表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漢気!ド根性ハーツ ~気合と絆こそが俺の魔法だ!~  作者: 檻牛 無法
第12章 くたびれた医者に生きがいを
145/165

第133話 サシで呑む

 7月15日、午後。フォードたちは、昨日の晩から忙しかった。募集ポスターの効果は、レイジの想像以上。

 足元を見られてもなお、冒険団に所属したい者は多いらしい。イリアーフ全体が熱波の被害に見舞われる中、猛者たちが並ぶ。

 そこで、フォードとレイジ、ギュトーの三人は、面接をすることで信頼度を測っていた。しかし、全員が全員、いまひとつであった。


「ダメですね……」

 ギュトーがため息をつけば、フォードは額に右手を当てた。ここまで30人ほどを見てきた。

「だな。自己PRより金銭面の交渉の方が多いとはなぁ。それも、ここの6倍以上の値段を吹っ掛けてきやがる」

「カロイ・ラマの人って、謙虚だけどしたたかというか……」


 レイジは、相場を間違えた事を公開した。こんな安請け合い、よほどの物好きしか快諾しないだろう。

 日本なら妥当な相場でも、ここじゃ安すぎる。カーダのようなヒラ医者でさえ年収40万ルド。

 レイジのため息が止まらない。


「一番手ごたえがあったのは、ビアーチアだったが……」

「聞けば、オルアースのチトアさんの弟さんだとか」

「“見習い”じゃなきゃ、間違いなく採用だったな」


 一番手ごたえがあったのは、若くて勢いのある男。それでいて、オルアースの仲間の弟。間違いなく採用候補だった。

 しかし、ビアーチアは16歳で医者見習い。仲間の命を預けるには、かなり頼りない。


「一番やばかったのは、ヤブーさんでしたね……」

「なんか……J・Jと同じニオイがした」

 レイジは、ヤブーの顔を思い出し、苦い顔をした。

 天才で実績があっても、倫理のタガが外れているような医者はなおさら信用できない。


「この後、誰か来ますかね?」

「いや、さっきのディモンさんで最後。難しいね、医者探し……」

 レイジは、腕を組んだ。眉毛が下がった。


「そりゃ、人の命を預ける仕事だ」

「姐さん、上手くいってるといいけど……」

「まぁ、とっときの作戦がある。最悪、両方が失敗してもなんとかなる」

 フォードは、勝ち誇ったように口角をあげた。


「それって、どういう意味ですか?」

「お前らにはちょっと早い、オトナの交渉だ」

 納得してしまったギュトーは、薄い目でフォードを見た。





 その日の晩、カロイ・ラマの7丁目。ここにも酒を販売している店はあるが、ここまでくるとキャッチの数も激減。

 代わりに、ラブホテルやバー、カジノのネオンがちらほら。よりオトナの雰囲気が漂う場所だ。フォードは、肩で風を切るように夜の繁華街を歩いていた。

 7丁目を歩いて数分、四つ角に面したバーの扉を叩いた。立地のいい場所に立っているにしては、質素な内装だった。そのカウンターの右端、白衣を纏ったカーダが座っている。その背中は、本人のプライドの高さとは裏腹に、どこか寂しさを物語っている。

 フォードは、カーダのすぐ左に座り、セラ―の適当なボトルを指して注文した。


「もう飲んでたのか……」

「誰かと思えば、お前か」

「オジャマだったか?」

「自分で誘っておいて、よく言うな……」

 カーダは、グラスの氷を指先で回しながら言った。


「随分と遅かったな。道に迷っていたのか?」


 先に飲み始めていたようで、カーダの席には空になったグラスが数杯。ジン、ウォッカ、バーボン、ワイン……いろいろと楽しんでいたらしい。しかし、カーダの顔はいたって普通。というより、全く酔っていないようにさえ感じられた。

