第112話 荒れ果てたエルフの街で Ⅱ
エルフの執念は深く、銃で射撃を試みる者や魔法で対抗する者も。ジャンク・ダルク号は、それを受け止めながら前へと進もうとする。
こちらが応戦体勢をとれば、騒ぎはより広がることなど明白だった。少しでも早くカロイ・ラマへ抜けることが、お互いにとっての利である。
しかし、エルフたちの抵抗は、思うよりも強かった。とうとう、ジャンク・ダルク号を止めるまでに至る。
「アニキ、これはマズいですぞ! 機体の損傷が想定以上で……」
「んな事分かってる! 先ずは俺だけ出て交渉する」
フォードは、ジャンク・ダルク号から飛び出た。
「出て来たぞ、ニンゲンだ! この臆病者め、戦うなら戦え!」
「俺たちに戦う気はねぇ! だから、武器を下ろし……」
フォードは両手を広げたが……。
「イャッハー! 無抵抗のニンゲンだ!」
「ゲラハハッハ! しかも、大量の食いモンに魔力油までもってやがる!」
無抵抗と知るや否や、エルフたちが嬉々としてフォードに襲い掛かった。炎や風といった魔法が飛んでくる。
フォードは、虫を払うようにエルフの魔法攻撃を軽くあしらう。
「頼む、ここを通してくれ。俺たちは、お前らに危害を……」
「ニンゲンの言葉が信じられるものか! 今すぐ出ていけ!」
「そうだそうだ! いつだって耳心地のいい言葉で俺たちを騙しやがって」
目が血走っている。ケモノのように唸りながら、息を乱している。
ニンゲンを見れば叩きのめす。もはや、脊髄反射の領域に達している。
お構いなしに光の玉が飛んでくるが、やはりフォードからすれば軌道の読みやすいもので、簡単にかわされる。
「耳心地の良い言葉で騙す? どの口が言ってんだ? 都合のいいことだけ信じてるクセに」
エルフの態度には、フォードも呆れる。
なおも攻撃は止まない。それでも、フォードにダメージを与えるには至らない。
言葉は通じない。ニンゲンの言葉は、誰にも届きはしない。
「くそ……ッ! さっきから魔法が効いてねぇ! 何をしても軽くいなされる」
「ニンゲンのクセに生意気だ!」
直線的な魔法や銃弾の数々。殺意に任せた鈍器の振り下ろし。
鈍器を掴み上げては、へし折る。銃があれば、奪ってでも壊す。魔法に至っては、使える者こそ多いものの、数発撃つだけで息切れになるほどの者ばかり。
いずれも、フォードの敵ではない。というより、ほとんどが市井。
「市民運動家か何かだと思うけどよ……俺からすりゃ未熟だ。特に鉄砲。下手でも数撃ちゃイケるとでも思ってるだろ」
「この……青二才が!」
衝動的に繰り出された弾丸。フォードは、それを指でつまむと、フィンガースナップでお返しする。
お返しの弾丸は、銃を持ったエルフの耳元三寸をかすめた。そして、狙撃者の後ろにいた剣士の手首に命中する。
剣士の手から剣が落ちた。狙撃者は、剣士の方を振り返って青ざめた。
「ニンゲンめ……! 我々の要求を拒み、あまつさえ暴力を奮うか!」
「おい、ガキども! これがニンゲンだ!」
声を荒げ、フォードを指すエルフ。まるでフォードが大罪人であるかのような振舞い。
出ていけ、と声を荒げる者が減った。代わりに、殺せコールが沸き起こる。
そんな荒んだ大人を見た子供のエルフも、真似をする。ニンゲンを殺せ、と。
「ここに侵入した時点で、お前らはすでに大罪。死刑に処されるべきなんだ!」
「俺たちは、この先にしか用事が……」
「言い訳無用! 貴様らがやってきた事、忘れたとは言わせないッ!」
電流が走っている釘バットが向けられた。火炎放射器が向けられた。
ニンゲンから奪ってきたであろう文明の利器を、怒りのままに振るう。
フォードは、電流釘バットを左腕で受け止めた。火花が飛び散り、フォードの腕に釘が刺さる。
