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漢気!ド根性ハーツ ~気合と絆こそが俺の魔法だ!~  作者: 檻牛 無法
第11章 オールダンザイライヴ in モーリョ広場
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第125話 全部全部、全部ぶち壊せッ!!

 ニンゲンとエルフが手を取り合う石像が壊されていく風景は、ヘリの中継を通して世界へ。

 イリアーフが20時過ぎならば、キャプテン・オールAが今いる場所は夜明け前。

 結局、キャプテンは今日も寝るに寝られなかった。というのも、いつもの心配事ゆえ。

 さらに、昨日の午後、カトルーアがシバレーから帰ってきたのだ。彼女が持ってきた大量の資料に目を通し、今後のオルアースの方針を立てていたのだ。

 その作業の片手間でイリアーフからの中継を見ているうちに、目が冴えてしまったのだ。


「キャプテン、また一睡もしてませんね? 身体に毒だとあれほど……」

 白衣とデニムのタイトスカートといった出で立ちの女性が、心配そうにオールAを見つめていた。

 確かに彼の目の下には、黒いクマ。本人は隠しているつもりだろうが、倦怠感があるのが少しうかがえる。


「……仕方がないだろう。由緒正しき勇者の血統、それもたった一人の生き残りだ。それを思い起こせば……」

「カルミナに勇者と呼ばれるヤツは何人かいるけど、こんなに悩み多き勇者ってのもお前くらいなもんだ」

「否定はできない。それと、ずっと今後の方針を立てていたところだ」


「で、作業中ずっと見てたのか? 趣味の悪い映像ばかり流れてんなぁ」

 スーアは、呆れながら映像を見ていた。


「他に選択肢がないわけでもあるまい。お前が気に入らないなら」


「キャプテン、いいの? あの石像……片方は初代アグストリアって。あなたの祖先じゃない?」

「300年近く……よく朽ちずに残っていたものだ」


「人間とエルフが共存する象徴なのでしょう? なんとも思わないのですか? あなたの祖先がモデルなら、なおさら……」

「象徴なら、新しく創ればいい。もっとも、そんなものに頼らずとも共存できるイリアーフは来るであろう」


「それは、分かんないっすよ? 懸賞金8ケタの女っすよ!」

「私は、勝てると思うわ。フォードとあのエルフのタッグが、その女を倒せたら……どうかしら?」


「随分とフォードを高く買ってやがるな。シバレーで何かあったのか?」

 スーアは、小指をあざとく立てながら言った。

「ちょっと一緒に戦っただけの間柄よ。別に、あなたの想像するような関係じゃないわ」


「よかったな、キャプテン。他の男は目じゃないってよ」

 スーアは、オールAと無理やりに肩を組んだ。しかし、オールAは、スーアのぶっとい腕を振り払った。

 それから、彼とカトルーアは示し合わせたように咳ばらいをするのであった。


「あまり、女の純情をバカにしないでほしいものです。特に、多感な年ごろのコはなおさら」

「あの三人、同い年で青春真っ盛り。イイことじゃないっすか」

 チャルアは、それでも茶化しては乾いた笑いを浮かべる。


「ああ。だが……そう言ってられるのも、そうは長くはないだろう」

 オールAは、普段の4倍の濃さの紅茶を一気に飲んで、どこか諦めたように言ってみた。





 場所は、再びイリアーフ。鉄塔の上で、フォードとトリカが殴り合っていた。

 サーチライトに照らされ、何機ものヘリに中継されようとも、本人たちは構わず続けていた。

 おそらく、ヘリの中にいるアナウンサーは、トリカ贔屓で実況していることだろう。


「こんな像をずっと有難く飾ってるから、私たちが蔑まれる歴史が変わらなかった!」

「俺も、あんな石像に興味なんかねぇ。その価値がどうかは知らねぇけどな……」


 フォードは、石像を横目に見た。今は、友好の石像なんかより、目の前の賞金首だった。

 というのも、バルディリスと約束してしまったのだ。レイジとバハラを救出してくれた報酬は、アンチサピエンスの賞金から払うと。

 そして、何より、あの日倒せなかった相手。雪辱を果たしたい思いでいっぱいだった。


「あの石像は、我々からすれば負の象徴だった。ありもしない幻想をいつまでも追い続けさせる要因。私は、子供のころからアレが嫌いだった」

 トリカの右ストレートが飛んできた。フォードは、それを左腕で打ち払った。


「初代アグストリアが……勇者がどれほどエラいのかは知らない。けれど、この大地にニンゲンの石像があることが憎い」

 今度は、フォードの頸動脈を狙ったハイキック。しかし、フォードはダブルコークスクリューでかわす。

 さらに、そのまま回転の勢いを利用して、フォードはトリカの左肩を蹴り飛ばした。

 トリカが鉄塔から吹っ飛んだ。しかし、飛ばされた先に大樹があったので、その枝を掴んで事なきを得た。


 フォードは、飛んでいたドーラにアイコンタクトを送った。それから、15メートルの鉄塔から飛び込んだ。

 空中でドーラの背中に捕まり、サブステージにおろしてもらえた。そして、樹をつたい降りてきたトリカと三度睨み合った。 


「何が友好の大樹よ! ニンゲンの身勝手で枯れているじゃない!」

 トリカは、後ろ方向へのラリアットで大樹を殴った。その樹皮には、彼女の拳の跡が刻まれた。

 イリアーフの夏、緑が最も濃くなる時期。にもかかわらず、この大樹は葉っぱ一枚つけることはない。何年も前からそうだった。

 


