第100話 罵倒と恐喝の才能
才能に恵まれた、と豪語したエードリック。彼は、左頬だけを吊り上げて、勝ち誇るように笑った。
彼の父親は地球人、母親はカルミナ人。
二つの世界の血を引く人間だから、俺は選ばれた人間だ。彼は、それを自信満々に語った。
「どうしてだろうね? アンタといると、何となく調子が狂うんだよなぁ」
レイジは、腕を組みながらエードリックをさりげなく挑発した。
「まぁ、無理もない……俺の強さを本能的に感じ取って、恐れおののいているのだろう」
「…………」
フォードの目には、心にもないことを言っているように見えた。
「ディメテルを倒して、飛ぶ鳥を落とす勢いのレイジを威圧するなんて……流石です! ……ポッ」
「ってか、アイツが有頂天でチョーシに乗ってるところを諫めてるのも、サイコーじゃない?」
やはり、女の子たちは、エードリック様を崇め奉っている。
「アイツらの口元。やっぱり、微妙に震えてる」
フォードは、ボソッと呟いた。
「訊こうか、レイジ……貴様の能力。ユグドラシルを倒した能力」
「精神エネルギーを燃やして、炎で焼いた」
「何を言い出すかと思えば、これは傑作だ……! ここまでしょっぱい才能も、そうはない」
エードリックは、腹を抱えながら笑った。取巻きの女の子たちも、レイジに後ろ指を指している。
「落ちこぼれの下民……お前の旅も、ここまでだ。低能力の下等なニンゲン」
エードリックは、レイジの首根っこを掴むと、そのままレイジを持ち上げた。
強く、強く爪が突き立てられた。レイジの首から血がドクドクと流れ出る。
「今日まで夢を見られたんだ……悪くないカルミナでの人生だったろ?」
エードリックは、レイジの顔面を強く殴った。
何度も何度も殴り、それでも気が済まないので、とうとうレイジを投げ飛ばした。
レイジの身体は宙を舞い、テーブルに叩きつけられた。テーブルは天板から真っ二つ。乗っていた皿やグラスは、片っ端から粉々。
「Oh……ミスター・レイジ。ARE YOU OK?」
アギアスは、レイジの腕を引っ張り、上体を起こした。
「な、なんとか……」
レイジは、ふらつきながら立ち、アギアスの肩を借りた。
「こんなみすぼらしい人間でも、生涯遊んで暮らせるだけの金を稼いだんだ。何が不服だ?」
エードリックは、アギアスを蹴り飛ばした後、レイジの腹を何度も踏みつけた。
「ど……ドイヒー」
アギアスは、思わず目を背けた。
「……お前の傲慢な態度、と言ったら?」
レイジは、毅然とした態度でエードリックの問いに答えた。
「俺の態度は決して悪くない。なんだったら、先輩が後輩にアドバイスしてやってるんだ。感謝するべきは、お前の方だろう」
「これのどこがアドバイスなんですかねぇ?」
「冒険団を作って稼ぐにしても、才能というものが必要だということを体に叩きこんでいる」
ギュトーが訊けば、エードリックはレイジの顔面を踏みつけた。全体重を乗せ、反抗の意志をくじこうとしている。
「何が精神だ! 何が根性だ! 何が絆だ! そんなモノ、振りかざして何になる!」
「…………」
「何か答えろ、このダボがッ!! それとも、俺の言っていることが正しすぎて、ただ頷くしか出来ないというのか」
エードリックが剣を大きく振りかぶった。レイジを見下すその眼は、殺意に満ち満ちている。
「場所を弁えな……この青二才!」
フォードは、人差し指と中指だけでエードリックの剣の切っ先を受け止めた。
そして、その手を軽くひねれば、エードリックはそのまま宙を舞う。
「あと、そこのお前ら。心にもねぇ事ばっかり言ってんじゃねぇよ」
「あの人の前でウソを言うなんて、天地がひっくり返ってもあり得ない話ですよ」
「俺の目が節穴だとでも? さっきからお前らの口元……喋るたびに微妙に震えてたんだよ。ウソ言ってるか、アイツに怯えてる証だぜ」
「ひっどーい! 私たちの事まで侮辱するなんて!」
「まぁ、いいさ。言いたいヤツには好きなだけ言わせておけ。さて、そこの女……」
「まさか、ウチかいな?」
アザミは、自分を指さす。
「ああ、お前だ。こんなシケた冒険団……さっさと抜けて、俺の仲間になれ」
エードリックは、アザミに手を差し伸べた。
「ウチごときがエードリックはんの側室になるなんて、恐れ多くてよう出来ひんわぁ。釣り合うやろか……」
アザミは、大げさに身振り手振りしながら謙遜した。
慣れたレイジたちからすれば、これがイケズな返答だとすぐに気づくことができた。
しかし、エードリックとその仲間たちは、言葉通りに受け取ってしまった。
「こんなにむさ苦しい集団の紅一点。正直、やってられないと思っているだろう? 俺の前でウソをつこうだなんて、愚かなことは考えるなよ?」
エードリックの口説き文句は続いた。
「エードリック様の勧誘を断る選択肢、アンタにはないからね!」
「そうです。あなただけは助ける……エードリック様の寛大な意思に従うべきですよ」
そのエードリックの言葉に続けるかのように、女の子たちが賛同する。
少しでも威圧感を出そう、少しでも服従させてやる。そういう思いが強すぎたのか、彼女たちはジリジリとアザミとの距離を詰める。
気が付けば、彼は壁際まで追い込まれていた。
