第105話 カルミナ人の底力
レイジが走り出した目的は、情報を集めていた連中との合流だった。
雨が叩きつけ、雷が轟く荒野を、レイジは一心不乱に駆け抜ける。
ただならぬ彼の様子に気づいたのか、アギアスが彼に合流した。
「Oh! ミスターレイジ、ジーマーでデンジャラスな感じだね」
「ああ……参戦するだけでも誉れ、って言われたのが理解できた」
生きて帰れない……それが最たる理由。
並の冒険者では、間違いなく食われてしまうだけであろう。
「それで、昔の人はどうやって倒したのか……それを訊きに走っている」
「BINGO! なんとリータイム! そう来るんじゃないかってサジェストしてたところだよ」
アギアスは、懐からノートを取り出した。その表紙にはマル秘のマークと共にSECRETの文字があった。
レイジは、それを受け取りパラパラとめくった。内容は、かつてゴレイユ荒野に現れたときの新聞――そのスクラップにコメントを添えたものだった。
その当時、討伐に最も貢献したのが冒険王オルエス、及びその一味。そして、そのアシストをしたとしてラオルドとデズモンドの名。
「俺が知りたいのは誰が倒したか、じゃない!」
レイジは、パラパラとページをめくる。すると、ノートの最後の方に新聞とは違う質感の紙が貼りつけられていることに気づいた。
明らかに違う材質の紙は、かつて誰かが生態系を研究した手記――そのコピーだった。
「弱点は背びれ……?」
レイジは、ラージェストマーリンを見上げた。
「このカイデーな怪物は、ウェザーさえチェンジできるほどのパワーの持ち主。誰よりもハイな空を泳ぐように飛ぶ、天空の支配者」
「もし、ヤツに天敵がいるとすれば、ヤツより高い空を飛べる相手。つまり、上からの攻撃ってわけか」
「……イエス。てゆーか、そんな怪物にビリオンすらペイできないなんて、シバレーもジーマーでチーケーだね」
アギアスは、乾いた笑いを浮かべながら、政府に悪態を突いた。
過去の記事によれば、冒険王オルエスと大正義デズモンドがいたという理由でやたら羽振りはよかったらしい。
「それにしても、なぜこんな地上にそんな怪物が……?」
「ヒトやドラゴンなんて、ヤツからすればSNACKと大差ないでしょ」
「なぁ、アギアス……俺は、さっきから気分が変なんだ」
レイジは、後ろ首を親指でかきむしった。
「……Perdon? どういう事?」
「MVP争いをしているとはいえ、まさかエルトシャンと一緒に戦うとは思わなかったんだよ」
「ああ、ミスターレイジのバルライね。でも、そのリラテーションも、怪物からすればちゃっちい話だろうね」
ここまで容易く人間を屠り、竜を喰らいつくす姿。それに絶望し、リタイアする冒険団も出始めている。
仲間を失い、得られるものも何もなく……敵前逃亡する彼らの悲痛な顔は、見るに堪えなかった。
それでも、レイジたちはジャンク・ダルク号を目指して走った。
「頼む、バハラ! 俺をヤツの背中まで飛ばしてくれ!」
レイジが拝むようにバハラに頭を下げると、バハラは嬉々とした顔でレイジの顔を指さした。
「そうおっしゃると思いまして! 他でもないレイジ氏の頼みとあらば、このバハラ……一肌脱ぎましょうぞ!」
そう言ってバハラは、超合金にレイジたちを乗せて飛ばした。
「この超合金は、とっときの特別機。“ディープレッドX”ですぞ!」
バハラは、飛び立つディープレッドXに敬礼した。
「ありがとう、恩に着る!」
「ミスターレイジって、どんだけメカ持ってんの……」
ようやく、レイジも空中戦に参戦。既に空中で戦っている連中の弓矢や銃弾をかわしていく。
ディープレッドXは、あっという間にフォードら第一陣のいる高さへ。ラージェストマーリンは、すぐ目の前だった。
