EP4 決闘と血統
初日の講義が終わったその夜。アルフレッドは、スーアに導かれるままに誰もいない競技場へと向かった。
短距離走のトラックの、その内側。ここが今回の勝負の舞台である。
ナイター設備は稼働できないので、ボンヤリと黄金色に輝く満月のみが照明がわり。
「おい、剣を抜け……」
「血統が気に入らないという理由だけでケンカを仕掛けていれば、キリが無いと思うが?」
「いいから、さっさと勝負しろ!」
「人間同士のいさかいは好まぬが、致し方あるまい」
アルフレッドは、言われるがままに剣を抜いた。右利きと左利き――二人の構えは、まるで鏡に映したかのよう。
誰も邪魔はしないであろう23時、ゴング代わりに剣が激しくぶつかる。
「薄々気づいていたけど、やっぱり左利き相手はやりづれぇな」
スーアからすれば、初めて相手する左利き。
一回りも体格が小さいアルフレッドが、自分のパワーに食らいつく。
この鍔競り合い、勝ったのはスーアの方だった。アルフレッドは、後ろに下がって剣を構えなおした。
「やっぱり、ボンボンだな」
スーアは、剣をクルクル振り回しながら挑発した。
「何とでも言えばいい」
挑発を軽くあしらわれたスーアは、舌打ちして突撃した。
今度はスピード勝負。縦横無尽、乱舞するような剣裁き。だが、アルフレッドは、剣の切っ先で軽くいなす。
斬るだけでは、太刀筋を読まれる。スーアは、突きを織り交ぜながら、少しずつアルフレッドを追い詰めようとした。
「攻撃が少し乱雑になっている……」
動きが読みづらくなったアルフレッドは、身体をひらりと捻ってかわす。
小手先だけでは勝てない――そう言わんばかりの乱撃。
「スーア……恨むなよ?」
「本気で勝負しやがれ、このタコ!」
スーアが捨て台詞を吐けば、アルフレッドは不敵に笑った。
「“スパーク”!」
アルフレッドは、右の掌底をスーアの腹のド真ん中にブチ当てた。その直後、火花と共に電撃がほとばしった。
スーアは、のけぞった。イヤな汗を額から垂らし、腹を抱えて膝を突いた。
「てめぇ……勇者のくせに卑怯だ!」
「卑怯も何もない。男同士の真剣勝負……持てる全てを出し切って勝ちたいと思うのが普通だろう」
「さすがは勇者サマだ。勝負の流儀をよく分かってやがる」
スーアは、立ち上がった。その目の輝きは、好敵手に向けられている。
向こうがホンキならば、こちらもそれ相応の力で臨まねば失礼というもの。
スーアは、両手剣を目いっぱい振り下ろした。
「飛んでくる斬撃……!」
アルフレッドは上体を反らしながら、スーアの飛ばした衝撃波をかわした。
昼間の実技では、見せてくれなかった飛ぶ斬撃。彼は、この時のためだけに、奥の手を残していたようだ。
だが、強い連中とのクエストをこなしてきたアルフレッドも、負けてはいられなかった。
「俺にも同じ事ができる! “ライトウォード”!」
アルフレッドの持つ剣が青白く輝いた。その刀身を一気に振り抜くと、輝く斬撃が飛んだ。
明らかにスーアのものより威力が高いであろう斬撃。スーアはかわす事で精いっぱいだった。それでも、左の脇腹をかすめた。
「くっ……こんなボンクラに、俺の真似ができてたまるか!」
スーアは、再び衝撃波を飛ばした。それに対抗するように、アルフレッドの“ライトウォード”が飛んでくる。
ぶつかり合う衝撃波と衝撃波。煙がもうもうと巻き起こり、二人の視界を遮る。
「“サンダー”!」
アルフレッドの右手から、稲妻がほとばしった。そのまばゆい光が見えた瞬間、スーアは右に飛んでかわそうとした。
それに応じて、アルフレッドの雷も鋭く曲がる。かわしても、かわしても……アルフレッドが目視できる範囲をどこまでも追尾してくる。
