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漢気!ド根性ハーツ ~気合と絆こそが俺の魔法だ!~  作者: 檻牛 無法
第10章 夜叉エルフ
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第114話 憎悪の奴隷 Ⅱ

 半ば押しかける形でアンチサピエンスの仲間に入ったトリカ。充実した日々が始まった。

 ニンゲンを相手するときの彼女は、まるで別人のよう。ニンゲンを蔑むような目で、殺意の赴くままに戦う。

 彼女は、瞬く間に戦果を挙げ、半年と経たずに組織のエースに。


 その強さを支えるのは、奴隷商に捕まったあの日だった。臥薪嘗胆の想いで、厳しい鍛錬を自らに課している。

 たおやかで儚げな印象から一変。スレンダーながらも筋肉質な腕。ガラス細工のようなくびれには、六枚瓦が浮き上がる。


「またイリアーフにニンゲンが来たぞ!」

「殺りましょ。これ以上、私たちの大地を蹂躙させないわ」

 即答だった。トリカは、握りこぶしを震わせる。


「血気盛んだなぁ。ニンゲン相手に暴れられりゃ何でもアリかよ」

 彼女の粗暴さは、他のエルフでさえ恐れるほど。


 アンチサピエンスは、トリカたちに先陣を切らせた。血気盛んな連中が集まる中でも、トリカは別格だった。

 ニンゲンの首を締め上げると、そのまま頸椎を握りつぶす。銃を奪えば、そのまま脳天を貫く。

 ピンヒールから放たれる強烈な回し蹴りは、脳を揺らしてノックダウン。次々にニンゲンをホトケに変えていく。

 そして、なによりも同胞をも驚かせたことが一つ。


「お、お嬢!? それは……」

 明らかに他のエルフと違う、澱んだオーラがトリカの周りで弾けている。


「“ブラックウィップ”!」

 鎖のようなものが、ニンゲンの首に巻き付いた。その鎖は、禍々しい質感で輝いていた。

「ウソだろ……何でエルフが闇魔法使えるんだよ!?」


「全ては、ニンゲンを滅ぼすため……!」

 トリカが目いっぱい鎖を引っ張れば、ニンゲンは泡を吹いて倒れた。顔が、一瞬にして青黒くくすんだ。

 彼女の純黒な思いの賜物――それが、この力である。



「や、ヤベー奴がいるぞ」

 トリカの殺意は、それだけでニンゲンを委縮させる。

 その身体能力、闇魔法で具現化した武器なんかよりも、まるで楽しむかのようにニンゲンを手にかける姿に恐怖したのだろう。

 口元に飛び散った返り血を舌先で拭うと、舌先で転がして鉄の味の余韻にひたった。

 それから、ニンゲンの男を押し倒して馬乗りになると、指でピストルを形作り脅す。


「あなたは、何の目的があって|聖地≪イリアーフ≫に来たのかしら?」


「俺は金で雇われただけだ! 競売に出せるような見目麗しい女エルフを、だなんて思ったけどよ……」

 男が顔面蒼白になりながらも答えると、トリカの額に青筋が浮かんだ。血管の中が沸騰しそうなほどの怒りが、彼女の全身を震わせた。


「けれど、力なき女エルフにここまで抵抗されるのは想定外でした……そう言いたいのね」

「は、はい。でもよォ……」

 男は、歯をカチカチと震わせた。


「二度と来ないので、殺すのだけは勘弁……とでも?」

「そ、そうだ。それに、ただの指だろ? そんなもので殺せるワケが……」


 男は、指ピストルの向きを反らそうと、トリカの手首をつかんだ。

 だが、トリカの殺意は真っすぐ向いたまま変わらない。なお一層、彼女の冷たい眼差しが突き刺さる。

 アホらしい、と毒づいた瞬間、彼女の指先から放たれた黒い弾丸がニンゲンの脳天を貫いた。

 断末魔を上げる隙すら与えなかった。


「サヨナラ……愚かなニンゲン」


「お嬢、なんつー殺意だ。多分、地獄に落ちるぞ」

「それは殺した相手が同胞だったら、の話よね? でも、今回の相手は長年にわたって私たちを蹂躙してきたニンゲン。畑を荒らす虫や獣を倒すのと同じ事よ」

 どんな地獄だろうと構わない、と彼女は思った。惨い行動を悔いる気などなく、そればかりか開き直っていた。

 今回の一戦は、エルフ側の勝利。功労者は、トリカ。


 ニンフの街に戻れば、仲間たちが大勝利を祝う用意を済ませていた。

 豪勢な料理がいくつものテーブルを埋め尽くし、山積みにされた樽の中身は全て酒だった。アンチサピエンスは、文字通り酒を浴びた。歓喜の歌を街中に響き渡らせた。

 今日の主役は、どんちゃん騒ぎに慣れないのか、すぐに席を外してしまった。裏庭で一人になって夜風に当たろうと考えた。タンジーも同じことを考えていたようで、ウッドデッキで座っていた。


