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漢気!ド根性ハーツ ~気合と絆こそが俺の魔法だ!~  作者: 檻牛 無法
第9章 The Wildest Journey
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第102話 ラージェストマーリン Ⅱ


 限られた準備時間を有効利用する冒険者たち。その時間もあっという間に過ぎて、時刻はまもなく正午。

 荒野にポツンと建てられたこのモーテルに、あまりにも似つかわしくない黒いリムジンが停まった。

 後部座席が空けられると、金髪の男がモーテルへと一直線に向かった。生え際は後退し、額とほほのシワが深く刻まれているあたり、キャリアを積むのに苦労したことがうかがえる。

 彼の名は、ワイゼル。およそ四半世紀に渡り、シバレーで上院議員をしている。シバレーの次期大統領候補として推す声も小さくはないほど、その手腕は確かなものである。

 今回のクエストは、彼の発案によるところが大きかった。先のマザーゴーレム及びユグドラシルで疲弊した街に追い打ちをかけられる前に、この荒野で伝説の怪物を討つという提案に。


「先生、時間がございませんので手短に……」

「うむ。伝説の怪物・ラージェストマーリンに挑まんとする勇気ある者たちよ。よくぞ決意してくれた!」


「今回集まってくれた有志たちに、もう少しばかり予算を出したかったが致し方ない事態があった。どうか、この少ない額で許していただきたい!」


 黒服の男が、ジュラルミンケースを開いた。束になった1万ルド札が何個も入っている。少ないとのたまったが、それでも1億とんで2000万ルド。

 さらに、ワイゼルは胸ポケットから小切手を取り出した。額は800万ルド。それを見た冒険者たちは、歓喜の嵐を巻き起こした。


「これは、私からのポケットマネー! ラージェストマーリンを相手に敢闘し、とどめを刺した一名にのみ、この小切手を渡そう。それが、命を懸ける君たちへのせめてもの礼儀だ」


