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漢気!ド根性ハーツ ~気合と絆こそが俺の魔法だ!~  作者: 檻牛 無法
第11章 オールダンザイライヴ in モーリョ広場
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第121話 BORDER LESS

 7月10日正午。モーリョ広場では、急ピッチで舞台の設置が進められている。気温は40℃。ステージを設営する者も、機材チェックの巣タフも、誰もが汗だくだった。

 トリカたちは、日よけのテントの下でテーブルを囲い、今宵のプログラムの会議と説明。ホワイトボードにはタイムラインがびっしりと書かれている。

 その彼女の後ろでは、今度は有刺鉄線で雁字搦めにされたレイジとバハラが、猿ぐつわを噛まされていた。


 今宵、この広場には十数万人集まる。それを想えば、拷問に飽きたはずのトリカの胸の高鳴りは収まらない。

 段取りは、順調。レイジは、トリカの持つ企画書を薄気味悪い目で見下した。


「心配しなくてもいいわ。今宵は、あくまであなた達の首を落とすことがメインだから」

 その視線に気づいたトリカは、振り返らずに言った。レイジは、鼻で笑った後、目を閉じた。

「…………」


「潔く辞世の句をしたためておけ。どうせ、フォードは来ない」

「ニンゲンというのは卑しい生き物だ。自分に火の粉が降りかかると思ったら、迷わず部下を切り捨てる種族だ」


 レイジは、目を半開きにして絡んできたエルフたちを睨んだ。

 お前にニンゲンの何が分かる、とでも言いたげな目。エルフたちは、それが気に入らなかった。思わず拳が出た。

 レイジの口の中いっぱいに鉄の味が広がる。昨夜から飽きるほど堪能した味。レイジは、無理に吐き出そうとして、麻縄を赤く染めた。


「やっぱ気に入らねぇ野郎だ……!」


「あなた達、それくらいにしておきなさい。それに、フォードだけでも必ず来るはずだわ」

 トリカは、高いミネラルウォーターで口を潤してから言った。

「なぜ、それが分かるのですか?」

「オンナのカン……とでも言えばいいのかしら?」


 トリカは、妖しく笑った。しかし、本当は確信があってのことだった。そして、その確信を、レイジもバハラも抱き続けている。

 急ピッチで進む今宵のショーの準備。トリカの表情は、終始よかった。一方で、ついて来れないオギリは戸惑っている様子だった。

 僅かな昼休憩が終わろうとしていた頃、デックが戻ってきた。



「デック、それは?」

 トリカは、チェーンソーを指した。それも、刃渡り150センチ程度の巨大なもの。

「ニンゲンとの決別を表明なされるなら、と思いまして。せっかく十数万人を集めるのですから、ニンゲン数十人とその他数名を処刑するだけなのは勿体ないかと」

「成程……妙案ね。でも、やるなら最後にした方がいいわ。それと、そうねぇ……」

 デックのアドリブも、トリカは笑って許した。

 だったら、と言わんばかりにトリカも一つ提案。火薬の追加、さらにハンマーの用意を急がせた。


「トリカ様、ステージの用意が大方できました!」

「ええ、すぐに向かうわ」


 トリカは、テントを出て行った。今度は、ステージのチェック向かうようだ。

 汗が滴り、彼女の右わき腹に咲く人嫌いの花、それに囲まれた鷹が輝く。


 トリカは、出来たてのステージに立ってみた。そして、一番遠くの席に焦点を当てる。

 出来は悪くはなく、客も予定通り入れられる。しかし、彼女は友好の樹を恨めしそうに見上げた。これさえなければ、裏側の者はもっと見えただろうに……と。


 モーリョ広場の外には、パブリックビュー用のビジョン。さらには、TV局や新聞社のトレーラーが数台。

 とても一夜で集められるような設備や環境には思えない。これも、人にNOを突き付けるマークの成せる芸当だろう。





 17時過ぎ。モーリョ広場周辺には、トリカのショーを今か今かと待つ者たちが集まっていた。

 日が西に傾きつつあってもなお、気温は35度を超えっぱなし。どこへ行こうと、暑さは変わらない。


 レイジとバハラの身柄は舞台裏に乱雑に置かれていた。つい先ほどまで打ち合わせに大忙しだったトリカは、本番前のわずかな時間を休息にあてる事にした。

 ニンゲンがぎゅうぎゅう詰めにされた檻がいくつもある。ここ数週間のうちに、砂漠や壁を超えて土足でイリアーフに踏み込んだ大罪人ども。

 いずれも生気を失った目をしている。ニンゲン嫌いの嬉々とした声を聴けば聴くほど、絶望しちまうほどだった。明日はねぇ……と。 



「ねぇ、ゼラニウム先生」

 トリカは、アンプに見せかけた黒い箱をノックした。

 箱を開ければ、白髪が随所に目立つ初老のエルフが入っていた。彼も手錠と足枷で身動きを封じられていた。

