第106話 その命の価値は Ⅰ
「それにしても、予想以上に時間がかかりやがった……いや、向こうがそれだけ早かっただけか」
バルディリスは、懐中時計を強く握りしめた。
「てめぇらも地上に降りろ! 急がねぇと、もっと人が死んじまうことになるぞ!」
バルディリスの号令一つで、男たちが次々とオルキヌスから降りて来た。
突如として現れた、オルキヌスと呼ばれたキメラ。そして、その背中に乗っていたバルディリスら冒険団。
これまでの人類の苦戦がまるで嘘であったかのように、オルキヌスが一方的にラージェストマーリンを攻め立てている。
50メートル級の怪物は、ラージェストマーリンと比べて一回りも二回りも小さい。それでも、剛腕がうなり、牙が皮膚を穿つ。血肉をすすり、骨を砕くその様は、まさに捕食者。
このままラージェストマーリンが食い尽くされるのも、時間の問題。バルディリスは、オメガらが集まっている辺りに駆け寄った。
「くっ……いきなり現れたヤツに手柄を横取りされるなんて!」
「なんなんだ……あの冒険団は!」
圧倒的な力を目の当たりにした冒険者たちは、地団駄を踏んだり拳を大地に突き付けたり。皆が皆、手柄を横取りされて悔しがっていた。
「悔しがっている暇はねぇぞ。戦いはそろそろ終わる。そこで、テメェらにはやって貰いたいことがある」
様々な色のテープを他の冒険者たちに渡して、軽く説明をする。
「んだと!? 急に現れて手柄を横取りするだけに飽き足らず、お前の指示に従えってか? 傲慢も大概にしやがれってんだ!」
「こっちは一分一秒を争う状態だ! 大事な仲間亡くしたくねぇんなら、大人しく俺の指示に従え!」
「……どうすればいい!」
冒険者のその口調には、トゲがあった。
「一度しか言わねぇから、よく聞け。危篤状態の奴には赤、意識があって重症なら黄色。ダメな奴には黒、軽傷には緑だ」
バルディリスの判断は、早かった。まるで、ここまで来るのにかかった時間を取り戻そうとしているかのようだった。
トリアージ。優先的に助けるべき被害者の仕分けが始まった。
テープを受け取った冒険者たちは、被害者たちにテープを手首に巻いていく。
他の冒険団が負傷者を探してる間、バルディリスたちは治療の準備に取り掛かった。
彼らの後ろでは、オルキヌスがラージェストマーリンを完全に制圧していた。
「医者と……それから回復魔法が使えるヤツをここに集めておけ!」
被害状況を見れば、とてもバルディリスら十数名で事足りるような状況ではなかった。
血の海地獄と化した場所もある赤土の大地。助かる者を探し求め、冒険団たちが今度は奮闘する。
フォードの一味も、今度は救命活動に協力する。ラージェストマーリンを倒すために向けていたロボットたちも出動だ。
「さて、我々も急ぎましょうぞ!」
他の冒険団の尽力もあり、次々と負傷者がバルディリスらの元に集まってくる。
集まった負傷者の半分近くが軽傷。2割程度が重症。残り3割ほどは……戻らなかった。
「緑のテープの奴は、“キュアー”くらいで何とかなるだろ! 赤と黄色の奴をよこせ!」
「てめぇ、ふざけんなよ! 何でウチの仲間を助ける気がねぇんだ! 命の価値も知らねぇクソ野郎が!」
参加していた冒険団の一人が、バルディリスの胸倉をつかんだ。口調では怒っているものの、その顔は絶望と悲壮感に満ちていた。
バルディリスは、殴られた。彼は、その冒険者を威圧した。
「あのな……俺は救助隊だが、神様でも仏様でもねぇ! 死んじまった人間を生き返らせることなんて、誰にもできねぇんだよ!」
「救助隊だってんなら、一人でも多く助けるのがスジってもんだろうが!」
