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漢気!ド根性ハーツ ~気合と絆こそが俺の魔法だ!~  作者: 檻牛 無法
第10章 夜叉エルフ
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第111話 荒れ果てたエルフの街で Ⅰ

「報告です、トリカ様。我らがイリアーフに、ニンゲンが入ってきた模様」

「そんな事、わざわざ報告するまでもないでしょ。直ちに処罰なさい」

 トリカと呼ばれた女は、表情ひとつ変えずに返した。


 細くしなやかながら筋肉質な彼女の腕には、文字のようなものが刻まれていた。

 長い耳に、絹糸のような金髪。そして、胸元には“人”と“NO”の文字を混ぜたようなマークのタトゥー。

 人を拒絶するという、彼女の意思表示である。


「しかし、トリカ様も随分と趣味が悪い。すぐに処罰とは」

「ここは、私たちエルフの土地。それをニンゲンから守るのは当然のこと。何か不服でもあるのかしら?」

 彼女のサファイアのような目は、氷をも思わせるほどに冷たかった。

「いえ、いつものあなたなら」

「……そういう事ね。最近、見せしめの拷問にも飽きたから」

 トリカは、冷淡な笑みを浮かべた。


「流石は“夜叉エルフ”とあだ名されるだけの事はある」

「なんて残忍な……いや、ニンゲン相手ならそれでも足りないくらいか……」

「まだ何か?」

 トリカの静かな口調にも、威圧感は現れていた。

「い、いや……」

 部下のエルフは、凍てつく視線に耐えきれず彼女から離れた。


「夜叉……それが何か分からないけれど、私は」

 一人になった部屋で、彼女は胸のタトゥーに右手を当てた。


「私は……! イリアーフに来るニンゲンを滅ぼす! ニンゲンの施しの全てを壊す!」


 人間嫌いの中でも、さらに異端なエルフ。人間であれば無条件に惨い処罰を下し、人間からの施しを拒絶し、人間が支援してくれたものを壊していく。

 そうしてニンゲン側からつけられた二つ名が“夜叉”。イリアーフにいるエルフの中でも、指折りの過激派である。

 彼女はトリカ・テハ・ロベリア。その残忍さと狂暴さからつけられた懸賞金は、1420万ルド。


「女は鑑賞用、男は労働力……。なぜ、我々よりも寿命の短いニンゲンが我らエルフを牛耳る……ッ!!」

 トリカは、壁を殴った。石造りの壁でありながら、拳の跡がまた一つ……くっきりと刻まれた。


「私が……私が変えなきゃ! ニンゲンに支配されるエルフ、という常識をッ!!」

 握る拳に、なお力が入る。

 一度こうなってしまえば、気のすむまでニンゲンを殺さなければ収まらない。

 しかし、今ここにニンゲンはいない。壁を殴り、鬱憤を晴らしていた。


「お……母さん?」

 あまりの騒音に黒い髪の小さな女の子が入ってきた。

 さらに、その後ろから彼女より少し背が高い金髪の少年。


「どうしたの? クロユリ、オギリ」

「ううん。すっごく怖い顔してるけど、大丈夫なの?」

 クロユリは、目を潤ませた。唇が震えていた。


「…………」

 トリカは拳をほどき、膝をついて目線を合わせた。


「お母さん?」

 オギリが顔を覗き込む。トリカの顔が急に穏やかになった。

「大丈夫だから。悪いニンゲンなんて、お母さんがやっつけてあげるから」

 母は、人間へのヘイトにまみれた腕で娘を抱いた。


「全部、全部……だよ?」

 オギリは小指をそっと近づけた。

「約束するわ。だから、あなたも手伝ってちょうだい」

 母と息子が指切りを交わす。その息子のリストバンドには、人にNOを突きつけるマークが縫い付けられている。





 レプラの街にたどり着いたフォードの一味は、団長とロレンツィオを除くカイロ師団の面々と別れた。

 ロレンツィオがついてきた理由は、ただ一つ。愛弟子が心配でならないということだった。


 街を進む一行。見れば見るほど、世紀末な光景が広がる。緑らしい緑はなく、街路樹すらない状態。

 流れる川は、嫌な虹色を見せつけてくる。工業廃水は川に垂れ流し油が浮いて膜を張っているのだ。


「お兄ちゃん……お腹空いたよぉ」

「こら、ニンゲンからご飯をもらっちゃダメって教えたでしょ! 何度言えば分かるの?」


 腹を空かせたエルフの子供が、お恵みを求めてレイジに近づいてきた。

 しかし、その枝のように細い腕を引っ張り、母と思われるエルフの女性が止める。

