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漢気!ド根性ハーツ ~気合と絆こそが俺の魔法だ!~  作者: 檻牛 無法
外伝2 勇者、その旅立ち
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EP5 新しい名

 次の朝。アルフレッドとスーアは、学校の廊下ですれ違った。

 遅い時間の決闘をしていたので、どちらも目覚めはかなり悪いようだ。スーアは、口をおっぴろげて欠伸した。


「よぉ、アルフレッド! お前も昨日は眠れなかったんだな」

「ああ……色々思う事があったものでな」


 眠れなかった理由は、違った。

 スーアは、寝返りを打つ度にケンカの傷が疼いたため。

 アルフレッドは、そんな浅い理由ではなかった。生まれ持った血と使命と……その重さに苛まれたのだ。


「昨日は、悪かったな」

「いや……ケンカを買った俺の方にも非はある。頭を上げてくれ」

 アルフレッドが気まずそうに言うと、スーアはすぐに頭を上げた。



「しかし……オルエスの孫っつーから、とんだボンクラだとナメてかかったらこのザマだ。まあ、あの血筋なら当然か」

 スーアは、身体のあちこちにできた傷をさすりながら言った。まるで、漢の勲章を誇っているかのように、彼は笑う。

 電撃を受けた箇所が、まだ微かにしびれているような気がした。これも、今となっては己の未熟さの証。


「今、何と言った?」

 しかし、アルフレッドは、眉間にシワを寄せていた。


「ボンクラは言い過ぎた。悪かったよ、お前のこと侮って。やっぱり勇者の孫だったんだなってよ……」

 スーアは後頭部をかきむしりながら言った。そのあと、アルフレッドに聞こえない程度に「どいつもこいつもブライドが高い奴だ」とぼやいた。


「血筋など、関係あるものか……! 二度と俺の事をオルエスの孫として評価するなッ!!」

 アルフレッドは、火花が散る左手をスーアの喉元に突き付けた。もはや、憎悪や殺意に満ちている。

「おお、そっちかよ……」

 スーアは、鬼気迫る彼の顔に耐えられず、視線をそらした。


「ちょっと、スーア。アルを怒らせちゃダメでしょ!」

「人の血が嫌いだからって所構わずケンカ売るなっての!」


 野次馬どもが、口々にスーアを責める。

 怒らせたのは、確かに彼の方だった。そして、これ以上騒ぎを大きくするのもシャクだった。


「ホントに、すんませんっした!」

 スーアは、土下座した。彼に悪気がないと分かったアルフレッドは、剣をしまった。


「こちらも申し訳ない。少し、度が行き過ぎた……」

 アルフレッドにとっても、周囲の目は痛かったようだ。


「しかし、お前もそうだが、イロハといい、オラルファといい……今年は大物だらけかよ。でもって、三者三様でめんどくせー性格してやがる、と来たもんだ」

「大物……?」

 アルフレッドは訊いた。


「ああ、イロハはザポネのハクブン首相の娘で、オラルファはロンブルム公子。さらには、ブレイトン社の会長の孫・ヴェルヌも、俺たちと同学年(タメ)と来たもんだ」

「ボンクラが嫌いだと言っている割には、随分とここを気に入っている様子だが?」

「それとこれとは別の話じゃねぇかよ」


 ウェストウェルズ学院は、歴史ある学び舎。それだけに、入学に際して求められる能力も資金も尋常ではない。

 この学び舎で青春を過ごした大物も数知れず。大企業の御曹司はもちろん、王侯貴族も留学に来る場所。


「そうか……だが、ここは学び舎だ。一人の生徒として、一人の人間として彼らとも接してほしいものだ」

「分かってるって。それにしても、お前……ステータスとかコネとか嫌いそうだな」

「無論だ。家系を誇って利益になることなど、何もないだろう」

 アルフレッドは、眉間にシワを寄せた。



 スーアと奇妙な縁を結んだアルフレッド。メルドベラに来て、幼いころの願いが叶った。

 本当は、同世代の者たちと同じものを学んで、時には何でもない事で盛り上がりたかった。

 同世代の人間と囲まれての勉強と実技は、彼にとって刺激の多いものだった。

 勇者の孫として接する者も多かったが、それと同じくらい、クラスの優等生として接してくれる者も多かった。

