第14話 超えたい壁
「うわあああああ!」
次の日の朝、レイジは病院のベッドの上だった。いくつものチューブがレイジにつながれている。
レイジは、叫ぶようにして悶え苦しんだ。ずっと悪夢にさいなまれていたようだ。
エクスカリバーを受けた左肩がまだうずく。そして、右手がまだ熱いような気がした。
「はぁ、はぁ……」
レイジは、額に浮かんだ汗を手で拭った。まだ、息が乱れている。
寝ているときに暴れたせいで、点滴の針がいくつか抜けていた。
ここに来てからというものの、やはり辛いことばかりだ。心が折れそうなことばかりが続く。レイジは、ため息をついた。
「昨日は随分とヤンチャされましたね」
「そうだ、治療費は?」
「……昨日、あなたを連れてきた人が8000ルドをお支払いになられました。それにしても、あの人……随分変わった髪型でしたね」
中年男性の看護師が、食事を運んできた。サラダとパンに牛乳という簡素なものだ。
看護師は笑っていたが、ヤンチャどころで済むようなレベルではない。もし、エルトシャンが気にかけていなければ、間違いなくレイジは浜辺で死んでいただろう。
手柄を横取りするわ、大した努力もないのに新しい魔法を覚えるわで気に入らない事だらけのエルトシャンに、レイジは生かされたのだ。
しかし、今回ばかりは、そんないけ好かない彼に感謝せざるを得なかった。
レイジが受けた傷は、“エクスカリバー”を受けた左肩を除いて、ほとんど治っている。この病院内には、よほど腕が優れた医者がいるようだ。
「この世界って、治療費は安いのだろうか……」
「あなた、ひょっとしてチキュウなる場所から来た人ですか? そのような人たちは、半々くらいの割合で安いとも高いともおっしゃっていますね」
一人部屋で、しかも一晩でこの回復。簡素とはいえ食事が付いていて、日本円にしておよそ96万円。異世界で保険なんて入っていない。しかし、税金で負担の一部が賄われている可能性もあるだろう。
さらに、初診料、手術費に入院費……。あらゆることを計算に入れれば、レイジには日本と比べればやや高いように感じられた。
「思ったより高い……」とレイジがつぶやけば、看護師がはにかんだ。
「しかしながら、当病院は、腕は確かでございますから。無理さえしなければ、すぐに退院なさって結構でございます」
看護師は点滴の針をゆっくりと引き抜いてから、丁寧に消毒した。
レイジは、ベッドの横に置かれていた新聞を手に取り読み始めた。一面は、今話題の“勇者”だった。
なんでも、オレンジギガントを一刀両断したのだとか。倒したことは本当だろう。だが、さすがに尾ひれがつきすぎだろう、とレイジは呆れながら次の面を読み始めた。
……急に歯ぎしりが止まらなくなった。でかでかとエルトシャンの顔が載っていたのである。
「2面に、恨みを持っている人の顔が載っていましたね?」
「……ライバルだよ、ライバル」
「左様でございますか」とだけ言って、看護師はレイジのいる部屋を出て行った。
3面以降はサッパリ頭に入ってこない。それでも暇つぶしくらいに新聞を眺めていると、心配そうにフォードとアザミが部屋を訪ねてきた。
「レイジ……お前、昨日どこ行ってたんだ」
「多分、特訓してたんやろね。それで倒れて、ここに運ばれた……そんなとこやろ?」
「それだけじゃない。昨日、戦ったんだ……エルトシャンと」
「アイツと戦ったのか。どうだった? ……って、訊くまでもねぇか」
「アニキ……俺、強くなる! デズモンドを倒すためにも、アイツにだけは負けないためにも!」
レイジは拳をぐっと握りしめながら言った。その拳は、さっきよりも熱い。
昨日の晩から、熱いものがずっと込み上げている。
フォードは、レイジの意思の硬さを受け取り、嬉しそうに笑う。
「お前に新しいライバルが出来たわけだ。そりゃ、お前だって男だもんな……強くなりたいよな!」