 こんな呑み方ができるのも、医者という高給取りでありながら独身であるからこそ。



「あまり酔わねぇタイプか?」

「安い酒では酔えない体質だ」

 フォードは、その冗談を鼻で笑った。だが、冗談でもカーダの体質が羨ましく思えてきた。


「量より質……ってか。さすが、ヒラでも高い仕事なだけはある」

 そう言ってフォードは、バッグから瓶を取り出した。

 ザポネのマニアックな酒・鬼哭(きこく)だった。


「マスター。いいのか?」

「ええ、構いませんよ。私にも飲ませてくれるならば……」

 マスターは、グラスを取り出すと、少し傾けた状態で催促してきた。


「ザポネ酒か……」

 カーダは、一升瓶の中身をグラスに注いだ。鼻をスーッと通り抜けても、香りは残らない。

 慣れない人が呑めば喉を焼きそうな辛口ではあるが、グッと煽るように喉を通しても、カーダは平気だった。


「甘いな」

 カーダは、すました顔で空いたグラスをカウンターに置いた。


「マジかよ……」

 フォードは、喉仏の辺りをさすりながら、目を細めてカーダを見る。

 一度アザミに薦められて呑んだことがあったが、その時はグラス一杯で頭がフラフラ。そして、今日も急に顔が紅潮した。


「お前ら、昨日から随分といろんな医者を見たらしいな」

「ああ、全部ハズレだ」

 フォードは、ワインセラーの一番上の段を見て、お手上げのポーズ。カーダを直視できなかった。


「俺を引き抜く口実を作ったつもりか?」

 カーダは、カウンターに右ひじを置いた。


「んなつもりねぇよ。酒が回ってきたか?」

「いや……」

 カーダは、自分のグラスに鬼哭を注ぎ、グラスを傾けた。

 たまにはカルミナの裏側の酒も悪くない――そう思いながら、鼻を鳴らした。


「それより、お前からも言ってくれ。アザミの勧誘がしつこいんだ」

「考えておく。忘れるなよ……お前以外の候補を探すのに難儀してるって事をよ」

「ああ、そうかい」

 カーダは、話半分に聞き流した。棒読みで返したのが、その証拠だ。


「ここに来る前、バルディリスという男とも交渉した」

「竜騎士か……ヤツは、相当がめついと噂だ。おおよそ金銭面で揉めて破談になったとみる」

「そんな事じゃねぇ。どやされたんだ、冒険団のリーダーを引き抜くようなヤツがあるか……ってな」

 フォードは、目を閉じてはにかんだ。


「どうしても離れられねぇ理由があるのか?」

「何だよ急に」

「ちょっと勘ぐってみただけだ」

 フォードは、苦しそうに目を閉じた後、ヤケクソで残ったグラスを空けた。無理に呑んだせいで、何度かせき込んでしまった。


「フォード、人間って生き物は呆気なく死ぬぞ?」

 カーダは、脚を組みなおすと流し目でフォードを見た。

「何なんだよ、急に」

「俺が、まさにそうだ。何も思うところがなく、淡々と仕事をして収入を得て……俺は、人間じゃない。ヒトかサルだ」

「じゃあ、なおさらだ! 俺たちと来い! 人間として甦れ!」


 フォードの力説も虚しく、カーダはグラスの融けゆく氷を見るだけだった。

 ため息の声が、店内に響いた。カーダは、肘を立てた右手の甲に頭を置いた。


「マスター、もう一杯」

「お客さん……酔いが回りましたか?」

 マスターが心配するも、

 カーダの右手の人差し指は、あらぬ方向を指していた。マスターは、指されたボトルをカーダの前に置いた。

 それを呑むわけでもなく、彼は黙り続けていた。フォードは、答えを待ちながら、鬼哭をゆっくり楽しむ。


「おい、何とか言ったらどうだ?」

 グラスが空き、もう一杯注いだ頃、フォードが口を開いた。


「……お前の望んでいるような答えなら、言わないが?」

 カーダは、ようやく上体を起こした。

 それから、すました顔でバーボンをグラスに注いだ。一口飲んだあと、不敵な笑みでフォードの方を向いた。

 フォードは、わざと聞こえるように舌打ちした。カーダは、薄い後頭部をかきむしった。


「……明日の10時、俺の診察室に来い」

「それまでに考えてくれるのか?」

 フォードが訊けば、カーダは静かに首を横に振った。


「じゃあ、なんで?」

「明日になれば分かる。来れば……な」

「……そうか」

 納得のいったフォードは、左手の拳を緩めた。


「今日は、どっちが持つ?」

 カーダが訊くと、フォードは二つの伝票を自分の手元に寄せた。

 二人合わせて、7000ルド。フォードは、それを見ても高いとは思わなかった。

 カーダは、なんともない顔でバーを後にした。それを目だけで見送ったフォードは、会計を済ませてフラフラな足取りで拠点に戻った。


 その後、レイジに帰りが遅かったことを心配され、アザミにムダ遣いしたことを怒られ。

 酔いが回っているのに、眠れない夜を過ごすのであった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