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漢気!ド根性ハーツ ~気合と絆こそが俺の魔法だ!~  作者: 檻牛 無法
第12章 くたびれた医者に生きがいを
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第134話 しがない男の償い


 翌日。フォードは、二日酔いの頭を抱えながらカーダの診察室に向かった。


「来れば分かる、って言われて来たぜ?」

「ああ、そこに座れ」

 カーダは、変わらず不愛想に言った。


「酒の勢いで忘れてくれていると思ったが……」

「悪いが、俺たちは必死なんだよ。お前を勧誘したくてな」

 フォードは、その声に少しドスを利かせた。


「そうケンカ腰になるなら、俺もそれ相応の態度で返そう。俺も、フォードの一味の勧誘を断りたくて仕方がない」

 カーダは、甘ったるいコーヒーを飲み干してから言った。


「悪かった。だから……」

「早く本題に入れ、と?」

 カーダが流し目で訊けば、フォードは力強くうなずいた。


「結論から言うが、お前らの仲間になる気は欠片もない。未来永劫、変わることのない俺の意志だ」

「俺なんかより腕の立つ医者を紹介しておきたくてな」

 そう言って、カーダは一通の手紙をフォードに手渡した。


「何かと思えば、紹介状かよ」

 フォードは、手紙を細い目で見た。

「だから、言ったはずだ。仲間になる気はない……と」

「そういや、そうだったな」


「俺たちがソイツに気心が変わったとしても、後悔するなよ?」

 フォードがしたり顔で出ていくと、カーダは鼻を鳴らした。


「誰が、自分のやった事に後悔するか」





 カーダから貰った地図に従い、フォードとレイジは近くの病院へ向かった。レイジが入院していた病院から徒歩10分ほど。一等地に建っているにしては簡素な造りの建物が見えた。

