第10話 いきなり!1万ルドクエスト
早速クエストを受注したフォードたちは、漁港へと向かった。船は、向こうが手配してくれている。
というより洋上での勝負なので、そうしないと話にならない。
「よう、漁師のオッサンたち。ロケトパスの話聞いて駆けつけてきたぜ。レイゾンの鬼の元副長サマが来たからには、もう大丈夫だぜ!」
ここでもスキンヘッドのゴリマッチョだ。この世界はガチムチしかいないのか、とレイジは呆れていた。
漁師たるもの、体力勝負である。大物を一本釣りともなれば、数時間の格闘も当たり前の世界。
「あんちゃんたちか……。金髪のあんちゃんは、なかなか腕っぷしはありそうだな」
漁師たちの方も、最初からフォードしかアテにしていないかのような口ぶりだ。
残る二人もモヤシとオネエなので、仕方ないといえばそこまでだが、レイジはやはり不服だった。
「早速だけど、船を出してくれるか」
「おう、いつでも出せるぜ。ただ……」
そういって漁師が指したのは、自前の船ではなく、まさかのクルーザー。こんなものを壊してしまえば、間違いなく違約金でご破算だろう。
あまりにも高そうな船、海洋生物との勝負。保険も全く効かない中、12000ルドで命を賭けるには、あまりにも安すぎる話だ。
「失敗したらどうとか言うんだろ? 細かいことだ、気にするな!」
「いや、そうじゃないんだが……まぁいいか」
漁師は言いよどんだ。そして、そのままクルーズにのって沖合へ。
◆
天気は良好で波も穏やか。とても、ロケトパスなる海の生態系に影響を与える怪物がいるようには見えない。
しかし、漁師はずっと潮の流れを気にしながら、クルーズを操舵している。
熟練の海の漢ともなれば、わずかな違いで、海にどのような変化があるのかが分かる。
「魚が逃げているな。それも相当な勢いだ」
「……? どうして?」
「海見て分からんでも、鳥の動き見たらわかるやろ?」
アザミは、レイジに望遠鏡を渡した。海鳥の群れが飛んでいるのが見える。
海鳥は、小魚を狙って飛んでいる。その動きを見れば、魚のおよその動向が分かるというものだ。
クルーズ船は、海鳥が逃げてきた方向へと舵を切った。その直後、バシュンと鋭い音とともに何かが海面から飛び出し、海鳥を直撃した。
撃たれた海鳥は、まるで何者かに引きずり込まれたかのように海の底へと沈んでいった。
「フォード、そろそろ構えな」
「ああ。多分、ここから100メートル以内に奴はいるだろうぜ!」
「フォードはん。言い忘れたけど、ウチ……これでも簡単な魔法がいくつか使えるんよ」
「お……俺もいるから大丈夫」
レイジの声が上ずった。足も震えている。アザミは、なぜか扇で自分を仰いでいる余裕を見せている。
「ボウズは引っ込んでいた方がいいぜ。……本当は船酔いしてんだろ」
「いいや、そんなことは……! ……ぅ」
「アンタ、顔色悪いで。ちょっと休んどき! ここはウチとフォードはんが何とかするさかい」
チェアノに来てから、移動はずっと船。電車よりもずっと揺られての移動。慣れない船に、レイジの吐き気は限界だった。
今回ばかりは、全く戦力に数えられないのも仕方がないと、レイジは諦めていた。結局、レイジは船内で一人、お留守番という格好となった。
漁師は、ワイヤーのようなものを海に向かって投げた。ワイヤーの先端には白身魚の切り身。どうやら、一本釣りするらしい。
餌を求めていたのに海鳥一匹しか食えなかったロケトパスにとっては、さぞやご馳走であろう。
「あの……フォードはんが遮ったから聞かれへんかったけど、さっきは何が言いたかったんや?」
「海に出る前の話か? ……ああ。実は、他にも目をつけている冒険者が一組いてな……」
ロケトパスが引っかかるのを待っている間に、アザミは最初の疑問を解消した。
当然と言われれば、当然である。今、やっているのは、冒険者パスに載せられる1万ルドを超えるクエストだ。滅多にあるようなものではない。
これは、言ってしまえば早い者勝ちのクエスト。何が何でもロケトパスがかかってくれなければ困る。
「……お、かかったぞ! かなりデケェぞ!」
「よし、アザミ! お前も手伝え!」
フォードたちの願いがアザミとフォードも、漁師と一緒になってワイヤーを引っ張る。
彼らの思う一念がワイヤーを伝って、大物に届く……!