180センチの筋肉質な男からもノックダウンを取れる“スパーク”の威力――それを知っているスーアは、この一撃を貰うまいと逃げることに必死だった。
逃げて、逃げて、逃げまどい……。しばらくするうちに、スーアはひらめく。
「ならば……」
スーアは、回り込んでアルフレッドに当てる作戦を思いついた。
だが、わずかに心の声が漏れ出たのが致命的なミスだった。
狙いに勘付いたアルフレッドは、後ろに剣の切っ先を持って行った。
その剣の先に、“サンダー”が集まった。アルフレッドは、青白い火花を散らしながら輝く剣を握り直す。
バック宙でスーアの後ろを取ると、剣を強く振り抜いた。
「うぐっ……!」
雷光、一閃。
背中を斬られたスーア。その切り口は、今もなおスパークしている。
大きな傷を負ったが、その目は勝利への貪欲さで満ち満ちている。すぐに振り返って、剣を振り下ろした。
「“シロルーチェ”!」
今度は、光の矢。当てる意志は全くなく、単に目くらましのつもりだった。
スーアは、思わず目を閉じた。反撃が来る――そう思い、構えていたが何もない。
しばらくして目を開けると、アルフレッドが剣を背中の鞘に納めていた。
「剣を収めるなんて、まだ早いだろ!」
「勝敗は明確……ここで退け。これ以上は、命のやり取りになるぞ」
無防備を晒したままスーアを睨む。
「誰が死ぬことにビビって勝負するヤツがいんだよ?」
スーアも睨み返した。アルフレッドは、ため息をつく。
死にたがりは、剣を大きく振りかぶって走り出した。発言通り、死も恐れぬ特攻。
アルフレッドは、ギリギリまで惹きつける。少しでも恐れをなせば、次の一手は失敗する。
好機とばかりに剣が振り下ろされた瞬間。アルフレッドは、柄に左手をかけた。
「ザポネ流剣技……“イアイ”!」
アルフレッドは、剣を抜いた。突っ込んできたスーアにカウンター。
ただただ、魔法が巧い、力負けしないだけではなかった。海の向こうの剣術さえも、己が技に取り入れていたのだ。
「…………」
アルフレッドは、鬼神のごとく眉間にシワを寄せている。しかし、口元と目じりは下がっている。
怒っていいのか、哀れんでいいのか――よく分からない。
明らかに自分が押している。だのに、敵が退く気配がない。この勝負に、虚無感さえ覚えてしまうほど。
「なんだ、その表情は……俺の事、バカにしてんだろ? だから、手ェ抜いてんだろ?」
「本気を出してもいいのなら、遠慮なくやらせてもらうが?」
「……ちっ、てめぇも奥の手を残していやがったか。だったら、最初から真剣で来やがれ!」
スーアの檄で、アルフレッドの顔から複雑な思いが消えた。
「“サンダー”!」
アルフレッドが高く掲げた剣に、稲妻が落ちた。彼の身体を、金色のオーラと紫のスパークが覆う。
全身から放たれるエネルギーの嵐に、スーアは思わず目を閉じた。
これが勇者の持つ気迫。スーアの全身を、ビリビリと震える感覚が襲う。
「こ……これが、勇者の気迫ってんのかよ」
スーアは、アルフレッドの左手を睨んだ。管巻いたワイバーンのような紋章が、クッキリと輝いている。
「はあっ!!」
アルフレッドが突っ込んできた。スーアは、彼の剣を受け止めるが、大きく後ろにのけぞってしまう。
「この俺が気圧されてる……だと」
「“ライトウォード”!」
光り輝く斬撃が、飛んできた。スーアは、剣を水平に構えて技を受け止める。
だが、それでも防ぎきれずに吹き飛んでしまった。
「“シロルーチェ”!」
アルフレッドが突きを出せば、その勢いに乗って光の矢が飛んできた。
光の矢はまっすぐ飛んでいき、スーアの左肩を貫いた。
