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漢気!ド根性ハーツ ~気合と絆こそが俺の魔法だ!~  作者: 檻牛 無法
第10章 夜叉エルフ
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第115話 憎悪の奴隷 Ⅲ

 懸賞金がかけられたトリカであったが、意に介することはなかった。そればかりか、思想をより一層暴走させる原動力となった。

 彼女のニンゲンの殺し方は、日を追うごとに猟奇的なものになっていった。

 ある時は、死んでもなお刺し続け、何十単位の深い刺し傷を与えた。またある時は、イリアーフとスサナンドの境界線にニンゲンの首を晒したこともあった。一度は止められたはずの政治家襲撃も、歯止めが利かなかった。

 まるで破壊神の眷属であるかのように、殺戮や拷問を楽しんでいるかのようだった。


「やべぇ……エルフにこんな強い奴がいるのか」

 エルフ攫いの一人は、その強さに震えて動けなかった。


末期(まつご)の言葉は、それでいいかしら?」

 トリカは、不気味にほほ笑んだ。それから、どす黒いオーラを纏った右手で、ニンゲンの頭蓋を握りつぶした。


「や……ヤシャだ!」

 返り血を顔に浴びた彼女の顔は、とても大人しい種族には見えない。

 彼女は、頬についた血を親指で拭った。赤黒く染まる指を睨んだ。次はもう少し器用に――女の武器が汚れないようにせねばと悔やんだ。


「お嬢、どんどんエスカレートしていってるな」

「何か言ったかしら?」

「あ……あ、いや。ニンゲンの言ったヤシャなるものに違わぬ過激さだ……って」

 仲間の中には、たじろぐ者も。


「これでも足りないくらいよ」

 トリカは、毒づいた。


 こうして、ニンゲンからもエルフからも、“夜叉エルフ”という異名で恐れられるところとなったトリカ。

 一方で、種族としてのプライドが高いエルフたちからの評価は高かった。

 シバレーの家電製造会社・トランタの下請け工場を潰したときの事。相も変わらず、アンチサピエンス志願者は出てくる。


「トリカさん! アンタ、やっぱスゲーっす!」

「俺たちもねーちゃんについてっていいだろ? な? な?」

「ついて来たいのなら、勝手にこの紋章を刻めばいいわ」

 トリカは、自分の胸のマークを指さした。


「いやいや! 俺たちは既にねーちゃんのアツい演説に胸打たれ、助けてくれた恩が……!」

 男の声が上ずっている。目じりがじんわり濡れている。


「だったら、アンチサピエンスに来なさい。私たちは、戦う意志がある者なら来る者拒まずよ」

「と、とんでもない! 俺たちは、ねーちゃんの傘下で充分」

「そう……だったら勝手にすればいいわ」


 自分へ陶酔する男たちに、トリカは呆れた。

 トランタの社畜だったエルフたちは、彼女に敬意を込めてロベリアーズを名乗った。

 傘下を自称するものの、戦う意志は変わらない。ロベリアーズを見る彼女の目は、同胞を見るものと大差ない。


 ロベリアーズ結成で浮かれる連中にあって一人、亜麻色の髪の男エルフだけは、傘下共とは少し違った。

 明らかに落ち着いた様子だったので、トリカは気になって声をかけた。


「あなたは、どうするの?」

「どうせ共に戦うなら、貴女の近くの方がいい。貴女さえ良いなら、志願しても?」


 好青年なエルフは、トリカにそっと握手を求めた。

 彼なりの挨拶を求められているのだろうが、トリカはその手を訝しんだ。

 猜疑心MAXの眼差しを向けられてもなお、彼の手は真っすぐ伸びていた。しばらく睨み合いが続いた後、とうとうトリカの方が折れた。


「強く望むなら、それなりに強くなりなさい。あなたならきっと……」

「貴女のご厚意に感謝しますよ。俺は、ラークス。エルフの自由のために戦う事を、今ここに誓いましょう」

「クサい言葉ばかりね、あなた……」

 トリカは、呆れながらもラークスと熱い握手を交わした。


 それからというものの、ラークスの快進撃も続いた。しかし、彼が参戦する舞台は、決まってエルフの解放のみ。


 ある日、トリカはヴァレアーフの壁の最北端に来ていた。

 この壁は、その昔、エルフ側がニンゲンを拒絶する意思の元に造られたものだった。だが、この壁は、イリアーフを覆ってはくれない。

 トリカは、恨めしそうにむき出しの鉄筋を見つめていた。一部撤去を決行した政府への怒りが込み上げてきた。

 なぜ、この壁はイリアーフを覆ってくれないのだろうか。なぜ、この壁はニンゲンの侵入を阻めないのだろうか。そんな疑問ばかりが頭を駆け巡る。


「ずっと姿が見えないと思ったら、こんなところにいたのか」

「……! タンジー」

 後ろから声をかけられたので、トリカは拳を振るいそうになった。

 タンジーは、彼女のその手首を掴んだ。落ち着け、と|宥≪なだ≫めれば彼女は拳をほどいた。


「その様子だと、だいぶ精神を擦り減らしているな」