「リアン、ヴィーネ、オリーブ、エレーヌ。それくらいにしておけ」
エードリックがアザミに近づくと、女の子たちはその道を開けた。
「でも、エードリック様。この人の本心を暴きたいのです」
「お前が俺に釣り合うかどうか、気にしていたようだが……そんなものは俺が決める」
エードリックの壁ドンと顎クイのコンボが決まった。アザミは、その手を振り払った。
「あのな……釣り合うか心配したんは、アンタみたいなしょーもない男とウチが釣り合うかって話や」
アザミが眉間にシワを寄せた。ギロリと睨みつける様子は、その化粧も相まって般若のようだった。
エードリックも、アザミを睨み返す。
「この俺をどこまで愚弄するッ! 俺はこの辺りでは知らない者はいない天才冒険者だ」
「知らんわぁ……新聞にも雑誌にも載ったことないマイナーな冒険団みたいやし」
アザミの口撃が終わると、エードリックの額に青筋が浮かんだ。
「トードリックだったかな? 俺からも一つ」
レイジは、ゆるく拳をつくり、人差し指だけを中途半端に建てる。
「エードリック様だっつーの! 二度と人の名前を間違えんな、タコ!」
取り巻きの女の子から、顔面にグーパンを食らったレイジ。だが、これしきのことで怯まなかった。
「トードリック。俺も、どこかで嗅いだことのある臭いをお前から感じ取っていた」
「だから、何度言えば分かるのよ!」
「これは申し訳ない。蛙だと思ったんだよ。世間知らずで……井戸の中から出たことのない蛙って思ったんだ」
レイジは、棒読みで言った。
「話が逸れたけど、お前からは日本にいた頃のイヤなヤツと同じ臭いがする」
レイジは、鼻をつまみながら言った。
「それから……地球人なら、別に珍しくもない。お前のお父様や俺以外にも普通にいる」
「じゃあ、ハーフともなればそうはいまい」
エードリックは、苦し紛れに言った。何が何でも、自分が特別――オンリーワンでなければならないと考えている。
「捜せば、どこかにいると思う。何しろ、このカルミナは広い。俺でも、まだ1割も巡ってないと思う」
「もう、無理ッ!! アンタ、さっきから何でエードリック様と張り合ってるのよ!」
取り巻きの女の子の一人が、金切り声を上げた。それも、レイジの耳元で大きな奇声で。
「リアン……とりあえず落ち着け。」
「確かにお前は、俺より強い才能を持って生まれたのかもしれない」
「そうだろう……そうだろう! だったら、この俺を尊敬し、二度と反抗しませんと土下座しろ」
エードリックは高らかに笑った。
「でも……だからと言って、劣った人間に何をしてもいいわけじゃない」
レイジは、腕を組みながら言った。
日本の頃から虐げられる日々を過ごしてきたのか、その言葉には重みがあった。
「いいか、この世界は格差社会だ。強い者が弱いものを蹂躙する……我々人類は、その自然の摂理に従って生きているだけだ。雑魚は雑魚らしく、大人しく俺の求めるものを嫌な顔一つせずに差し渡すべきだ。そんなことも知らずに我が物顔で金稼いでるお前が大嫌いだ」
「だったら、俺もお前が嫌いだ。ここまで人を不快にさせる言葉を選んで話せる才能……まさしく敬服に値するよ」
レイジは、呆れながら言った。いい加減、相手にされるのも飽きてきたところだ。
それでも、エードリックの怒りのボルテージは上がる。
「人を恐怖で支配しようとするチカラ……それがお前の言う才能なんだろうね」
「でもね、恐怖で人を支配していれば、いつかは大事な人を失う。こんなことも知らないから、お前は蛙なんだよ」
「これ以上、俺を侮辱してみろ。ここにいる客を全員……細胞一つ残らず切り刻んで殺すぞ!」
エードリックが安い言葉で脅迫しても、レイジの言いたいことは収まらない。
「世界各地を巡って、いろんなヤツに会ってきた。人の数だけ価値観があって、それに触れて……ライバルや友達もたくさんできた。心を通わせあえる絆ができた。
これが、どんなに尊いものか……。そんなモノにアレルギー反応を示して、女の尻しか追いかけられないような人間には一生理解できない話かもしれないけどね」
レイジが諭すと、エードリックはしきりに胸元をかきむしった。絆や精神論に触れて、蕁麻疹が止まらなくなった。
気分が悪くなったので、エードリックはトイレに直行。この場は何とか収まった。
「うわははははは! これは愉快だ、痛快だ!」
ハゲオヤジが、レイジの胆力を笑い飛ばした。
「やっぱり、ディメテル倒して、ブロール・リーグで敢闘賞かっさらっただけの事はある!」
中年のオッサンが、レイジと強引に肩を組もうとした。
レイジは、照れた。言いたいことを言っただけに過ぎない。それで、この称賛の数々である。
「このレストランで朝飯を食っていたパンピーども! あのバカどもが騒ぎを起こしてすまなかった!
もし、ワガママを聞いてもらえるなら、お前らの朝飯代とこの店の修理費をこのフォードに出させてくれ!」
フォードは、ステージの上に上がってマイクを取ると、頭を深く下げた。
「アカン、火の車や……」
大蔵大臣の悩みの種は、また一つ増えてしまったのである……。
「レイゾンの元副将……だと!?」
オメガが、フォードの方を振り向いたかと思えば、急にひっくり返った。