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漢気!ド根性ハーツ ~気合と絆こそが俺の魔法だ!~  作者: 檻牛 無法
第12章 くたびれた医者に生きがいを
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第131話 ヒラ医者 Ⅱ

「レイジ、無事か?」

「アニキ、俺なら大丈夫。うん……」

 口では平気そうにしてみせたレイジ。彼の視線は、自分の左拳にあった。その姿は、どこか無力さを嘆いているように見えた。

 一昨日の深夜、子供のエルフに後れをとって負けた。それがよほど悔しかったらしい。 

 今度は、オギリのベッドを見た。彼と同じ病室でもう一晩。それを思うだけで、胸が苦しくなった。ため息を何度ついても、心のモヤが抜けない。


「グッドニュースとバッドニュース、どっちから聴く?」

「そんなセリフ、日曜洋画劇場でしか聞いたことないよ」

 レイジは、口を丸く開いて驚いた。


「じゃあ、グッドニュースから。お前の気合の炎を鍛えるのにうってつけの場所がある」

「どんな場所?」

 レイジは、目を輝かせて訊いた。フォードは、薄ら笑いを浮かべて「やっぱり食いついた」と呟いた。



「ここから遥か南南東に行った先に、タズン島がある。そこならいい修行場になるってよ。バルディリスから聞いた」

「タズン島?」

「ああ、カルミナの赤道付近だ。そこは、カルミナで最も気候変動が激しい地域だ」


 バルディリスから聞いた話では、タズン島周辺には月に3回ほど嵐がくるそうだ。特に今の時期に来るものは強いという。

 さらに、この島は四つのプレートの上に乗っており、地震が頻発しやすいとのこと。常に自然災害と隣り合わせの島、それがタズン島である。

 そんな島に適応した屈強なモンスター、珍しい生物が多数。討伐報酬が4ケタなのは当たり前、中には6ケタのものも。


「初代オルキヌスのベースになったモンスターもいるらしい。それくらい強いやつが山ほどいる島だ。どうだ?」

「ちょっと待って。次の目的地は、ビッグマハルじゃないの? じゃあ、あの人は……?」

「それがバッドニュースだ。風の噂じゃ、ビッグマハルを出て行ったらしい。戻っても、彼女に会うことはねぇだろ」


 ここで医者を仲間にしたら、進路は北東。再びビッグマハルに戻る。その計画は、泡に消えていった。

 背番号5は、またしばらく欠番になりそうだ。レイジは、ため息をついた。


「まぁ、旅を続けてりゃどこかで会えるだろ」

 フォードは、腕を組みながら言った。


「……だね。じゃあ、次の目的地はタズン島で」

 レイジは、少し名残惜しそうに言った。



「次の進路は、それで決まりだな。で、バハラはどれくらいかかる?」

「カーダさんの話では、あと三日ほど。レイジさんの方は、明日の朝には動けるくらいには」

「そうか。三日も足止めか……ジャンク・ダルクのメンテも考えりゃ、次の出発は17日だな」

 フォードは、カレンダーの日付を指で囲いながら言った。


「でも、この足止めも……もうすぐ終わる」

 ギュトーのその言葉は、嬉しそうな声だった。これからの旅が円滑に進むことに、胸を躍らせた。


「そうだな。このカロイ・ラマで医者さえ見つかりゃ、だけどな」

「それで姐さん、ここで探すんだ! ……って気迫だった」






「ああ、捜したで!」


「誰かと思えば、失礼なザポネ人か」

 カーダはカルテを書きながら皮肉を言った。


「それはホンマすんまへん。で……」

「例の件なら、リーダーと一緒に来ないと聞かないからな?」


「違うねん、これの事で来たんやで」

 アザミは、色あせたハンカチを渡した。


「わざわざありがとう。そこに置いといてくれ」

 アザミは、デスクの空いている場所にハンカチを置いた。それも、わざわざ文字が見える方を上にして。

 “FROM UREA”の謎を知りたいのが、ありありと伝わってくる。


「ところで、ユリアってどないな御仁なん?」

「お前が知って得することじゃないだろ」

 カーダは、マグカップのヌルくなったコーヒーを一気に飲み干してから言った。


「そらそうやけど……ちょっと身の上話くらいエエやないの」

「今は少し忙しいんだ。仕事の邪魔をしない程度なら話す」

 カーダは、ハンカチをポケットに入れると、コンピュータのモニタと睨めっこを始めた。

 今日の患者のカルテだ。


「ユリアは、俺の姪だ。そのハンカチは、アイツが小さい頃にもらったものだ。少ない小遣い貯めてな」

「娘さんやないんや……」

「生まれてこの方、女に縁などないものでな。俺は妹とその家族と共に暮らしていた」



「思えば……アイツも、昔は可愛げあるやつだった」

「だった……?」

 アザミは、首を傾げた。真剣に聴こうとする彼の視線に、カーダは耐えきれず目をそらした。


「ああ。十年前、男を引っかけてきたかと思えば、冒険団を結成するとか言い出しやがった」

 キーボードを打つ指に力が入る。


「冒険団……?」

「ああ。一蓮托生で所属するならまだしも、何度も何度も鞍替えしてるらしい。今年の3月で14組目……同じ組織に一年といたことがない」

 カーダは、モニターの横に置いてあった写真を一瞥した。