「これ以上文句があるんなら、聞けねぇな。俺は忙しいんだ。今を生きられる可能性のある人間を助けるのに、こっちはプライド賭けてんだよ」
バルディリスは、掴まれた腕を振りほどいた。
「ウチは、助かる見込みのない人間に割く時間がないんだ。本当にすまない」
アダメスは、両の手のひらを合わせて、頭を下げた。
「こんな杜撰な仕事……許されると思うなよ!」
冒険団の男は、捨て台詞を吐くと、どこかへと去っていった。
いざこざに付き合ってしまい、さらに時間が無くなってしまったバルディリス。遠くを見つめる。
「さてと……向こうが滞ってやがるな」
彼は、魔法陣があった辺りへと駆け出した。
早速仕事にとりかかろうとした、その矢先。今度はフォードが茶々を入れてきた。
「死人に対して、えらくドライだな。……まぁ、それくらいの方が信用できるかもしれねぇけどよ」
「誰かと思えばフォードか。テメェらの噂は、時々聞いているぞ」
「俺も、お前らバルディリスSKYスターズの噂は新聞で見てるぜ。腕は確かだが、随分とがめつい救助隊だってな」
「ヨタ話がしたけりゃ、他所へ行きやがれ」
「……じゃあ、俺に何か手伝えることは?」
バルディリスは、「何もねぇよ」と憎まれ口をたたいた。ヒマを持て余したフォードは
「対魔王用兵器・人工合成龍オルキヌス……伝説には伝説、ってか。パワーがケタ違いだ」
フォードは、オルキヌスのその力に感服していた。
「正しくは、その子孫だ」
アダメスが横やりを入れてきた。
「あのオルキヌスに子孫がいた……だと!? 何世代目だ?」
「さぁな。俺らの知るところじゃない。オルキヌス誕生から推し量るしかないだろ」
「対魔王用兵器・人工合成龍オルキヌス……誕生が300年近く前だから、多分10世代目か」
「ああ、それくらいかもな。子孫ともなりゃ、どんな生き物もいくらか丸くなるらしい」
その当時、科学の粋を集めて造られた遺伝子から誕生したオルキヌスという兵器。
しかし、ニンゲンの手に負える代物ではなかった。強力な遺伝子を継いだ生き物を創れても、ニンゲンの思い通りになる生き物は創れなかったのだ。
彼らがその研究機関を訪ねたときには、長い年月を経て、血が薄くなり丸くなったオルキヌスの姿があった……アダメスは、そう語る。
「魔王討伐は、人類の夢の一つ。魔王に対抗するべくして創り上げたが……」
「それに対抗しようとした団体は、なぜか必ず非業の最期を遂げる……そうだろ?」
「ああ。最近なら、ブレイトン社が立ち上げたプロジェクトがそうか。そして、あの血統もまた……」
◆
レイジもまた、他の冒険団から何色ものテープを受け取り、助かる者を探して回っていた。
そうしてたどり着いた、魔法陣のあるエリア。黒、黒、時々赤……何十もの魔術師の犠牲があったエリア。歩くだけでも、その足取りは重かった。
しかし、気が付けば、一番判定したくない相手に近づいてしまった。
「……ネプト」
レイジは、ネプトの前に膝をついてしゃがんだ。
見れば、流れた血の量が分かる。触れれば、その冷たさが分かる。
テープを巻きつけようとするレイジの手が、震えに震える。頭で分かっていても、こんな残酷な現実を突きつけていいのか、と悩んだ。
「…………黒……」
レイジは、歯を食いしばりながらつぶやいた。それから、力なくうなだれた。
頭が痛み、目が回った。手足が痺れ、吐き気が込み上げてきた。
どんな結果になろうと、悔やむつもりはなかったのに……。
「ネプトに、死ぬ覚悟はあったんだろうか……」
悔やめば悔やむほど、自分が殺めてしまったような罪悪感に苛まれていく。
結局、あの流星で決着がつくことはなかった。それを振り返れば、なおのことだった。
