第118話 子供の奇襲
進路を急ぐフォードの一味であったが、結局この日のうちにカロイ・ラマへ着くことはできなかった。なので、今日はリャナン郊外の河川敷にて夜を明かすことになった。
見張りをするのはレイジ。連続連夜の無理をしたアニキを労わってのことだった。さらに、バハラがジャンク・ダルク号の点検のために外に出ている。
もうすぐで日付が変わるであろう時間帯。他の5人は、明日に備えて眠りについている。よほどの事があっても、すぐに起きることはないだろう。
そんなジャンク・ダルク号の様子を草むらから窺うエルフが三人。うち二人は、まだ子供の男女。
右胸に大きく人にNOを刻んだのが、デック。彼が二人を引率して、レイジたちを奇襲する機会を待っていた。
しかし、子供にとっては辛い真夜中。デックは、事あるごとに二人に声をかけ、気遣っていた。
「オギリ坊ちゃん、大丈夫ですか? 少しお気分が優れないような感じですが」
「ううん、ちょっと眠いだけだから大丈夫。僕、頑張るよ」
オギリは、額に脂汗を浮かべながらも、何でもない風を装った。
そんな彼の手には、ビリビリに引き裂かれた写真の欠片。母親に宛てられた手紙に同封されていたもので、エルフと人間が肩を組んだ写真のようだ。二人の周りには種族を超えた個性ある仲間たちの姿も。
母親が全く読まず、さらに部下が破ったところを持ち出したのである。楽しそうな写真に、この仕打ち。これでオギリは、やるせない気持ちになっていたのである。
オギリが写真の欠片を眺めていると、デックは彼の異変にすぐに気づいた。
「坊ちゃん。そんなもの、持ってたんですね。いけませんよ、ゴミを拾うだなんて」
「ゴミなんかじゃないよ。ラークスさんの楽しそうな冒険日誌だよ!」
オギリは、ヘチャムクレで反論した。
「まだ、あんな裏切り者の事を案じていたのですね。いい加減、忘れていただきたいものです」
デックもデックで、大人げなく意見を返した。
「いいですか、坊ちゃん。組織を抜けた者の事は考えなくてもいいのです。今一緒にいる者……それだけが我々の仲間、それで構わないでしょう?」
「でも、僕はラークスさんのお手紙が好きだよ。お母さんたちは読まずに捨てるけど、ラークスさん楽しそうにしてるから」
「もう! お兄ちゃんたち、いい加減にしてよ!!」
二人の言い合い。聞くに堪えなかったクロユリは、思わず声を張り上げた。
「誰だ!」
気づかれてしまった。炎の弾丸が飛んできた。
草が焼け、三人の姿があらわになった。しかし、撃ってきた相手は激しく動揺していた。
「レイジ氏、どなたかいるのですかな?」
「あそこにいる。けど、こんな子供が……!」
レイジは、オギリのリストバンドに注目した。さらに、クロユリの髪飾りにも目をやる。
人にNOを突き付けるマークが刻まれていたのだ。
「気づかれては致し方ありませんね。強硬策と行きましょうか」
デックは、両手にナイフを持ち、レイジたちに急接近した。
「クロユリ、行くよ!」
オギリも、デックに続けとばかりにクロユリの手を引いて走る。
「クロユリ……なんて不吉な名前なんだ」
呪いや復讐の象徴ともいえる花。その名前が女の子につけられているエルフの異常さに、レイジは驚いた。
その一瞬の虚を突こうと、デックの二本の刃が襲い掛かる。
「全ては、トリカ様がニンゲンへの復讐を次の世代へと残すため。そんな事より、子供たちに気を取られている場合ですか?」
デックが力強くナイフを振り抜くと、二つの風の刃がレイジの身体を刻んだ。
「“ウィンド”!」
レイジは、何度も手刀を繰り出す。同じように風の刃でデックに対抗しようとした。
しかし、デックは、空を舞う蝶のようにヒラリヒラリと風をかわしていく。
再びデックとの間合いが詰まった。デックは、レイジの心臓を狙ってナイフを振り抜いた。
しかし、レイジはその刃を掴んだ。手のひらには血がベッタリ。痛みを堪え、握る手に力を込めた。
「“スパーク”!」
レイジの手のひらから、ナイフを媒介し、デックの腕へと電流が伝う。
デックは、ナイフを手放し距離を取った。そして、オギリ達とアイコンタクトをとる。まるで、自分が出る幕でもないとでも言いたげだ。
今度は、オギリたちが相手。子供だとナメてかかれば、レイジは思わぬアザを作ってしまった。
子供とはいえ、相手は自分たちを激しく恨んで憎んで下に見ているエルフ。一撃一撃が重くのしかかる。レイジは、腹をくくる。
「“ロッソカリバー”二刀流!」
炎の剣を逆手持ちにして、子供たちの攻撃をいなしていくレイジ。
数回振ったところで、レイジの気迫が相手に伝わったのか、クロユリが怯んだ。
「クロユリ! 逃げて!」
オギリの一言で、クロユリがレイジから逃げる。しかし、レイジは深追いしなかった。
「妹に手出しさせない。“ガーネットレイピア”!」
オギリは、細い剣のような形をした炎を出した。何度も心臓や腹に狙いをつけて突きを繰り出す。
しかし、レイジは、その攻撃を簡単にいなしていく。腕を組み、傍観していたデックがたまらず叫んだ。
「坊ちゃん! あなたの実力は、こんなモノじゃないはずです!」
「分かってるさ!」