 その写真には、妹夫婦とカーダ。そして、まだ可憐な少女だったユリアが写っている。

 あの頃のユリアは、もういない。自分にそう言い聞かせ、カーダは写真スタンドを伏せた。


「方向性の違い……やろか?」

「ミュージシャンかよ。だが、大方そんなところだろ」

「しかし、そない他人と反りが合わへんなんて、あり得るんかいな?」


「色々あるだろう。生きてりゃ、いくらでもイザコザはあると思うが?」

 カーダは、よれた白衣の襟を正すと、一瞬だけアザミと顔を合わせた。


「お前らも、冒険団だったな。もし、アイツに会うようなことがあれば……いや」

 カーダはクルリと再びモニターに向かった。

「どないしたん?」


「何でもない、忘れてくれ」

「そう言われると気になるんが、人間っちゅうモンや。何を隠してはんの?」

 アザミが食いつくと、カーダは鼻でため息をついた。


「あまりプライベートに突っ込んでくるな」

「もしかしなくても、伝言やろ? それやったら……」

「だから! お前らにはどうでもいいことだ」

 カーダは、ドスの効いた低い声でアザミを制止しようとした。


伯父(カーダ)はんが心配してた、そう伝えればええんやね?」

「…………」

 カーダは、舌打ちしたあと、タイピングする手を速めた。

「何とか言うたら?」


 ここで相手にしたら負けだ。そんな意地が、カーダを黙らせていた。

 何度も、歯ぎしりに混じってため息が聞こえてくる。アザミは、思わず感情的になった。


「そんな事くらい、自分で伝えに行ったらどうなん!」

「うるさい。仕事の邪魔をするなら、帰れ。可及的速やかにだ」

「悪かった……急に大きな声出してもうて」


 アザミは、マガジンラックに目をやった。古いものから新しいものまで、週刊アドベンチャーが何十冊とあった。

 しかし、過去何年にも渡って連番で揃っているわけではない。お気に入りの号を取っている、そんな感じだった。


「出て行った姪っ子さん、ずっと気にかけてはる……なんてエエ身内やの。今でも可愛げある人や、顔がそう言うてはるで?」

 アザミは、一冊取り出した。ページの角を折っていることに気づいた。

 ユリアの活躍が載っていることが容易に想像がついたので、アザミはあえて開かなかった。

 カーダは「そんなことない」と、アザミに聞こえるかどうかの声で吐き捨てた。


「そろそろ出て行ってもらおう。仕事に支障が出てきた」

 カーダは、少し薄くなった頭皮をかきむしった。


「……ウチらは、諦めへんからな」

 アザミは、丸椅子から立ち上がると、カーダに背を向けて呟いた。

「よく聞こえなかったな」

 カーダは、流し目でアザミを見ると、左の人差し指を立てた。


「何でもあらへん。忘れておくれやす」

 アザミは、自分でも分かるくらいに無愛想に言ってみせた。それから、診察室の扉をゆっくり閉めて出て行った。

 カーダは、そのドアを一瞬だけ睨みつけたあと、仕事に戻った。





「アザミさん……」

 ギュトーが訊こうとすれば、アザミは首を横に振った。


「まだ何も言ってませんよ」

「どやった、って訊くつもりやったんやろ?」

「そうですけど……」


「色々探しまわってきたけど、全滅や。カーダはんなら、と思っとったけどなぁ」

 アザミは、お手上げで答えた。


「落ち着け、アザミ。カロイ・ラマに医者はいくらでもいる。何も、この病院に執心する必要なんかねぇぞ」

 フォードは、窓の外を見つめていた。少し視線を遠くにやれば、専門医の屋号が通りの脇を固めているのが見えた。

 ここでなくても、医者は山ほどいる。街の戦略で、働きやすい環境を作っているのだ。



「ウチは、ここのカーダはんが一番可能性ある思うてるで?」

 字面だけの諫言に思えたアザミは、ムッとなった。

「その根拠を訊いても?」

 ギュトーは椅子に腰かけた。


「一見、やる気の無さそうな顔してはったけど……あのシワは、ただ歳を重ねただけでは出来ひん」

「えらく、自信のある言い方だな」

「あの歳でこのデカい病院のヒラや。あの経験値で、あの立ち位置。……裏があると思わへんか?」


 アザミの自信に満ちた顔は相変わらず。彼曰く、カーダに刻まれたシワは、苦労と経験の賜物だという。

 フォードは、うなりながら首を捻った。玄関前で会った時は、気だるそうなオッサンにしか見えなかったのだ。


「お前がそう言うんなら、確かなんだろうぜ。アザミ、今回の交渉は頼むぜ」

「……今回だけと言わず、毎回頼ってほしいわぁ」


 アザミの呟きが、フォードの胸に突き刺さった。フォードは、下唇を曲げた。

 先のバルディリスとの交渉も、ほとんどフォードが決めたのである。あまりにも羽振りが良すぎて、一味が自由に使えるお金は、今は大してない。


「フォードさん、どこへ?」

「ちょっくらメンテだ。少しでも早く動ける方がいいだろ?」

 そう言ってフォードは、病院を出ていった。


「あぁ、行ってもうた。フォードはんがおらんと、どうにもならへんて……」

「それ……間接的に“任せた”と言っているようなものでは?」

「はぁ…………」

 アザミは、目を閉じ、腕を組みながら深くため息をついた。

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