 ワイゼルが頭を下げると、冒険者たちの興奮は最高潮に達した。

 800万ルドは、並の冒険団が十数年かけてたどり着く額。それが目の前にあると分かれば、やる気になるのも妥当な所である。

 誰もが結果を追い求め躍起になっている中、レイジは、まるで生気を失ったかのように力なく立ち尽くしていた。


 ワイゼルの挨拶はしばらく続いた。全員のやる気を煽るだけ煽った彼は、すぐにリムジンに乗り込んでシバレーへと帰るのであった。


「……レイジ、大丈夫か?」

「が、頑張る……」

 レイジは、頭を押さえ、目を強く閉じた状態で言った。

 腕からしたたり落ちる大粒の汗、乱雑な周期の口呼吸が目立つ。この数時間で疲弊しきってしまうほどの事があったのは、容易に想像できることだった。


「何があった? 俺らが準備を整えている間の4時間ほど」

「……Practice。彼、足手まといになりたくないって、ジーマーで必死だったみたい」


 既に力尽きかけている者が、もう一人。アギアスもまた、熟練の冒険者たちからミッチリ教えを受けていたようだ。

 少しでも精鋭が欲しいという局面で、頼みの切り札が使えない状況。フォードは、大きくため息をつき、二人の無謀さにただただ呆れるだけだった。


「あのな……お前ら。気持ちは分かるけどよ、こんな大事な時にボロボロになりやがって」

「ホンマやで。大事な戦いの前に体調を整えて休むんも、立派な準備やで?」


「……返す言葉もない」

 レイジは、俯きながら己の行動を後悔した。


「まぁ、過ぎた事をグダグダ考えても仕方がねぇ。それより……限界ギリギリまで練習してたってんなら、何か新しいモノ掴んできたんだろうな?」

「それは……」

 レイジが言いよどんでいると、フォードは背中をポンと叩いた。


「期待してるぜ、兄弟!」

「レイジ氏。今回、某とアニキは後方支援に回りますゆえ……先発隊を頑張ってください」

「レイジさん、あなたがチームで一番、あの伝説の怪物と近い位置で戦うのです。大丈夫、あなたならきっと……」


 仲間からの期待を一身に背負ったレイジは、両頬を強くたたいた。それから、チームマークを背負った半袖のジャンパーを羽織り直す。

 気合を入れ直したところで、冒険団の前に例のパンクロッカーが現れた。


「お前ら! 俺の名はオメガ、このクエストで指揮を執る者だ! 今回は、よろしく頼むぜ」

「またお前か! いい加減にしやがれ!」


 声の大きいオメガに対する風当たりは、相変わらず厳しい。そればかりか、ヤジと共にごみを投げつける者の姿もあった。

 それでもめげずに、オメガは作戦を皆に説明している。だが、超大金を山分けし、MVPにはさらに賞金が入る状況。とても手を取り合って倒そうという雰囲気にはならない。


「おい、周りの注目を惹こうと息巻いているところ悪いけどよ……」

 フォードは、オメガに歩みよった。


「な、なんだよフォード?」

「ここ……もう直に嵐がくるぞ。南の方から、凄まじいスピードで雲が来ている」

「んなバカな! 今日だって、このゴレイユ荒野は蒸し暑く……蒸し暑い?」


 オメガは、ようやくこの天候に違和感を抱いた。このゴレイユ荒野は、雨が少ない乾燥地域。湿度が高いこの状況がおかしいのだ。

 空を見上げれば、フォードの指摘通り、南の方には黒く分厚い雲が浮かんでいた。雲は、人間の想像を絶する速さで空を覆い尽くしていく。

 さらに、耳を澄ませば、遠くの方から雷のような音も聞こえてくる。


「フォードはん、もしかして……予想してた14時よりも早う来るんちゃう?」

「ああ。このペースなら12時半に……もうじき来るぞ!」


 空が急に暗くなった。雨粒が一粒、また一粒……と落ちてくる。風が強く吹き付け、軽いものが容赦なく宙を舞う。

 見上げれば、空一面は既に雷雲におおわれていた。光ったかと思えば、すぐに全身を突き抜けるほどの轟音が響く。


「……全員、備えろ! 奴が来るぞ!」


 フォードの鶴の一声で、冒険者たちは南の空を見上げた。オメガは、己の力の無さにうなだれるしかなかった。しかし、そう落ち込んでばかりではいられない事態が起こる。

 雲を引き裂くようにして現れたのは、冒険者パスで見た通りの怪物だった。世界で最もデカいカジキだった。

 三本の角と、二対の羽根を持ち、空を泳ぐように悠々と飛ぶ巨体。その姿は、人間の目には――特に地球人であるレイジの目には、異質なものに見えた。


「あ、あれが……」

 レイジが驚く暇もなく、ラージェストマーリンは地鳴りのような咆哮を上げた。

 怪物の周囲で大気がビリビリと震えている。雷が光っては轟き、大粒の雨が叩きつけるように降り始めた。


「行きますぞ! 我々人類の初手は、科学の叡智(えいち)の結晶! “超合金クルセイダース”!」

 バハラがレバーを強く引くと、ジャンク・ダルク号のハッチが開いて、次々と超合金たちが怪物めがけて飛んでいった。

 しかし、ラージェストマーリンの羽根の一振りで、超合金たちは姿勢の維持だけで精一杯になってしまった。


「援護射撃だ!」

 フォードは、バズーカを担ぐと、怪物の目を狙って発射した。

 しかし、怪物が吠えると、弾丸が砕け散った。さらに、翼を一振りすると、超合金たちは簡単に吹き飛ばされてしまった。