「こんな物に、今さら何の意味がある!」

 トリカは、ご高説を垂れながら、殴る蹴るでフォードを痛めつけようとする。

 しかし、彼女の意識は、僅かに象徴たる樹と石像にあった。ゆえに、フォードからすれば、欠伸が出るほど遅いラッシュだった。


「トリカ様、どうかデック様たちを……!」

「うぎゃああああぁっ!」

 トリカの黒い爪が、石像破壊を止めようとしたエルフの頸動脈を引き裂いた。

 そのエルフは、アンチサピエンスのマークを背中全体に刻んでいた。同胞が相手でも、彼女は容赦なかった。


「お前は、“ニンゲンとその味方全部”と俺……どっちがより憎いと思ってんだ? 天秤にかけやがれ!」「甲乙つけ難いほど、どれも憎いけれど……敢えて順位をつけるなら、あなたの方かしら。もっと憎いニンゲンは、他にも二人いるわ」

 トリカは、腕組しながら、不敵に笑った。


「一人は、私を奴隷にしたニンゲン。もう一人は、主人を殺したニンゲン」

「俺相手でさえ、この恨みの深さ。じゃあ、あとの二人については、俺の想像も及ばねぇ領域なんだろうな」

「そんな事さえ理解できないだなんて……ニンゲンってなんて浅はかな種族なのかしら?」

 二人の間に、崩された石像の頭部が落ちては粉々に砕けた。


「ここの空気がマズい理由が分かったぜ」

 フォードは、左腕のリストバンドで額の汗をぬぐった。

「ニンゲンのあなたにも分かるのね、この空気のマズさ。全て、ニンゲンが建てた工場の排気ガスのせいよ。とびっきり身勝手な奴らの……ね」

「この空気が不味い理由は、工場の煙なんかじゃねぇ! テメェらの排他的な空気だ!」

 フォードは、鬼神のごとき形相で言った。


「誰が、その排他的な空気を作ったとでも? 素知らぬ顔をするんじゃないわよ!」

 トリカの黒く巨大なツメがフォードの胸を切り裂く。


「ここに来てなお、この減らず口……タフだな」

 フォードは、トリカの喉元を手刀で突こうとした。しかし、トリカは半身を翻し、涼し気な顔をした。


「“ゾウ・ウォ・カノン”!」

 再び、トリカの黒いオーラが6本の腕を形成した。 

 文字通りのタコ殴り。反撃の余地さえ与えぬと言わんばかりの連打。フォードは、かわしたり凌いだりするだけで精いっぱい。

 どうにもならずに、拳をくらうことも多々あった。


 そのトリカの背中を狙い、ラークスは二つの氷の刃を振るった。

 しかし、彼女の憎悪の腕が簡単に一本を砕く。ラークスは、それでも構わなかった。空いた左手に光の玉を作り出した。


「本命はこっちだ。“グランデキュアー”!」

 ラークスは、光の玉をそっと投げ上げると、氷の刃を振り抜いてそれを飛ばした。

 光の玉はフォードを優しく包んだ。みるみるうちに、彼につけられた傷跡が塞がっていく。


「負けちゃだめだ、フォードさん。ここで俺たちが負ければ!」

「分かってる。だが、この女……本物だ。さすがは8ケタの額が付くだけのことはある」


 いかにトリカが本気で打倒ニンゲンを掲げてきたか――それを思い知らされる。

 一撃一撃が重かった。フォードとラークスを同時に相手取っても、全く後れを取らない速さ。



「強化が必要ですか?」

「出来れば頼む!」


「“ヴェロス・ピード”!」

 ラークスがフィンガースナップと共に呪文を唱えると、フォードの全身に強い電流が走った。

 彼の目には急にトリカの拳がゆっくりに見えたようで、一瞬戸惑った。

 だが、すぐに慣れたフォードは、拳の嵐をかいくぐり、トリカの腹に右ストレートを撃ち込む。


 ラークスの呪文もあり、どうにか調子を取り戻したフォード。

 懐に潜られまいと、一度距離を取ったトリカ。フォードの拳が届かないところから、“ゾウ・ウォ・アスラ”の拳でしつこく攻める方針に切り替えた。

 しかし、フォードの風を切るような速さの前には、その作戦も立てるだけムダに終わった。また、重たい右ストレートをくらった。



「トリカ様の首を取らせるわけにはいかねぇぜ!」

 後ろから斧を構えて首を獲ろうとするエルフ。しかし、その殺意にフォードは、すぐに気づいた。

 すぐに振り返ると、ロンダートからのバック宙で斧の振り下ろしをかわした。さらに、空中で体を軽くひねってかかと落とし。

 斧エルフの右肩から、あり得ないほど鈍い音が響いた。斧エルフは、骨身に染みる衝撃に耐えられず、呆気なく気絶。


 トリカの六つの黒い腕が、一つにまとまる。スピード勝負では敵わないと判断して、パワー比べとシャレ込むつもりだ。



