EP7 Gonna be The YU-SHA Ⅰ
混沌としたうねりの中、オールAは剣を構えていた。彼の足元には、六つの遺体。仲間は、もういない。
相対するは、悪意ある笑みを浮かべた男。すぐ目の前にいるような気がするし、地平線の遥か彼方にいるような気もする。
この男の正体がつかめない。剣を振り下ろしても、空を切るだけ。しかし、男の指先から出てくるどす黒い弾丸は、確実にオールAを撃ち抜く。
斬っても斬っても、全く手ごたえがない。だのに、向こうの攻撃だけが重くのしかかる。
もはや、立つ気力さえなくなった。オールAは、剣を握る力さえ残していなかった。
「アルフレッド……」
どこからともなく、手招きをするものが現れた。
「もう、戦うことはない……お前の使命は終わったのだ」
「そうだ、自由になればいい。何もかもから解放されて、な」
「我々の元へ早く来るがいい……」
アルフレッドは、振り返った。彼と同じように、アグストリア家の紋章を持った者たちが何人もいた。
彼の先祖であることは、明白であった。その先祖たちが、彼をあちらへ引きずり込もうとしたが……。
◆
「ぅ……うがあああああ!!」
白金の剣士にたった一撃で敗れたオールAは、見知らぬ天幕の中で悪夢から覚めた。
胴全体に厳重に巻かれた包帯、腕に繋がれた何本もの点滴。これらが、オールAのダメージの重さを物語る。
「おう、目が覚めたか。随分とうなされてたみてぇだが、大丈夫か?」
オールAの叫び声を聞いて、ガタイの良いスキンヘッドの男が駆けつけた。
「あ、あなたは……」
「俺は、レイゾンを取りまとめているドゥバンだ。それにしても、お前……よく、魔王軍幹部との対戦で生き残れたな」
「結果は、惨憺たるものでしたが……」
「しかし、ガキの分際であの白金の剣士に挑もうたぁ、とんだ度胸だな」
ドゥバンは、腕を組んだ。そして、含みのある笑みを浮かべた。
「それとも……」
「それとも?」
「お前くらいの年ごろなら、背伸びしたがるだろうから……そういう浅はかな考えか?」
「…………」
オールAは、唇をかみしめた。握った左手に、悔しさがまだ残っている。
魔王を倒すために13年間、勇者の使命を背負った13年間。それが全部、全部……一刀のもとに切り崩された。
白金の剣士が言うように、勇者の定義をはき違えたのかもしれない。
「どうなんだ、答えなきゃ分からねぇだろ」
「うぬぼれ……だったのかもしれない」
オールAは、今も痛みを感じる胸を抑えた。
「だろうよ。お前のダチから聞いた話じゃ、17になれば勇者として旅に出るそうじゃねぇか」
「はい。しかし、自信があるわけでは……」
「無様にやられりゃ、自信もなくなっちまうだろうな。その傷……処置はしたけどよ、跡は一生残る」
「…………」
一生残る傷だが、決して忘れてはいけない。体に刻まれた袈裟斬りの跡は、己への戒め。
復讐心に駆られ、相手の力量を見極めることもなく飛び出した後悔が、今になって湧きだした。
心のどこかで、自分は13でも強いと思い込んでいたのかもしれない。だから、無謀な勝負に出た。
「これ以上、シケたツラは見てられねぇが……仕方ねぇか。家族も亡くしちまったらしいからな」
「なぜ、そんなことまで……」
「これも、一緒だった連中から聞いた」
「アニキ、そのガキの様子は?」
金髪の青年が、二人のいる天幕に入ってきた。
「身体の方は心配無さそうだが、かなりメンタルをやられてやがる」
「でもよ、いつまでも保護ってわけにもいかねぇだろ?」
「俺なら別に構いません。精神面も……」
オールAは、強がった。背伸びしてみせた。
金髪の青年は、呆れたようにため息をつく。
「お前がそれでいいってんなら、いいけどよ……」
「くれぐれも無理だけはすんなよ?」
「お気遣い、感謝します」
そう言ってオールAは、レイゾンのキャンプ地を後にした。
「アニキ、あのガキ……どう思う?」
「正直、まともにコミュニケーションを取れるとは思わなかった。人間辞めちまいそうな程のショックが続いたというのに……な」
「俺は、アイツは強いと思ったぜ。いつか独立するとき、アイツを仲間に入れたいと思えるくらい」
「そうか……」
◆
結局、オールAがウェストウェルズ学院の教室に戻ってきたのは、寒さも厳しさを増す7月に入ってからの事だった。
しばらくリーダー格が不在だったためか、学級のムードはかなり暗かったらしい。ライバルを名乗っていた級友も、張り合いがないと男んでいた。
オールAも、表向きには己に降りかかった悲劇を感じさせないように装って過ごしていた。
学院に戻ってからのわずかな時間で、座学の試験の対策を練り、リハビリも兼ねて実技試験の対策。
そのどちらも、復帰してすぐにもかかわらず好成績を収めたオールA。
心配をかけまいと元気に振る舞う彼ではあるが、その裏では胃薬や精神安定剤、栄養剤の量も増えた。
試験が終われば、長期休暇は目の前。ウェストウェルズ学院では、長期休暇の話題で持ちきりになっていた。
それは、オールAとその友人の間でも例外ではない。
「なぁ、オールA……お前は冬休みはどうするんだ? って、訊くまでもねぇか」
「無論……故郷に戻る。墓を建てて供養するために」
「だったら、俺も連れてけ。やる事も多いんだろ? どうせヒマだから、手伝いに行かせてくれ」
墓どころの話ではなかった。葬儀すら挙げてやることもできていない。遺品整理も山ほどある。
この冬休みの期間を費やしてもなお、時間は足りない事は想定できることだった。
「気持ちは嬉しいが、これは俺の問題だ……俺の手で解決させてくれ」
しかし、オールAは断った。身内の問題に首を突っ込まれるのも|癪≪しゃく≫だった。
「そんな事は分かってる。お前が何とかするってこともな。だけどよ、とても冬休みの間に終わるとは思えねぇぜ?」
「そうだよ、オールA! そもそも、君は心も体もギリギリじゃないか!」
「……だが、俺なら大丈夫だ。お前たちの有意義な休暇を潰すわけにもいかない」
それでも、オールAは断った。ヴェルヌもスーアも、オールAを心配して手伝おうとしている。
「たまには他人を頼ってもいいのよ? 自分じゃ出来ないことを誰かに頼む……これも、勇者なら持つべき勇気だと思うわ」
「そうだぜ、オールA。勇者の出てくる伝記とかファンタジーを何冊も読んだから言えるけど、勇者は絶対に一人じゃなかったぜ。お前の爺さんも……例外じゃなかったろ」
「だから……だから“優秀な仲間を連れて”の魔王討伐の旅なのか」
「そういう事だろうよ。人間、一人じゃ何もできないし、生きていけるわけねぇ。それを教えたかったんだろうぜ!」
オールAは、17歳になるときに出発する旅の意味を、また一つ噛みしめた。
子供の頃はさんざっぱら聞かされて嫌気が刺した祖父の武勇伝。思えば、仲間の話も少なからずあったような気がした。
そんな祖父のように、誰かを信頼し、背中を預ける――だから、伝説になれた。少しでもその伝説に近づこうと思ったオールAは、頑固な考えを振り払った。
「さっきは悪かった。小さなことになるかもしれないが、何か頼めることがあるかもしれない」
「どんな些細な事でも言ってちょうだい。きっと、アナタの力になれると思うから」
「ありがとう、みんな……」
オールAたちの今年の長期休暇の計画が決まった。