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漢気!ド根性ハーツ ~気合と絆こそが俺の魔法だ!~  作者: 檻牛 無法
第12章 くたびれた医者に生きがいを
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第132話 ヒラ医者 Ⅲ

 7月12日、8時。フォードは、ジャンク・ダルク号内で機械のメンテナンスを続けていた。重火器の類は、元々軍人で知識があったため、昨日のうちにほぼ全てが修理済み。

 しかし、このノリで大丈夫だろうと思っていたところに、落とし穴。バハラが作り上げた仕掛けの数々は、フォードの理解の範疇を超えるものばかり。


 一方、病院食をあっという間にたいらげたレイジは、カーダから検診を受けていた。

 とても18時間近く拷問を受けていたとは思えないほどの回復の速さ。レイジ自身も、その事に驚きを隠せずにいる。


「こんなに早く治るなんて……」

 レイジは、何度も拳を握ったり開いたりした。特に違和感はない。

 地球ではありえない事だった。カルミナには回復魔法もあれば、人間の怪我によく効く物質が揃っている。それを差し引いても、やはり早い。

 それだけ、カーダにスキルがあったのであろう。レイジは、自分にそう言い聞かせた。


「お前の身体は、まだまだ若い。それだけ治るのも早い」

 カーダの言い方は、どこか羨望を含んでいた。


「血圧、脈拍、体温……栄養状態、いずれも問題なし」

「じゃあ……!」

「ああ。その様子だと、もう動いても大丈夫そうだな。ただし、しばらく戦闘はできないが」

 カーダは、釘をさすように、“ただし”の後を強調した。

「ありがとうございます、カーダさん」


 レイジは、飛び出すようにベッドから起き上がった。それから、オギリのベッドを見ると、急にため息が出てしまった。

 カーダは、「忙しないやつだ」と呆れながら後ろ首をかいた。


「もう動いてもいいなら、ちょっと外しても?」

「それは一向に構わんが……どうした?」

「ちょっと、ヤボ用で」


 本当は、オギリと一緒の部屋にいると息がつまりそうだったからだ。

 レイジは、ローブを脱ぎ捨てた。適当なロゴの入った黄色のノースリーブ、下はダボっとしたネイビーのカーゴパンツに着替えた。

 鏡も見ずに、寝癖を手櫛で直したら、お出かけの準備はOK。……と、言いたいところだが、もう一つ。



「そうだ、姐さん。あの上着なんだけど……」

「ちゃんと直してあるで」

 アザミは、レイジの背中からいつもの半袖ジャンパーを着せた。

 レイジは、そのジッパーを半分だけ閉じると、シャキッと胸を張った。


「姐さん、ギュトー。バハラの看護を頼んだ」

「何をするのか分かりませんが、気を付けて!」

「いってらっしゃい!」

 アザミは、燃えるFの翼のマークを叩いて、レイジを見送った。その背番号2が、今は少し頼もしく見えた。


 夏のカロイ・ラマは、この時間にもなれば太陽が高い。

 10日からの熱波で、ここも朝から気温は35度。少し歩くだけで汗が止まらない。

 そんな炎天下で、レイジが向かった先は雑居ビルの一角だった。

 エレベーターなど気の利いたものがないビルの階段を上がって5階。レイジは、息を整えてからその戸を叩いた。


「どうぞ」

 言われたレイジは、中へ入っていった。


「おお、君か! ぜひとも取材をしたいと思っていたのだよ」

 髭を蓄えた編集長は、その頭を光らせながら言った。こんな冒険団にも取材したいと思うほど、このカロイ新聞はネタに困っているらしい。

 とてもデスクワークに勤しんでいるとは思えないほどの筋肉。レイジは、ビックリしながら編集長のデスクの前に向かう。


「その背中のマーク、あの子、まさか……!」

「ウソだろ、あのデズモンド社を相手に戦ったヤツかよ!」


 小さな編集部がざわついた。まさか、時の人が来るとは思わなかったのだろう。


「ええ。俺はフォードの一味のレイジです。ちょっと交渉したいことがありまして……」

「そうかそうか! じゃあ、そこに座っていただきたい」


 レイジは、勧められるがままに座った。それから編集長は、自分の名刺を渡した。

 ここから先は、取材、取材、取材……。レイジは4時間近く拘束された。

 真実を伝える、どんな事でも詳細に。編集長の頭とジャーナリスト根性が光る。

 テッペンを回り、それでもなお取材が続いた。


「あの……例の件、考えてもらえますか!」

「もちろんだ! なんだったら、明日の折り込みでもいい」

 編集長は、金の入れ歯を光らせた。


「ご厚意、感謝します! では、早速……」


 フォードの一味、医者募集。ビラ作りが始まった。

 どうせならカッコいい方がいいだろう、という編集長の意向にレイジは従うばかり。

