第98話 やるかやられるこそが人生だ
キリュウの記事を見て、ひどく動揺したレイジ。日本時代のトラウマが、昨日のように蘇って頭の中を離れない。
件の彼は、日本にいたときはレイジからカツアゲをしていた人物だった。
「そういえば、お前……チキュウ人だったな。その頃の話を詳しく聞かせてくれ」
「……アニキにも話しづらい。思い出すのも辛いから」
レイジは、首を強く横に振った。それから、フォードは組んでいた脚を戻した。
「カルミナに来てから初めて人に優しくされた、って言ってたから想像はつくけどよォ……」
「一人で塞ぎ込んだって、余計辛いだけやないの」
「そうだぜ、アザミの言うとおりだ。俺をアニキだって慕ってくれるんなら、全部ぜんぶ話せるはずだろ?」
レイジは、ようやく日本時代の事を話す気になった。
キリュウにいじめられていた事はもちろん、黒飛家の恥と呼ばれていた過去。
スクールカースト底辺ゆえに学級での居場所がなかったこと。勉強がダメなら運動もダメとバカにされてきた。
遍くコンプレックスに思っていたものの、何もしなかった。
それら全部から楽になりたくて、駅のホームから飛び降りた話。
「俺が、チビで冴えない顔をしていたから……アイツらは、俺をカモだと思ったんだろう」
レイジは、俯きながら話をこう締めくくった。
「俺はそうは思わねぇな。別に見た目の問題でもねぇだろ。確かにアイン村周辺で会った頃のお前は、ちっぽけなヤツに見えたけどよ」
フォードの歯に衣着せぬ物言いに、レイジの顔が青ざめた。
「今のアンタは、そない小さないし、シケた顔もしとらん!」
「だったら、何だって言うんだよ?」
レイジは、アザミにケンカ腰で迫った。
「……抵抗の意志」
アザミとフォードは、ほぼ同時に言った。それから、フォードが続ける。
「いいか、レイジ。人間ってのもよォ……“やる”か“やられる”かの生き物なんだよ。
ただジッと耐えてただけじゃ、そりゃやられるだけだぜ」
フォードは、敢えて悪態を突くように言った。
「それだとただのケダモノ……畜生と変わらないじゃないか!」
煽られたレイジ。思わず、怒声を出してしまう。
「違うモンかッ……!」
フォードは、テーブルを強く叩いた。ジュースの水面が激しく揺れる。
「学校での成績だって、親からの期待だって……やんなきゃ、いいようにやられるだけだ!」
「やったところでムダだったかもしれないだろ」
レイジは、歯を食いしばり、俯きがちに呟いた。
「結果が出てねぇってのは、やってねぇのと同じだぜ。悔しけりゃ、結果出るまで踏ん張りゃいいだろ」
「でも、才能ってものがあるだろ?」
「そういうモンは、誰も見ていないところでも磨いてるはず……俺は、そう思う」
「でも、J・J戦ではどうだった? お前がタップリ修業して、技をモノにして……それで勝てたじゃねぇか」
「それは……アニキ達がいたから!」
「俺は、ただ修業の方針を立てただけで、他に大したことなんかやっちゃいねぇよ」
フォードは、お手上げのポーズで謙遜した。
「あの日、あの時……俺の目の前で千本ファイアを完成させらんなかったら」
「やらなかったら、俺は今頃……」
「ああ。間違いなく見限っていた」
フォードは、力強い口調で返した。レイジは、自信を失くしたようにうつむいた。
しかし、実際はレイジがやったので、信頼を勝ち得ている。
やったからこそ、加速度的に力をつけている。
「なぁ、フォードはん。話、少し変えてもええか?」
「もしも、やで? アンタがキリュウと会うたら、どないしたいん?」
「…………」
アザミに訊かれ、レイジは腕組しながら考え込んだ。眉間にシワを作り、目を強く瞑って……。
彼の答えに、3人の関心が集まる。彼は、しばらくした後、ゆっくりと息を吐いた。
「それで、どうしたいのでしょうか?」
「どうせ、人生は“やる”か“やられる”かの連続なんだろ?」
レイジは、ムッとしたようにフォードに訊いた。
フォードは、右だけ口角をあげた。
「謝ってもらう。あの日々の屈辱を1円残らず、全部清算してもらう。
それで、俺がもうニッポンでの臆病者じゃないって事を……!」
レイジの握った拳から、わずかながらに火花が飛び散る。
「気合十分なのはいいけどよォ、“もしも”の話って事を忘れんなよ!」
「分かってるよ。それにしても……なんて、なんて……スゴイ偶然だ」
