EP3 12歳、海を超える
カトルーアとの別れから4年。12歳になったアルフレッドは、大人の冒険団のサポーターという形で高額クエストもこなすほどになった。
ケツァルカタナスの群れ、タイガーゴイル、さらにはブラックポルート。名だたる強敵とも渡り合いながら、剣と魔法の腕を上げていったアルフレッド。
しかし、彼の力は、半年ほど前から伸び悩んでいた。残された時間は5年であることを考えれば、これは深刻な問題だった。
雪が融け、春も近くなった季節のある日。とにかく打開策が欲しくて、家族会議が開かれた。
「アルフレッドよ……お前を留学させようと思っておる」
最初に口を開いたのは、オルエスだった。
「……留学。カトルーアのように、か」
「そうじゃ。最近のお前は、妙に訓練に力が入っておらん」
「環境が変われば、何か得られるものもあるやもしれん」
「どこでやったとしても、身が入れば力は得られるだろう。だが、逆に……」
オルエスは、孫の言葉にうなずいた。言いたかったことは、そこではなかった。
「アル……何かイヤな事でもあるの?」
「不満ならあるにはある。だが、それを話したところで何とかなる問題ではない」
アルフレッドは、左手の甲を見ながら呟いた。
この血筋が恨めしい……そう思うことが最近増えてきた。
クエストで大人に混じって功績を挙げても、異口同音に「流石はオルエスの孫」と言われる。
自分が評価されていないような気がして、仕方がない。それに悩んで眠れない日もあった。
「もし、新天地で俺自身の評価が変わるのなら……」
アルフレッドは、握った左の手のひらを見ながら言った。
「お前の評価なら十分じゃろう。新天地で何か評価が改まるわけでもあるまい」
オルエスにたしなめられたアルフレッドは、腕を組み、ため息をついた。
「留学先でもオルエスの名を知らぬ者はいまい。だが、この俺の事を知らぬ者は多かろう。俺は、そのような者の純粋な評価を知りたい。かつて、アイツがそうしてくれたように……」
「お前を知らん者も、そうはおらんじゃろな……」
アルフレッドは、シャツの中からネックレスを取り出して言った。
自分がつけるには明らかに大きかったので、ネックレスにはカトルーアがくれた高価な指輪がつけれれている。
彼女は、生まれて初めて自分の事を幼馴染として、一人の人間として見てくれた人だった。
魔王を倒した後の平和な世界は、今は想像できない。どう生きるのか、さえも。しかし、彼女の想いに結論を下すために、ずっと持っていた。
ひょっとしたら、自分の事を単なる級友として見てくれる人物がいるのではないのか。そんな淡い期待をしたアルフレッドは、留学の提案に乗った。
「で、留学先はどこになる?」
「ここより遥か南東、メルドベラの国だ。お前のような年ごろの者もいるだろう」
メルドベラは、カルミナの南半球にある国。そして、世界で唯一、日付変更線を通る大陸――その西側にある。
今、アルフレッドたちがいるパハルの国が暖かな春なら、メルドベラは涼しい秋。
一年を通して過ごしやすい気候、そして世界でも類を見ないほどの治安の良さから、若者の留学先として需要が高い。
本来ならば、17になって己の足で行くはずだった外国。アルフレッドは、迷いを捨てた。
「行こう……生涯の友が見つかるやもしれぬ」
◆
アルフレッドも、大陸を超え、海を渡り新天地を目指した。すべては、己の夢を叶えるために。
賢者になる一心でビッグマハルに行った彼女は、今はカルミナのほぼ裏側だ。
メルドベラの大都市・ウェストウェルズ。ステンドグラスの窓と大理石の床に豪華さのある駅を出て最初に目を惹くのは、変わった建物。
帽子のつばが幾重にも連なったような屋根が特徴のドーム施設“ジム・シアター”。オーケストラだけでなく、有名アーティストのライブも行われている施設である。
ジム・シアターでの単独ライブは、超一流の証――メルドベラのアーティストなら誰もが目指すものである。
そんな変わった施設を目に焼き付け、郊外方面へとバスを乗り継げば、アルフレッドの留学先となるウェストウェルズ学院。
石造りのキャンパスに、木々や芝生の緑が映える広場。その近くには赤いレンガの宿舎。
道に目をやれば若い学生たちが行き交い、広場のテーブルにはノートを広げて会話をする学生たち。
どこを見ても、学生、学生、ときどき教授。手続きのために構内へと入ろうとすると、見知らぬ男に声をかけられた。
「よう、そこの金髪!」
背丈は、アルフレッドよりも一回り大きい180センチ程度。アスリートのように仕上がった体は、シャツの上からでもハッキリ分かる。
赤いウルフカットの髪やピアスを見れば、おちゃらけている大学生に見える。
「……ああ、ここの学生か。俺は留学しに来たアルフレッド……よろしく頼む」