 ケイロン外科。そこに、このカロイ・ラマでも指折りの医者がいるらしい。しかし、レイジの目には、とてもそんな人がいそうには見えなかった。


「先生はいるか?」

 フォードは、カーダからの手紙を見せた。

「先生なら昼休憩で外出しております」

「じゃあ、ここで待たせてもらいます」


 カーダの太鼓判を信じた彼らは、先生が戻ってくるのを待った。その背中は騒がれた。

 結局、一時間近くロビーで暇を持て余すことに。


「先生、お客様がお見えです」

 受付がレイジたちを指した。

「ああ、君たちか。時の人のご尊顔を拝めるとは、私の運も捨てたものじゃないね」


 短い茶髪をポマードでオールバックに整えた50過ぎの男が、院内に入ってきた。彼の名は、アスクレー・マナセ。

 カーダと違って、アゴ髭も整えており、白衣もパリッとしている。とてもカーダの知り合いとは思えないほど、見た目に気を遣っている。


「ずっと待たせて、申し訳なかったね。私はアスクレー。小さいけど、ここの院長をやっている」

「俺たち、カーダから紹介されて、ここに来たんだ。アイツより腕の立つ医者がいる、ってな」

 フォードは、紹介状をアスクレーに渡した。


「それは、私のことだね。ならば、話をじっくり聴こうじゃないか。応接室に来てほしい」


 応接室にフォードたちを招くなり、アスクレーはカーダの手紙を読んだ。自分の代わりにフォードの一味に加入してほしい、という願いが切実に書かれていた。

 また、その旅の過程において、自分の姪であるユリアに会えたら、心配していたことを伝えてほしい。そんなことも書かれていた。

 酷なことを頼むなよ、とアスクレーは呆れながらタバコに火をつけた。



「また、冒険者になれ……ってことか」

 アスクレーは、どこか懐かしそうな顔をしていた。

「また……?」

 レイジは、アスクレーの言葉に引っかかった。すると、アスクレーはうなずいた。


「私の系譜、何故か勇者に縁があってね……」

「冒険王オルエスと一緒だったのか?」

「それは、私の師匠・ケイロンだね。私は、その息子・エークの時。そして、私の弟子・チトアも……」


「フォードくん。君からは、何となく懐かしい匂いがする」

 アスクレーに指さされたフォードは、たまらず上着の袖のニオイを嗅いだ。


「アニキ、そういう事じゃないと思う」

 呆れながら言ったレイジの言葉に、アスクレーは「うんうん」と頷いた。

「私も、元レイゾン。……と言っても、30年も昔の話だけどね。懐かしいと思ったのは、そういう事」


「勇者の仲間で元レイゾン……肩書と経歴だけ聞きゃ、とんでもねぇヤツだな。そんなヤツと知り合いのカーダもカーダだ」

 フォードは、頭の後ろで指を組んでふんぞり返った。にわかには信じられない、とぼやいた。


「それで、訊きたいんですが……」

「ああ、彼は、私の弟弟子だよ」


「アイツも、勇者の仲間の弟子だったのかよ」

 フォードの開いた口がふさがらない。


「だったら、カーダさんは俺たちからすれば……」

「そうだぜ、あれ以上ない優良案件だったのによぉ」


「君たち、どうしてカーダが断ったか……本人から聞いたかい?」

「何も? どっかウラがありそうな感じだったけどな」


 フォードは、七丁目で呑んだときの事を思い出した。人間が簡単に死ぬ、と彼は言っていた。その時の顔は、苦悶に満ちていた。


「アイツ、まだ引きずっているのかな……」

「引きずっている、って?」

 レイジが訊けば、アスクレーは古びた新聞をテーブルの上に置いた。日付は17年前の6月19日。

 見出しには「名医カーダ、敗訴」とあった。原告は、義弟の親族。賠償金は700万ルド。


「17年前、カーダは妹夫婦の手術に失敗している。これを聞いてもなお、君たちは彼を信じられるかい?」

 アスクレーは、試すような口調で言った。レイジは、うつむいてしまった。


「なるほど、それで昨日のアレだったのか」

 フォードは、背もたれに体重を預けたまま、腕を組んだ。

 自分の精神の事を言っていたように聞こえたが、妹夫婦のことも含んでいるように思えた。

 昇進したくてもできないので、ずっとヒラ医者だった。


「でも、どうして」

「義弟の親族から訴えられたそうだ。世論も、技術不足よりも医者としての責任感の無さを責めた。当然、私もケイロン先生も叩かれた。同門だから、というだけでね」


 カーダのバッシングは、思う以上に過激だった。アスクレーによれば、こんなに質素な建物なのも、先生の意向だという。

 あえて目立たない建物にすることで、マスコミからの攻撃を避けるつもりだったのだろう。

 彼のほうれい線と眉間のシワから、レイジはただならぬ苦労を感じた。端から見れば第三者にも見える関係性にもかかわらず、その糾弾は厳しいものがあったようだ。



「でも、あれは責任の無さとかじゃない。100%治す方法が確立していなかっただけだ。それでも、彼は足掻いた。低い確率だろうと、身内を救えるならばって――」

「おい、話がそれてきたぞ?」

 フォードが指摘すると、アスクレーはタバコの火をもみ消した後、拳で口元を抑えて咳払いした。


「ああ、申し訳ない。もう一度、訊こう。一度は手術に失敗して大事な人を亡くした医者だ。それでも、カーダを信じられるかい」

「それは……」


 レイジは、胸の奥底に溜まっていた息を吐きだして、うつむいた。

 助けてもらえたのは奇跡だったのかもしれない。そんな疑いまで、頭の中を駆け巡った。


「今、君は青ざめた。彼は黙っていたようだけど、そうなることを予感していたんだろう」

 アスクレーは、レイジを指さした。レイジは、ごめんなさい、と蚊の鳴くような声で謝った。


「別に謝ることはない。人間、誰だって死ぬのは怖い。だからこそ、信頼できる医者を探そうとする君たちの気持ちも分かる」

「当然だ。仲間の命を預けるんだ、慎重にもなっちまう」

「君たちが命を預けるに値するかを測っていたように、彼もまた恐れていたのだよ」

「恐れるって、何をだ?」


「情が移って大事な仲間になること。そして、その時、同じような失敗をしてしまったら……ってね」

「でも、なんで復帰できたんだ?」

 フォードは、率直な疑問を投げた。

「確かに、彼はメスを持つどころか、オペに携わることもできなくなった。今は、慰謝料と姪のために、しがない診察……それだけ」


 ただの贖罪――レイジにはそう思えた。だが、カーダにとっては、それが全てなのかもしれない。

 何に対してもやる気が無さそうに見えた彼の顔が、苦労人に思えてきた。



「身の上話はそれくらいにして、ここからは商談だ」

 しばらくの沈黙の後、アスクレーは、タバコをつけた。穏やかそうな顔を一変させた。


「商談……?」

「とぼけないでほしい。募集をかけたのは、君たちのほうだろう?」


 そう言って、アスクレーはレイジが作ったポスターをテーブルの上に置いた。

 しくじり医者でさえ、年収は40万ルド――日本円にして、4800万円ほど。

 間違いなくオファーを蹴られるだろう――レイジは、おそるおそるアスクレーの様子をうかがった。


「私は、相場に怒っているわけじゃない。勘違いすることも多々あるだろう。で、君たちに訊きたいことが一つ。なぜ、医者の給料は高いと思う……?」

 また、試すような目をした。レイジは、目を細めながらアスクレーの方を一瞬だけ見た。

 再びうつむいて、今度は日本にいたときの事を思い出した。


「日本にいた頃……母さんは、忙しそうにしてた。それだけ忙しい仕事だから?」

 レイジは、質問に質問で回答した。今度は、天井の照明を見つめ、もう会うことのない黒飛家(かぞく)を思い返した。


「まだまだ若いね、君は。忙しければ高い給料がもらえるのならば、サラリーマンでも同じことがいえる」

 カーダにも若いと言われた。しかし、その口調は、そんな若者をたしなめるようなものだった。

 アスクレーは、タバコの灰を灰皿に落とし、凛とした眼差しをレイジに向けた。


「医者はね、人の命を背負っている職だよ。その責任を背負う対価として高い給料がある。責任を全うするために、様々な事を勉強し、人としても立派にならなくちゃいけない」

「だから……だから、高いのか」

 レイジが確認をとれば、アスクレーはうなずいた。


「そういう事。私たちは、信頼を買われているんだ。僅かな失敗(ヘマ)であろうと、許されない。死なせたら、彼みたいに訴えられて巨額の賠償金。気狂い(マッド)な医者の烙印は消えない」


「……それで俺たちをけん制してるのか? 安請け合いしねぇように、ってよぉ」

 フォードは、淡々と話すアスクレーを訝しんだ。


「とんでもない。私は、君たちに興味がある。以前から目をつけていた」

「じゃあ……!」


 願ってもみない回答! レイジは、目を丸くし、瞳を輝かせた。

 アスクレーは、結論を()くな、とばかりに手でレイジを制止した。


「一度、仲間全員を連れてきてほしい。彼らの人となりも見て、つきっきりでサポートするに値するかを見たい」


 フォードは、レイジに目配せした。レイジは、アスクレーにお辞儀してから退室した。


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