 ゼラニウム――イリアーフの代議士として20年の古株。トリカが奴隷にされるよりも前から、


「トリカ、お前は何をしているのか分かっているのか? 何を望んでいるのか、理解しているのか?」

「分かるかしら? 貴方の処罰を心から望む市民の声が」

 ゼラニウムは、耳を澄ました。大量に集まっている事こそ分かれど、その内容までは明確に聞き取れなかった。

 聞く人が聴けば分かるのかもしれない。そう感じたゼラニウムは呆れた。


「お前の茶番劇も、随分とハデになったものだ」

「茶番? いいえ、この上なく素晴らしいショーになるわ」

 トリカは、白い歯を見せた。箱を閉めると、スタンバイする。

 何度も水を小さく口に含んでは、喉の渇きを潤していた。


 段取りは、既に頭に何度もたたき込んだ。後は、実行するだけ。必ず来るであろうフォードを討つだけ。

 いよいよ本番が始まる。そんな瀬戸際で、トリカの全身が強く脈打つ。天を仰ぎ深呼吸を一つした。


「トリカさん、緊張されてます?」

「ええ。今回ばかりは、なぜか」


 さらに深呼吸をもう一つ。今度は十数万の歓声を浴びるように。

 少し落ち着いたところで、トリカは熱気渦巻くステージへと駆け出した。

 サーチライトがトリカを照らし出す。中央に立った瞬間、火柱が高く上がり、観客を煽る。


「今日は、私たちのために集まってくれて、ありがとう。私は、トリカ・テハ・ロベリア。今日のショーの仕掛け人よ」

 トリカがマイクを取り、言葉を発すると観客が歓喜した。

 早速、ニンゲンが詰め込まれた檻がステージへと運ばれる。


「この者たちは、我々を従わせようと侵入してきたニンゲン。万死に値する者の末期をよくご覧なさい!」


 ニンゲンが一人、また一人……焼かれて、斬られて、落とされて。

 しかし、これだけの事をしても機動隊はエルフ。相手がニンゲンだと分かれば、ただの飾り物。

 大物がいないと分かるやいなや、観客たちが少しずつ冷め始めている。

 そんな中だるみを解消するかのように、一隻の飛行艇がモーリョ広場上空を飛んだ。


「……予想よりもずっと犠牲が多いな。向こうがそれだけサクサク事を進めてるってのか」

「助けられるなら、普通に助けりゃいいのによォ……。ラークス、お前が色々と考えてるせいだぞ!」

 バルディリスは、歯ぎしりしながらラークスに突っかかった。

「それは申し訳ない。ですが、ただ早く助けられたらいいってものじゃないでしょ。安全に、どう助けるか……では?」


「どうでもいいが、お前ら……スピーカーONになってるぞ」


「そこのカルミナ人の皆々様、本日は姫がとんだ粗相をしたようで申し訳ない!」

「あなたたちは……!」

 トリカは、上空を見上げた。サーチライトが飛行艇を照らす。その甲板には、エルフと人間、その他もろもろの種族の姿があった。

 予想だにしていなかった事態に、観客たちの興奮が再び戻る。


「つまらないものですが、手土産を少々。ヤタさん、ドーラさん、準備を!」

「オーケイ!! こっちはいつでもぶっ放したくて、ウズウズしてたところだ」

 ラークスが合図を送ると、ドーラが東洋龍のような姿に変身した。

 二人は、バズーカのようなものを抱え、ラークスとフォードを背中に載せると、飛行艇から飛び降りた。


「俺らカルミナ人を恨むエルフどもォ!! お前らにピッタリのサプライズだぜェ!!」

「ドーラ、ノリ良すぎだろ。まあ、いい」


 二人は、観客めがけてバズーカを撃った。狙われたエルフたちは、その最期を悟り、天国行きを祈るように目を閉じた。

 しかし、彼らが撃ったのは弾ではなかった。ひらひらと舞う写真だった。


「そうか! ハーピー族は、攻撃しようとすれば逆に自分が傷つく種族だから!」

 オギリは、足元に落ちた写真を拾い上げた。ボーダレスの集合写真だった。


「降りてきなさい、裏切り者!」

 トリカが声を張り上げると、フォードとラークスは舞台めがけて飛び降りた。


「予想よりも少し遅いとはいえ、貴方たちが揃って来てくれるとは。今宵は、もう少し盛り上がりそうですな」

 デックは、腕組しながらフォードを睨んだ。


「今さら、何をしに来たわけ? 言いなさい!」

 トリカは、予備のマイクをラークスに投げ渡した。

「人間を助けに」


 ラークスの言葉に、会場はどよめいた。エルフがニンゲンを助けるなど、見たこともなかったのだ。


「自己紹介が遅れました。俺は、ラークス……アンチサピエンスの裏切り者にございます」

 ラークスは、敢えて煽るように言った。アンプがハウリングすると、観客からブーイングの嵐。

 その中にあってもなお、ラークスは熱弁を奮おうとマイクを強く握る。


「写真は見られたでしょうか? いい表情(カオ)してるでしょ? 俺は今、境界無し(ボーダレス)に属しています。組織を抜けた翌日、砂漠で助けられた縁でして。今日は、そんな素敵な俺の仲間を紹介したいと思います。どうぞ、壇上へ!」

