第109話 カイロ師団
スサナンド砂漠前のベースキャンプにたどり着いた一行。無骨な石造りの建物がいくつか並ぶ、冒険者たちの休息地であった。
食料や水を売る行商人はもちろん、砂漠を超えるためのキャラバン隊も何十と存在する。
フォードの一味も、砂漠を超えるためにキャラバンを雇うことに。リーダーであるフォードはともかく、他の4人は砂漠の気候は初めてである。それを判断してのことだった。
交渉の場には、リーダーのフォードと財布を握るアザミの両名。この辺りでも最も大きな紹介所の戸を叩いた。
「大将、やってるか?」
「おうよ、やってるぜ!」
フォードがノリの良い挨拶をすれば、奥から髭面の男が出てきた。そのたわわな腹は、まるでダルマのよう。
大将は、腹を揺らしながら二人に水を提供する。
「で、兄ちゃんたちもキャラバンを雇う腹積もりか」
「ええ。ウチら、砂漠は初めてなんよ。砂漠超えて、カロイ・ラマへ向かってる途中なんよ」
「そうかい。だったら、それなりに良い所を紹介してやんなきゃだな。それが巷で噂のフォードの一味だってんなら、なおのことだ」
仕事冥利に尽きるのか、大将は満面の笑み。
「最初に相場を訊いてもいいか?」
「ウチは一番安くても10万ルド。高い所で300万、ってところだな。ウチより安いところは、だいたい詐欺が横行してる」
大将が言うには、数百ルドで雇える事を強調した看板、及びキャッチも存在するとの事。そして、それは大抵ボッタクリだという。
また、雇える額が安い事は、それ相応に未熟な面々が揃ったキャラバンである事を意味する。もっと言えば、安い額に惹かれ、バックレを決められて涙した冒険団も、ここではよくある話。
「……安かろう悪かろう、やね」
「そういうこった。人を見るなら、サービス受けるなら、冷静で慎重に考えるべきってもんよ」
必要な人員は、チームにいないドクター、砂漠の気候に精通した気象予報士。そして、ジャンク・ダルクの面倒を見るための技師。
そして、何よりもこの砂漠を何度も超えた経験者が欲しかった。
「これら全部満たしたキャラバン、ってなりゃ……うーむ」
大将は、腕を組んで悩み始めた。
「どないしたんや? ウチらの要求を全部満たせるのがおらんの?」
「ああ。ちと厳しいな。イリアーフへ行くともなれば、なおさらだな」
「だろうな。今に始まったことじゃねぇが、イリアーフは治安が悪いもんな」
エルフの生息する地方・イリアーフ。人間との因縁も浅くはなく、人間というだけで入ることを禁じられる街もあるという。
さらに、人間を見るだけ攻撃の対象とする過激派組織も。最近では、暴徒化したエルフたちが我が物顔で街を歩く姿も珍しくはない。
そんな危険地帯に人間が入ることは、それ即ち自殺行為。好んで入るような者は、命知らずか物好きくらいであろう。
「ルモンド兄弟がいればなぁ……」
大将は、ため息交じりに言った。
「ルモンド兄弟?」
「ああ、この砂漠の中にある街に住む兄弟だ。ちょっと風変わりな集団だが、腕は確かだった」
アザミが訊けば、大将は自慢げに語る。
「エルフを連れた数少ない冒険団だ。他にもゴブリンだとか魚人だとか連れている賑やかなチームで、キャラバン隊でも信頼度はトップクラスだった。それがどういう風の吹き回しか、世界の様々な人間や種族をこの目で見たい、って聞かなくてな……」
「おいおい、今いねぇキャラバンの話したって仕方ねぇだろ。仕事してくれなきゃ困るぜ」
「ああ、すまない。……で、兄ちゃんたちの要求を満たすとなれば、ちと金はかかるがカイロ師団だな。あそこは経験も豊富だ」
「他に選択肢がねぇなら、即決だな。400万ルドを出そう」
フォードは、口角をあげ、胸ポケットから小切手を取り出した。
