第13話 ライバルの悪口
レイジを病院に運んだ後、エルトシャンは女の子たちと再会。選んだお店は、もちろん“ザ・シーギンスー”。
クエストを達成したことで、今やエルトシャンの財布は潤沢。そればかりか、割引券までくれたのだ。高級料理店としては、あまりにも珍しい待遇である。
この料理店の名物は、もちろん水の都らしく新鮮な魚。特にカルパッチョと寿司が有名で、寿司に至っては本場のザポネまで修業に行ったこともあるのだとか。
女の子たちは、次から次に料理を注文する。オシャレなお店だからか、彼女たちの目は輝いている。
しかし、エルトシャンの顔は、どこか浮かない。勝ったにもかかわらず、である。
「エル様、どうしたんですか?」
「いや、何でもないさ。早く、食べよう」
エルトシャンは空元気で返した。こうして彼らは、勝利の食事に舌鼓を打つ。
そんな中、話題は先ほどのレイジとの勝負に移った。
「そういえば、あの人……ホント何なの?」
「ああいうのイキってるっていうの? マジないわーサゲぽよだわー」
「まぁ……実力はともかくとして、凄い気迫だったね」
エルトシャンは、レイジの事を少しばかり評価しているようだ。
あのあきらめの悪さ、底力を見せられた後だ。根性とか昭和なものが苦手なエルトシャンも、流石に心は少しは動いたようだ。
女の子たちの話を聞きながら、エルトシャンは考え事をしていた。もしかすると、もしかするかもしれない。
「いつか……僕が彼に追い越される日が来るのかもしれない」
「エル様ったら、冗談がうまいですね」
いつもの爽やかな笑顔は、鳴りを潜めていた。しかし、彼女たちは、そんな事お構いなしである。
エルトシャンは、シャンメリーをぐっと煽った。今の彼女たちの楽しそうな会話を聞いていると、とても本心であるとは切り出せない。
「でさ、聞いたよね? あのセリフ。“奇跡、起きやがれ”ってさ。あんな小さな炎が奇跡って、おかしくない?」
「ホント、田舎者のイモ野郎らしいイキり方よねー。あんなのあったって、エル様に敵う人なんていないのにねー」
エルトシャンは、あくまでも外野として話を聞くことに徹した。しかし、とてもではないが聞くに堪えない。
他人の陰口でここまで盛り上がれる彼女たちが、エルトシャンには理解できない。ここに、他人との壁を感じてしまう。
「君たち、それくらいにしないかい? せっかくの食事が美味しくなくなるよ?」
「エル様、さっきから黙っていましたけど、ついていけない感じですか?」
「そうでもないさ。ただ……これ以上、その事でお話しをしたくないだけだよ」
「ガールズトークだもんね、男子にはちょっと難しいもんね」
彼女たちは、なおもエルトシャンを置いてけぼりに会話に花を咲かせている。
エルトシャンは、頭を抱えた。やんわり言っても、聞いてはもらえなかったのだ。
「エル様、安心してくださいよ。あのイモ臭いのがエル様の足元に及ぶはずないですって」
「そうそう。だから、今日のクエスト成功と、イナカ者退治をもっと素直に喜びましょうよ!」
「もう、たくさんだ! これ以上聞きたくない!!」
エルトシャンは、テーブルを両手で力いっぱい叩いた。本当は手荒なことをするのが嫌だったが、もう我慢の限界だった。
優男が普段見せない怒りに、女の子たちの会話が止まった。他の客も、エルトシャンたちのテーブルに注目している。
女の子たちは、互いに視線を送りあっている。「自分は悪くない、あなたが悪いのでしょ」とでも言いたげだ。
「君たちがさっきからからかっている人物は、ただのイモ野郎なんかじゃない。君たちには分からなかっただろうけど、彼は頑張っていた。……僕が来るよりもずっと前からね」
エルトシャンは、レイジと対峙した時のことを思い出した。晴れていたのに、Tシャツも髪も汗で濡れていた事。彼の右手には、マメができていた事。
さらに、角を折ってしおりにしていた新品の本。そして、何よりも病院に送るまでずっと「負けたくない」と対抗心を燃やしていたこと。
「……君たちとは、ここで別れる」
「なんで、エル様が勝ったのに……!」
「これからも、応援させてくださいよ!」
冒険者としての別れは、単純に戦力が落ちることだけではない。これからは他人同士、という意味も込められている。
エルトシャンが本気で女の子たちと別れる意思を見せると、彼女たちは口々に考え直してほしいとせがんでくる。それでも、エルトシャンの意思は変わることはなかった。
「もう、嬉しくないんだ。……ライバルの悪口を言ってくる君たちに応援されたくらいじゃ」
エルトシャンは、久しぶりに激昂した。それも、自分のことではない。一体、どうしたというのか……本人でもよく分からなかった。
確実に分かるのは、レイジの言っていた“熱いものが込み上げた”ことくらい。自分が苦手とのたまっていたものだ。
「君たちとは上手くやっていけない……サヨナラ」
エルトシャンは、店員に四人分の食事代として3000ルドを支払うと、先に店を出て行った。
夜風に当たりながら散歩しようと思った矢先、薄汚い格好をした酔っ払いに絡まれた。
「よぉ兄ちゃん……さっきは、派手なケンカだったな。女の子泣かせるなんて、紳士失格だよ」
「放っておいてほしい。……大体、他人の悪口で盛り上がっていた彼女たちが悪いんだ」
「で、別れるとかなんとか言っていたけど、本当にいいのかい? 若くて上玉ばっかりじゃねぇかよ」
酔っ払いは、エルトシャンの肩に左手を置いた。そして、一升瓶をラッパ飲みしてから、そう言った。
「……僕だって男だ。自分のやった事に後悔はしないよ」
酔っ払いは、エルトシャンから離れると、頬を赤らめたまま“ザ・シーギンスー”へと入っていった。また、飲むつもりなのだろう。
エルトシャンは、夜のチェアノを肩で風を切りながら歩いた。その顔には、一切の憂いがない。
エルトシャンの新しい一歩が始まる。彼なら一人でもやれることだろう。なぜなら、彼は魔術の天才なのだから……。