EP6 白金の剣士
次の日。オールAは、クラスのリーダーに選ばれた。その理由も、勇者の孫だから……ということではなかった。彼自身がそうしたいと名乗り出たのだ。
他のクラスでは、ロンブルム公子・オラルファ、ザポネのハクブン首相の娘・イロハがリーダーに選ばれている。
クラスをまとめ上げる者としての責務に追われながらも、充実した日々を送るオールA。
メルドベラでのクエストにも、オールA名義で参加してみたり、スーアやイロハをはじめとした同学年の子とどれだけ稼げるかの勝負をしたり。
リーダーになってから一週間もしないうちに、彼は13歳になった。旅立ちまで4年を切った。
オールAは、さらに研鑽を積んでいく。負けじとスーアも剣術を磨く。
自然豊かなメルドベラ、クエストに張り出されるモンスターも多種多様。その討伐に知恵を振り絞り、鍛えた技を惜しみなく出す。
初めて自分で稼いだお金で行った、ロックバンドのジム・シアター公演に興奮。
定期的に行われる学力テストに備え、イロハやオラルファらとともに、スーアの勉強を見た日もあった。
一日ごとに日の出る時間が短くなり、やがては寺院の鐘とともに夜のとばりが下りるようになった。
鳥やワイバーンの群れが北へ飛んでいくのが見えたら、冬はすぐ近くまで来ている。
とある冬の日の話であった。この日のウェストウェルズは、いつになく冷え込んでいた。
6月としても異例の寒さを観測。平地でも雪が積もり、交通機関がマヒするほど。
そんな雪のある日。オールAの元に、果たし状が一通、送られてきた。
「果たし状……」
オールAの噂を聞きつけ、誰かがいたずらで叩きつけたようだ。
勝負の日程は、三日後の夜。場所は、世界で最も大きな一枚岩“ビゲスト・ロック”の頂上。
ビゲスト・ロック――ウェストウェルズから北北東に数十キロの場所にある高さ700メートルの岩。銅を多く含む砂岩のためか、この岩の周囲には植物が全くない。
植物がなければ、動物もモンスターも寄らない。来るとすれば、物好きな観光客くらい。一騎打ちの場所に指定するには、比較的都合がいい。
「魔王軍、幹部……名は“白金の剣士”」
ザポネ流の達筆で書かれた送り主の名は、白金の剣士。本名を名乗るつもりは一切ないようだ。
さらに、手紙はもう一枚あった。オールAがそれを取り出そうとすると、封筒から何か硬いものがいくつか落ちてきた。
それを拾い上げると、白い石のようなものがいくつか。オールAは、二枚目の手紙を読み進めた。
「お前の家族は、この手で切り伏せた……ウソだろ」
オールAの顔は、青ざめた。彼が拾い上げた白い石のようなものは、彼の家族の遺骨である可能性が高い。
息が激しく乱れる。視界が流転する。オールAは、まっすぐ立つこともできず、膝をついた。
精神的ショックから倒れそうになっているオールA。そんな彼の部屋の戸を何度も叩く音がする。
「アル! 今日の新聞を読んだかい?」
オールAは、ふらふらと歩きながら扉のカギを開けた。
「なんだ、ヴェルヌか……。新聞なら取っていないが?」
「そんな話じゃないよ! 今日の記事に君のおじいさんの事が載っているんだ!」
「そ、そんな……」
オルエスの死亡記事だった。それを見た途端、オールAを支えるものがなくなった。
嘘であってほしかった――そう叫べど、現実は変わらなかった。膝をつき、拳を何度も床に叩きつけた。
オールAから一転、彼はアグストリア家唯一の生き残りになってしまった。
「この記事、何かの間違いではないのか! 誤報だった、って言ってくれッ!!」
「残念だけど、本当の事だよ……。僕だって、辛いよ」
「アル……気をしっかり!」
ヴェルヌが何度も呼びかけるが、オールAが正気を取り戻す気配がない。
ただただ、泣いている。叫び疲れて気絶しようが、その涙が止まることはない。
自分一人で対処できる限界を超えた。そう判断したヴェルヌは、周囲の人間の協力を借りた。
◆