「で、デカい……」
銀色のタコのような生物が姿を現した。全長15メートルのコイツこそがロケトパス。
ロケトパスの足は、ロケットランチャー。だから、ロケトパス。海鳥を狙ったのは、コイツの口が岩を吐き出したものだった。
思ったよりもメカメカしいモンスターを相手に、フォードは素手で挑むつもりだ。
「どんな奴かと思えば、クラーケンより小さいやつじゃねぇか。陸地に引きずりだせば、あとはこっちのモンよ!」
まずは、がっぷり四つ。しかし、ロケトパスの残った脚からミサイルが一発。
真正面からの一発、フォードは吹っ飛ぶ。
「フォードはん!」
「平気だ、どうってことはねぇ」
「一応、応急処置や。“フリーズ”!」
アザミの氷魔法で、フォードが胸に受けた火傷に応急処置。ジーンとくる痛みに耐えられた。
なおもロケトパスの一発が飛んでくる。今度は、フォードにとっては避けることは簡単。しかし、クルーザーのことを考えると、体で受けるしかない。
「おい、フォード。お前がどれだけ鉄人だろうと、さすがにそう何発も……」
「コイツがイカだったら、俺も手ごたえあっただろうぜ。おい、タコ野郎! お前の弱点は足が八本ってことだぜ」
「いつか生えるんやろうけど、そら八発しか撃たれへんのやったら弱いわ……」
そう、ロケットランチャーの段数には限りがある。足の数だけ。
フォードは、世界一厳しい軍隊の出身。鍛え抜いた鋼の体がダメージを受けても、不屈の精神にはノーダメージだ。
より盤石に戦闘を進めるためにも、アザミがクールダウンとして“フリーズ”で熱くなった体を冷やしている。
「海底から鳥を打ち落とせるくらいに強くても、人間様は無理です……ってか?」
「さすがは、元軍隊の副長だ。しかし、調子に乗って怒らせるとマズいぞ。“フリーズ”が使えるなら……」
「クルーザーがオシャカになってもええんなら、そうするけど?」
“フリーズ”を脚に使えば、間違いなくタコ足が暴発する。こんなクルーザーで爆発なんてすれば……。そう思ったとき、漁師は身震いした。
フォードは、脚の一本に対してバックブリーカーを決める。メキメキという、タコらしくない音が響く。
「お前の足、普通のタコより脚が固いじゃねぇか。ちょいと、マッサージが要るだろ?」
なんという馬鹿力。ロケットランチャーのように打てるほどに硬い脚が簡単にあらぬ方向に曲がっている。
これで、残るは4発。このまま1.2万ルドはフォードのものと思われたが、状況が一変した。
「……その方向はダメだ! そっちもだ!」
タコなどと馬鹿にしていたフォードだが、実はタコという生き物は頭がいい。
ロケトパスは、使える脚のうち二つをレイジのいる部屋に、もう二つを3時の方向に向けている。
フォードは、レイジのいる方向に延びた脚を抑えにかかった。
「俺以外に狙いをつけるたあ、いい度胸じゃねぇか。こっちには病人が、あっちには無垢な市民がいんだよ!」
フォードは、ロケトパスの足を何度も踏みつける。せめてもの抵抗だ。ロケトパスも、ランチャーを撃った後の足でフォードの顔を何度も殴る。
しなやかな筋肉の先に、鉄のように固い物体。普通の人間が受ければ、まず耐えられたものではないだろう。しかし、フォードは気合で耐え抜く。
しつこい相手と判断したロケトパスは、口から墨を噴射。しかし、こんなことでフォードはひるまなかったのだが……。
「アカン、フォードはんが押されとる!」
「いや、違う! 向こうに見える船を気にしていて、アニキは本気を出せないんだ。あの時のドンブリンと同じだ!」
ここでようやく、レイジの気分が落ち着いたらしい。
レイジは、望遠鏡を覗きながら言った。一歩間違えれば、ロケトパスの撃つ弾が向こうの船に被弾する可能性が。
しかし、それを伝えるには、大声では遠すぎる距離だ。なんとかして逃げてもらいたい。
「ボウズ、それは本当か?」
「確かに見えたんだ、3時の方向に別の船が……! 何とかして逃げてもらわないと……」
「んじゃ、汽笛で知らせて……」
「汽笛はウチがやる! それより、そっちの脚を抑えとき!」
「そうか。だったら……!」
アザミは、汽笛を不規則なリズムで鳴らした。彼からすれば“去れ”という意図だったが、逆にこちらに向かって進行してきている。
おそらく、あれが漁師の言いたかった“もう一組”の冒険者を乗せた船なのだろう。あわや衝突という距離まで来ている。
「止まってくれ!」
レイジが、叫んだ。しかし、船は方向を変えただけだ。
その甲板に立っていたのは、数名のチアリーダーっぽい女の子に囲まれた、カラフルな頭の青年。
明らかに海のプロには見えないが、自信が見え隠れする笑みを浮かべている。
「キミたちの方こそ下がって!」
「んだと? これは俺たちの獲物なんだよ!」
「シビれてもいいんだね。……“サンダー”!」
カラフル頭が指を鳴らす音とともに、言葉通り雷がロケトパスの頭上に落ちた。
ロケトパスは、一瞬にして真っ黒こげ。フォードの一味は、やりきれない気持ちになったのは言うまでもない。
「いいぞ、いいぞ、エルトシャン! さすがだ、さすがだ、エルトシャン! キャー!」
「……くっ! おい、エルトシャンってのか! てめぇ、ナマイキだぞ!」
あっけない結末だった。エルトシャンという男は、数人のチアリーダーっぽい女の子に褒めちぎられている。それも、たかが一発の魔法を撃っただけだ。
一本釣りからやっていたフォードからすれば、横やりを入れられ、さらに功績をかっさらっていかれたのだ。怒り心頭で、船に向かって叫んでいる。
それでもエルトシャンには聞こえていないらしい。向こうの船は、早々に港へ向かい始めた。
「チクショー! なんとか答えたらどうなんだ!?」
「というか、身体能力にモノ言わせて追いつめたんも十分スゴイで」
「慰めなんざ要らねぇ! 俺はただただ悔しくてムカつくんだよ」
アザミがフォローを入れても、フォードは見えなくなった相手にかみついた。
あとに残っているのは、黒くなって縮んでしまったタコの残骸。一行は、重い気持ちのままで帰っていった。
「ダメだ、何度見てもエルトシャンという人の手柄になっている」
レイジは、冒険者パスを眺めながら言った。クエストの報酬は、全額エルトシャンのものになるらしい。
赤子同然にひねっていたのに、ちょっと向こうに気を回しただけで、このザマ。一銭も稼いでいないが、骨折り損のくたびれ儲け。
「フォードはん、もう無理や。せやから、頭を冷やし」
アザミは、フォードに灸をすえた。それから先、船を降りるまでは誰もしゃべれずにいた……。