オギリは、なおも苦悶の表情を浮かべる。
先ほどまで狙いの良かった突きは、精度がいい加減になる。乱雑に――それこそ数さえ撃てばどうにかなるとばかりに、レイピアを振るう。
もはやレイジがロッソカリバーで受け止めるまでもない。身体を軽くひねれば、簡単に当たらないほど。
正視に堪えないデックは、額に血管を浮き上がらせる。
「なぜ、本気が出せない! 訓練の時はあんなに良かったのに。その時と同じことをすればいいだけですよ!」
「うるさいなぁ、もう!」
オギリは、振り返ってデックを睨んだ。
「……人間だからだよ」
オギリは、歯をくいしばりながら呟いた。それから、深呼吸を一つ。炎のレイピアを投げ捨てた。
「“ターコイズエッジ”!」
オギリの今度の剣は、揺蕩う水。
炎がかき消されると思ったレイジは、ロッソカリバーをオギリに投げつける。
オギリは、それをかわして、さらにレイジの懐へと突っ込んでいく。
「“サンダーブレイザー”二刀流」
水相手ならば、と言わんばかりに今度は電撃の刃を二本。電気と水、二つの刃が何度もかち合い、甲高い音が夜空にこだまする。
膠着状態から脱しようと、レイジはサマーソルトキックでオギリの顎を狙った。しかし、オギリはバック宙で華麗に大技を回避した。
二人の距離が開く。オギリの表情が、一瞬だけ曇った。その一瞬をレイジは見逃さなかった。
「“クロスウィンド”!」
クロスチョップから放たれたペケ字の真空の刃が、オギリに襲い掛かる。
オギリは、吹き飛ばされた。
「なぜ、俺を執拗に狙う?」
「あなたがフォードの弟分だから。理由はそれだけで充分ではありませんか」
「なるほど」
デックの答えを聞くレイジの目は、クロユリに向いていた。彼女だけは、すぐに戦いから身を引いていたからだ。
「おじちゃん!」
そのクロユリは、両手を後ろで組みながらバハラに近づいた。
「油断するなよ、バハラ」
「大丈夫ですぞ。こんな優しそうに笑う女の子……」
レイジに注意された矢先のことだった。クロユリは、隠し持っていたナイフをバハラの腹に突き立てた。
限定キャラTシャツの丈が赤く染まる。それでも、バハラは二重顎を揺らしながら笑った。
「お……お嬢ちゃん。そ、某がデブで良かったですな」
バハラは、刺された箇所を抑え、前のめりに倒れた。
「バハラ!」
「大丈夫……某の分厚い脂肪のおかげで、致命傷にはならずにすみましたぞ」
内臓を刺されたわけではない。しかし、腹部を刺されたショックで、バハラは倒れた。
「この男の子、かなり強いな」
「当然。トリカ様のご子息でございますから……」
デックは、他人の子供ながら、自慢げに語る。
「でも、なんで悲しそうな顔をしてるんだ」
真意が知りたくて、レイジは致命傷覚悟で武器を捨てた。それから、オギリに近づく。
「ねぇ、君……本当は、イヤイヤでやらされてるんじゃないかな?」
レイジは、耳元でオギリにささやいた。予想外の行動に、オギリは剣を落とした。
「僕、ホントは……」
「俺だって、出来る事なら君たちと戦わずにイリアーフを通り抜けたい」
「じゃあ、僕たちがお兄ちゃんたちと戦う理由って……」
「今です、坊ちゃんッ!!」
二人の会話を遮るようにデックが叫ぶと、オギリは渾身の回し蹴りを放った。
その時、「ゴメン」と小さな声がした。
「ぐっ……!」
オギリの脚を受け止めるレイジの左腕がビリビリ痺れた。とても10歳くらいの少年の力とは思えなかった。
足がダメなら手だと言わんばかりに、今度は左のアッパーカット。レイジは、たまらず膝をついてしまった。
その直後、またしてもオギリの眉が下がった。
「だよな……こんな虚しい勝負、ないもんな」
レイジは、ふらつきながら立ち上がった。それから、オギリの両肩を叩いた。
「人間のお兄ちゃん。僕、ホントは……」
「分かってる。でも、どうして……?」
「お兄ちゃんみたいな人間をやっつけたら、お母さんたちが喜ぶんだ。だけど……」
オギリは、目を強く閉じた。そこから絞り出されたかのように、涙が二粒キラリ。
「坊ちゃん!」
デックは、オギリに喝を入れる。
「僕が正しいと思った事を言おうとすると……」
デックは、口封じをしてやると言わんばかりにスレッジハンマーを振りかぶった。
レイジは、身を挺してオギリをかばった。スレッジハンマーは、レイジの背中を直撃した。強い衝撃に、レイジの視界がぐるぐる回る。
「人間のお兄ちゃんッ!!」
「あ、相手は……子供……だろ」
レイジは、もう一発殴られた。レイジは、オギリの腕の中で気絶した。
「フォードの弟分ともあろう方が、随分と呆気なかった」
「デックさん。このニンゲンたち、どうするの?」
クロユリは、赤い顔をしながらバハラを引きずろうとしていた。
「そうですねぇ。フォードをおびき寄せる材料にするのが一番いい」
レイジとバハラは、見知らぬ車に積み込まれた。その運転中、デックのコメカミは青筋が浮かんでいた。
あの手紙の件だった。あれさえなければ、オギリはもっと従順だった。もっと円滑に作戦を遂行できるはずだった。
「ラークスめ……坊ちゃんに余計な事を吹き込みやがって!」
彼の怒りの矛先は、今は裏切り者にむいていた。