第104話 小切手を賭けて
「お前、何しに来た!」
早速、レイジが突っかかった。遺恨は無し、とネプトに言われたが、この男に限っては別である。
「何って言われても……無論、ラージェストマーリンを倒しに来ただけだよ?」
エルトシャンは、ラージェストマーリンを親指で指し示した。
少し言葉を交わしただけにもかかわらず、レイジは既に闘争心をむき出しにしていた。
何度も煮え湯を飲まされ、それでも負けられなくて……。先ほどまで疲れていたのがウソだったかのように、レイジの目の色が変わった。
そのライバルへの想いがエネルギーとなりて、ネプトに脈々と流れていく。ネプトの身体の周りには、紫のスパークのようなものがほとばしっている。
「レイジさん、この人をご存じなんですか?」
「ご存知も何も、俺のライバルだ。さっき話してた流星の使い手……アイツは本物だ」
「ええ、まざまざと見せつけられましたよ……我々との差を。彼は、まさしく天才ですね」
ネプトは、ため息をついた。
「いや……君も十分スゴイさ。魔法陣があるとはいえ、アグストリア家にしか使えない魔術を作ろうとしているなんて」
「いえいえ。提案は彼ですよ。皆でやれば出来る、と非常に息巻いていましたし」
ネプトは、レイジの方を指して言った。
「この手の魔術は、人が多ければ多いほどコントロールが繊細になる。力が尋常でなくなるからね」
「ええ。私の身体が耐えられるかどうか……それさえも正直怪しい段階まで来ている状態です。」
「彼の発想と君の技術に敬意を表して、僕も少しだけ魔力を送ろう」
「まさかとは思うけど……お前だけでこ伝説の怪物を倒せる、だなんて夢にも思っていないよな?」
「……とんでもない! さすがの僕でも、たった一人でこの怪物を倒せるなんて自惚れちゃいない。むしろ、ここにいる全員の力が必要だとさえ思っている」
エルトシャンが言うと、ラージェストマーリンは翼をはためかせ、再び高く飛び上がった。
人類側が初めて与えた有効打。そう思われたが、やはり人類側の思い込みのようだった。
しかし、怪物の意識は、明らかにエルトシャンに向いている。
「さて、僕はここで失礼させてもらうよ」
「待てよ。俺たちフォードの一味が、必ずこの怪物を倒すんだ! 最後だけは譲れない」
「まあ、落ち着いて。たった一人で倒せるわけがない、と言ったのは君の方だよ?」
エルトシャンは、レイジをたしなめる。しかし、彼は聞く耳を持ってくれやしなかった。
「その昔、僕の爺さん達とそのライバルであるラオルド殿を筆頭に、20ほどの冒険団が手を組んで倒した。奴は、それほどの強敵なんだ」
エルトシャンは、語った。大正義デズモンド、冒険王オルエスらが手を組んで辛勝したほどの相手……と。
「レイジさん……ここは矛を収めていただいて」
「頭では分かっているんだ」
レイジは、歯を食いしばりながらつぶやいた。
「どうしても、君は僕と張り合いたいらしいね。……だったら、こうしよう。どちらがワイゼル殿の小切手を手に入れるか、勝負しようじゃないか」
「いいのか? ここにはライバルがごまんといる。引き分けになる可能性がメチャクチャ高い」
思いがけぬ提案に、レイジの声が裏返る。
「まぁ、僕を入れて23組いるからね……でも」
「その中で俺たちがMVPを獲得する可能性が一番高い……だから俺たちと勝負する、と?」
レイジが訊けば、エルトシャンはうなずいた。
「かなり認められているような気がして、少しばかり嬉しいのはなぜだ? その勝負……乗ったッ!」
レイジは、半袖ジャンパーを脱ぎ捨てた。
「さてと……僕も動こうか。まずは……“サンダー”!」
エルトシャンは、ラージェストマーリンの真下に移動すると、左腕を大きく振り下ろした。
上空から怪物の身体を貫き、彼の腕へ雷が一直線に落ちる……はずだった。
圧倒的な巨体に阻まれ、雷が四散した。まるで、何事もなかったかのように、エルトシャンを見下ろした。
それでも、彼に諦めの選択肢はない。彼は、主を失ってうろたえているワイバーンの背中をポンとたたく。
「頼む、少しだけ僕を乗せてくれないか。……絶対に君を死なせはしない」
エルトシャンは、ワイバーンの手綱を握った。
全翼20メートルの翼では、ラージェストマーリンが起こす風に煽られてしまう。
それでも、エルトシャンはレイジたちとの距離を離す事だけを考えてワイバーンを駆る。
「ラージェストマーリン……僕はこっちだ!」
エルトシャンは、声を枯らして挑発した。
その昔、戦いあった遺伝子――お互いにそれが刻まれているのか、ラージェストマーリンは、視線をエルトシャンに向けた。
そして、天を切り裂くような重低音の咆哮でエルトシャンを威嚇した。