とうとう、フォードの怒りにも火が付いた。火炎放射器のトリガーが引かれるより先に、物騒な武器を蹴り落す。
「この……ドサンピンが! 俺たちの正当防衛を暴力で返しやがって!」
「暴力……? いや、こっちも正当防衛だ。通してさえくれるなら、それでいい。俺たちは、さっさとここを通り抜けたいだけなんだ」
「ニンゲンの恨み妬みばっか言ってるけどよぉ、俺が昨日までに何かしたってのかよ!」
「今さらシラを切るな! お前自身の胸に訊いてみやがれ!」
「…………」
エルフの一人が、フォードの胸倉をつかんだ。
フォードは、レイゾンとして来た時のことを思い出した。その時も同じように、過激派組織と戦った事を。
「ああ、そんな事もあったな。ただ俺たちは、平穏に暮らしたいエルフたちのために戦ったはずだけどな」
フォードは掴んできた手を振りほどいた。
「そんな事……だと? それを聞いたら、俺たちの頭領がどう思うだろうな?」
「理不尽だぜ……お前たちの暴言や暴力が許されて、俺の交渉や正当防衛が死刑だなんてな。さらに、平穏に暮らすエルフの権利……それを俺たちが守ることが許されねぇなんてな」
「当然だ、ここはエルフの大地だ!」
「これがアウェーの洗礼ってヤツやね……」
アザミは、ため息をつく。
「フォード殿、どうする? このままでは身動きが取れなくなる恐れがある」
事態が収まらないことに耐えきれず、カイロ団長が飛び出してきた。
暴徒の数は増えていく一方。手を出さず武器を落としたり、威嚇したりでは処理しきれない領域に。
「……交渉が決裂したら、威嚇射撃に踏み込む。タイミングは、俺に任せてくれ!」
「あいあいさー!」
バハラは、巧みなボタン操作でジャンク・ダルク号の主砲を目いっぱい上に向けた。
「この期に及んで、まだ戦わへんの?」
「蹴散らすこと自体は簡単だけどな」
フォードは、なおも物憂げな顔をした。
「アニキ! 今、ここは戦場じゃないのかよ! 今、この瞬間だろ……戦うべきなのは!」
「何ゆえに憂鬱な顔をされているのか、度し難い。フォード殿、私はいつでも……」
「某も戦う所存ですぞ! ここは景気よく、威嚇射撃と言わず……」
「危害を加えぬ、と言った手前だ……察してやれ」
ロレンツィオは、血気に逸る若造たちを睨んだ。
フォードに明確な戦意はない。降りかかった火の粉を払っているに過ぎないのだ。
「最後の忠告だ。お互いのためにも、これ以上俺たちに関わらないでくれ! お前らも、俺に抵抗したって無駄だって分かってるはずだ」
「相っ変わらずやなぁ……何でサラッと神経逆なでする言葉が出るんや」
アザミは、大きくため息をつく。
「ニンゲンに騙されるものか! 打て! 撃て……討てェ!」
指揮官の怒号が辺りに響いた。一斉に魔法を撃つ体制に入った。
フォードは、歯ぎしりした。こればかりは避けたかった……そう言わんばかりに悔しがった。
「バハラ!」
「ガッテン承知の助! ……ポチっとな」
バハラが力強く射撃ボタンを押すと、大砲が天高く吠えた。地鳴りを伴った重低音が、あたりに響いた。
さらに、フォードの気迫の嵐が吹き荒れる。彼の後ろに現れた三面六臂の幻を目の当たりにした弱き者が、泡を吹いて倒れる。
市民たちが怯え、隠れる。臆病者が、ジャンク・ダルク号から離れる。
道が開けた。ジャンク・ダルク号が動きだした。
あまりにも手荒な真似……それこそ暴徒たちとほぼ同じような手法。こんな事でしか先へ進めなかった事態に、フォードの目頭が歪んだ。
「バハラ、飛ばせ!」
「仰せのままに! 皆の衆、しっかり掴まってくだされ!」
ジャンク・ダルク号は加速する。あっという間に暴徒たちが遠く、遠くなっていく。