「やはり、噂の男は払いっぷりもいい!」
大将の脂肪タップリの顎が揺れる。
「アホか、最高でも300万って相場が決まっとるって話やったやろ」
うなだれるアザミの前髪も揺れる。
「言っちまったモンは仕方ねぇだろ! この前の臨時収入があるしよ」
「あのなぁ……それにしたって、限度ってモンが……」
「よし! じゃあ、今すぐカイロ師団を呼んでくる」
アザミが言い切るより先に、大将も乗り気になってしまった。大将はカウンターの奥に消える。
それまでにフォードは、小切手に金額とサインを書き込んだ。筆圧強く、400万の数字が刻まれた。
ここまでトントン拍子に話が進めば、流石にアザミもお手上げだった。
しばらくして、ドレッドでモヒカンの特徴的な髪型の男が現れた。
頭には紫の手拭いを巻き、色鮮やかなローブとマントを羽織り、首には長い数珠のようなものを数本。黒い肌がその二の腕の力強さを物語っており、一目見ただけで頼れそうな印象を受けた。
そんな彼こそ、カイロ師団のリーダー、カイロである。鷲をあしらったパッチワークのような腰巻には、筆記体で「Kailo」と書かれている。
「貴殿が噂のフォードか。ぜひともお会いしたかった。なにせ、飛ぶ鳥落とす勢いの新米冒険団のリーダーだ」
「褒めすぎだ。そう言うお前たちこそ、今最も頼れるキャラバンって評判じゃねぇか」
「しかし、我々のようなキャラバンに400万ルド……構わないのか?」
「いいって事よ! いい人材に金を惜しむ方がもったいねぇ。レイジがバハラを引き込んだみたいにな」
「そこまで我々を高く評価してくれるとは、キャラバン冥利に尽きる」
「ウチは、砂漠に不慣れな連中、体力に自信のない奴が多い。だから、よろしく頼む」
竜のFの翼、双頭の鷲を背負う者同士による熱い握手が交わされた。
フォードは、カイロに小切手を手渡した。カイロは、嬉しそうにそれをサイフへとしまった。
それから程なくして、白いローブに身を包んだ筋骨隆々の老人が現れた。スキンヘッドで長い白ひげを蓄えたその姿から、いかにも老練の魔術師といった雰囲気を感じさせる。
「お前さんたち、このご時世にイリアーフへ行こうとは……。何も死に急ぐことはないじゃろうて」
「誰だ?」
「ワシはロレンツィオ。こやつの師匠で、元団長じゃ」
「そんな俺たちの旅に付き合おうとするカイロ師団も大概だぜ?」
「お師匠様。お言葉ですが、顧客の頼みとあらば必ず連れていく。それが我々の使命ではありませんか」
「人間を見ただけで殺しにかかるエルフがおるというのに。最近じゃ、その勢力も日増しに強くなっておると聞く。これを自殺行為と言わずして何と言うか!」
「ここ最近、えらい物騒なんは新聞で知っとったけど……そないな事になってんねや」
アザミは、目を見開いて驚いた。
「それだけじゃねぇぜ。あまりにも危険な思想と強さゆえに、1000万超えの賞金首もいるにはいるらしい。そうでないエルフは、人間の鑑賞用か労働力になるのが相場だ」
フォードは、冒険者パスをアザミに見せた。イリアーフ地方の賞金首は、人間とエルフがおよそ半々。その中でも高い額がついている者は、決まってエルフばかりだ。
裏社会でも、とりわけ若い女のエルフは高値が付く。それでなくても、高い魔力を要する環境において最適。労働力として買われる現状も、昔から変わらない。
「我らカルミナ人の業が憎しみを呼び、争いは絶えぬ。そうやってイリアーフ地方は、何百年、何十世代と悲劇の地になっておる」
「で、貴殿らはイリアーフに何のようがあって? まさか、貴殿も……」
カイロは、フォードに疑いの眼差しを向けた。
