EP8 Gonna be The YU-SHA Ⅱ
ウェストウェルズ学院の長期休暇。オールAは、遺品整理等の目的で故郷パハルへ向かうことにした。
一人では時間が足りず、精神的にも参るだろう――その理由から、彼の級友であるスーア達も、彼の帰郷に同行することになった。
厳しい冬の寒さが続く南半球を北上すれば、徐々に暖かい地域へ。赤道付近から先は、夏の盛りで暑苦しく感じられるほどに。
数日にも及ぶ旅程であったが、オールAが言葉を発することはなかった。荒れ果てていることが予見できたからであろう。
そうして鉄道に船、馬車と交通機関を乗り継いで乗り継いでたどり着いた、オールAの生家。その外観からして、荒れていることは明らかだった。
特に玄関は、その扉が無理やり破られたようで、キープアウトのテープやバリケードで何とか侵入されないようにするので精いっぱいだったようだ。
オールAは、バリケードを取り除いて5カ月ぶりに家の中へと入った。
……出迎えはなかった。分かってはいたことだが、実際に誰もいないとなれば、オールAの胸にぽっかり穴が開く。
「なっ……!」
「うぅっ!」
スーアが目を見開いて驚き、ヴェルヌが吐き気を感じた。
家具という家具が無残に切り刻まれ、家のあらゆるところに血しぶきの跡が黒くこびりついていた。
さらに、誰も立ち入らなかったのか、少し歩けばホコリがもうもうと舞い上がる。あの日の悲劇が、ほぼそのまま残っている。
オールAは、野ざらしになってしまった家の片づけを始める。
「おいおい、平気なのかよ……」
スーアは、淡々と作業を進めるオールAを見て、軽く引いていた。
「どうせ、いつかは俺がやらねばならんことだ」
「だったら、少しでも早い方がいいわよね」
イロハも、肝が据わっているようだ。普通の人なら、思い出の品々も壊されて胸を痛めるだろう。
しかし、オールAは顔に出さなかった。出そうとも思わなかった。
ガレキ屋敷と化した旧アグストリア邸を少しずつ綺麗にしていく。作業は数時間にも及んだが、それだけかかって一部屋だけ……足の踏み場が出来た程度。
それでも、この家で寝泊まりするには、あまりにも不快な空気が漂っている。オールAたちは、近くの宿で夜を明かすことにした。
「ありがとう、みんな……俺のために貴重な時間を費やしてくれて」
「何度も聴いたぜ、その言葉……。お前はぶっ壊れたレコードかよ」
スーアは、ドカッとベッドに腰掛けながら言った。
屋内とはいえ、夏の真っ昼間の体力作業だった。イロハとヴェルヌは、ベッドに横になってすぐに眠りについていた。
アルコールランプのボンヤリした灯りの中、二人は静かに会話をしていた。
話しているうちに眠気がくるだろう――そう思っていたが、オールAは逆に目が冴えてしまった。
紅茶を一気に飲み干し、身体を伸ばす。それでも、彼に眠気は来ない。
「お前、少しは肩の力抜けって。色々思うところがあるのは分かるけど、今日みたいな作業が何日も続くんだぜ? そのうち、メンタルぶっ壊れるぞ」
「スーアの気遣いには感謝する。しかし、俺の生まれ育った家だからこそ、今もなおショックが残っている」
「お前も、そろそろ切り替えろ。起きちまった事をいつまでも悔やんで……お前、それでも勇者なのかよ?」
「ははは……。お前の思う勇者がそれなら、俺はまだ勇者ではない」
オールAは吐息のような笑い声の後、スーアの質問に答えた。それから、自分は子供だな、とため息交じりに言った。
「俺も少し言い過ぎた気がする。人の気も知らねぇで都合良いことだけ……」
「構わない。俺にどうしても前を向いてほしくて放った言葉だ、しかと受け止めた」
「身内に死なれたことねぇからアレだけど、お前の辛さってのは想像以上に推し測れねぇな」
スーアは、ベッドに身体を投げ出した。
「……明日も早い、そろそろ寝よう」
そう言ってオールAは、懐から白い紙袋を取り出した。
「それはいいけどよ……たまには薬の力を借りずに寝られねぇのか?」
「眠ろうとすれば、いろいろと考えてしまう。悪いクセだと知っていても、寝る前の考え事が止められぬ」
スーアが注意するずっと前から、習慣づいてしまったものだ。睡眠導入剤を飲まなければ、そのまま朝まで起きているのが当たり前になるほどの重症。
オールAに、勇者にならんとする者に、気苦労は絶えない。
「だったら、お前が行こうとしている旅には、メンタリストか医者が必要不可欠だな。ぜひとも、そいつらを仲間にしといてほしいところだ」
スーアの提案を受けたオールAは、考えておく、と呟いてから錠剤を5錠飲んだ。
「俺は、勇者にしかなれない。嬰児の時から勇者とは何たるか、それしか教わってこなかったから……」
オールAは、乾いた笑いを浮かべた。それから、横になった。
◆
次の日、オールAたちは、早朝から作業を再開させた。