「なんという気迫……フォード殿は、やはり噂以上だ。新聞で読んだよりもずっと強い」
出番があると構えていたカイロの方の力が抜けた。
「あれでも、元レイゾン……鬼神とも呼ばれた男じゃ」
「…………」
そのフォードは、ジャンク・ダルク号の上にいた。腕組しながら、鋭いまなざしで後方を警戒していた。
その警戒、して正解だった。一度は怯んだはずの暴徒たちが、こちらに向かって走ってくる。
決してエルフの脚で追いつけるものではない。そう分かっていても、フォードは物憂げな顔でチェイサーを遠く見つめていた。
「……アニキ?」
レイジは、ジャンク・ダルク号の上、フォードに近寄った。
顔を覗き込んでも、彼は応答しなかった。
「フォード殿、過去に何かあったのではないか? レイゾンでイリアーフと言えば、7年前……」
「…………」
「フォード殿ッ!」
「あの頃は、俺もガキだった。それで察してくれ」
フォードは、迫るカイロを手で制止した。
「それじゃ、答えには……!」
カイロは、なおもフォードに噛みついた。フォードは、顔だけ振り返り、凍てつくような眼差しでカイロを止めた。
「もういいだろ。それより、お前らは前方を見張ってくれ。また、あんな奴らがくるかもしれない」
フォードは、もう一度遠くを見つめた。
◆
場所は変わり、ニンフの街。いくつもの大河に囲まれた中洲の街である。ここを西に抜ければ、カロイ・ラマへと通ずる。
レプラの街とは異なり、ニンゲンのエゴの象徴ともいえる工場はほとんどない。しかし、ニンゲンへのヘイトにまみれた落書きは、レプラの比ではないほど多い。
それも、過激派組織“アンチサピエンス”の本拠地ゆえ。人にNOを突きつけるマークの総本山が、ここにはある。
フォードたちが先ほどまで衝突していたロベリアーズは、その傘下の一つである。頭領たるトリカに心酔し、ついてきた市井の軍団。
アンチサピエンスの屋敷の一室。ニンゲン打倒を掲げながら、トリカは日課のワークアウトをこなしていた。
ひとしきり汗を流したところに、部下が入ってくる。
「トリカ様。ラークスから手紙が届いております」
「ああ、あの裏切り者からね。……読む気はないから、捨てなさい」
トリカは、見向きもしなかった。
「それよりも、今朝言っていたニンゲンは排除出来たのかしら?」
「カロイ・ラマからの侵入者でしょうか。それならば、今しがた始末したところですが……」
部下は両手をすり合わせながら言った。及び腰になっており、額に脂汗を浮かべている。
トリカは、ご機嫌取りであることをすぐに見抜いた。
「他にもいるのでしょう? そっちの方はどうなっているのかしら?」
「申し訳ございません。奴ら、巷で噂のフォードの一味でして、全く歯が立ちません!」
「フォードの一味……」
トリカは、思わず左腕を押さえた。
「トリカ様、少しお気分が優れないようですが……」
「私なら大丈夫だから。それより子供たちは?」
「ニンゲンを倒す力が欲しい、とデック様が稽古をつけております」
「そう……」
トリカは、作り笑いを浮かべた。
「少しばかり、独りにさせてくれるかしら?」
「ええ……。では、失礼します」
「貴方……」
トリカは、写真立てを手に取り、静かに涙した。金髪の男性エルフ、生まれて間もない子供を抱く彼女が映った写真だ。
親子三人、屈託のない笑顔でよく取れている。あの頃には戻れない……その無常さに、胸を締め付けられる。
「あれから10年。この幸せを奪ったニンゲンが、私は憎い……。殺しても、殺しても……この恨みが晴れない。どうすればいいの……」
写真を抱きしめながら、膝から崩れ落ちるトリカ。嗚咽が止まらない。