 アルフレッドにも、負けたくないと思える好敵手が現れた。同様に、彼のことをそう思う生徒も現れた。




 アルフレッドがメルドベラに慣れてきた秋のある日。今日は、スーアがアルフレッドの部屋を訪れていた。

 特にどうということはない世間話をしていた二人だが、ずっとスーアが喋っている状態だった。アルフレッドは、時々相槌を打つ程度。


「俺の見立てじゃ、イロハは5年後……化けるぜ? 奥ゆかしささえ覚えりゃ、の話だけどな。なんたって、首相の娘なんだからよ!」

「化ける? モンスターに……!」

「おいおい、そういう意味じゃねぇって! いいなって思う女の子の話じゃねぇかよ! ホント、お前って魔王討伐の事しか頭にねぇのな」


 スーアは年ごろの少年らしく、恋愛の話をしていた。しかし、立て板に水。アルフレッドは、彼の話をほとんど聞き流している。

 そんな彼に冗談が通じないのは、相変わらずであった。そんな堅物の彼を心配して、スーアは気さくに訊く。


「お前さ、好きな女の子とかいないわけ? さすがにこの年になりゃ、いいなって思う女の子の一人や二人、いるだろ?」

「俺にはそういうのは全く分からないが……心に決めてもいい、と思った(ひと)ならいる」

 アルフレッドは、襟元からネックレスを取り出した。かつて、カトルーアからもらったリングを吊るしたシンプルなもの。

 心配で放っておけない、という彼女の想いが詰まった贈り物。彼は、今でも大切にしていた。



「こりゃ驚いた。お前にもロマンスの一つや二つあるんだな」

 スーアは、目を丸くして彼の持っているリングを見た。


「俺は、17になる日……魔王を倒すための旅に出る。優秀な仲間を味方につけたうえで、だ。それを達成したら、考える……彼女とはそう約束した」

「そういや、初めて会った時にも魔王を倒すとかそんな事言ってたな。あと、どれくらいなんだ?」

「四年と少しだ。決して時間が残されているわけではない」


 アルフレッドの誕生日は、あと数日まで迫っている。刻一刻と近づく、魔王討伐への果てしない旅の始まり。 

 誰も成功させたことのない偉業に挑むには、あまりにも脆い。スーアは、テーブルに乱雑に置かれた処方箋の数々を横目に見た。

 胃薬ならまだしも、精神安定剤に不眠治療薬の数々。12にしてサプリに頼りっきりの栄養状態。


「お前……だいぶ無理してやがるだろ?」

 スーアは、もう一度アルフレッドの顔を見た。疲れが如実に顔に出ているのが分かった。


「それがどうした。お前には関係のない話だ」

 アルフレッドは、冷たくあしらった。

「魔王討伐ってのは、人類の夢の一つだ……それこそ、世界のブレイトン社が1000億ルドも出資してプロジェクトを立ち上げたくらいの話だ」

「ああ、背負うものの重さは、俺が一番知っている」

 アルフレッドは、拳を握りしめた。 


「まさかとは思うが、その人類の夢……お前が全部一手に引き受けるなんて言わねぇよな?」

 スーアは、腕を組む。


「俺には、選ばれた優秀な仲間がつく手はずになっている。その者たちと、必ず達成する……何があろうと!」

「その優秀な仲間というのは、誰が決めるんだ? そこにお前の意志があるのかよ?」

「ない。俺より人生経験を積んできた者の目ならば確かだ……俺の目利きなど必要ない」

「てめぇ……!」

 スーアは、アルフレッドの胸倉をつかんだ。アルフレッドは、特に抵抗することもなくジッとスーアを見据えていた。


「誰かに言われたから、そいつと結婚する。誰かが決めたから、そいつらと旅する。お前……それでも勇者なのかよ! ってか、全然人間らしくねぇぞ!」

「人間らしくない……か。だが、魔王を倒す使命を持って生まれた以上、普通の人間と同じであってはいけない」

「また、そうやって……! 人の描いたシナリオ通りに生きるてめぇのスタイル、俺は絶対に認めねぇ!」


 スーアは、左手でアルフレッドの顔を殴った。どうしても、アルフレッドの腑抜けた根性を叩きなおしたかった。

 アルフレッドも、スーアに怒っていた。誰かが勝手に決めたルートしか進めない苦悩――それも誰も成しえたことのない偉業への道を進むしかない苦悩を知らずに、ひとりでにヒートアップしているように見えた。