昼過ぎには、粗大ごみは何とかなった。切り刻まれた家財道具をおおよそ処理することができた。
あとは、アグストリア家の遺品整理。なまじ無事だったものもあっただけに、進めても進めても終わりが見えてこない。
「おい……本の中に封筒が挟まってたぞ」
遺品整理にとりかかってから数時間。スーアが、一つの封筒を見つけた。
オールAは、封筒を調べた。どうやら、それは、祖父・オルエスから彼へと宛てられた手紙のようだ。
『愛する我が孫へ
お前がこの手紙を読んでいるという事は、既に私はこの世にいないのだろう。
アルフレッドよ、先ずはお前に謝らねばならん。大人として、お前に何もしてやれなかった事、何も教えてやれなかった事を。
お前に普通の人間と同じような生き方をさせてやれなかった事を、心の底から悔やんでいる。
お前がアグストリア家の紋章を持って生まれたとき、舞い上がったのだ。私の……いや、伝説の勇者の再来だ、と。
何が何でもお前を勇者に仕立て上げたくて、お前には不幸な毎日を送らせてしまったであろう。
もしも、心の底から勇者になることを望まぬのであれば、私はそれでも構わん。お前の自由に生きると良い。
だが、それでも勇者になることを望むのであれば、一言だけ言っておきたいことがある』
「お前は……“私のような勇者”にはなれぬ」
オールAは、最後の一文を読んで、膝から崩れ落ちた。
これまでの13年間を完全に否定されてしまったのだ。震えながら、乾いた笑い声をあげる。
「こ、こんな事が……あるのかよ。俺の13年間って、本当になんだったんだよ。なぁ、誰か教えてくれよ」
己の不運を嘲笑したかと思えば、今度は目じりに涙を浮かべ、悔しそうにしていた。
オールAは、オルエスからの手紙をグシャッと握りしめた。拳を何度も強く床に叩きつける。
「俺は……俺は! 勇者になるために努力を積み重ねてきた。トモダチを作ることも諦めた。だのに! なれない……だと!」
「気持ちは分からねぇでもねぇけどよ……気を確かに持て!」
「これが取り乱さずにいられるかよ! 生き方を否定されたんだぞ!」
「お前の爺さんのことだ、何か意図があっての言葉なはずだ」
スーアは、取り乱すオールAを後ろから取り押さえた。
「俺は……剣や魔法の修業はもちろん、兵法学から魔物の生態から何まで。様々な教養を受けてきた。……言ってしまえば、俺の家系の帝王学を厳しくたたき込まれた。全部が全部、勇者になるためだった。
勇者たるもの、誰もが恐れる困難に対し、万策を講じねばならない。その万策が尽きようとも、困難に対し諦めを持ってはならない。困難に挑むにあたり、あらゆる私情をはさんではならない……って。
普通の子供と同じように、トモダチを作ってみたいと思ったこともあった。だが、この紋章と勇者の血が、それを許さなかった。
俺は、魔王を倒す使命を持った者……嬰児の時から、そういう運命を背負ってきた。それなのに……」
残酷な過去と悲痛な思いを叫べば、オールAの左手が鈍く光った。
オールAは、その忌々しい紋章を必死で隠した。右手にグッと力を込めた。それでも、その紋章は光をたたえる。
「その運命ってのも……君の思い込みなんじゃないかな? おじいさんは、きっと……その思い込みを解きたくて……」
「そもそも、こんな書きかけで大事な手紙が終わるかってんだよ」
「スーアの言うとおりだわ。落ち着いて、オールA。ほら……おじい様からの手紙が他にも2枚あるわ」
イロハは、封筒の底にくっついていた手紙を無理に引っ張り出して、オールAに渡した。
『私のような勇者にはなれぬ、と書いたが……その真意は一つ。
お前がどれほど修業しようと、どれほどの功績を挙げようと、お前はお前でしかない。私やご先祖様とは違うのだ。
間際になって、こんな簡単な事に気づけなかった愚かな私を許してほしい。
お前は常々、自分の事を私の孫としか評価されないことに不満を持っていたようだが、世界は広い。そんなに悪意ある大人ばかりではない。
いつの日か、お前の事をアルフレッド・A・アグストリアとして評価してくれる者も現れる。少なくとも、お前の仲間となる者たちは、そう思っているはずだ。
孫よ、もう私やアグストリア家の血に縛られることなかれ。
勇者になることを真に望むのならば、その道はただ一つ。お前にしかなれない、新しい勇者になれ。お前だからこそ成せる、使命に挑め。
お前がいつの日か、アグストリア家の呪縛から解き放たれることを切に願う』
「……俺は俺、爺さんは爺さん、か」
手紙を読み終えたオールAは、ようやく正気を取り戻した。冷静に考えてみれば、当たり前の話だったのだ。
どうという事のない理由で、祖父や先祖のような勇者になれない。二枚目の手紙はそれを意味していた。
目の下は赤く染まっていた。だが、その涙は乾いている。真剣なエメラルドの眼差しで、何度も手紙の文に目を通す。