「隣、いいかしら?」

 トリカは、気まずそうに訊いた。

「ああ、トリカか。よかったら、座ってくれ」

 トリカは、タンジーの左に座った。何か世間話でも、と思ったが彼女は言いたいことを飲み込んだ。

 それを見かねたタンジーの方から、話を切り出す。


「お前も酔いさましか」

「ええ……」

 トリカは、うなずいた。主役も大変なものだな、とタンジーははにかんだ。


「話なら、部下たちから聞いた」

「あなたも、私の事を恐れている……そうなの?」

「ある意味、そうなるな。このまま暴走して、独りになってしまわないか。それだけが気がかりだ」

 タンジーは、物憂げな顔で話す。


「独り? 私が?」

「ああ。今日の戦いでは、闇魔法を使ってニンゲンを倒したそうだな」

「よく知らないけれど、そんなに恐ろしいものなの?」

 トリカは、髪を耳にかけながら訊いた。


「経緯が経緯なだけにな。いつか暴走して、その力に……想いに飲み込まれやしないか。恐ろしく思うのは、その点だ」

「私なら気にしないで。ここに置いてもらっている限り、独りになるようなことはないから」

 トリカは、ぎこちなく笑ってみせた。


「俺たちが討つべきなのは、あくまでもニンゲンだけだ。それだけは忘れるな」

「…………」

 トリカは、急にしかめっ面になった。


 それからというものの、彼女の大立ち振る舞いに変わりはない。


 東にエルフが働かされているニンゲンの会社があれば、行って壊した。

 西にエルフ攫いが現れたならば、残らずニンゲンを駆逐してやった。

 ニンゲンを駆逐する点に関しては、文句なしのエース。その実力は、アンチサピエンスの外を超えて伝わった。

 かつての彼女のように、トリカに救われたことで人を拒絶するタトゥーを入れる者も現れた。


 組織の規模は、タンジーの想定を上回る速さで拡大した。政治家よりも支持できる、との声も少しずつ上がった。


 南にエルフと人間との友好を望む政治家がいれば、闇討ちを計画した。

 だが、北からタンジーに止められた。


「トリカ、抑えろ! あのエルフは敵じゃない!」

 タンジーは、トリカの手からライフルを奪い取った。

「何よ? こんな腑抜けた者がエルフの上に立って政治している。だから、ニンゲンに……」

 羽交い絞めにされたトリカだったが、身をくねらせ振りほどこうと必死だった。

「以前にも言ったはずだ。俺たちの敵は同族じゃない!」

 タンジーが、声を荒げる。


「……要は、同胞さえ殺さなきゃいいのよね?」

「そういう事になるが、何がしたい?」

 タンジーが訊けば、トリカは演説カーの上に立つ政治家のマイクを奪った。


「聴衆の皆々様、高い所からコンニチハ。ご存知の方も多いでしょうけど、私はトリカ・テハ・ロベリア。この名は、ニンゲンへの恨みを刻んだもの」


 それまで聞き流していた歩行者たちの中に、その歩みを止める者が現れはじめた。

 イリアーフでは、時の人。下手な政治家なんぞより、よっぽど言葉に力はあるらしい。


「お、おい……君!」

 代議士がマイクを取り返そうとしたが、トリカの握る手は思うよりも強固であった。

 秘書や警官たちが乗り込み、揉みくちゃにされようとも、彼女の暴走は止まらない。


「ここは、我々エルフの国……なぜ、ニンゲンに治外法権が許されるのか! それは、簡単な事……欲に目がくらんだニンゲンが、既得権益者が我らの大地を蹂躙したがゆえ! そして、それは独立した今もなお続いている」

「ここにいるエルフは、あろうことか|支配者≪ニンゲン≫との友好を求める腑抜けたニンゲンの狗。このような者が我々の上に立つ資格が、どこにあろうか!」

 トリカは、代議士の首を掴み上げた。街頭演説での騒動に、野次馬が集まる。

 賛否両論だった。彼女の方針に賛同し拍手をする者もいれば、あまりにも過激だと非難する者もいた。


「我々は、エルフ至上主義を掲げる! ここにエルフが自由に暮らせる大地を目指し戦うことを宣言する! 千年以上続いた迫害の歴史に終止符を打つ意思を持つ者よ、今こそ戦うときだ。ニンゲンにNOを突きつけるマークを掲げよ!」

 トリカは、胸元に刻んだマークに手を当てた。そして、高らかに宣言した。


「ウソだろ……正気か?」

 最も驚いたのは、頭領だった。


「例え、誰もついて来られなくても構わない。私は、必ずこの悲劇の大地に革命を起こすわ。話は、以上。ご清聴に感謝いたします」

 彼女は、ようやくマイクを離してくれた。その持ち手には、彼女の指の跡が残っていた。

 事実上の宣戦布告、政権ジャック宣言。彼女の演説乱入は、瞬く間に大陸中に知れ渡る事件となった。


 そして、次の朝……。


「頭領! これを見てください!」

「デック、朝から騒がしいぞ。なんの用だ」

「これ……!」

 タンジーは、寝ぼけ眼でデックから新聞を受け取った。一面を派手にトリカが飾っている。その事だけでも驚きだったが、もう一つ。

 新聞に折り込まれていた紙が3枚。タンジーがそれに目をやれば、一気に頭が目覚めた。


「お嬢までフダツキですよ。一発目でこの額……並のニンゲンや魔物にはつきませんよ」


 アンチサピエンス頭領・タンジーも、その額が上がっていた。公爵邸襲撃事件の時から150万跳ねあがって600万ルド。

 同じく構成員で、昨日の主役トリカ。賞金210万ルド。そして、報告者デックの首にも120万ルド。

 これまでに起こしてきた事件の数々よりも、危険人物であったことが高い額をつける根拠となった。

 恐れていたことが現実になるのも時間の問題――そんな予感がして、タンジーは気が気でなかった。


「俺は構わないが、お前とトリカが気がかりだ」

「大丈夫ですよ! こうして賞金首になった以上、どこへなりとお供する所存です」

 デックは、胸を張った。高らかに宣言すると、トリカが部屋を訪ねてきた。


「デック、何の騒ぎ? 静かにしてもらえないかしら?」

「あ、お嬢。おはようございます。実は、これの事でして……」

 デックが恐る恐る手配書を見せると、トリカは不敵に笑いつぶやいた。


「そう……。だったら、ニンゲンと馴合おうとするエルフを殺す理由ができた、でいいじゃない」

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