フォードらカルミナ人が地球の事を多少は知っているので、自分のような転生者は珍しくはないと思っていた。
だが、地球で面識のある人物同士がカルミナに来ていることまでは、想像すら及ばなかった。
それも、日本人同士。それも、因縁を持つ相手。
天文学的数字の確率としか思えない偶然。レイジは、感動すら覚えていた。
「キリュウはんのニッポン時代とか、よう知らんけど……多分、向こうも同じこと考えてはるんとちゃう?」
「と、言うと……?」
レイジが虚空を見つめていると、アザミが現実に引き戻しに来た。
「アンタ、それなりに有名人やから」
「そういえば、俺、100万超えの賞金首もディメテルも倒してるんだよな……」
アザミに言われて、レイジはハッとした。
賞金首を倒したことも、ブロール・リーグ準優勝も、ディメテルに勝ったことも、全部……。
これらすべての情報は、海を駆け巡って世界中の知れ渡るところになったもの。
「さてと、今日はゆっくり寝て……んで朝飯たらふく食ったら出発だ」
◆
「おはようございます、フォードの一味の皆様。昨晩は、随分と口論になっていましたね」
部屋を出るなり、隣の人から皮肉を込められた。
宿代がリーズナブルなら、壁も安くて薄い素材だった。
「お騒がせして悪かったな。もう大丈夫だ、すっかり落ち着いた」
「まさか、あなた方と隣同士になるなんて……なんて偶然なんでしょうか!」
男は、フォードの右手を両手に取り、何度も頭を下げる。もう、目には涙を浮かべて、感動すら覚えているようだ。
「そろそろ、いいか? あんまりベタベタされるのも嫌なんだが……」
フォードは、目を細めて男の目を見た。
「ああ! すみません、すみません! では、これで……!」
男は走り去った。その途中でも、「絶対に手を洗わないぞ」などと叫んでいた。よっぽど嬉しかったらしい。
整備を済ませ、ジャンク・ダルク号内で寝ていたバハラ。彼と合流し、レストランへと向かう。
レストランはビュッフェ形式。レイジたちは、思い思いに料理を皿に盛りつけて、談笑しながら食べる。
他の冒険者、旅行客……さらには運送業者も、この時間は一堂に会する。
しかし、フォードの一味が来ている事は、他の席の話題にもなっており、落ち着いて食事どころではなかった。
「俺たち、結構ウワサになってるな……」
「ええ、そのようですね」
ギュトーは、スムージーを一口飲んでから言った。
「よぉ、フォード!」
噂している者だけでなく、中には絡んでくる冒険者たちも。
「誰だかしらねぇけど、おはようだな!」
フォードは、明るく返した。
「アニキの知り合い?」
レイジは、小声で訊いた。
「んなわきゃねぇだろ」
「で、ウチらに構うって事は……何か言いたい事でも?」
アザミは、腕を組みながら訊いた。
「ああ、そうだよ。俺たち、これからシバレー政府が出したっつークエストに出るんだ!」
「政府公認のクエスト……? ひょっとして、復興の話?」
「それだけじゃないぞ。この辺りに出没する巨大モンスターの討伐の依頼も出ている。俺らの目的は、こっちだ」
そう言って、冒険団のリーダーは、冒険者パスを見せた。
依頼人は、確かにシバレー政府。報酬は、超破格の1.2億ルド。これを、参加した冒険団ごとに山分け。
討伐対象はラージェストマーリン。全長160メートルのカジキマグロのような見た目だが、三対六枚の翼で飛んでいる。
また、カジキの特徴的な角も、一本ではなく三本。頭と両頬から生えており、まるでトライデントのよう。
「ラージェストマーリン。数十年に一度だけ現れる、伝説の空飛ぶ魚だ」
「聞いたことあるな……その伝説の怪物。なぁ、お前らもやるか?」
「ウチはクエストには賛成やで。せやけど、戦力になるんはフォードはんと……ピンチ状態のレイジはんくらいやで?」
「そうですぞ! 某は戦力にはなれませんぞ。なぜなら、某はエンジニアであって、アタッカーではありませんぞ。皆さんを技術的に支援することこそが、某の……」
バハラが早口に反論していると、フォードは親指で彼を指した。
「いや……多分、今回のウチのエースはバハラ……お前だ」
「そ、某が……ですか?」
バハラは、素っ頓狂な声を出した。
「ああ。地対空の戦力を作ってもらう。今から俺が言う武器……全部、昼までに作ってくれ!」