 ラークスが手を振ると、飛行艇とオルキヌスがゆっくりと降りてきた。そこから、彼の仲間たちが集まった。



「彼らといて三年……気づいたことが一つ。ちょっと東へ行けば、我々どころかマーマンにハーピー、ロンレン族……等々が一緒になって暮らすオアシスがあったんですよ。ほら、俺達みたいでしょ? そこで、俺達と人間、耳が短いだの利用だのなんだのって、千年も争ってたことが急に小さく思えたんですよ。そんなオアシスが、俺には理想郷に見えて……。そんな場所で生まれ育った彼らだから、そりゃ俺の事だって簡単に受け入れてくれますよね、って。この冒険団に、種族の境界なんてないんですよ」


「いつまで夢物語を続けるわけ?」

 トリカは、欠伸しそうな口元を右手で覆った。しかし、熱が入ったラークスの耳には、彼女の飽きは届かない。

 そればかりか、熱い思いが溢れまくる。目を潤ませ、嗚咽が混じろうとも、彼のMCは続く。


「ヴェルフさんたち、耳、短いですよ? 魔力だって俺よりショボいですよ? でも、メチャクチャ優しくて……俺がアンチサピエンスにいた事なんかどうでもイイって。この人に助けてもらえなかったら、俺……砂漠で独り、骨になってましたよ」

「ああ。ラークスは、世話の焼けるヤツだったが、コイツには夢があった。それが無ければ、俺達はキャラバンをやめてカルミナ一周、なんて考えもしなかった。コイツの好奇心が俺たちを動かしてくれた」


「ラークスさん……」

 オギリは、母親とラークスを交互に見つめる。


「アーテルさんとドーラさんは、とにかく明るくて! 3年の間に笑いシワが出来ちゃいました。ゴブタローさんは、手先がとっても器用なんですよ! 皆、ゴブリンの事を弱いと思ってますけど……」

 共にいる仲間の事を想えば、ついつい話しすぎてしまう。

 フォードは、ラークスに目配せした。さらに舞台裏を親指で指した。ラークスは、小さく謝るジェスチャーをした。


「すいません、ずっと長々と……。俺は、少し用事があるので外しますね」

 そう言って、ラークスはマイクをフォードに手渡して舞台裏へ。それからバルディリスらも続く。

 少しスッキリしたステージには、トリカ親子と反ニンゲンの幹部くらい。


「随分と退屈な説得だ……どこまで原稿だったのですか?」

 デックは、背伸びしながら訊く。

「さぁな」

 フォードは、適当に返した。

「ウソはいけないわよ。どこまでエルフの彼に言わせたの?」

「アレが脚本とか原稿読まされてるように聞こえたんだな。でも、俺にはアドリブに聞こえたぜ?」

 フォードは、乾いた笑いとともに、トリカの問いを軽くあしらった。


「随分と、エルフをたぶらかしてくれたわね!」

 トリカは、何も言わずにフォードの首を締め上げた。しかし、フォードはすぐにその手を振りほどいた。

 今度は、指をピストルの形にした。黒く禍々しいものが彼女の指先に現れる。


「裏切り者と吐き捨てたくせに、とんだダブスタじゃねぇか」

「組織を裏切ったラークスは、嫌いよ。でもね、それ以上に……エルフを甘い言葉で騙す人間が嫌いなのよ!」


「お母さん、もう止めようよ!」

「おい、ガキ!」

「オギリッ!!」


 フォードをタックルで突き飛ばしたオギリは、母に撃たれた。

 オギリは、前のめりに倒れた。子供が撃たれた事実に、観客がまたしてもどよめく。

 フォードが揺り起こそうとも、彼は全く反応しない。


「バルディリス、ガキが撃たれた! 打ちどころが悪すぎる!」

「何だと!?」

 フォードが叫ぶと、すぐにバルディリスは応じてくれた。

 コメカミの辺りを撃たれ、意識不明の重体。すぐにオルキヌスを飛ばし、その背中で応急処置を施す。


「……嘘でしょ、オギリ」

 あまりのショックに、トリカは膝をついた。目の焦点が合わず、手足が小刻みに震える。

「笑うに笑えねぇ皮肉だ……。七年前の俺と同じことをやらかしたな」


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