「まだまだ……!!」
スーアの放った飛ぶ斬撃が、アルフレッドの腕に深く傷を負わせた。
相手が怯んでいる隙に、距離を詰めたスーア。
「うらぁっ!」
斬ると思わせて、ローキック。アルフレッドの不意を突く一撃、彼はよろけた。
勝利への貪欲さを証明する一撃。勇者に怯むヒマはない。スーアの切っ先は、すぐ目の前だった。
「“サンダー”!」
アルフレッドは、自分の目の前に雷を落とした。目もくらむような一撃が、フィールドに穴を開ける。
自分に雷を当ててからというものの、使用する魔術の威力も上がっている。
「はあああぁ……!」
アルフレッドが剣を振りかぶれば、勇者の紋章が青白く輝いた。
やらねば、確実に倒される――その強迫観念だけで、スーアは剣を何度も何度も振る。
だが、それでも勇者の剣裁きの方が速い、鋭い。積み上げてきたものの違いを痛感したスーアは、それでも諦められなかった。
高貴なる血は継いでいないが、雑草魂ならある。吹っ掛けたケンカに負けたくなかった。
「うおおおお!」
スーアが雄たけびと共に剣を振り抜こうとしたその矢先だった。
「“ストーン”!!」
どこからともなく声がした。その瞬間、アルフレッドのいる地面がせりあがって岩の柱が出てきた。
岩の柱に突き上げられる格好になったアルフレッドは、空中で無防備。
明らかに誰かが助太刀するかのように繰り出された攻撃。しかし、スーアは、そのチャンスに甘えることはなかった。
「……深夜徘徊も程ほどになさった方がよろしいのでは?」
「誰だ、てめぇ!」
スーアは、声のする方を向いて吠えた。
「やっぱりあなた方だったのねぇ……」
「イロハが何故ここに……」
アルフレッドは、剣を収めてから訊いた。
「競技場で雷や閃光……それが得意なのは、この学院でも勇者様くらいよ。そして、ここまで喧嘩っ早いのも、スーアさんくらいね」
「これは売られたケンカだ……お前には関係ないはずだ」
「そうだぜ。勝手に俺らの事情に突っ込んでくるんじゃねぇぞ、このアマ!!」
「あらあら……最近のケンカって、白刃を交えるくらい過激なのねぇ」
イロハは、口もとを手で押さえながら笑った。
「…………」
場を和ませたがっているのか、単に皮肉を言いに来ただけなのか……アルフレッドには、分からなかった。
少し考え込んでしまったアルフレッドの身体からは、すっかりオーラが消えていた。
「生徒同士のケンカ、私にも関係あるわぁ。だって、同級生が仲良くしていないと、私……とっても悲しいもの」
イロハは、目じりに涙を浮かべながらアルフレッドに迫った。
「あまりにも過激なケンカだったから、さっきの“ストーン”で止めようとした……間違いないか?」
「そうよぉ。夜中にドッタンバッタン……周りのみんなも起きちゃうでしょ? それに……」
イロハは、宿舎の方を向いた。
「それに何だってんだよ?」
スーアがケンカ腰に訊いた。
「人間、生きてこそよ? ちょっとしたケンカに命を張るなんて、勿体ないわよ」
「そうだぞ、スーア。命を張るべきは、ここではない……人生一番の大勝負だ」
「お前ら、揃いにそろって悟ったような事言いやがって……。もういいわ、何か萎えちまった」
スーアは、不服そうにため息をついた。
タイマンだったはずなのに、よりにもよって同い年の女に横やりを入れられた。勝負に集中できる気がしなかった。
「気は済んだ……勝負は引き分け。それで依存はあるまい?」
「今日のところは……だ! てめぇの実力をしかと見たが、俺は負けちゃいねぇんだよ」
スーアは、背を向けた。それから剣をしまうと、肩で風を切るように競技場を出て行った。