とある喫茶店店員とハロウィーンの話
「とりっく、あ、とりー?」
「トリック オア トリートね。そういってくれたお客さんに、このクッキー渡して」
店主に説明されてリオは首をこてんと傾げる。
渡されたのは篭いっぱいに可愛くラッピングされたクッキー。
「一人一個までね」
「はぁ」
喫茶店【綺羅星】には一年を通して不可思議で様々な行事が存在した。
今回は、ハロウィーンという元々は祖霊を迎えるお祭りを、魔改造したイベントらしい。
カボチャとカブを切り抜いて作った置物が、店内を飾りこの期間限定のメニューも登場する。
お化けや魔物、あとは物語の登場人物なんかの仮装をして来店すると値引きするというサービスもしている。
その際、記念写真を店主が撮影し、後日その写真を店先に飾るのだ。
目立ちたがり、否、親バカが多いのか可愛らしいお伽話に出てくる妖精やお姫様、王子様、悪魔に魔女、そして伝説の聖女の格好をさせて来店する親子連れがいる。
「こっちは、リオちゃん用ね」
いつもの制服とは違う、ロングスカートに全体的にシックな制服である。
ただやけに胸の部分が強調されているのは、セクハラとして訴えたら勝てると思う。
制服を渡された直後。
「あ、やってるねー! ん? 新人さん?」
明るい声と共に、リオと同じ銀髪に同じように紅い目をした青年が店に入ってきた。
「いらっしゃいませ。ひさしぶりですね」
店主がにこやかに、穏やかに言う。
「うん、本当に。今日は泊まっていくから、いいでしょ?」
「ええ、それじゃ、ジルさんはこれに着替えて給仕をお願いします」
「え」
「イケメンがいると、ママさん達や女学生の集客に繋がるんですよ。
はい、それじゃすぐに着替えてください」
言われるがまま、店の奥にある休憩室で着替えて出てきたジルへ、今度は別の指示をだす。
「それじゃ、リオちゃんとそこに二人並んでください。
画像、SNSに上げて宣伝するんで」
「昔は、あんなに可愛げがあったのに。
いつからこんな、強引になったんだか」
「ジルさんって、マスターとの付き合い長いんですよね?」
ジルの呟きに、リオが訊ねてみる。
「まぁ、人間感覚からすると長い方かなぁ。
二十年くらい?」
「あ、じゃあエドさんと同じくらいなんですね」
「ん、まぁ、そうだね。
そういえば、そのエドは?」
「そういえば、今日は見てませんね」
リオが首を傾げる。
「ところで、君は僕と同族だったりする?」
「はい?」
「いや、目が赤いから」
「あ、ジルさんは吸血鬼さんなんですね。
よく聞かれますけど、自分は人間です」
「そう。どうして、彼に雇われたの?」
「えーと、雇われたというか捕獲されたというか」
さすがに、ゴミ捨て場のアンパン漁ってたら捕まったとか正直に言えないので、笑って誤魔化しておく。
「捕獲?」
それに笑って答えたのは、マスターだった。
「俺のアンパンの熱烈なファンなんだよね、リオちゃんは」
マスターのやんわりとした笑顔に、ジルは複雑そうな表情を浮かべる。
「アンパン?」
「わかる人にはわかる、食べ物だよ」
ね? とマスターがリオに向かって言った。
リオも、笑みを返す。
「マスターの料理の中で、俺、1番好きですよアンパン」