 成功すれば、英雄として歴史に名を刻める。失敗すれば、いずれ人からも忘れられ、何も遺せない。その重圧から、最近は精神安定剤も増えている。


「人に生き方を強制される言われはない」

「現に強制されてんじゃねぇか! 爺さんの叶えられなかった夢を押し付けられて、お前は勇者になろうとしてるんだろ」


 スーアは、もう一度アルフレッドの顔を殴った。

 彼の言い分は正しいように思えた。アルフレッドは、悩んだ。でも、すぐには答えが出なくて……。


「俺は、どうすれば良い……どうすれば俺は人間らしく、そして勇者らしく生きられる?」

「んなもん、てめぇで考えやがれ……って言いたいところだが……」

 スーアは、アルフレッドを離した。それから、人差し指をピンと立てて、一言。答えはただ一つ、と。


「自分の意志で自分の生き方を選ぶ。これが一番人間らしい生き方だ」

「ということは……」

「そうだぜ。お前の思う理想の勇者像を目指し、それになる……これが勇者らしいことだと思うぜ」


 答えを聞いても、アルフレッドの頭の中には疑問符が消えない。むしろ、もっと難しいことのように思えてきたほど。


「なあ、自分を売り込むつもりじゃねぇけどよ……」

 しばらくの沈黙ののち、スーアは、急に話題を変えてきた。


「急にどうした?」

「俺がここに身を置いてるのはよ……剣豪になるためだぜ」

「そうか」


「おお……随分とドライな反応だな。とにかく! 世界最強の剣豪……てめぇの仲間にピッタリだと思わねぇか」

 結局、自分を売り込んだスーア。話を適当に聞いていたアルフレッドの目が変わった。

 剣の腕だけで言えば、彼をも凌ぐ才能がある。この留学の間に潜在能力を見極めれば候補になりうる。彼はそう思った。


「俺の事を心の底から気に入ったら、で構わねぇぜ。お前の冒険だもんな」

 スーアは、値踏みするような目で見られた気がしたので、慌てて言葉を付け足した。


「本気で俺の仲間になるのならば、もっと修業を積み重ねよ! でなければ、世界一の剣豪にもなれぬぞ」

「意識高えーな、お前らって……。んじゃ、俺からもちょっとだけ」

「冗談なら聞く余裕はないぞ?」

 アルフレッドは、腕を組んだ。スーアは、彼の態度の大きさに呆れた。


「てめぇのようなヤベー奴に、冗談なんか言う気にもなれねぇよ。お前、完全に実力で勇者になるんだろ?」

「それがどうかしたのか?」

「てめぇの話を聞いてりゃ簡単に想像つくっての。……俺のお古で良けりゃ、これやるよ」

 スーアは、指ぬきグローブを投げ渡した。


「グローブ?」

 アルフレッドは、グローブを受け取って訊いた。


「その左手の甲を見たら、流石は勇者の血筋って、そう思う奴も出てくるだろ」

 スーアは、アルフレッドの紋章を親指で指した。紋章は鈍く青黒い光をたたえている。


「ああ、俺の故郷(くに)では、紋章を隠してもそういう者も一定数いた」

「だったら、自分のルーツに誇りが持てる日が来るまで、その呪いの証を隠しちまいな。この際だから、名前も新しいのを名乗っちまえ!」

「新しい名……?」

「そうだぜ。これもルーツに誇れるまでの偽名だ。確か、アルフレッド・A・アグストリアだったな……」


 話が勝手に進んでいく。スーアは、後頭部をかきながらブツブツと独り言。名前が全部Aから始まるだの、アルじゃありきたり……などなど。

 アルフレッドを置き去りにして、スーアの一人議会がどんどん進んでいく。


「こればかりは、俺が決めた方がよくないか? お前が言っていた、自分の意志がある生き方に反すると思う」

「なるほどな。お前……何か妙案はあるのかよ?」

「オールA。俺の名前がすべてAから始まるから、オールA。どうだろうか?」

「最高じゃねぇか、オールA! 今日から、お前はオールAだ!」


 新しい名を名乗った勇者は、スーアからもらったグローブを装着した。“オールA”と噛みしめるように何度も呟く。

 これまでにも紋章を隠していた時期もあったが、パハルの国ではどこへ行こうと、所詮はアグストリア家の人間だった。

 新しい名前と装備で、生まれ変わった気分のオールA。その顔は、子供のようで嬉しさが隠し切れていない。


「こんなに感情を出したのも久しぶりだ。それこそ、メルドベラに来てから初めてかもしれない」

「お前……もうちょい喜怒哀楽を出したほうがいいぜ」

「……忠告、感謝する。今日は、俺のために色々とすまなかったな」

 オールAは、不器用に笑いながら、帰っていくスーアを見送った。


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