「くっ……改造した超合金たちも軽く吹き飛ばすなんて!」


「科学の技が効かないなら魔術だ、魔術! 全員、息をぴったり合わせやがれよ!」

 オメガが音頭を取り、数組の冒険団の魔法使いたちが魔力を練り始めた。


「俺も力を貸そう!」

 そう言ってレイジは、魔法使いたちの前に飛び出した。

 先ほどまで疲れ切っていた顔をしていたのがウソみたいに、今はイキイキとしている。


「お前の噂は、よく知ってるぜ。でも、お前……魔法使いじゃねぇだろ!」

「ああ! でも、やんなきゃやられるだけだ!」

 レイジは、全身に力を込めた。彼の身体中に稲妻がほとばしる。

 そして、両腕をグッと引いて、怪物を睨んだ。怪物の方も、レイジの気迫に気づいたのか、見下すように睨んでいた。


「総員、撃ち方用意!」

「“サンダー”!」


 魔法使いたちが両腕を振り下ろすと、無数の雷が怪物めがけて落ちてきた。

 怪物の飛んでいる高さが、かなり低くなった。威力は十分。

 そこに追い打ちをかけようと、レイジは一気に突っ込んだ。


「“ツイン・プラズマ・ドラグーン”!」

 腕から出る二体の龍が、ラージェストマーリンのヒレに噛みつく。

 しかし、喰らいつくすには、あまりにも小さすぎた。


「レイジはん、やっぱり疲れが抜けてへん……!」

 アザミの目には、レイジの技が物足りなく映った。

 勢いよく前に出たはいいものの、やはりキレも威力も足りていない。ブロール・リーグ決勝で見たときの方が、何倍も強かった。


 ラージェストマーリンが羽ばたく。すると、周りのものを吹き飛ばしながら、あっという間に空の彼方へ。

 あの巨体に見合わず、機動力もなかなかのものだった。


「魔法しか使えない軟弱ものは下がってな!」

「飛行生物には、飛行生物っしょ!」


 今度は、十数体のペガサスやドラゴンといった飛行生物。それぞれに剣や槍、さらには弓や銃といった得物を持った戦士が乗っている。

 しかし、それも翼の一振りで、大半が行く手を阻まれた。さらに、その巨大な口を開き、飛行生物の群れをペロリと丸呑み。

 ラージェストマーリンからすれば、人間どころか、それより一回りも大きいドラゴンもペガサスも小煩い羽虫に過ぎない。


「俺たちの超合金よ、この冒険団たちに活路を切り開いてくだされ! どうか再起してくだされ!」


 バハラは、室内でラジコンのリモコンのような装置を手早く動かしていた。

 彼の思いに応えるかのごとく、超合金のロボットたちは立ち上がり、再び怪物を目指して飛んだ。

 それでも呆気なく吹き飛ばされる。


「こりゃ、ゴイスーだね。冒険者パスで見た時よりもBIGだね。軽く200メートルはあるんじゃないの?」

「あの資料は、40年以上前に現れたときのものだ。あまりにも古すぎて参考になるかよ」

 アギアスの言葉に対し、筋肉ダルマが吐き捨てるように返した。


「くっ……こんなときに、レッドセラフィムがあれば……いや、絵空事を言ってもダメか。……やってやる!」

 明らかに規模の違う巨躯に、レイジの足は震えた。その震えを武者震いと思い込んだ。

 今は、ディメテルを倒した時の頼れる同胞はいない。しかし、それでもレイジにはやらねばならない時は来る。それが、今このときである。


「“ファイア”!」

 レイジは、ラージェストマーリンに手を伸ばして炎を飛ばした。

 しかし、向こうからすれば、たった十数センチの火の玉。蚊ほども効かない。


 レイジだけではない。人間の持つ科学と魔法、あらゆる技と力が通用していない。

 それもそのはず、目先の利益に目がくらんだ者たちが連携を取らずに特攻しているだけなのだから。

 この状況を嘆かわしく思ったレイジは、指揮を執ろうと必死になっているオメガの元へと駆け寄った。


「……オメガって言ったっけ。俺に考えがある」

「ッだよ、こんな時に!」


 オメガは、レイジを睨みつけた。策を講じることで頭がいっぱいだった所に、ノンキに話しかけられたので、イライラをぶつけた。

 想像以上に、デカブツ。想像以上に、こちらの陣営が崩れていく。それを指をくわえてみているしか出来ない歯がゆさ。オメガは、己の無力さを痛感しているところだった。


「いいから邪魔すんな、このヤロー!」

「今はいがみ合っている場合じゃない! とにかく聞いてほしい」

「つまらねぇ考えだったら、ぶっ飛ばすからな!」

 オメガは、渋々聞く気になった。


「もう一度、一斉に魔法を……今度は“流星”を落とせないかな?」

「バッキャロー! そんな高等な魔法が使えるような人間、俺は知らねぇぞ! ってか、ありえんのかよ?」

 レイジの提案を聞くなり、オメガはすぐにレイジの顔面を殴った。

「俺は、この身体で受けてきた! 空……いや、空よりも高い天、それよりも高い宇宙から降ってきたんだ」


 レイジは、胸の辺りを押さえて力説する。確かに、ライバルが使っているのを見た。そして、この身に受けて負けた。

 にわかには信じがたい話。オメガは、頭を抱えた。

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