 それから、子供の頬に力いっぱいビンタをする母親。ここでは、人間に関わらないようにするのが常識だった。


「…………」

 何かしてあげたい気持ちは山々だった。しかし、それを拒まれ、やるせなくなって黙ってしまった。

「汚らわしい目で見ないで!」

 母親は、瞳孔を開き、金切り声を上げた。ニンゲンに目をつけられてしまえば、売られてしまう……そう思ったのだろう。


「行こうぜ、レイジ」

「うん……」

 レイジは、力なく返事した。

「人間不信もここまで来れば、不治の病かもしれませんね」

 ギュトーはため息交じりにつぶやいた。


「これが積年の恨みというもの。我々が生まれるよりも遥か遠い昔より、エルフは我々を忌み嫌ってきた。それも全部……」

「ウチらカルミナ人の業、やね」

 アザミが訊けば、カイロ団長は「左様」と返した。


「耳が痛い話だ」

 フォードは、珍しくため息をついた

「どういうこと?」

「昔、俺も暴徒鎮圧で来た事があんだよ。元を正せば、俺たちの祖先が撒いた種だってのによ」

 レイジは、首をかしげた。頭のうえにハテナが増える。


「ここに眠る潤沢な魔力油、石炭……そうした資源が既得権益者の目をくらませたんよ」

「じゃあ、某がシバレーで何不自由なく過ごせたのも……」

「そういう事やね。エルフの犠牲があったから、シバレーが発展したんかもね」


「ここも、遠い昔は美しい緑で覆われとったそうじゃ。今じゃ、半ば伝説と化しておるが」

 ロレンツィオの話も、今は見る影がない。既得権益者が切り拓いて荒らして回った結果だ。

 エルフも対抗したが、敗れた。そうして、エルフにとっての惨状が、いまここにある。

 まだ見ぬ美しいイリアーフに思いをはせながら、今日も戦い続ける戦士がいる。


 しばらく進んでいると、工場と思われる建物の前に群がるエルフたちの姿が見られた。それも、百や二百で済むような規模ではない。

 ある者は、横断幕を。またある者は、斧や銃といった物騒な武器を。そして、彼らは皆、口々にこう叫ぶのである。


「返せ! 我らの同胞を!」

「ニンゲンども! 貴様らの思い通りにはならんぞ」

「ここは我らがエルフの領土! ニンゲンどもよ、今すぐ立ち去れ!」


「工場長。ど、どうします?」

 人間の作業員が青ざめた。

「早く門を閉鎖せよ!」

 慣れているのか、工場長は冷静だった。そんな彼の指示を受け、工場の正門は締め切られた。


「相手にするだけ時間の無駄だ。我々とて納期がある、生活が懸かっているのだ」

「しかし、中のエルフたちはストライキを決行すると……」

 作業員が恐る恐る報告すると、工場長は舌打ちした。


「もういい、今日は我々だけでやろう。プライドだけいっちょ前の耳長族は使い物にならん」

 工場長は、切り捨てるように言った。


「我らの森を返せ! この魔力無しが!」

 門を閉ざしたくらいで、暴徒が収まるわけがなかった。

 ある者は火炎瓶を投げ込み、工場敷地内を火の海にしようとした。またある者は、ハンマーで外壁を殴り、穴を開けようとした。

 ニンゲンにとっては生活基盤を支える工場。しかし、彼らからすれば故郷を奪った忌々しいオブジェクトだ。何が何でも破壊しようと、暴徒たちが躍起になる。

 そんな声も、作業員からすれば、ただの騒音であろう。少数派の連中が喚いているだけにしか感じられない事だろう。


「なんて……なんて酷い惨状……」

 この惨状に、レイジは思わず目を奪われた。

「酷い……他人事か? これも全部、元をたどればニンゲンの仕業だろうが!」

 エルフは地獄耳のようだ。暴徒の一人が、レイジの後ろ首に銃口を突きつけた。

 その左手の甲には、人にNOを突きつけるマークが刻まれていた。


「レイジ!」

 フォードは、その銃を蹴り飛ばした。銃身がへし折れ、地面に転がる。

 武器を奪われたエルフは、鬼神のごとき形相でフォードを睨んだ。


「ニンゲンごときに、俺らロベリアーズが負けるとでも思ってんのか!」

 過激派の一人が工場の正門方向に手招きすると、釘バットや大剣といった物騒な装備の連中が次々と現れた。


「コイツらニンゲンだぞ! 殺っちまえ!」

 工場破壊に夢中な者を除いて、大半のエルフが押し寄せてくる。


「幾百年、脈々と継がれてきた貴様らニンゲンの業の深さ……死してなお償えぬほどと思い知れ!」

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