第103話 ラージェストマーリン Ⅲ
ついに現れたラージェストマーリン。だが、そのサイズは、冒険者たちの想定をはるかに超えるものだった。
科学の粋も魔術の結晶も通用せぬ怪物。冒険者が一人、また一人と倒れていく。
こんな状況で、流星を落とす提案をしてきたレイジ。規模の大きな相手には、規模の大きな技。それなら対抗できると考えたが……。
「ありえねぇ!」
「そうだぜ、小僧! そもそも、夜空に浮かんでいるものだぞ。どうやって、この真っ昼間の地上に引っ張り出してくるんだよ!」
「“流星を落とす”なんて、それこそ一握りの天才が修業を重ねて出来るかどうかの話だぞ! とても成功するとは思えねぇ!」
その魔術を使った者の記録は極めて少ない。そして、その僅かな成功者は、決まってその歴史に名を刻んだ魔術師ばかり。
まさに天才の中の天才だけが成せる技。レイジは、その技の持ち主を一人だけ知っていた。
「俺は、その一握りの天才と戦った。……認めたくないけど、ヤツの実力は本物だ」
「……! まさか、本当にいるのか……伝説とされてきた魔術の使い手が」
「ああ。その時に受けた技についても考察している。それを魔術師たちに話せば……! 皆で力を合わせれば、流星の一つや二つくらい落とせるはずだ!」
「だが……」
レイジの必死の説得にも、オメガは思い悩んでばかり。
前にも後ろにも進めない状況。レイジの言葉は、雲をつかむような話にしか聞こえなかった。
そんな彼に発破をかけるのは、朝まではヤジを飛ばしていたハゲオヤジだった。
「おい、指揮官! お前が悩んでどうする? ボヤボヤしてると、こっちが食われちまうっての」
「成功するかどうかは置いて……俺の話に、トライアンドエラーをする価値があると思うかどうかだけ答えてほしい。時間がないんだ、早くッ!」
「どうなんだ、小僧!」
「オメガさん、どうするんですか? 夢見がちな話ですけど……総力を結集すれば、我々でも! このネプト、生半可な覚悟でここに立っていませんので!」
魔術師のリーダー格・ネプトとハゲオヤジ、レイジが答えを急かすと、オメガは目をカッと見開いた。
ここにいる全員が全員、生涯にわたって誇れる名誉を求めて挑んでいる。
「分かったぜ、試すだけ試してやろうぜ。どうせここにいる連中は、命知らずの無謀な奴らばかりだ。無謀な挑戦の一つくらい、喜んでやってくれるだろうぜ!」
「やりましょう! 今は、一人でも多くの力を合わせたい状況。無謀だろうと何だろうと、やるしかありませんよ!」
魔術師のリーダーは、拳を強く握った。
「んじゃ、あの怪物を惹きつける役は、俺たちに任せな! リミットは、持って13時までだ。しっかりやりやがれよ!」
ハゲオヤジは、拳を振り上げた。それから指笛を鳴らし、相棒のドラゴンにまたがった。
「それから、オメガさん。他に魔術師がいるはずなので、我々への協力を要請してください」
「いいぜ。ただ、しっかりやりやがれよ!」
オメガは、背を向けてサムズアップすると、別のところで固まって戦っている集団へと走り出した。
瀬戸際での流星落としの実験が始まる。レイジは、魔術師のリーダーであるネプトに、自分が体験した流星の話をした。
そのうえで、レイジが出した答えが二つ。一つは、天空から魔術で造った岩を落とし、それを疑似的な隕石としたもの。
もう一つは、引力を使ったもの。即ち、本当に隕石を宇宙から落としたとする説。
話を聞いたネプトは、何度も何度もうなずいた。
「なるほど。本物の流星を落とす事ができたのならば、あなたも恐ろしい好敵手をお持ちで」
「どっちの方が現実的か……なんて、訊くまでもないか」
「ええ。我々が出来そうなのは、空高くから岩を落とす方法で間違いないでしょう」
「時間はかかるし、チャンスは一度きり。それにしても……」
レイジは、空を見上げた。ラージェストマーリンは、一匹、また一匹……とドラゴンたちを歯牙にかけていく。
次々に散っていくチャレンジャーたち。レイジは、思わず目を背けてしまった。
それでも、敵の注意が自分たちに向いていない今が好機だった。
「時間がない。とにかく始めよう!」
ネプトは、地面に直径10メートルほどの魔法陣を描き始めた。
そして、その中央に彼が陣取り、円周上には30人ほどの魔術師が等間隔で立った。
「皆さん、私に一斉に魔力エネルギーを送ってください! 」
「俺も加勢する。言い出しっぺだし」
「レイジさんも魔術師で……?」
「いや、魔法の力は無い。でも、この心に宿る力さえあれば充分だ!」
レイジは、拳を強く握った。その拳に炎が灯り、雨を湯気へと変えていく。
力を込めた瞬間、魔法陣の模様を伝って力を吸われていく感覚を覚えたレイジ。だが、レイジは踏ん張った。
魔力に混じって流れ込んだレイジの精神エネルギーを受け取ったネプトは、妙に嬉しそうな顔をする。
「ふふ……見せてもらいますよ、大正義の幹部を倒したその力を」
◆
「……このドラゴンどもの動き、間違いなくレイジから遠ざけようとしている」
フォードは、レイジのいる方を眺めて言った。
