第11話 “魔術の天才”エルトシャン・ラー・デュガ
初めてブックマークがつきました。まことにありがとうございます。
やりたい放題やっている文章ではありますが、気に入った方がいて感激でございます。
「残念だったな、フォード。軍でもそうだっただろ?」
フォードは、思わず苦笑いした。レイゾンでも最初のころは、せっかく戦果を挙げても上司が横取りだった。
そこから負けたくない一心で、ドゥバンのもとで己を鍛え抜く青春を過ごしたのだ。
「できることなら、もう一回ヤツに会いてぇな」
「会って、どうするんだ?」
「……絶対に借りを返す。俺がチンタラしてたのが悪かったんだ」
「……そうかい」
フォードは、拳をぐっと握りしめた。考え方が少しだけ変わったようだ。それでも、震えた拳から悔しさが見て取れる。
レイジは、あそこまで悔しがるアニキの姿が、あまりにも目に焼き付いて離れなかった。
あそこまで悔しい思いをさせたのは、自分が何もできなかったせいだと、彼もまた悔しそうに歯を食いしばった。
自分も、もっと強くならなければ。いつまでもアニキの足手まといな弟では、もういられないと。
「……アザミさん。ちょっと買いたいものがあるんだけど」
「あまり高いモンやなければ」
「アニキ、俺はアザミさんと買い物に行くけど……どうする?」
「俺は、もう寝るぜ。寝て、悪い事全部忘れたいからよ」
フォードは、一足先に宿屋に行くことにしたようだ。
レイジは、アザミを連れて買い物に出かけた。レイジが買いたかったものは、初心者用の剣と魔導書。
これまでは、アニキがどうにかしてくれたが、この先はクエストで金を稼げなければ、旅先で思うように行動できなくなる。
今は、お金を工面してくれているアザミがいる。でも、それも数日の間だけだ。アザミと別れた後は、足手まといでは済まされない。
「さてと、アンタの装備も買うたことやし、ウチらも……」
「アザミさんは先に行ってて」
「急にどうしたんや?」
「……潮風に当たりたいんだ」
アザミは、レイジの鬼気迫る表情を見て、止める気にはなれなかった。潮風に当たるなんて呑気なことをしている気分ではなかった。
そのまま彼と別れたレイジは、町はずれの砂浜に来ていた。昼下がりで西日がまぶしいなか、今から特訓だ。
強くなるためには、どうすればいいのか。皆目見当もつかなかったレイジは、まずは砂浜を走ることにした。何をするにも、まずは体力が重要だった。
しかし、砂に足を取られ、思うように前に進まない。それでも止まらなかった、止まれなかった。
Tシャツが搾れるくらいに汗を流した後は、身体を休めることも兼ねて、基本的な魔導の書物を読む。
この本によれば、魔法エネルギーと呼ばれるものがあることが分かった。その魔法エネルギーの有効利用がロボットだったり冒険者パスだったりするのだ。
そして、魔法の適性のある者は、そのエネルギーが体の中を駆け巡っているそうだ。これを炎や電気として体外に放出するのが魔術だ。
「俺も使える……よね。一度、出したんだから」
レイジは、右手にぐっと神経を集中させた。
一度使ったことがある。ドンブリン戦でピンチに陥ったとき、奇跡的に出たのだ。また、出ると信じて疑わなかった。
しかし、どれだけ集中しようとも、何も起こらない。何かがおかしい、そう思いながら再び本を読んだ。
「うおおおお! “ファイア”!」
レイジは、夕日に手を伸ばしながら叫んだ。しかし、手が熱くなることすらなかった。
ドンブリンに出した炎は、ただの物理現象では説明のつかない事だった。だから魔法だと思ったのに……。
レイジは、魔導書に拳を叩きつけた。なぜ出ない。アレは夢だったのだろうか……?
「スペルは合ってる。それでも、出ない……どうしてだ?」
いろいろ試しても出ないと分かった以上、魔法については明日にせざるを得ない。
気づかぬうちに日が暮れたが、それでも帰らなかった。買ってもらった剣の素振りが残っていた。
これも、どのようなフォームから振ればいいのかを知らない。
そこで、いつか漫画で見たような構えでやってみる。しかし、漫画で見たように速く振ってみれば、逆に剣に振られる。
初心者用の片手剣と言っても、1キロくらいの重さはある。線の細いレイジには、両手で扱うしかなかった。
数回振ったところで、息も絶え絶え。やはり、フォードのようにうまくは行かない。
己の無力を恨んでいたところで、少しばかり浜辺が騒がしくなった。
「エル様がお散歩なんて珍しいですね。何かあったんですか?」
「気分を変えたかっただけだよ。どんちゃん騒ぎに疲れただけさ」
あのカラフルな頭とチアガール風の女子数人。間違いなく、エルトシャンの一味だ。
エルトシャンの爽やかな顔立ちは、いかにもプレイボーイな雰囲気に思えてくる。
「えー。気分が変わっても、エル様は私の事だけ見つめてくれますよね」
「あなただけズルいわ。エル様は私と……」
「安心してくれていいよ。ボクは誰か一人のモノじゃない、みんなのモノなんだよ」
男一人を取り囲む数名の女の子。取り合いというか、ハーレム特有の甘ったるい修羅場だ。
この男、レイジがいつか思い描いていたファンタジーの主人公にそっくりだ。
しかし、他人がそうなっているのを見ると、無性に腹が立って仕方がない。
「おや、君は……」
「俺は黒飛レイジ……お前が、あの時のエルトシャンだな」
「ああ、あの船に乗り合わせていた少年か。改めて……僕は、エルトシャン・ラー・デュガ……魔術の天才さ」
エルトシャンが指を鳴らせば、レイジの目の前で爆発が起こった。
「いいぞ、いいぞ、エルトシャン! 天才、天才、エルトシャン! キャー!」
彼の自己紹介とともに女の子たちが、一糸乱れぬ連携でエルトシャンを目立たせる。
あの日出したちっぽけな炎を再現できなかったレイジには、才能をまざまざと見せつけられた形だ。