第129話 Climax Shout
「あなた達、クロユリになんてことを……!」
「言ったはずだぜ、少し大人しくなってもらうって」
なおも暴れるトリカを、フォードは必死に押さえつけていた。
「ドーラ!」
「おうよ、任せてくれ!!」
ドーラは、フォードと目配せした後、クロユリを連れたまま近くの病院まで飛んで行った。
「逃げようたってムダだ! お前の暴走もここまでだ」
フォードは、睨みを利かせた。すると、再び阿修羅のような幻が現れた。
そのただならぬ気配に気づいたのか、トリカは震えた。彼女を助けようとしたエルフたちも、その気迫には近づくことすらできなかった。
「あなたの目からは、私を買ったニンゲンと眼差しを感じるわ。15年前のあの男と同じ」
「ニンゲンを恨み続けて15年か……」
「他人の歴史を嗤わないでよ」
それでもフォードは、鼻で軽くあしらった。
「歴史のIFに興味はねぇけど、助けてくれたのがダンナじゃなかったら。一体、どうなってたんだろな?」
「きっと、変わらなかったと思うわ」
「そうか……」
フォードは、はにかんだ。それから、トリカの身体を鎖で複雑に縛りあげた。
ドーラが戻ってきたところで、ボーダレスの面々は一堂に集まった。
「そろそろ、アレ……やりますか?」
「アレやな、ええで! すぐに準備したる!」
「ウフフ、最後を飾るには丁度いいかもね」
ランディ、ヤタ、ドーラ、ジュテームの四人は、飛行船に向かって飛んで行った。
しばらくして飛行船から出てきたのは、20メートル四方の巨大な布。そこには、人にNOを重ねる、アンチサピエンスのマークが描かれていた。
四人がその旗を広げ飛んでいる。ラークスは、サーチライトで巨大な旗を照らした。
「皆さん、もう少し上にお願いします」
ラークスは、ドーラたちに指示を出しながら、メインステージへと走っていく。
絶対に邪魔させない、と身体をくねらせながら拘束から抜けようとするトリカ。しかし、フォードは、その腕を離さなかった。
「ラークス、話したいことがあるんだろ?」
ヴェルフは、足元に落ちていたマイクを拾って、ラークスに手渡した。
後ろのビジョンがラークスを映す。中継をしていた数台のヘリがラークスの方を向いた。
「ええ、山ほど」
ラークスは、口角をあげた。それから、咳ばらいを何回か。
「本日ご来場いただいた皆様、テレビで中継をご覧の皆様、この旗をご覧くださいッ!!」
ラークスはマイクのスイッチを入れると、力の限り大きな声で言った。アンプが音割れしていようがお構いなし。
「この旗の話をする前に……まずはニンゲンたちに言いたいことがあります。ニンゲンたちの身勝手で、俺たちは千年も虐げられてきた。結果、手に負えない怪物をエルフの中に作ってしまいました。
今日の惨劇を見たでしょう? あなたたちが暴力でコミュニケーションを取ろうものなら、俺たちもそれ相応の態度で返した。俺たちの歴史は、その積み重ねでした。その積年の恨みを晴らすべく、恐ろしいほどに思想が偏った暴力的なエルフが誕生した。
ご存知の通り、上空に掲げたのはアンチサピエンスのマークです。ニンゲンを意味する文字に、NOと書かれたシンプルなもの。組織を抜け、ボーダレスとして活動するようになってから、俺はこの因習の証が嫌いになった。身体に刻んだこともあったが、それも消した!」
ラークスは、ボーダレスのTシャツを脱ぎ捨てた。その背中には、呪いの象徴なし。
その代わりに、円に囲まれたユニオンジャックのようなマーク。今は、ボーダレスのマークを背負っている。
「俺が最初に来た時、あの写真をばらまいた理由。でも、それは届かなかった。一番届いてほしかった、あの女に」
「何度でも言ってやるッ!! 俺は、ボーダレスが好きだ!! 耳の長短や魔力の大小なんて小さい事に拘らない、アイツらが好きだッ!!」
「トリカさん……いえ、トリカ・テハ・ロベリアよ! 俺は……貴様の15年全てを否定するッ!! こんなモノを掲げて、虚しいと思わなかったのかッ!!」
思うところが多々あったようで、ラークスはヒートアップした。
敬意なんて二の次といわんばかりに、マイクパフォーマンスにありったけの感情をこめていく。
ヘリもビジョンを映すカメラも、指名されたトリカに向いた。
「虚しいことなんてないわ。これは、私の15年の恨みの結晶……生きる証。そして、1000年続くニンゲンへの恨みを忘れないための……!」
「俺は、貴様らの造る排他的な空気に耐えきれなかった。俺はエルフの自由のために戦ったが、貴様らはそうではなかった。貴様らは、自分たちの気に入らないもの全てをぶっ壊すためだけに戦った! その衝動の強さたるや、俺にはついて来れない領域だった!