「よく分かりませんが、レイジさん……何かいい案を思いついたのでは? それで、リーダーのオメガさんがドラゴンを飛ばすように指示している……そう考えられますね」
「……しょうもねぇ考えだったら、ただじゃおかねぇぞ!」
フォードは、目を細めて睨んだ。
「バハラ、ここは方針変更とシャレ込もうじゃねぇか!」
「ど、どうするんですかな?」
「見りゃ分かるだろ。ドラゴンの部隊が、怪物を惹きつけている。そこに加勢させるんだ!」
フォードは、親指でラージェストマーリンの方を指した。
「……保存用と観賞用と布教用の機体まで出しましょうぞ!」
「ああ。何体か吹っ飛ぶ覚悟もしといてくれ」
「レイジ氏にスカウトされたその日から、その覚悟はとうに出来ておりますぞ!」
超合金クルセイダースは、まだ3倍近く残っている。バハラは、ためらいもせずにコレクションを起動させた。
「それから、俺も加勢する。アレを出してくれ!」
「アニキも前線に躍り出るようですね。ならば、乗ってくだされ!」
バハラは、ゲーム機のリモコンのようなものをフォードに渡した。
フォードがそのボタンを押すと、プロペラが4組ついたドローンのような飛行物体が宙を舞った。フォードはそれに乗り、超合金の第二陣を追いかけた。
◆
「全員のエネルギーをリーダーのネプトに!」
他の魔術師たちが全身に汗をかき、膝をつく。一人、また一人……と倒れていく。
そんな逆境の中にあっても、レイジだけは息一つ乱すことなく、ネプトにエネルギーを注入し続ける。
「あの……!」
全員が力を結集させている所に、奥ゆかしそうな水色の髪の女の子が現れた。
彼女は、エードリックの取り巻きの一人だったリアン。圧倒的な怪物を前に、彼女だけが協力という選択肢をとったらしい。
その顔に見覚えがあったレイジは、ギリッと彼女を睨んだ。その凄みに、彼女は身震いしてしまった。
「レイジさん、遺恨は無しで行きましょう」
「今朝のあの事件、見ていたんだ……」
ネプトに諭され、レイジの顔の筋肉が緩んだ。
「アンタ、ここに何をしに来た?」
「ええと……何をなさっているのでしょうか?」
「言ってしまえば、元気玉のようなものを作ろうとしている」
リアンが訊くと、レイジはアッサリと返した。
「げん……? よく分かりませんが、よろしかったら私の力も使ってください」
リアンも魔法陣の上に立つと、ネプトに魔力を分け与える。
彼女の持っている魔力が他よりも高かったのか、ネプトの身体が急に青白く輝いた。
「今は、少しでも多くのエネルギーが必要な状況。願ってもみない援軍に感謝する!」
「ネプト、まだかかりそう……だなぁ」
「ええ。レイジさんの想定の半分もいかないと思います。なので、オメガさんには協力を呼び掛けてもらっていますが……」
ネプトは、遠くを見た。レイジもつられて同じ方向を眺める。
誰一人として来る気配がない事実が、オメガの苦戦をありありと物語る。
このままでは、技を完成させるよりも先に、魔術師が全滅してしまう。
リアンは、次々倒れる魔術師の姿に戦慄さえ覚えた。イヤな汗が額に浮かんだ。
「これでも、想定の半分……。皆さんが途方もないものを作ろうとしている事だけは分かりました」
リアンは、エネルギーの注入を一旦諦めた。そして、魔法陣の外から出ておもむろにどこかへと走り去った。
「ど、どこへ……?」
「おそらく、仲間を集めに向かわれたのでしょう。訊くほどの事ではありませんよ。それより、集中を!」
「そうか……もう、俺とネプトくらいだもんな」
そう言っているレイジも、頭を抱えて、足元がふらついている状態だった。
リアンが仲間を集めに向かったとしても、せいぜい数人程度。オメガが相変わらずの空回りっぷりを見せている。
そんな状況からして、技の完成は、レイジの双肩にかかっていることは明らかだった。
わずかでも成功する確率の奇跡を信じ、己を限界以上に奮い立たせ、力を振り絞る。
ラージェストマーリンの気を惹くことにも、限界が近づいてきた。
他とは違う力の大きさを本能的に感じたラージェストマーリンが、こちらへと近づいてきた。
「ネプト! もう、すぐそこまで来ているッ! まだ、完成しないのか?」
「まだエネルギーが溜まり切っていません! それ以上に、完成系のイメージが……!」
実験は失敗した。そう結論付けようとした矢先の事。
フィンガースナップの音と共に、明後日の方向から炎をまとった巨石のようなものが十数個、ラージェストマーリンの背中に向かって降り注いだ。
ラージェストマーリンは、その衝撃に耐えきれずに巨石ごと地上に堕ちてしまった。
「……ようやく成功した。“スターダスト”!」
「は……?」
レイジは、思わず声のした方を見上げた。
「まさか、君がここにいるなんてね。正直、驚いた」
「やっぱりお前だったか、エルトシャン!」
レイジの視界に、ヘリから垂れた梯子に片腕で捕まるエルトシャンの姿が映った。
数十人の魔力を集めてもなお完成しえなかった技――それを一人で使える男が、美味しい所を掻っ攫おうとしている。