「うん……! それと、もう自分に甘えたくない! アニキに守られるだけじゃ嫌なんだ!」
気が付けば、レイジの目に涙が浮かんでいる。何もできなかったことが、ライバルに負けてしまったことが悔しかったのだ。
ドンブリンとの勝負だって、ロケトパスとの勝負だって。もっと言えば、アイン村だって、誰かにデズモンドの悪意を伝えていれば……。
次から次へと悔しい思いが溢れて、嗚咽が止まらない。レイジの顔も、いつの間にか涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
「アニキ……俺、悔しいよ! 何もできなかった自分が情けない」
「レイジはんも男やろ? 泣いたらアカン」
アザミは、腕組しながら強い口調で言った。
「いや、今日だけは思いっきり泣け! 悔しさってのはな……男を“漢”にしてくれるんだぜ!」
フォードは、なぜか許してくれた。レイゾンには、“悔し涙を流してはならない”という鉄の掟があったにも関わらずだ。
泣いて、泣きまくって、気が済んだら。もうここから先は、泣いている暇なんてない。レイジは、肘で目元を拭った。
「……アイツは自分の事を魔術の天才だって言っていた」
「おいおい、それはただの見栄っ張りじゃねぇのか?」
「俺も最初はそう思ったけど……本当の事だと思う。実際、アイツは6色の魔法を巧みに操って、俺を倒したんだ。俺だって、それくらいやりたいよ!」
「そら、無理な話やな。人間、使えても4色の魔法がええとこや。魔術の何たるかをよう知らんアンタでは、一生かかっても無理や」
魔術にはいくつかの属性がある。炎、水、雷、風、地、光と闇。エルトシャンは、そのうちの6つを網羅している。
普通の人間が複数の事を同時にできないのと同じように、魔術もまた、同時に複数を習得というわけにはいかない。出来たとしても、今度はコントロールに悩むことだろう。
この辺りも、レイジがいつか思い描いていたファンタジーとは、たしなんでいた漫画やゲームとは、また微妙に異なる。
基本的な炎ですら、ギリギリにならなければ出せない奇跡に近いようなもの。そんなものを何種類も極めようと思えば、一生で足りないという言葉に説得力を感じざるを得ない。
「……どうやっても、ダメってことなのか? 俺じゃ……昨日、極限まで追い詰められてやっと炎が出せたくらいじゃ、越えられないのかよ?」
「超えられへんなんて、そないな事……一言も言うとらんやろ? アンタが、本気でエルトシャンはんを超えたいんやったら、道は一つ……“一芸特化”や」
「一芸……特化?」
レイジは、あっけにとられた顔で復唱した。
「せや。炎が出るんやったら、その炎の魔術をしこたま極めたらええ。そしたら、それについては少なくともエルトシャンはんを超えたことになるやろ?」
超えたいと負けたくないとばかり躍起になっていたレイジに、新しく道が開けた。
向こうが広く浅くできるのならば、こちらは狭くとも深く深く分野を掘り下げていけばいい。少し発想を変えるだけで、レイジからすれば目から鱗だ。
アザミが諭してくれたことで、レイジに少しばかりの自信が湧いてきた。
「そういや……炎がまた出たっつってたな。やるじゃねぇか! アレ、自在にコントロールできるようになったんだな?」
フォードが手荒くレイジの頭をなでる。レイジは、気まずそうに「まだ、うまくいかない」と返した。
「そしたら、次の目的地はビッグマハルやね。海を越えて南西に丸一日ってところやね」
「魔法の国・ビッグマハル。ここには魔法の達人がたくさんいるっつー話だぜ! ちょうどいい師匠もいるかもな」
「急ごう、いつまでも寝ていられない!」
レイジは、ベッドから飛び起きた。
当面の間は、一日一話で2~3千文字程度を予定しています。
一人でも多くの人に読まれるように、頑張っております。
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