第108話 怪物戦、その翌日
バルディリスSKYハイスターズの面々の話し相手になり、少しばかり心が落ち着いたレイジ。
しばらく、バルディリスのオルキヌス自慢に耳を傾けていた。右手のマグカップが空になるまでの数分、彼の表情は終始イキイキとしていた。
ひとしきり話し終えたところで、バルディリスは天を仰ぎながら一息吐き出した。
「さてと……俺たちは、そろそろオサラバさせてもらう」
「もう、どこかへ行くの?」
「ああ。助けられる人間がいるなら、西へ東へ。それが俺たち救助隊ってヤツよ」
バルディリスは、ジャケットの右ポケットから冒険者パスを取り出し、依頼に目を通していた。
このゴレイユ荒野から近い救助依頼を見つけるなり、すぐに受注。
「お前ら、すぐに出発するぞ! 次の依頼だ」
バルディリスの一声で、チームメンバーは一斉に支度を始めた。
「えっ……まだ大けが負ってる人が……」
「俺らが出来るのは、あくまでも応急処置までだ。そっから先は、専門的な医者の領域だ。この辺りで充分にデカい所に行かせてある」
「ああ。他の冒険団にも医者はいるし、ドラゴンに乗ってる者もいる。俺らの手が無くても何とかなるところは、どうにか上手く立ち回ってくれている」
アダメスからの説明を受けたレイジの不安は、すぐに解消された。
「次会うときは、戦場のド真ん中で泣かないでくだせぇよ? ウチら、精神科医は流石に専門外なモンでね」
ダヤンがウィンクしながら言うと、レイジは下唇を曲げた。
「分かってるって。何があっても戦場で動じない男になる」
「言ったな? その言葉、胸に刻んだからな」
バルディリスは、挑発するように言った。それから、仲間を率いてオルキヌスに乗った。
鋭い羽音を夜空にこだまさせながら、龍は颯爽と飛び去った。
「はぁ……」
それを見送ったレイジ、津波のように疲れが押し寄せてきたようで、まっすぐ立つことも出来ないくらいに足元がふらついた。
おぼつかない足取りで、仲間との合流を図る。ひとまずジャンク・ダルク号へと向かうと、既に4人が
「おぉ……随分と疲れてるように見えるけど」
「アニキ……俺は、大丈夫……」
フォードの顔を見た安心からか、レイジの緊張の糸がプツンと切れてしまった。
前のめりに倒れるレイジを、フォードは起こそうとした。しかし、彼は動かされるがままだった。
◆
ラージェストマーリンとの激闘から一夜が明けた。レイジは、泥のように眠っていた。
彼が目覚めたのは、お天道様が高く御座す頃であった。荒れ地を進むジャンク・ダルク号の強い揺れが、レイジをたたき起こした。
「う……うぅ。痛てて……」
まるで鉛のように、レイジの身体が重かった。身体を伸ばそうにも、関節が悲鳴をあげているのが分かるほどだった。
「やっと目が覚めましたか」
目が覚めたレイジを見て、ギュトーがホッと胸をなでおろした。
「よっぽど疲れてたようですな。某、心配で夜も眠れませんでしたぞ」
バハラは、眼鏡を外して目をシバシバさせた。その目元には黒いクマ。
「あとどれくらいかかる?」
「そろそろゴレイユ荒野も後半戦だ。あと三日くらいでスサナンド砂漠近くのベースキャンプに着く。そこで、もう一度物資を補給する」
「そうだ、エルトシャンは?」
「アイツから、伝言を頼まれた。今度会うときは、万全な状態で真剣勝負ができる事を望む……ってな」
「昨日会った時、決着をつけたかった……」
レイジは、拳を震わせながら言った。
「仮に挑んだとして、勝ち目はあったんか? あの決勝戦から十日くらいやで? そない差が縮まったとは思えへん」
「それは……」
流星群を撃ったライバルの姿を思い出し、レイジは返答に困った。
あの短期間で、さらに力をつけていった彼。強敵の一匹や二匹を仲間と倒したくらいでは、到底追いつけない領域。
しばらく沈黙が流れた後で、フォードが口を開く。
「何も、お前だけが強くなってるわけじゃねぇって事だ。勝ちたきゃ、それ相応の力は要るぜ?」
「そんな事、俺が一番分かってる。一番、アイツに負けた俺が……!」
レイジは、再び拳を震わせた。
そんな彼の憂鬱とは裏腹に、旅程は順調。ラージェストマーリン戦で丸一日を費やしてしまったのを取り返すように、先を急いでいた。
この日は、遅くまでジャンク・ダルク号で移動。停止して休息を取り始めたのは、22時を回ってからだった。
生ぬるい夜風が赤土を舞いあげる中、レイジは僅かな休息時間さえも返上して技の練習に取り掛かった。
薪が燃える音に混じって、レイジの拳が空を切る音が響く。まるで、昨日までの鬱憤を晴らすかのように……。
しかし、イマイチしっくり来ていないようで、技を素振りするたびに首を傾げている。
しばらく納得のいかない練習を続けていると、フォードが目を醒まし、レイジに近づいた。
「こんな遅くまで練習か?」
「アニキ。どうしても、俺はアイツとの差を埋めたかった。もちろん、ダチにも負けないためにも」
「……あまり根詰めると、身体がもたねぇぞ?」
「分かってる。せめて、もう少しだけ……」
何度やろうとも、技にキレが出ない。昨日から色々あり、迷いを晴らすことが出来ずにいる。それが原因であることは明らかだった。
しかし、振り切ろうとすればするほど、拳は力んでしまう。それでも、彼はつづけた。
フォードは、彼の練習風景を見つめながら、昨日のクエストが終わった後の事を話し始めた。
「あの後、他の冒険団からいろいろと情報を集めてたけどよ……」
「どんな事が分かった?」
レイジが振り返らずに訊くと、フォードはしかめっ面になった。
「お前らの独特な能力についての情報は得られなかった。精神力をそのまま炎だの雷だのに変える能力、他に見たことがねぇってよ」
「じゃあ、いち早く強くなる方法は……」
レイジが訊こうとした矢先、フォードは「ない」ときっぱり答えた。
「地道にやるっきゃねぇだろ! 今までだってそうしてきた。これからも変わりゃしねぇよ!」
「地道に……」
「ああ、時間はかかるが少しずつな。だが、今日はもう寝よう。明日は早いぞ」
◆
次の日から、レイジの本格的な修練が始まった。
移動の途中で襲い掛かってくるモンスターたちを相手に、レイジは自分の課題を克服しようと試みた。
まずは、風の技“ウィンド”の完全な体得。何度も試し、感覚を掴む。出せるのが当たり前の状態に仕上げる。
次に最後まで敵に集中する力。敵を倒しても油断しない残身を強く意識するのも試した。
さらに、冷静さ。精神エネルギーを使うときの興奮状態を押さえる。これも課題だった。
スサナンド砂漠前のベースキャンプに着くまでのわずかな時間だったが、レイジは額に汗した。
降り注ぐ紫外線でその亜麻色の肌を焼きながら、迫りくるモンスターを相手取る。
フォードに言われたように、ひたすら地道な修練。風の技はともかく、集中力や冷静さは二日や三日で会得できるような代物ではない。
ああでもない、こうでもない……などと言いながら、試行錯誤を繰り返したのであった……。