しかし、奴が彼らに気づくことはなかった。狙いは、やはり流星群を落としたエルトシャンに向いている。
「おう、レイジ! その顔は、お前の作戦が成功した……って感じだな」
「そう。そのうち、特大の一撃が来る」
「ああ、あの魔法陣ね……」
アギアスは、魔術師たちが倒れているあたりを指さした。
「じゃあ、後はお前らがどれだけ弱らせるか。そして、技を撃つ前に連中をどれだけ引き離せるか……だな」
「ああ。後は背中にドデカい一撃を撃てる連中だけでいい」
レイジは、自信満々に拳を握りしめた。
「そうか……だったら、行ってこい!」
フォードはレイジたちを見送ると、二人と別れて戦線を少し離れる。
ディープレッドXは、ラージェストマーリンの眼前まで飛んだ。
「“ネビュライト・スピア”」
アギアスの右手から、白く輝く槍のようなものが現れた。
それを目いっぱいの力で投げ飛ばすが、ラージェストマーリンの硬い頭部を突き刺す事は出来なかった。
しかし、ラージェストマーリンの注目を向けることには成功した。
「弾けろ! “ゴザン・ダイ・フレア”!」
レイジの右手から野球ボール大の炎の玉が放たれた。
それがラージェストマーリンにぶつかると、炎が5方向に拡散して延焼する。
レイジの一撃でラージェストマーリンの怒りが爆発。三本の角の先端から、巨大な電撃の玉が何度も発射される。
「くっ……!」
ディープレッドXは、ローリングで電撃の玉をかわす。
弾幕をかわしながら、少しずつ北を目指す。その方向には誰もおらず、かつ広い荒野が広がっている。
逃げて、逃げて、逃げ伸びて……。それでも、ラージェストマーリンは、追って、追いかけて、追いつめる。
「アアアアァァ……」
電撃の弾幕では追い込めないと悟ったのか、ラージェストマーリンの口が大きく開いた。
その口に吸い込まれるかのように空気が渦巻き、さらにオレンジ色の光が口の中に現れる。
「ゴガアアアアッ!!」
「アギアス、しっかり掴まれ!」
ラージェストマーリンの巨大な口から、ブレスが吐き出された。
ディープレッドXは、右方向にローリングしながら回避する。
ラージェストマーリンのブレスが、それを追いかける。ディープレッドXは全速全身で回避する。
しかし、その巨体から吐き出される炎ゆえに、その勢いも射程も地平線の彼方まで届く。
「オーマイガー! なんてラメデタな威力なんだ……!」
「エルトシャン、奴の背中に乗れ!」
「いいのかい? 僕が手柄をとっても……」
「少しでも早く倒せなきゃ、被害が増える一方だ。競争だのなんだの言ってられない状況になるぞ!」
「……後で後悔しないでほしい」
エルトシャンが忠告すると、彼を乗せたワイバーンは、ラージェストマーリンの上を取った。
彼が背中に乗った後で、レイジは「誰が後悔するものか」と毒づいた。
「“ゼクスカリバー”!」
エルトシャンの6色の刃が、ラージェストマーリンの背中に突き刺さる。
だが、その刃も、そう深くまでは届かない。
「“ツイン・プラズマ・ドラグーン”!」
レイジも負けじと、高圧の電流をラージェストマーリンに浴びせる。
ライバル同士、渾身の一撃ではあるものの、やはり大して効いていない。
「エルトシャン、もう一発……アレを撃て!」
「アレについては、まだコントロールに自信がない。何しろ、宇宙からピンポイントでここを狙わなくちゃいけない」
「お前が弱音なんて珍しいな。だったら、役割交代だ!」
ディープレッドXは急加速すると、ラージェストマーリンの上を取った。
レイジに煽られたエルトシャンは、歯ぎしりした。それから、右手を天高く振り上げて赤い光を飛ばした。