「大丈夫ですか……? 酷く泣いていたと思ったら、急にうなされていたものですから」
気が付けば、見知らぬ天井。
「どうにか持ち直した。お前たちがいてくれなかったら、どうなっていた事やら……」
オールAは、頭を抱えた。
「ムリもねぇよ。いきなり家族が皆殺しにあっちまったんだ。当面は、ゆっくり休め」
「そうよ~。あなたが立ち直れるまで何日でも、ここに居てもいいのよ?」
「お前たちの気持ちは嬉しいが、それに甘えていられぬ事情が俺にはある。ヴェルヌ、今日は何日だ?」
「今日は23日だけど……それがどうかしたのかい?」
「今日が、決闘の日だ……! 行かなくては!」
オールAは、急に上体を起こすと、剣を左手に医務室を飛び出した。
「ったく、仕方のねぇ奴だ! おい、ヴェルヌ、イロハ……追いかけるぞ!」
スーアは、ヴェルヌたちの手を引っ張りながら、後を追った。
「ちょ、ちょっと……! 急にどうしたんだい?」
「アイツ宛の手紙を読んだ。向こうは、オールAを殺すつもりで果たし状を送ったんだろうぜ」
「他人の手紙を盗み読みするなんて、感心しないわね」
「それはアイツには悪いとは思ったけど……アイツの目、殺意に満ちていた。どんなに自分の調子が悪かろうと、相手が強敵だろうと、絶対に仇討ちに行くつもりだ!」
「老いたとはいえ、相手はオルエスを倒したほどの実力者……。アルでは勝てる可能性が限りなく低い、という事かい?」
「そうだ。奴が決闘の場所に行くのは、自殺行為もいいところだ!」
スーアが事情を説明しているうちに、オールAは既に遠くへ。
病み上がりの心と体には、真冬の凍てつく風は辛いところだろう。スーア達は、それを心配して追いかける。
だが、オールAは既に遠くへと向かってしまっていた……。
◆
決闘の舞台であるビゲスト・ロックの頂上。空は星や月の灯りすら通さぬ漆黒。足をつけている地面は、見渡す限り白一面。
吹雪が舞い、雷が落ちる中、敵の姿はオールAの目の前にあった。白金の剣士の名の通り、鏡のように輝く鎧をまとっている。
般若のような面からわずかに覗く瞳からは、これまでに感じたことのない気迫。
「お前が白金の剣士だな?」
オールAは、すぐに剣を引き抜いた。
自分から一族すべてを奪った怨敵。恨みの籠った眼差しを向けるが、加害者にはどこ吹く風。
「いかにも。この私が果たし状を書いた白金の剣士だ」
「ならば、あの手紙に書いてあったことも真実か?」
「その通りだ。すべては、我が主の脅威になりえるアグストリア家を根絶やしにするため……!」
「くっ……!」
オールAの中で神経が切れる音がした。目の前の男で間違いなかった。
叫びながら、もだえ苦しみ。それでも、氷点下の中、剣を握る左手に力が入る。
スーアからもらった黒いグローブが意味をなさぬほど、アグストリア家の紋章が輝く。
目が変わった。溢れんばかりの怒りが、オールAの身体の周りにオーラと火花という形で現れた。
オールAもオールAで、とても13歳に出せるとは思えない気迫と魔力の嵐。
「“シロルーチェ”!」
オールAが剣を振ると、光の矢が一直線に飛んで行った。
しかし、所詮は光――鏡のように輝く鎧に反射され、矢はあらぬ方向へと飛んで消えた。
「“サンダー”!」
空には雷雲が所狭しと浮かんでいる。今ならばその威力も上がるだろう、という浅はかな計算だった。
だが、白金の剣士は、とても重い甲冑を装備しているとは思えない速さで、オールAの雷をかわした。
今度は、剣を何度も何度も振った。ようやく白金の剣士が剣を抜いてくれた。
オールAの怒涛の攻撃。復讐に駆られる想いゆえか、力んでいる。動きも乱雑になっている。
白金の剣士は、つまらなさそうにため息をついた。
「くっ……何故、防戦一方だ!」
明らかに手ごたえがないと感じたオールA。
これでは勝負にならない、と白金の剣士に叫んだ。
どれだけオールAが攻めようと、白金の剣士は、その攻撃を遍く受け止める。
白金の剣士は、一向に反撃するそぶりを見せない。