 時々レイジの意見も取り入れられたが、結局はやっつけ仕事。ものの20分程度でチラシのデータができた。


「……こんな感じのチラシを明日、出そう。どうかね?」

「ありがとうございます。ぜひ、お願いします」

「今日は、いい一日だった。こちらこそ、ありがとう」


「そうだ!」

 レイジが手をパンと叩くと、編集部の誰もが頭を振り返った。


「何だね、急に……」

 編集長は、頭頂部の汗を藍色のハンカチで拭った。


「この辺りで、医者がたくさん集まるような酒場、教えてくれませんか?」

「君、まだ16歳でしょ? シバレーじゃそうだったかもしれないけど、カロイ・ラマのお酒は21になってから!」

 編集長の頭に青筋が浮かぶ。

「だから、そうじゃなくて!」


 レイジは、肩を怒らせ、編集長に迫った。

 勧誘のポスターを貼りに行く――そう察した編集長の顔は、仏の如く穏やかになった。


「ああ、そんな事か……5丁目と6丁目は、まさに飲み屋街! 医者ならわんさか集まるだろう」 

「5丁目と6丁目……ありがとうございます!」

 そう言って、レイジは新聞社を出て行った。


「……熱心だねぇ。いいね、いいね」

 編集長は、丸太のような腕を組んだ。





 7月13日、夕方。レイジは、帰ってきた。肩に半袖ジャンパーを担ぎ、黄色のノースリーブは汗でぐっしょり。顔もすっかり紅潮している。

 新聞社にチラシの相談をして、何件か酒場を巡って医者募集のポスターを貼りに行ったにしては、明らかに疲労困憊だった。


「姐さん、ただいま」

 レイジは、息をはずませながら言った。

「アンタ、どこ行ってたんや? えらい探したで」

「ゴメン……ちょっと、新聞社に。それと酒場にも何件か」

 アザミは、目を細め、レイジの言葉を訝しんだ。それだけではないだろう、と。


 今回の広告でかかった費用は、およそ3万ドル。その中に新聞の折り込みがあった事を考えれば、コスパはいい方だ。

 カーダ説得に失敗した場合のリカバリーだが、アザミからすれば余計なお世話にしか感じられなかった。アザミは、口を堅く結んだ。


「姐さんは、カーダさんを気にかけてるけど……もしもの事があれば」

「そう……やね……」

 アザミの目じりがわずかに下がった。


「それはそうと、バハラはんが目ェ覚ましたで」

 アザミは、バハラのいるベッドを指さした。


「ご心配をおかけしましたかな、レイジ氏」

「バハラ! よかった……無事で」

 レイジは、胸をなでおろした。


「レイジ氏、某……某は!」

 レイジは、力強く首を横に一回振った。「気にするな」と、少し歯を食いしばりながら。

 バハラもバハラで、あの時、エルフの子供たちに手も足も出なかったことを悔やんでいた。


「戻っていたのか。随分と探したぞ」

「カーダさん。実は……」


 レイジは、この病室を出て行った理由を話した。そして、昨日の朝から先ほどまで出かけていた用事も。

 カーダにとっては、レイジがどこで何をしていようと、興味がないそぶりを見せた。しかし……。 


「なんと! 加害者と被害者、偶然にも同じ部屋だったか……」

 カーダは、目を丸くした。ただでさえ人相の悪い三白眼の瞳は、さらに小さくなった。


「そうなんです。それで……」

「だが、レイジ。忠告だ」

 そう言って、カーダは左の人差し指をピンと立てた。

 カーダの目は、再びくたびれたオッサンのものに戻っていた。


「俺ら医者には、そんな事は関係ない。命に貴賤(きせん)などない。救えるなら救う、それだけの話……」

「バルディリスも同じこと言ってた……」


「ウワサの救命医か……その程度の考え、誰しもが持ってる。そんなに気になるなら、そうなった不運を恨む他あるまい」


 カーダの言っている事は正しかったが、言い方にトゲがあった。

 レイジは、シュンとなった。カーダに言われるがまま、不運を恨んだ。己の無力さから悔しさが込み上げてきた。

 叶うなら、さっさと医者を見つけて、一日でも早くタズン島へ行きたい。レイジは、そう思った。


「二度と、こんなクジを引かないためにも……カーダさん! あなたの力が必要なんです」

 レイジは、カーダにすがりつくように言った。しかし、カーダは、その腕をクモの巣のように振り払った。

「あのザポネ人だけでなく、エースにもねぇ……」

 フォードの一味からの熱烈なラブコール。しかし、カーダは鼻でため息をついた。


「悪いが、俺は旅に同行できん。もっとも、俺なんかより旅の医者に向いているヤツはいる」

 アザミとレイジが期待のまなざしを向けてくるなか、カーダは淡々と答えた。

 それから、病室を出て他の患者の診察に向かうのであった……。

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