エルトシャンは、ワイバーンの背中を蹴って、空中に身を投げた。それから右手を大きく振りかぶった。
「“エクスカリバー”!」
エルトシャンは、光の剣で切り上げようとした。はた目から見れば、届くわけがない一刀。
だが、落ちていく中で、もう一振り。縦と横の二振りが光の斬撃となって、ラージェストマーリンに襲い掛かる。
当たったのは、右翼の付け根。十字の傷がついたが、やはり人間の攻撃はちっぽけすぎた。
「……ちっ! あの野郎、ムチャしやがって!」
フォードは、ドローンヘリをエルトシャンに向かって蹴り飛ばした。それから、一番手近にいたロボットの背中に飛び乗る。
助け舟を得たエルトシャンは、ドローンヘリにつかまった。
「ああ、君か。助かったよ」
「お前の事だ、全部計算ずくだったんだろ?」
「まぁね」
エルトシャンは、涼しげな顔で答えた。
◆
「うがああああ! 泣きたくなっちまったあああ!」
地上では、オメガが膝をつき、慟哭する。とうとう、誰の協力を得ることも叶わなかったようだ。
一撃必殺の流星を完成させられない……そう嘆き続けている。
そんな状況でも、ネプトやレイジへの協力者は、確実に来てくれた。
「皆さん、私の仲間を連れて参りました!」
来てくれたのは、リアンの仲間たちだった。しかし、リーダーであるはずのエードリックの姿だけはなかった。
「5名増えただけ……それでも、心強い!」
「ああ! アンタ、あの朝のお邪魔虫!」
エードリック仲間の一人・オリーブが、レイジを見るなり、指さして叫んだ。
「落ち着け! ここは生きるか死ぬかの戦場だ! ここに来たからには、恨みつらみは無しで頼みたい」
「だったら……!」
オリーブは、グレネードの銃口をレイジの額に向けた。
レイジは、両手を広げ「撃つなら撃てよ」と煽った。その度胸に恐れおののいたのか、トリガーにかかったオリーブの指が震える。
銃で撃てないならとばかりに、オリーブはアイスピックのようなものをレイジの目に突き刺そうと振りかぶった。
しかし、レイジのサマーソルトキックが、彼女の左手から針を蹴落とした。
「そりゃ、ライバルが少ない方が金稼げていいよな。さらにMVPの可能性も高まるし。でもさ……」
レイジは、眉毛をまげてオリーブを煽った。
「ここでは遺恨は無しといったはずです。協力するか否か……それだけを可及的速やかに決めていただきたい」
「ネプトの言うとおりだ。いくらエードリックという人が力を持っていたとしても、簡単に人が死んでいる状況ってことを分かってほしい」
ラージェストマーリンが通った跡、人類が交戦した跡。そこには、血の跡がそこかしこにあった。
雨に流され、赤土のゴレイユ荒野がさらに染まっていく。オリーブは、その光景を目の当たりにして、思わず口元を押さえた。
「こんなに被害者が……!」
「俺だって心苦しいんだ。これに賭けると提案し、俺たちだけのうのうと生き残ってしまったから」
レイジは、自分の胸倉をつかんだ。その手は震えに震えており、言葉に発さずとも悔しさを物語っている。
「頼む、ほんの少しでいい! 俺たちに……ネプトに力を貸してほしい」
レイジは、両手を合わせ、頭を深く下げた。
恥も外聞も捨てた行動。一度は巨大な生物を倒し、飛ぶ鳥を落とす勢いの男の謙虚さに、オリーブたちは何も言えなかった。
「お願いです。予断を許さない状況なんです」
リアンも頭を下げたところで、オリーブたちはようやく理解を示してくれた。
「ごめんね。ウチのリーダーさ、絆なんてものを見ると蕁麻疹が出るんだ」
「……初めて聞いた。カルミナには、地球よりもぶっ飛んだアレルギーがあるんだな」
レイジは、呆れるようなため息をついた。
「では、力を貸していただけるということで?」
「いいわよ。少しでいいなら」
オリーブたちも魔法陣の中に入り、目を閉じて祈った。
彼女たちも、レイジや魔術師たちが感じた脱力感に苛まれた。
「あなた方も素晴らしい力をお持ちで。これで、完成しそうです。技のイメージも完璧だ」
つい先ほど見せられた“スターダスト”が、ネプトのイメージを加速させた。
抱えきれないほどの魔力が、白銀のオーラと紫電の火花という形でネプトの身体からあふれ出る。
さらに、ネプトの身体が空高く浮き上がっていく。彼は、地上に残っているレイジを見下ろしながらはにかんだ。
「レイジさん、感謝しますよ。あなたの発想が、私をさらなる高みに連れて行ってくれましたよ」
「ああ、乗ってくれてありがとう。俺たちのために倒れていった勇者たちのために、絶対に上手くやってくれ!」
レイジは、ネプトにサムズアップしながら叫んだ。
「さて……こうしちゃいられない!」
レイジは、走り出した。