第126話 Kuroyuri Strikes Back
「私だって、お母さんといっしょに戦う!」
「止めなさい! 返り討ちに遭うだけよ。今のクロユリじゃ、このニンゲンに歯が立たないわよ!」
クロユリは、拳を強く握った。トリカがその手を止めても、この子は走り出した。
敵わないと分かっていても、憎い相手に一矢報いたかったのだ。
「うわあああああッ!!」
拳を大きく振りかぶった。
フォードは、殴られた。子供の一撃だ、大した威力もないだろう。そうタカをくくった。
しかし、散々受けてきたトリカの拳よりも、ずっと響いた。胸が張り裂けそうな感覚を覚えながら、さらにもう一発。重く、受け止めた。
「フォードさん、どうして!」
攻勢から一転、様子が変わったフォードを、ラークスは訝しんだ。
「すまなかった。お前に不憫な思いをさせて」
聞く耳なし。右ストレート、左ストレート。さらに、もうワンセット。最後に、全体重を乗せた正拳突き。
彼女は、恨みの赴くままに、フォードの腹を殴る。
「フォード、どうしタ? しっかりしロ!」
「フォード! 相手は7つの子供だぞ」
ヴェルフもカイゼも、信じられないものを見たような声だ。
レイゾンにいた男が、たかが子供の拳に後れを取るはずがない。そう信じたかった。
“ヴェロス・ピード”で反射神経も“バルク”でパワーも強化されていたなら、なおの事。
「何度も、夢に出てきた。俺が撃った市民と、その遺児。叶うなら謝罪してぇとは思ったけど、こんな形でやっちまうとは……」
しかし、ここは戦場のド真ん中。フォードがどれほど謝ろうと、聞かれなくて当然。
クロユリの逆襲に、今度はトリカが加担してきた。
黒く染まった巨大なツメで、トリカはフォードの顔面を掴み上げる。それから、崩された銅像の台座へと叩きつける。
躍起になって像を壊すエルフたちへ、燃料投下。ハンマー部隊に良いように殴られた。
ラークスのいる方まで吹き飛ばされたときには、彼が掛けてくれた呪文は解けていた。
「フォードさん、どうしたんですか。あの子が来てから、様子がおかしいですよ」
「お前も、元組織だってんなら知ってるだろ。あいつがトリカに拾われた原因を作ったのは、俺なんだよ」
「あの子に謝りたいし、彼女は何としてでも倒したいし。でも、二人が親子で……道理でおかしいわけですよ」
ラークスは、呆れた。
「おい、ここは戦場だぞ! 感傷に浸ってる場合か!」
バルディリスは、フォードを睨みつけて言った。
「お前がこの女を倒すと言ってくれるから、俺はこの作戦に乗ったんだ。出来なかったらどうなるか……分かっているだろうな?」
バルディリスが威圧感たっぷりの声で言うと、上空のオルキヌスが吠えた。それから、フォードを見下ろす。
「バルディリス、ラークス……悪かったな。探し求めていたエルフの子供を前に、つい動揺しちまった」
「しっかりしてくださいよ。では、もう一度! “ヴェロス・ピード”! “バルク”」
「っしゃあッ! やってやるぜ」
もう一度、呪文を唱えてもらったフォードは、頬を両手で叩いて気合を入れた。
クロユリの右アッパーからのハイキック。しかし、フォードは、ダブルコークスクリューでかわした。
それでも、クロユリは諦めずにラリアットだの回し蹴りだので応戦する。しかし、今度はかわすまでもなかった。
明らかに遅く、技のキレもない。たった数発の応酬にも拘わらず、クロユリは息を荒くしていた。
「どれだけクロユリがあなたを殴っても、あの市民は戻ってこない!」
「それは、俺が一番分かってる。たとえ事故でも、流れ弾であっても、許されねぇ事くらい!」
だから、市民を二度と撃たないために鍛えた。
その声は、エルフたちのニンゲン排除のムードにかき消された。クロユリもトリカも、フォードを何度も殴る。
ラークスの援護、言葉を背に受けたフォードの闘志は十分。
トリカも、その速さと力に食らいつこうと、なりふり構わずフォードを責め続ける。
一方で、子供の体力は限界に近い。この時間になってもなお、30度を下回らない気温。動けば動くほど、クロユリは大粒の汗を流す。
やがて、クロユリはフォードに敵わないと分かり、拳をいったん収めた。
「一度でも考えたことあるの? 私が捕まれば、ここで倒れれば……あの子たちがどうなるか!」
「耳が痛い話だ。親がいねぇ奴の気持ちなんて、俺も十分身に染みてるはずなのによ。でもな……!」
フォードは、トリカの拳を押さえつけた。それから、そのまま手首を軽くひねってトリカを投げた。
馬乗りになった状態から、フォードは指でピストルの形を作った。
その指先から何かが出てくるわけじゃない。それが分かっているトリカは、フォードを睨みつける。
「ガキにあんまり歪んだことを教えるなよ?」
「あの子たちは、私の子供よ? 何を教えようと、他人のあなたが口出しできることじゃないと思うけれど?」
トリカは、フォードの手を振り払った。そして、フォードの頸動脈を蹴りつけると、怯んだすきに立ち上がった。
「俺が言えたクチはじゃねぇけどよ、子供達は、これから知るんだよ。ニンゲンの良いも悪いも、カルミナ人が何たるかを」
「そうですよ、御嬢さん。俺がヴェルフさんたちを気に入ったように、いつかきっと……」
「クロユリ、耳を貸さないで!」