「君にここまで言われたら、悔しいったらありゃしない」
「ちょっとは俺の事を認めてるってな感じか」
レイジは、すっかり天狗だ。
「……かもしれないね」
エルトシャンは、鼻で笑いながら返した。
「アギアス。少しの間だけオトリを頼まれてくれ」
「ミスターレイジも、ドイヒーな事言うね。まぁ、大技は一つでも多く撃てた方が心強いけどね」
嫌な役回りをやらされるアギアス、顔を歪ませながら、エルトシャンが乗っていたワイバーンに飛び乗った。
レイジを乗せたディープレッドXは、さらに高く高く飛び上がる。雲よりも高い天空で、レイジは両腕を挙げて全身に力を籠める。
「はああああぁぁぁ……!」
あっという間に、レイジの周りを燦然と輝く炎が覆った。
おそらく、バハラは、この事を想定して熱に最も強いディープレッドXを「とっておきの一機」としたのだろう。
レイジやエルトシャンが攻撃を試みようとした、その矢先のことだった。
「皆さん、離れてください!」
「ネプト! や……やっと完成したのか」
協力を求めて奔走していたオメガが、喜びに満ちた顔で上空を見上げた。
黒雲が分厚く広がる中、一筋の光が射しこんだ。全身が青白いオーラと紫のスパークに包まれたネプトが、そこにはいた。
両手を高く上げた先には、真っ赤に燃え盛る直径50メートルほどの球体。
「協力してくれた全員の想いを乗せて……今、撃つ! “シューティングスター”」
ネプトが両腕を大きく振り下ろすと、巨大な球体がラージェストマーリンに向かって投げおろされた。
それに対抗しようと、ラージェストマーリンは灼熱のブレスで押し返そうとする。
何十人の想いを乗せた一撃は、怪物の前では簡単に抵抗されてしまった。その事実に、ネプトが絶望しかけたときだった。
「“スターダスト”!」
エルトシャンが腕を振り下ろせば、再び流星群がラージェストマーリンの背中にクリーンヒットする。
圧倒的な威力の前に、ラージェストマーリンは、悶えながら落ちていく。
「“ザ・ビゲスト・バーミリオン・クライシス”!」
さらに、雲の切れ間からレイジが両手で抱えきれないほどの火球を引っ提げて真っ逆さまに落ちてきた。
その火球は、黒雲から落ちてくる雷をもまとい、まっすぐにラージェストマーリンの背中を焼き尽くす。痺れさせる。
三人の超特大の一撃が、オルキヌスを地上へと叩きつける。
だが、ラージェストマーリンは起き上がり、天へと羽ばたく。弱点の背中を少々攻められたくらいでは、どうということは無い。
ラージェストマーリンが甲高く吠え、目いっぱい翼を振る。すると、今度はエルトシャンたちが地上へ叩きつけられた。
レイジについては、ディープレッドXが下敷きになってくれたものの、それでも体へのダメージは重かった。
「エルトシャン、ネプト……無事か」
レイジは、何とか立ち上がった。生まれたての小鹿のように足を震わせ、ラージェストマーリンを見上げた。
息が荒れ、汗が止まらない。圧倒的なダメージを与えたはずなのに、それでも向こうはピンピンしている。
「僕なら大丈夫だ。でも……」
エルトシャンは、ボロボロになった黒コートを脱ぎ捨てた。彼の身体にも、火傷やアザなどの無数の傷が残る。
彼の視線の先には、血を流しながらうつ伏せに倒れているネプトの姿。
人智を超えた威力の魔術を使い、力尽きてしまったようだ。
「……ミスターレイジ? どこへ?」
レイジは、アギアスの問いかけに応えることもなく、フラフラとオメガの方を目指して歩いた。
「あの……オメガ」
「何なんだよ、レイジ! その血の量……」
オメガは、自分の肩を掴んできたレイジの手を見て驚いた。
「オメガに頼みがある……」
「治療か? だが、俺は専門外だ……他を!」