「貴様ごとき、斬る価値もない。小僧……勇者の定義をはき違えるな!」
それは、一刀のもとに切り伏せることが出来る、という挑発にも聞こえた。
「“エーススレイヤー”!!」
オールAは、目にも止まらぬ速さでAの字を描いた。
二つの袈裟斬りに雷と風を、最後の水平斬りに光を込めて放つ大技。
だが、白金の剣士に三つの斬撃すべてを受け止められた。
今まで誰にも防がれたことのない、オールAの必殺技。破られたことで、オールAの目から自信が消えうせた。
「なっ……!」
オールAの持っていた剣は、根元から折れていた。
「聞いておこう。勇者となるであろう貴様の名を……」
「俺の名は、ア……」
アグストリアを継ぐ者は、名乗りかけて首を横に振った。
「俺は、オールA。勇者じゃない……いつかお前を討つ者だ!!」
オールAは、白金の剣士の前に大の字で立ちはだかった。
「そうか……。ならば、死ぬがよい……」
白金の剣士は、一瞬だけオールAから目をそらしたのち、剣を振り下ろした。
「う、うぐうわあああああ!」
右肩から左腰にかけて真っすぐで深い剣の跡。オールAは、それでも立ち向かわんとしたが、前のめりに倒れた。
雪が赤く染まる。その様子を一目見た白金の剣士は、オールAに背を向けた。
「私としたことが、人目を気にして手加減をしてしまった……」
白金の剣士は、どこかへと去ってしまった。
◆
「やっと着いたぜ……って、おい!」
オールAを追って頂上までたどり着いたスーアたちだったが、あまりの出血量と寒さで彼は意識不明だった。
スーアは、彼の胸に耳を当てた。微かに心音が聞こえる程度。呼吸もほとんどない。
「なんだ、この血の量は!」
応急処置をしようにも、このダメージの処置はどうにもならない。
「“エルキュアー”!」
イロハが治癒の魔術をかけるも、オールAの目が覚めない。そればかりか、傷が塞がることさえない。
とても生きているとは思えないほどの顔色の悪さ。叩いて揺すっても、治療の魔術をかけても……死相が消えない。
冬の夜の山、大人になれない子供たちが3人。ここまでの致命傷を負うと想定できずに、無力を嘆いた。
「こんな状況じゃ、僕らまで遭難してしまうよ」
「クソ……! どうにもならねぇってのかよ!」
スーアは、地団太を踏んだ。その怒りを雪が受け止め、音をかき消す。
「こんなところで嘆いたって仕方ないわよ。出来る限りのことをして、吹雪が止んだら助けを……」
「そうだ……出来ることがある。“ファイア”! 皆、集まって!」
ヴェルヌの両手に炎の玉が浮かんだ。彼は、その手をオールAに近づけた。
イロハが治療の魔術をかけ続け、ヴェルヌが3人を温め続ける。
スーアは、力強い言葉で何度もオールAに訴えかける。
「死ぬな、死ぬな……! お前の人生最大の勝負は、あんな野郎との一騎打ちじゃねぇだろ!」
スーアは、初めて一騎打ちしたあの夜を思い出した。
「行くんだろ! 四年後……俺たちと魔王を倒す旅! こんなところでくたばっていいのかよ」
涙がオールAの胸にしたたり落ちる。スーアは、何度もオールAの胸を叩いた。
必死に励まして温めて……。この寒さの中、間違っているとも取れる処置を行う3人は、そのうち気力が切れてしまった……。
次にビゲスト・ロックを登ったモノ好きが来たのは、スーア達が来てから二時間くらいのことだった。
「ガキどもが失踪したって報告があったと思ったら……こんなところにいやがったか」
「将軍、すぐにテントまで運びましょう!」
将軍と呼ばれたスキンヘッドの男は、スーアを担いだ。思いのほか早く見つかったのが、彼らの幸運だった。
「急ぐぞ!」
将軍が指笛を鳴らせば、漆黒の天を切り裂くように巨大な赤い龍が現れた。
その背中に隊員とローティーン4人を乗せると、あっという間にビゲスト・ロックを離れていった。
「し、しろ……。……ったいに……」
応急処置の途中、オールAの意識が戻った。心に重い傷を負ったのか、かなりうなされている。