トリカは、クロユリの耳を無理にふさいだ。フォードは、とっさにその手を振り払うと、すぐに起き上がった。
「クロユリ、すまない! 先に謝っておく。二回も母親を手にかける事を。それと……」
フォードがクロユリを説得しようとすれば、トリカがその耳をふさいだ。
「俺の事は許してくれなくていい。でもな、俺たち以外のニンゲンの中には、きっと良いヤツがいる」
「ラークスとお母さん、どっちが正しいのかな?」
都合の悪い事を聞かせまいとする行動は、悪あがきに終わった。
純粋無垢、なんてことはない質問。トリカは、その耳を疑った。
7つにしては、あまりにも早い反抗期。7つにしては、あまりにも遅いイヤイヤ期。
「この人は、私を産んだお母さんを撃った。でも……」
「でも?」
「この人、お兄ちゃんが必死で助けようとした人だよ? でも、このお兄ちゃんは、今のお母さんをイジメる。私、もう……分かんないよ」
「クロユリ、あなた……疲れすぎてるのよ。ちょっと休んでなさい」
トリカは、娘の両肩を掴んで膝をついた。
「いい、クロユリ。ニンゲンは私たちより耳が短ければ、魔力も劣る下等種族。数を大正義として……」
「クロユリちゃん。この星は広い。ここに閉じこもっていては、いつか出会う優しい人間に……」
「裏切り者の声なんか聴かなくていいわ。優しいニンゲンなんて、所詮は夢物語なのよ!」
「エルフもニンゲンも変わらない。いいヤツも悪い奴もいる。だから……」
二人のエルフが、まくし立てるようにクロユリを説得する。
クロユリは、頭を抱えた。それでも、ニンゲンがいかなる存在かを語る二人。
譲れない。譲ってはならない。両者の想いが爆発したとき、クロユリもまた我慢の限界だった。
「もう……嫌だあああああッ!!」
クロユリが叫ぶと、彼女の周囲を黒紫のオーラが取り囲んだ。
そのオーラの発生源は、手の甲に突如浮かんだユリのような紋章。さらに、その目じりには、涙のような黒い模様。
「クロユリ、あなた……!」
トリカは、クロユリが覚醒したことに喜んだ。
しかし、その歓喜も一瞬。クロユリは、とても子供とは思えぬ顔をしていた。
「みんな、みんな……みんなッ!! 大っ嫌い!! お母さんもラークスも、フォードのお兄ちゃんも、全部全部!」
クロユリは、白目をむきながら叫んだ。彼女の両手を覆う黒いオーラが巨大化し、その爪がトリカとフォードを切り裂こうとする。
フォードは、その小さな手を掴んで直撃を防いだ。なおも暴れるその左手を、フォードは何食わぬ顔でおさえつける。
しかし、あまりにもショックな言葉と共に繰り出された爪を、トリカは避けられなかった。
「ウソやろ……! 7歳のエルフが闇魔法やて……」
「おお……! お嬢様が、ついに覚醒められた!」
「夜叉の娘も夜叉だったか。だが、制御が全く効いてないな。母親より随分とタチが悪い」
「落ち着いて、クロユリ! お母さんが分からないの!?」
「うがあああああ!」
クロユリの手のひらから、大きな闇の弾丸から飛んできた。
トリカは、その弾丸に撃たれた。七年前と同じ左肩を、今度は娘に狙われた。
「悪く思うなよ……」
ヴェルフは、クロユリの後ろを取ると、カトラス剣の柄で彼女の後頭部を殴った。
しかし、彼女は平然と立っていた。彼女が振り返ると、ヴェルフの額に脂汗が浮かぶ。
「これしきのことでお嬢様が止まるとでも? “バルク”! “ヒート―ル”!」
デックが呪文を唱えると、クロユリの腕全体に青筋が浮かんだ。
さらに、デックは、炎と雷の混じった大剣をクロユリに投げ渡した。
彼女の怒りに、燃料投下。どす黒いオーラの手は、その大剣さえも軽々と振り回す。
「お嬢様!」
デックは、親指で敵を指した。その先にいた者は……。
「ヴェルフはん! 危ないッ!」
進撃の左腕。対象は、ヴェルフ。
それに気づいたランディがヴェルフの前に立ちふさがって斬られた。
「ランディ!」
「構へん……あんさんが無事ならな」
ランディは、切り傷の入った右腕を抑えながら言った。
「ラークス! アレだ、アレを!」
「ええ。“フェン”!」
ラークスの指先から、黒い糸が飛び出してきた。
トリカを止めようとしたように、今度はクロユリをがんじがらめにする。
「こんなんじゃダメだ! もっと強く」
クロユリは、もがいて抵抗する。トリカも、拘束を引きはがそうと黒い糸を引きちぎろうとする。
「うぅ……! うがああああ!」
クロユリが叫べば、黒い糸は引きちぎられた。
自由になった彼女は、見境なく黒い弾丸をぶっ放す。それこそ、トリカが使っていた黒いマシンガンの比ではない。
トリカが15年ほどの歳月をかけて鍛え上げた闇魔法の力だが、娘はアッサリとそれを超えてみせた。
「しっかりして、クロユリ!」
トリカが必死に揺さぶっても、クロユリは応えてくれない。
クロユリが両手をあげると、遥か高い天に一粒の赤い光がキラリ。
それが視界に入ったフォードの背中に、嫌な汗が流れた。
「エルフは俺らより魔力に優れるとは聞いてたが、これほどとは……!」
「御嬢、お気を確かに! “フェン”」
ラークスの手から、再び魔封じの糸。しかし、クロユリの放つ魔力の嵐の前に、かき消された。
彼女の暴走は、もう止められない域に達した。
「りゅうううううせええええええッ!!」
「なんで、7歳の子供に流星群が使えるんすか!」
その叫び声に、ダヤンが戦慄した。