「“バルク”!」

 さらにフィンガースナップをもう一つ。今度は、トリカの巨大化した黒い拳を片手で止められるほどに。

 そのまま軽くひねれば、トリカはバランスを崩した。しかし、トリカは、右手で体重を支えた状態から全身を捻り、フォードの脇腹に蹴りを入れる。


「ラークス、伏せろ!」

 フォードが叫ぶと、ラークスはしゃがんだ。後ろからの剣の水平斬りをかわせた。


「我々の居場所を奪う、愚かで短命の魔力無しの種族、及びその下等種族に与する愚者たちよ! 罪を贖い、地獄に堕ちろ!」

「この暴走は、絶対に止める。そのために、俺はこれらの力を得た! 夜叉よ、止まれ……“フェン”!!」


 ラークスの左手から、トリカの身体に向かって、無数の黒紫色の糸が飛び出してきた。

 その糸は、トリカに複雑に絡んだ。対象の魔力の流れを止める技だったが、彼女の黒いオーラが消える事はなかった。

 それどころか、トリカは力ずくでその糸たちを引きちぎった。


「この傷を未来永劫! “クロ・クロウ”!!」

 黒い爪を振りかぶり、まさにフォードの心臓を狙った時だった。


「お母さんも、ニンゲンのお兄ちゃんも……もう止めて!」


 どういうわけか、クロユリが乱入してきたのだ。そして、彼女は、二人の間に立ちはだかる。

 もう、トリカが止まれない状況。フォードは、とっさに飛び出す。


「危ねぇ!」


 フォードは、クロユリを抱えて“クロ・クロウ”から守った。

 ズバッ、と鈍い音がした。フォードの背中から、血が流れ落ちる。痛みを堪えれば堪えるほど、息が乱れる。

 自分が飛び出したせいで、だれかが怪我した。その事実をクロユリは子供ながらに重く受け止め、軽率さを悔やんだ。



「フォードさん。大丈夫ですか!」

「ああ、このガキの方は……な」

 フォードは、ゆっくりと立ち上がった。


「クロユリ! どうして……!」

 またしても、我が子を手にかけようとした。その事実に、動揺を隠せずにいた。

 彼女をずっと取巻いていた闇のオーラは、このショックで風前の灯火に。


「ニンゲンのお兄ちゃん、ゴメンね。お母さんの言う事聞いて、家でおとなしくしてれば良かった……ぐすん」

「お前がクロユリ……あの日の赤子か。こっちだって謝りてぇ事があるってのによ」


「クロユリから離れて!」

 呆然としていたかと思えば、トリカは急に声を荒げた。

 それから、無理やりクロユリを抱えた。クロユリは、少しいやそうな顔で、母の顔を見た。


「……すまなかった。あの日、俺の失敗が原因で、お前を辛い目に遭わせちまった」

「どうしたの? 急に」

 クロユリは、首を傾げる。


「俺は、フォードだ」

 フォードが名乗れば、クロユリの表情が一変した。


「クロユリ、落ち着いて聞いてほしい。俺は、七年前……お前の親を撃った男だ」

「知ってた。お母さん、毎日のように話してくるんだもん。だから、絶対に……!」

 クロユリは、憎悪に満ち満ちた顔をしていた。額の青筋という青筋を浮かび上がらせ、眉をVの字にした。

 トリカの腕から離れると、フォードに向かって走り出した。


「フォードなんか、ゆるさないッ!」


 クロユリは、金切り声をあげた。隠し持っていたナイフをフォードに突き立てようとした。

 しかし、フォードは、そのナイフを掴んだ。強くねじると、ナイフはそのまま折れた。

 刃を握る左手の平から、赤黒い血が滴る。


「おい、トリカ……」

 並の人間ならとっくに気絶していてもおかしくない出血量。

 しかし、フォードはトランスが入ったのか、悠然と立っていた。その眼光鋭く、近くに居合わせたエルフら全員を委縮させるほど。


「ガキにこんなモン振り回す事、教えてんじゃねぇよ」

 フォードは、先ほど折ったナイフを地面に落とした。


「こんな事を教えなきゃいけない世の中なのよ。これを教えるとき、私は子供たちに申し訳なく思っていたわよ。こんなイリアーフしか残せなくて、大人として情けなくて……!」

 悔しさゆえに、トリカは拳を握った。その細くしなやかな腕に力が入れば、筋肉と血管が浮かび上がる。


「クロユリ、下がっていなさい。あなたの生みの親の仇は、必ず私が討つ! あとは、私に任せて」

 母の命令に、クロユリは首を強く横に振った。

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