「いや、そうじゃない。オメガ……今朝は、マイクパフォーマンスで皆を鼓舞しようとしてたな?」
レイジは、がっくり膝をついた。それでも、オメガの肩を掴んで離さない。
「上手くいったわけじゃねぇけどな」
「頼む! 本気のパフォーマンスで俺を鼓舞してくれ! アンタの本気の鼓舞で、死にかけのこの俺を蘇らせてくれ!」
レイジは、かすれそうな息を切らしながら、必死に縋り付いた。
「事情はよく分からん。だが、そんな事で俺の力が求められてるなら本望だぜ。それで復活するなら、このギターをいくらでもかき鳴らしてやる!」
オメガは、エレキギターを構えると、一心不乱に弾き続けた。
幾度となく落ちてくる雷鳴にも負けず、ギターの音は、レイジの身体奥深くへと届いていく。
激しく、甲高く。神速のギター裁きは、少しずつレイジの心を揺さぶる。
「命を顧みず戦い続けんとするこの雄姿に、誰か救いの手を!」
オメガは、シャウトした。
「小僧、なかなかやるじゃねぇか。もう一発、あのデケェのぶちかましてくれよ」
レイジへの一発に期待を寄せた者が、一人現れた。
まるで、今まで誰も気に留めていなかったのがウソであるかのように、あまりにも早く来てくれたのだ。
「応急処置でしかないが、これで我慢してくれ。“キュアー”」
「ありがとう。だったら、向こうにもいる奴らにも……」
レイジは、アギアスやエルトシャンのいる方を指した。
傷がある程度塞がったレイジ。顔色も少しずつ良くなってきている。
あれほど荒かった息が、今は安定している。そして、暴れるラージェストマーリンを見上げる。
レイジは、拳を握った。まだまだ戦えそうな気がした。必死に鼓舞しようとするオメガの姿に胸打たれた。
「ありがとう、オメガ!」
「行ってこい、レイジ! お前が奴を倒せるその瞬間まで、俺はギターを鳴らし続ける。たとえ、この腕がイカれようとなぁ!」
レイジは、再びラージェストマーリンを目指して走り出した。
今度こそ、とどめを……そう思った矢先のことだった。
「いくぞ、オルキヌス! “プロミネンス・ブロー”!」
遥か西方から、ラージェストマーリンめがけて真紅のビームのようなものが飛んできた。
ビームは、ラージェストマーリンの頭に命中し、自慢の角を融かしていく。
とても人間が出せるとは思えないほどの高熱の炎。誰もが、ビームが飛んできた方を振り返った。
「組みつけ!」
目にも止まらぬ速さで、オルキヌスなるものが飛んできた。巨大な合成生物とでも呼ぶべき姿は、見る者を戦慄させた。
オルキヌスは、ゴリラのような腕でラージェストマーリンの頭を掴むと、そのまま地上に叩きつけた。
「な、なんだあの化け物……!」
「これ、カルミナの生き物かよ!」
「あれを操っている冒険団は、どこの誰なんだ!」
ネプトら魔道部隊の力を結集させた“シューティングスター”、天才エルトシャンの本物の流星、レイジの“ザ・ビゲスト・バーミリオン・クライシス”。
それに続くかのように現れた戦力は、まさに規格外だった。オルキヌスは、ラージェストマーリンに噛みつくと、その強靭な顎で尾ひれを引きちぎった。
さらに、オルキヌスがマウントを取ったかと思えば、先ほどの剛腕でラージェストマーリンをタコ殴り。勝ち誇ったように甲高い咆哮をあげる。
他の誰にもマネできない強力な一撃に、もはや戦慄さえ覚えてしまう者もいた。そのオルキヌスには、十数名の男たちが乗っている。
そのリーダー格のバルディリスが、颯爽とオルキヌスの背から飛び降りた。
「チッ、予想以上に時間がかかりやがった……! いや、向こうがそれだけ早かっただけか」
バルディリスは、懐中時計を強く握りしめた。その懐中時計は、砕け散った。