「ずっと戦いの連続だもの。目に見えるもの全部……」

「敵に見えて仕方がないのだな?」

 タンジーが訊けば、トリカはうなずいた。


「やはり、お前は暴走しすぎだ。戦い方が残忍すぎる……精神が擦り切れて然るべきだ」

「私はどうなっても構わない。ニンゲンの魔手からエルフが守れるなら、なんだって……」

「お、おい! しっかりしろ」


 トリカの視界が霞んだ。倒れそうになる彼女の肩を、タンジーはそっと支えた。全体重が、タンジーの両腕にかかる。

 彼女は、レコードのように「ニンゲンを殺す」とうわ言を繰り返していた。





 トリカが再び目覚めたのは数日後、アンチサピエンスの本拠地でのことだった。

 未だに頭が痛い。視界も安定しない。少し右に目をやれば、彼女を看病していたであろうタンジーたちの姿がボンヤリ見えた。


「お嬢、目が覚めたんすね?」

「ええ……」

 トリカは頭を抑えながらゆっくりと起き上がった。


「随分とうなされていたな。悪夢でも見ていたようだったが?」

「ニンゲンに……あんな奴らと仲良くしたがるエルフに殺される夢だったかもしれない。何度、私たちは夢の中で殺されたのかしら」

 トリカは、顔を両手で覆った。


「たち……? 俺たちの事も入っているのか?」

 タンジーは、耳を疑った。トリカは、顔を見せてうなずいた。

「そりゃあ、あんなに残虐なやり方してれば……ね?」

 ラークスは、噂に聞いた程度だったが、知り尽くしているような口ぶりだった。


「今日に限った事じゃないわ。大きな戦果を挙げたときは、決まってそうだったわ」

 顔を見せたトリカだったが、その表情は不安に満ち満ちていた。


「重症っすね……」

 ラークスがつぶやいたのち、この部屋には重い空気が流れ始めた。


「ねぇ、今さらなのだけれど……いいかしら?」

「なんなりと」

 タンジーは、両手を広げてはにかんだ。


「あなたは、何故ニンゲンを憎むの?」

「親から、先生から、友達から……ニンゲンは憎むべき存在と教えられてきた。俺はあちこちを見て、ニンゲンと出会った」

「でも、教えてもらった通りの現実だった」

「ああ。そればかりか、俺たちは弱い種族と思われているらしく、奴隷にされていく連中を見た。同胞が牙を失くし、プライドを折られている姿は、正視に堪えなかった」


 タンジーが言うには、エルフの持つ魔力の高さを見込んでニンゲン専用の道具を作らせていたらしい。高い魔力と手先の器用さは、複雑な形状をより硬い材質で作れるということ。

 ニンゲンが怪我すれば、エルフが治した。一方で、その逆はなかった。工場に幽閉され、眠る事さえも許されなかった話を聞かされてきたという。

 そして、彼女の場合。エルフ特有の美貌に魅せられて下卑(げび)た者たちの慰み者にされかけた。


「数で劣るために、見下され、虐げられている……そんな常識を覆すという意味でも、俺はこの組織を立ち上げた。もう一度、俺たちが俺たちらしく生きられるように……」

「私なんかより、ずっとフワフワした動機ね」

「ああ。それは分かっている。俺自身、他の連中と違って、直接何かされたわけじゃない。その点、お前はニンゲンを恨むだけの動機が十分にある」

「しかし、いくらアンチサピエンスの大義名分があるといえ……たった一回の恨みで、よくもまぁ」

 ラークスの口から、不意に皮肉が出てしまった。


「それは、あなたも変わらないでしょ?」

 トリカのカウンターに、ラークスは口をゆがめた。


「それはそれとして、お前がありもしない憎悪に囚われるのも時間の問題だな」

 タンジーは腕組み、しかめっ面でつぶやいた。

「どういうことかしら? ここにいる限り、私は……」

「いや、ここに身を置いているからこそだ。日を追うごとに、ニンゲンと戦えば戦うほど、(やつ)れていっている」


 トリカは、返す言葉が見つからなかった。知らない間に無理をした結果が、今なのだから。

 どれだけニンゲンを倒しても、奴隷時代の恨みを晴らせずにいた。そればかりか、恨みはヌマとなり、彼女を取り込んでいく。


「お前に無理はさせない、何があっても……。お前が暴走しそうなときは、絶対に止めてやる」

「その言葉、信じていいのかしら?」

「俺の傍にいてくれるのなら、保証しよう」

 タンジーは、トリカの手を取った。


「なんか、俺……オジャマみたいなんで」

 ラークスは、ボソッと呟くと静かにドアを開けて退室した。


 タンジーとトリカ、互いに支え支えられ……。

 この日を境に、トリカが戦線に立つ日は減った。そのような事があっても、彼女の傍らにはタンジーがいた。もう、独り暴走しなくてよくなった。

 夜叉の衝動は、気が付けば鳴りを潜めた。それも、ひとえにタンジーのおかげである。タンジーの尽力もあり、夜叉にも余裕が生まれた。

 その精神的な余裕のせいか、彼女は、いつしか頭領の横にいる事が幸せに……。


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