「イリアーフはただの通過点だ。そこを超えて、カロイ・ラマへ行く。これから先の旅、優秀な医者が要るもんでね。たった5人しかいない小さい冒険団でな、何かと戦力もサポーターも欲しいところだ」
「それで、医療の進んだ街を目指す……と。フォード殿は、随分と良い人材にこだわっていると見受けられるが」
「そりゃ、やりたい事がやりたい事だからな……」
フォードは、含みを持たせるように言った。
「腕利きの医者ともなれば、カロイ・ラマまで足を運ぶのも致し方なし……そういう事じゃな」
「ならば、私から一つ、提案を。もう少し弾んでくれるのならば、私だけでもカロイ・ラマまでの護衛を引き受ける所存だが」
「いいぜ。いくらだ?」
フォードは、二つ返事で提案に承諾した。
「ちょっと、フォードはん!」
「貴殿らの戦力――たった五人では、おそらく今のイリアーフ地方を超えるには厳しかろう。リーダーは、その事をよく理解しておられる」
「一人だけだったら、20……いや30万でどうだ?」
フォードは、三本の指を立てて言った。
「……乗った。それで手を打とう」
占めて430万ルド。先のラージェストマーリン戦での報酬が半分近く吹っ飛ぶ。
「まぁ、ええか……」
アザミは、ため息をつきながら額に手を当てた。
こうして、カイロ師団との交渉は、フォードの豪快な払いっぷりで簡単に進んだ。
フォードは、カイロ師団の面々をレイジたちに合わせるべく、ジャンク・ダルク号へ向かった。
◆
キャラバンの紹介所から歩いて10分ほどで、ジャンク・ダルク号の停泊地に着いた。
交渉に向かわなかったレイジたちも、ちょうど買い出しを終えて戻ったところだった。
カイロ団長は、レイジを見るなり、白い歯を見せながら握手を求めてきた。
「貴殿がシバレーで大立ち振る舞いを演じたレイジ殿か。貴殿の実力、フォード殿から聞いている」
「アニキが? はは……そりゃ、どうも」
弟分は、照れながら会釈した。
「それでなくとも、お前さんらは新聞を賑わせとるじゃろうに」
ロレンツィオは
「で、カイロ師団に美人はいますかな? チューブトップでパンタロンの似合う……」
「実力も確かで、体力にも自信のある連中だ。その方が旅も安心だろ?」
バハラの質問を遮り、フォードは話をつづけた。
「そ、某の目の保養は……」
「知らねぇよ」
フォードが切り捨てるように言うと、バハラはうなだれた。
この日は、そのまま休養日となった。
リーダーのフォードはともかく、残りの四人は砂漠の気候に不慣れ。なので、身体を砂漠に慣らすという意味でも、重要な一日となった。
昼は灼熱、皮膚を貫くように日差しが突き刺さる。その中で活動するのは無謀ともいえる。
逆に夜は、吐く息さえも白くなるほどの寒さ。従って、危険なモンスターも夜の方が多い。ここから先600キロの道、一切の油断もままならない。
食料も水も十分な数を揃え、体力を養う。慎重に慎重を重ねた準備を整える。
そして、出発の夜明け前。レイジとバハラは、アザミにたたき起こされた。
二人が身を震わせながらジャンク・ダルク号を降りると、既にフォードたちとカイロ師団は起きていた。
「……やっと目が覚めたか」
クロークに身を包んだフォードは、白い息を吐きながら言った。
「もう、出るんだ」
「少しでも暑くならぬうちに、と思った次第だ」
カイロ団長は、ホットコーヒーをすすりながら言った。
「そういうこった。……それで天気は?」
「予報じゃ明後日までは安定するらしい。超えるなら今日くらいしかない」
気候が安定するうちに少しでも進む、理に適った判断だった。
ジャンク・ダルク号のエンジンがかかり、排気塔から白い煙が出れば、それが出発の合図。
フォードの一味5人、カイロ師団15人。占めて20名の大所帯によるスサナンド砂漠600キロ縦断の旅が始まった。