フォードさんも言った。貴様の気に入らぬ者を淘汰した先に広がるイリアーフは、この女のためだけに在るようなもの。このマークの蔓延る大地だ」
ラークスは、足元がふらついた。額には大粒の汗。
ヴェルフは、すぐさま彼に肩を貸してやった。
「見上げろ! 憎悪と復讐に囚われた、その象徴をッ!! 俺らは、今からそれを焼くッ!」
ラークスは、左腕を高く振り上げた。
「ニンゲンだのエルフだの、小さいことに拘り続け! すぐ近くにあった現実に目を背け! 15年もの長い間、この小さな国に留まり……思想の異なる同族さえも手にかけた!」
「ここに来た者たちよ、中継を通してみているエルフども、目を醒ませッ!! この女が……この幼子が君臨する限り、皆に明るいイリアーフなど来ない! エルフの未来は暗いままだッ!」
ラークスは、トリカ親子を指した。
「俺たちは、それに気づくのが遅すぎた! あまりにも歪んだことを親から教わった結果が、アレだッ! たった七歳の女の子が、恨みの限り暴れて……ガフッ!」
ラークスがせき込めば、血が出た。喉がつぶれようと、そのまま続けた。
「恨みの限り暴れて、誰もかれもを恨んで、気に入らないものがいれば殺せばいい……排除しちまえばいい。そう勘違いした怪物が、もう誕生しちまってるんだよ! そんなの、一人や二人どころじゃないんだよ。
そんな怪物が当たり前のように誕生する世の中にしてしまっていること、子供たちが窮屈に生きる情勢を作っていること……エルフの大人として情けなく思う」
「さんざっぱら御託を並べたけど、ニンゲンにもエルフにも知ってほしいことがある。俺らエルフには、人間にはできないことが出来る。アイツらには、俺らエルフに出来ないことがある」
ラークスの声は、とっくにかすれていた。それでも、彼は叫び続ける。
「俺が旅して、絵本を描く理由。人間の皆にも、知ってほしいことだけど……俺たちは同じなんだ。何にも変わりゃしない。上も下もねぇんだよ!」
その右手に力が入り過ぎて、ラークスはマイクをへし折ってしまった。
「俺らは同じ、この星に生まれ、この星に生きるモンだ。互いに気遣い、互いに敬い、互いに仲良くなろうと半歩でも動けりゃ……きっとニンゲンもエルフも、互いを見る目を変わるはず。自分でもクサい事言ってるのは分かってる……でも、マジなんだ」
「せやせや! 人間にもエルフにも出来ひんことを、ワシらが肩代わりしとる!」
「持ちつ持たれつ。そうやって、俺たちとコイツは三年間キャラバンをやってきたんだぜェ!!」
「そういう事だよ、ミセス・トリカ。こんなチャチな組織なんか解散しちゃってさ……」
「刮目せよ、この背中!」
メインステージのビジョンに、中継ヘリのカメラに、“WE ARE BORDERLESS”の文字が映る。
「この星に等しく生を受けた俺たちも貴様らも……カルミナ人だ!」
「バルディリス! オルキヌスッ!!」
「ホントなら、こんなモノ……カルミナ人相手に撃つモンじゃねぇけどな」
「私をカルミナ人……ですって?」
トリカは、目を大きく見開きながら、膝をついた。
あんな種族と同じにするな――そう思いながら、何度も頭を横に振る。
それから、眉間にシワが寄るほどに目を強く閉じた。
しかし、フォードはその目をこじ開ける。
「私は、エルフよ……ニンゲンとは、違うのよ。生まれた時点で、誇り高き種族。生まれた時点で、ニンゲンより優れた……」
「どこがどう優れている? そんな事も大して語れないくせに、自慢するんじゃねぇ」
トリカの開ききった瞳孔は、虚空を見つめていた。それを支える頭がユラユラと動く。
自分はニンゲンとは違う。ニンゲンなんかより優秀。そんな事を壊れたオーディオのように繰り返していた。
「ラークス、いつまで喋ってやがる。こっちはいつでもブッ放せるぞ」
オルキヌスに乗っているバルディリスは、ラークスを見下ろして睨んだ。
「すゥああああ……!」
ラークスは、目いっぱい息を吸い込んだ。
「やれェえええええ!!」
ラークスは、左腕を強く振り下ろした。息の続く限り叫んだ。
「“スフィアブレス”!」
オルキヌスは、目いっぱい息を吸い込んだ後、巨大な火球をアンチサピエンスの旗めがけて発射した。
燃え尽きるまでは、一瞬だった。焼かれた旗を見て。トリカは涙した。
「どうして……。ニンゲンに虐げられてもいい、っていうの……?」
「最後の最後まで偏った考えだな。そんな事、一言も言ってねえだろ」
トリカは、泣きながら気絶した。もう、抵抗するだけの気力も湧かないらしい。
ニンゲンを恨み、ニンゲンに与するエルフも敵視して15年。アンチサピエンスの女王、陥落。
彼女は、お縄につくこととなった。
「ラークス、大丈夫かい?」
「…………!」
ラークスは、とりあえずサムズアップで返した。
声が出ていない事に気づいていないのか、何度も口を動かしている。
「なんて言ってるゴブ?」
「だ・い・じょ・う・ぶ……てね」
ジュテームは、あざとく小首をかしげ、ウインクしながら質問に答えた。