「てめぇ、あのオルエスの孫らしいじゃねぇか」
生徒は、アルフレッドが差し伸べた左手を払いのけた。
「なぜ、俺がオルエスの孫と分かった?」
「その目と髪……若いころの爺さんにソックリだっての。今年の中等部の入学者リスト見て、ビビっちまったぜ」
「そうか……」
アルフレッドは、さっさとその場を離れようとした。しかし、生徒は彼の肩を掴んで止めた。
「てめぇ……勇者の孫なのに、なんでこんな学校に来てんだよ」
「俺は勇者になって、冒険団を立ち上げる。その仲間を探すため……と言っても過言ではない」
「このスーア様も見下されたもんだな。明日……俺と剣で勝負しやがれ! 俺は“七光り”が一番嫌いなんだよ」
「スーアだな……分かった。ただし、明日の講義と訓練が終わってからだ」
アルフレッドは、スーアのケンカを買った。
「おうよ! シッポ巻いて逃げんじゃねぇぞ、コノヤロー!」
◆
スーアに絡まれながらも、手続きを済ませたアルフレッド。
その翌日。彼は、先生に案内され、教室へと入った。
「今日から、この学級に留学生が来ることになった。では、君……自己紹介しなさい」
アルフレッドは、左手にチョークを持つと、自分の名前を書いた。それから、クラスメイトの方を振り返った。
「俺は、アルフレッド・A・アグストリアと申します。以後、お見知りおきを……」
名乗った瞬間、教室がざわめいた。アグストリアは勇者の血統の証。今年は、大物の血筋を持った生徒が多いと騒いでいる。
生徒たちから質問攻めに遭い、揉みくちゃにされる勇者の孫。
「アグストリアって、あの勇者オルエスの……!」
「ああ、俺はその孫にあたる」
「やっぱり! 私、おじい様の伝記が子供のころから好きだったんです!」
ある女子生徒は、アルフレッドの左手を両手で包んで歓喜した。
「あの……僕も、オルエス様に憧れて勇者を目指しています。だから……」
「だから……?」
「あなたには絶対に負けませんよ!」
ある男子生徒は、アルフレッドに対抗意識を燃やした。孫なんかに負けてたまるか、と拳を強く握った。
誰もがアグストリアの名に狂喜乱舞する。勇者の卵は、黄色い声援に無愛想で返す。それでも、
しかし、窓際の一番後ろだけは不動だった。
「けっ……何が勇者の血統だ。気に入らねぇ!」
スーアは、かかとを机に乗せて、ふんぞり返った。
この騒ぎは、他学級をも巻き込んだ。それはそれは身動きが取れないほど。
そんなヤジウマたちを押しのけて、一人の黒髪少女が近づいてきた。
他の生徒たちがラフな格好をしているなか、彼女だけは振袖のような和服で堅苦しい服装であった。
「あら、あなたが勇者様のお孫さんなのねぇ……」
「あなたは……?」
「ワタクシ、イロハと申しますの。同じ学友として切磋琢磨できたらいいわよね」
イロハと名乗った女の子は、ニコッと笑った。
「ご用件は?」
「ほんのご挨拶だけですわ。アグストリアの名に恥じないご活躍、期待しております」
「ああ。短い間になるやもしれぬが、こちらこそよろしく頼む」
アルフレッドは、左手で彼女に握手を求めた。だが、彼女はお辞儀をした。
「ごめんなさいねぇ。ワタクシの国には、そんな挨拶の習慣がありませんの」
「そうか……ならば、ザポネ式で」
アルフレッドも、イロハと同じようにお辞儀。だが、彼には違和感しかなかった。
「私に合わせていただいて、感謝いたします。では……その血に溺れないように、祈っておりますわ」
イロハは、皮肉を言うと嵐のように去っていった。アルフレッドには、眉間にシワを寄せた。
彼女が去った後で、「誰が血に溺れるものか」とアルフレッドは毒づいた。
「いいなぁ、アルフレッドはモテモテでよ……」
ある生徒には、色目を使っているように見えたらしい。
「優等生イロハ様に新たなライバル、の予感ってか」
またある生徒には、ライバル宣言に聞こえたらしい。
他のクラスメイトからすれば、イロハがアルフレッドに複雑な感情を抱いているように感じたらしい。
だが、アルフレッドの目には、他学級に乗り込んでまで挨拶してきた風変わりな生徒でしかない。
「こら、君たち! 早く席に着きなさい!」
講義中もアルフレッドと話をしたがる生徒が後を絶たなかった。結局、騒ぎが収まるまでに、30分近くかかった。
座学では、指名されて問題をスマートに解いては拍手喝采。
実技では、高い身体能力で他の剣使いを圧倒。さらには、他の魔法使いの生徒をも凌ぐ光と雷のコントロールを魅せた。
事あるごとにオルエスの名が出てくる。メルドベラに行っても、アルフレッドはオルエスの孫であって、留学生ではなかった。
休憩時間の世間話でさえ、話題はオルエスの事ばかり。アルフレッドは、窮屈な思いで留学初日の講義をこなした……。