答えのでない沼にハマっていくレイジ。吐き気に耐えきれず、とうとう戻してしまった。
「俺の提案……無駄になってしまった。ホントに、ホントに……」
「俺は、なぜ……あんなリスクのある提案をしてしまったんだ。なぜ、ネプトは二つ返事で乗ってくれたんだ……」
「どうすれば、この魔術師の山は助かったんだろう。そもそも、ネプトは、俺の作戦に殉ずることを本当に良しとしたんだろうか……」
絶えぬ独り言。言葉を重ねるごとに、早口になっていく。
散々な結果に終わってしまった事を、悔やんで悔やんで……また悔やんでも足りなくて。
込み上げる気持ちをそのまま口に出しても、吐き出したりない。
「……ジ。ミスターレイジ!」
アギアスは、後ろから声をかけた。狂気に陥った彼を現実に引き戻そうとした。
「あのさ、アギアス。……ネプトの最期は苦しかったんだろうか。俺を恨んでいたんだろうか?」
「I don't know. そんな事、誰にも分かるわけ無いでしょ……ジーマーで。死人にmouthはナッシング、オーケー?」
アギアスは、詰め寄るようなレイジの問いかけに呆れた。
「どう考えても、俺がネプトを死なせてしまった事に変わりはないんだ……」
そんな事を思いながらいたずらに時を過ごしていると、バルディリスが歩み寄ってきた。
「おい、黒なんだろ? だったら、さっさと次の所だ!」
「…………」
レイジは、何も答えられなかった。ただ唇を噛みしめ、涙をいっぱいに含んだ目でバルディリスを見つめる。
「何か言いたそうだが、今、そんな事はどうでもいい」
バルディリスは、右腕を掴み上げた。無理やりにでもレイジを立たせようとした。
「俺が……俺が! あんな提案をしなければ……ッ!」
それでもレイジは立てず、嗚咽交じりに懺悔する。その直後、バルディリスの眉間にシワが寄った。
「おい、いつまでウダウダ考えてやがる!」
見かねたバルディリスは、レイジの後頭部に平手打ち。
「懺悔がしてェんなら、後でいくらでも時間がある。今は、生きられそうな人間をだな……」
「分かってる……けど!」
レイジは、下唇を曲げながらうなずいた。溜まった涙を絞るかのように、一瞬目を強く閉じた。
手を合わせ、仏様になったネプトを悼んでいるようだった。しばらくした後、レイジはゆっくり立ち上がった。
「ミスターレイジが悔やむことはない。というより、そんな暇はない」
アギアスは、レイジの肩をさする。しかし、その言葉は、トゲのようにレイジに突き刺さる。
「大体、ここは戦場だ……彼の言い分の方が正しい」
追い打ちをかけるように、エルトシャンも冷たくあしらってきた。
レイジは、舌打ちした。頭では分かっている事を言われて、眉間にシワが寄った。
「これだけ人が死んでいるのに、何も思わないのかよ」
「バカ言え。だからこそ、冷静じゃなきゃダメだろうが。私情にふけってる時間がもったいねぇ」
バルディリスは、呆れたように返した。レイジは歯ぎしりした。
レイジのやるせない思いなど、彼には知った事ではない。彼は、次々に倒れた人間を判断しては助かりそうな者たちを運んでいく。エルトシャンやアギアスも、彼の手伝いにかかる。
「あのフォードの弟分で、シバレーじゃ台風の目。それがどんな奴かと思えば、とんだ肩透かしだ。ここまでの甘ちゃんとはな」
レイジと距離を置いた彼は、毒づいた。
「俺の悩みを何だと思ってやがるんだッ!!」
「知るか、ボケが!」
レイジは、喉から血を出しながら、半ば金切り声で叫んだ。はっきりと、バルディリスに届いた。
葬儀屋でもなければ、神官や僧侶でもない。あまりにも苛立っていたバルディリスは、ドスの効いた声で怒鳴った。