勇者になるもよし、ならぬも良し。だが、それでも勇者を目指すとあらば、生半可な覚悟で目指していい道ではない。オールAは、それを胸に強く刻んだ。
「ど、どうするのさ……オールAは」
ヴェルヌは、目を閉じて将来を真剣に考えているオールAに訊いた。
「おじい様の言うように、あなたはもう自由なのよ。あなたは、何にでもなれる……無限の可能性を持っているわ」
「悪いが……俺には、勇者になる道しか残っていない。それ以外の道を知らないから」
「お前にはその道しか残ってねぇのは重々承知だけどよ……お前は、それでいいのかよ? お前は、お前の意志で勇者になりてぇのかよ」
スーアは、呆れたように言った。オールAは、出会って間もないころにケンカした時のことを思い出した。
自分の思う勇者像になる事、自分の意志で勇者を目指す事。それが大事であることを思い出した。
「……昔からずっと悩んでいた。俺は本当に単なるアグストリア家の末裔でいいのか、と」
「そういや、オルエスの孫……なんて言ったら結構本気でキレてたもんな。で、答えはもう決まったのか?」
スーアは、腕組みしながら訊いた。
「もう、決めた。もう、迷わない」
そう言ってオールAは、左手をグッと握りしめた。
「誰にもなれない新しい勇者に、俺はなる。これまで培ってきたことを無駄にしないためにも……」
『もし、勇者として魔王・ルーマイワンを討たんとするならば、必ずやってほしいことが二つある。
一つは、この世界のどこかにあるとされる“神剣アーレイド”を探し出すこと。魔王は、この神剣でなければ倒すことはできない。私は、この剣を長年求め続けたが、結局見つけることは叶わなかった。
もう一つは、カナベラルを訪れること。魔王は、このカルミナでなく、月にいることが分かった。その月に行くためのプロジェクトが、カナベラルで進んでいるそうだ。
この真実を突き止めてしまった私は、冒険を諦めざるを得なかった。そして、人類が月に行けるその日まで、私は未来ある若者を育てる道を選んだ。
もし、魔王討伐を本気で考えるならば、この老いさらばえた夢を背負ってくれ』
三枚目は、ほとんど追伸のようなものだった。オールAには、運命を受け入れたときのことを想定して書かれたもののように思えた。
オールAの心は、もう決まっていた。祖父に出来なかった冒険を、誰にもできないであろう冒険をやる事を。
そのうえで、神剣アーレイドを探し、月にいる魔王を倒す事。それさえも、彼の冒険の計画に含まれていた。
そして、もう一つ。オールAは、三人に土下座した。
「スーア達には、ぜひ……俺の旅の仲間になってほしい。頼む!」
プライドをかなぐり捨てての懇願。これまで何度も助けられた彼らなら、信頼に足る――そう思っての事だった。
しかし、イロハとヴェルヌの表情は険しく……。
「誘ってくれた気持ちは嬉しいのだけれど……私は、ザポネの政治家になって国を良くしたい夢があるの」
「僕も、会社をよくしたいから、ウェストウェルズで勉強しているんだ」
二人は、やりたいことを告白した。オールAは、ため息をついた。
彼に、二人を止める権利はなかった。オルエスの手紙を読んだ後だから、なおの事だった。
「そ、そんな悲しい顔しないで。一緒に冒険は出来ないけれど……何らかの形できっと、あなたの手助けができると思うから」
「そうだよ。僕だって援助くらいは……特にカナベラルの開発事業なら! それに、まだ……スーアが何も言ってないじゃないか!」
ヴェルヌとオールAは、ほぼ同時にスーアに目を向けた。
その本人は、目を閉じて腕を組んでいた。深く唸った後、スーアはゆっくり目を開いた。
「……分かったよ。お前を放っとくと、そのうちとんでもねぇ事になりそうだからな。お前のアニキ分として、お前の頼れる懐刀として、全力でサポートしてやるよ」
オールAは、口角をあげた。
「ありがとう、お前が俺の二人目の仲間だ。出発は四年後の春……4月18日。パハル大聖堂より旅立つ予定でいる」
「二番目って……最初はあのコってわけだ」
スーアは、オールAのネックレスを指さして言った。訊かれたオールAは、リングを手に取り頷いた。
「ともかく……だ。それまで、お互い強くなろうぜ。それまでヘタレるんじゃねぇぞ!」
スーアは、オールAの前に拳を突き付けた。オールAは、左手の拳をそっとスーアの拳に突き合わせた。
決意を新たにしたオールAは、スーア達と共に作業を再開させた。
数日間にも及ぶ遺品整理と大掃除の結果、オールAの家はようやく本来の姿を取り戻しつつあった。
ここから先のリフォームやリノベといった作業は、職人の領域。委託する資金をクエストで工面。
こうして、オールAたちの長期休暇は、あっという間に過ぎ去っていくのであった。
彼らがウェストウェルズに戻った頃には、長い冬は終わりを告げていた。優しい日差しが迎え入れてくれた。
心機一転。四年後の旅を見据えて、オールAとスーア、二人の修業が始まる。