い切った決断だと感じるだろうけど、私は掴めるチャンスなら全部掴む主義でね」
アスクレーは、ギュトーの問いかけにしたり顔で応えた。
「で、アスクレーはん。仲間になるって言いはるんやったら、コレ背負えるやろか?」
そう言って、アザミは、レイジを立たせて背中を見せた。
バハラとフォードも、同じように一味の証を見せた。
「すると、私は背番号5になるのかな?」
「5は、欠番だ」
「なるほどねぇ。シバレーで一緒に戦った盟友の誰かが背負っているのかな?」
「いや……ちょっと恥ずかしい話ですけど、ビッグマハルでJ・Jから助けた女の子で……」
レイジは、五月の終わり際を思い出して悶絶していた。
「いいねぇ、若いねぇ!」
またしても、「若い」と言われた。今度は、明らかにレイジを羨んでいた。目元にシワを作りまくって、大笑い。
その様子は、まるで酔っぱらった親戚のおっちゃんのようだった。
「改めて訊いてもいいかい? 私の背番号は……」
「アスクレーはんの背番号は7や」
「ラッキーセブンか。君たちからすれば、私は思いもよらぬ幸運だったのかもしれないね」
思わぬ幸運の発言に、すぐに納得がいったレイジ。
思えば、イリアーフで無事だったら、医者探しは難航していたかもしれない。
アスクレーが加入したため、明日にも出発できるだろう。レイジがそう思った矢先、フォードは右手の人差し指をピンと立てて提案を始めた。
「……出発は延長しようか? 荷物を纏める時間も、心の整理をつける時間も要るだろ?」
「寛大な心遣い、とてもありがたい。可及的速やかに私用は終わらせる。時間は取らせない」
アスクレーは、目を閉じて長考してから答えた。
「じゃあ、18日の朝で」
「いや、終わり次第でいいよ」
「分かった……俺たちは、待ってるぜ」
フォードたちとアスクレーは、ひとまず解散となった。